聖蝋に願いを込めて

高菜明太子

第1話 ナギとメラ

聖蝋せいろう

 それは、死者の魂の集う楽園エデンにたった一つしか存在しない蝋燭ろうそくのことである。

 

 灯されている火を吹き消した者は、"一つだけ願いが叶う"と言い伝えられている。

 願いを叶えるためには、"自身が人を殺めた事が無いこと"と"自身をの生贄を捧げること"の二つの条件が揃わなければ火は消えない。


 そもそも楽園エデンに居るだけで大半の人間は死者の魂の呪いに掛かり、命を吸い取られてしまう。耐えるには、「強靭な忍耐」が必要となる。  

 未だかつて、誰も聖蝋せいろうの火を消したことはない。

 人々は口を揃えて「夢物語」と言う。

 しかし、夢物語が少年少女達によって、真実となる日はそう遠い未来ではなかった。

――――――――――――――――――――――

 締め付けられるような胸の痛み。全身の痺れ。気道に何か詰まらせてしまったかのような息苦しさに少年、ナギは目を覚ました。


 「ッッッッハァ、ハァ、ハァ...」


 息を整えながら、ゆっくりと体を起こし、辺りを見渡す。カーテンの木漏こもれ日に照らされた風景に、見慣れた自分の部屋だと安堵あんどする。

 少しカーテンを開け、眩しい日光に目を細めながら外を見ると街はにぎやかとしていた。

 ナギの家の外には沢山のテントが貼られており、人々がごった返していた。井戸の近くにはマフラーを付けた子供達が雪合戦をし、道化師ピエロは冬仕様に耳当てをして踊っている。よく目を凝らすと、所々に目を尖らせた警備隊が立っていた。

 壁に掛かっている古びた丸時計に目をやると、指針は十一時を指していた。


 「やばい!メラが迎えに来る!」


 ナギは重たい身体を無理やり起こし、ベットから飛び降りる。十二月序盤、床はまるでスケート場のように冷えている。

 急いで服を着替え、靴を履く。靴はいつものスニーカーでは無く、雪対策のブーツだ。そして服は、新品の値の張るシャツだ。


 「ダリスさーん?」


 階段上から一階に向かって男の名前を呼ぶ。 

 しばらくして、返事の代わりに ドンッ、ドンッ と鈍い音がした。それが生肉の筋繊維を断ち切るためにこん棒で叩いている音だと、直ぐ分かり、一階にダリスが居ることを察した。


 「やっと起きたか!おはようナギ!」


 大きくドスの効いた低い声。人相の悪い顔がクシャッとした満面の笑みでこちらを向いている。百九十センチ近くの身長、筋肉質で全身剛毛、頭だけがツルッとしている男はナギの育て親のダリスだ。


 「寝過ぎちゃってさ、十二時ぐらいにメラと約束してるからもうすぐ来ると思うよ」


 「なんだその服!高そうな服着やがって...気合い入りすぎだろ!」


 大声で馬鹿にするダリス。

 ナギはムキになった。


 「メラと出掛けるんだぞ!あぁ大好きなメラ...俺は彼女の自慢の彼氏になりたいんだ!」


 「振り向いてもらってもない癖に...」


 可哀想な十年の片思い... と歌いながらナギの目の前に置かれた皿には、掌サイズのフライドチキンが三本置かれていた。


 「いやいや...十二時に女の子と待ち合わせしてるって言ったら、「昼食に行くのかなぁ?」とか思わないの?しかも毎回言ってるけど、起きたての人間にフライドチキンはしんどいだろ!胃に悪いわ!」


 「十六歳のガキンチョは成長期なんだから肉と油を食ってどんどんデカくなれ!そんなナヨナヨした身体だと、メラに嫌われるぞ〜」


 「余計なお世話だよ...」


 あんたはデカくなりすぎだけどな、と心の中で思いつつフライドチキンにかじり付く。揚げたてでジューシーな肉汁が口いっぱいに広がる。サクサクとして、噛めば噛むほど濃い味を感じる衣。一度食べ出すと止まらなくなるのだ。ダリスと暮らして十一年間、毎朝欠かさずフライドチキンが出てくる。

 夜は酒屋の店主をしているダリスは料理が上手いと評判である。毎日店は大繁盛、ナギも手伝いをしていた。


 「そういや、気をつけろよ、ナギ。近々「国狩り」第二次戦が始まるかもしれねぇって噂だ。まぁここは「安全街セーフタウン」だから被害は少ないだろうが、お国の取り締まりは厳しくなってる。もし、間違いでお前が≪時間操作≫なんてしたら即刻処刑になっちまうからな」


 ああ、だからあんな怖い目つきで警備隊が立っていたのか。

 いつもふざけているダリスにしては、珍しく真剣な眼差しにナギも気が引き締まる。


 「分かってるよ」


 「今は裏切りモンが居ないか、お国が目を光らせてやがる。お前の時間操作が「国狩り」になんの関係がなかったとしても、だ。俺は産みの親じゃぁないが、お前のことを五歳から育ててるんだ。失いたくないさ」


 ダリスは今にも泣きそうな顔をする。意外と涙脆もろいのだ。


 「大丈