聖蝋に願いを込めて
高菜明太子
第1話 ナギとメラ
≪
それは、死者の魂の集う
灯されている火を吹き消した者は、"一つだけ願いが叶う"と言い伝えられている。
願いを叶えるためには、"自身が人を殺めた事が無いこと"と"自身を一途に愛する者の生贄を捧げること"の二つの条件が揃わなければ火は消えない。
そもそも
未だかつて、誰も
人々は口を揃えて「夢物語」と言う。
しかし、夢物語が少年少女達によって、真実となる日はそう遠い未来ではなかった。
――――――――――――――――――――――
締め付けられるような胸の痛み。全身の痺れ。気道に何か詰まらせてしまったかのような息苦しさに少年、ナギは目を覚ました。
「ッッッッハァ、ハァ、ハァ...」
息を整えながら、ゆっくりと体を起こし、辺りを見渡す。カーテンの
少しカーテンを開け、眩しい日光に目を細めながら外を見ると街は
ナギの家の外には沢山のテントが貼られており、人々がごった返していた。井戸の近くにはマフラーを付けた子供達が雪合戦をし、
壁に掛かっている古びた丸時計に目をやると、指針は十一時を指していた。
「やばい!メラが迎えに来る!」
ナギは重たい身体を無理やり起こし、ベットから飛び降りる。十二月序盤、床はまるでスケート場のように冷えている。
急いで服を着替え、靴を履く。靴はいつものスニーカーでは無く、雪対策のブーツだ。そして服は、新品の値の張るシャツだ。
「ダリスさーん?」
階段上から一階に向かって男の名前を呼ぶ。
「やっと起きたか!おはようナギ!」
大きくドスの効いた低い声。人相の悪い顔がクシャッとした満面の笑みでこちらを向いている。百九十センチ近くの身長、筋肉質で全身剛毛、頭だけがツルッとしている男はナギの育て親のダリスだ。
「寝過ぎちゃってさ、十二時ぐらいにメラと約束してるからもうすぐ来ると思うよ」
「なんだその服!高そうな服着やがって...気合い入りすぎだろ!」
大声で馬鹿にするダリス。
ナギはムキになった。
「メラと出掛けるんだぞ!あぁ大好きなメラ...俺は彼女の自慢の彼氏になりたいんだ!」
「振り向いてもらってもない癖に...」
可哀想な十年の片思い... と歌いながらナギの目の前に置かれた皿には、掌サイズのフライドチキンが三本置かれていた。
「いやいや...十二時に女の子と待ち合わせしてるって言ったら、「昼食に行くのかなぁ?」とか思わないの?しかも毎回言ってるけど、起きたての人間にフライドチキンはしんどいだろ!胃に悪いわ!」
「十六歳のガキンチョは成長期なんだから肉と油を食ってどんどんデカくなれ!そんなナヨナヨした身体だと、メラに嫌われるぞ〜」
「余計なお世話だよ...」
あんたはデカくなりすぎだけどな、と心の中で思いつつフライドチキンに
夜は酒屋の店主をしているダリスは料理が上手いと評判である。毎日店は大繁盛、ナギも手伝いをしていた。
「そういや、気をつけろよ、ナギ。近々「国狩り」第二次戦が始まるかもしれねぇって噂だ。まぁここは「
ああ、だからあんな怖い目つきで警備隊が立っていたのか。
いつもふざけているダリスにしては、珍しく真剣な眼差しにナギも気が引き締まる。
「分かってるよ」
「今は裏切りモンが居ないか、お国が目を光らせてやがる。お前の時間操作が「国狩り」になんの関係がなかったとしても、だ。俺は産みの親じゃぁないが、お前のことを五歳から育ててるんだ。失いたくないさ」
ダリスは今にも泣きそうな顔をする。意外と涙脆もろいのだ。
「大丈夫だって。そんな顔するなよ、強面が取り柄のくせに...」
この世界には二種類の人間が存在する。
人口の約40%の生まれながらに特殊能力を備え持つ≪レーヴ≫。
人口の約60%を占める特殊能力の備わらない≪ヴィザ≫。
ナギの産まれる少し前に起こった、「第一次国狩り戦争」とは、ヴィザに価値を見出さない差別主義者の国王が首謀者として、ヴィザの大量虐殺を行ったが、人口の多いヴィザが集団反逆クーデター起こし敗北した戦争である。敗北した国王は収監され、
攻撃型のレーヴは幼少期から兵士として軍の特殊部隊に配属されるが、非攻撃型のレーヴは兵士になれず、
ナギとダリスの住む街、「
反対に、「
ナギは≪時間操作≫の能力を備える非攻撃型レーヴであるが、叔父のダリスに五歳の頃拾われてから、それを隠し、ヴィザとして生きている。
「どうしたのおじ様、ナギ。二人ともお通夜か何か?」
「びっくりした!!メラ!」
ふふっと
あまりの気配の無さに、ダリスとナギは心臓が口から出そうだった。
「来るとは聞いちゃいたが、もっと堂々と入ってきてくれよ〜。おじさん、もう五十手前だぜ?心臓に悪いよ...」
「だって鍵が空いていたんだもん。不用心なのがわるーい」
ナギと歳の変わらないメラはまだ幼い面影が残るが、
「会いたかったよぉメラ〜。さ、行こう!」
メラの手を取り、目を丸くし輝かせるナギ。
五歳の頃から姉弟のように育った二人。ナギはメラの事を心から大好きだった。
それは家族に対する愛情とは異なる感情だ。
「お前、犬みたいで気持ち悪いな...」
外は窓から見た以上にお祭り騒ぎ状態だった。あちこちで音楽が流れ、屋台は
晴天の空に浮かぶ太陽に照らされ、積もっている雪地面は溶けかけており、気をつけないとコケてしまう。無数の泥混じりの足跡が、人の多さを表している。
「すごいな...まるでカーニバルだ。今日は何か特別な日とか?」
「まったく...おじ様からも聞いてないの?今日は国狩り戦争が終結した記念日!おめでたい日に、「第二次国狩り
「うち、新聞取ってないんだよ。ダリスさん
はぁ、とため息を吐き、彼女はナギの癖毛でモフモフとした茶髪の頭を
金色のブレスレットが揺れた。
「今の国王、サブドル王いるでしょ?サブドル王に収監された前国王のダック王が、先月の十一月三十日に釈放されたの」
「えっ、なんで!」
「ダック王は伝説の「
「それで、第二次国狩り戦争てっていうのは...」
「前回はヴィザ虐殺、今回は...」
メラの言葉を聞いた瞬間、全身に寒気が走った。
――非攻撃型レーヴ虐殺らしいわ
メラの言葉が何度も頭の中で繰り返される。
ダリスはそれを知っていたのか。
ナギは≪時間操作≫を能力とするレーヴである。
自身が過去へ行ったり、未来へ行ったり、他人をそうさせる事も可能である。
しかし、過去へ行けば時間軸が重なった時本来の未来と違う未来になってしまう。過去と全く同じ行動、言動はできない。気づかない程の違いが大きく未来を変えてしまう...バタフライ効果が起こってしまうのだ。
未来へ行けば、行った本人が死んでしまっていたりする可能性もある。未来は過去と違い、何が起こっても事実と変わることはない。そして、一度未来へ行けば過去には戻れない。そんな
この能力はデメリットしかない上に、使えば世界を大きく変えてしまう為国では使用することを「最大の
ナギも同様、
「まぁ、ヴィザの私たちには関係ないけどね!」
カラフルなチョコスプレーのついたアイスを食べながら、メラは
彼女はナギがレーヴであることを知らない。
「まぁ、そうだね」
ナギも考えるのを辞めた。一生能力を使う事はないから、どうせバレないだろう、そう思った。
彼は十六年間一度も能力を使ったことはない。レーヴと判明するのは出生した際、
ダリスがナギが≪時間操作≫のレーヴと知ったのは、六歳の頃、ナギは彼の目の前で食べ終わったはずのリンゴを二秒後にまた食べ始めていた事からだった。
「でも、なんで非攻撃型レーヴ虐殺をするの?」
「今回の首謀者はサブドル王。そして、ここだけの話なんだけど...」
メラは声を
「――サブドル王はレーヴの
「そんな、せめて虐殺しなくても
「自分がされた事と同じことを、自分の手でレーヴにもしてやりたいってことね。それも力のない非攻撃型にだけ」
子供みたいな理由よね〜と、
「俺はもし、ここが巻き込まれても絶対メラだけは助けるから」
メラは
「ここは
メラの笑顔は、ナギの目には特別に映った。
それは幼少期から心を支えてもらっていたナギの大好きな笑顔だった。
――
メラはナギの目の前で膝からゆっくりと崩れ落ちた。
途端に悲鳴や
鳴り止まない音楽、ナギの周り以外はまだカーニバルを楽しんでいる声が聞こえる。
「え...メラ?」
ナギはメラを支える。
彼女の目は空を見上げ、瞬きもしない。
まだ温もりはあった。震える手で首の脈に触れる。
「通り魔よ!!!」
誰かが叫ぶ。ざわめく人々。心配し、近づいてくる者。医者を呼ぶ声。ナギの耳には、何も入ってこず、
――メラの脈は止まっていた。
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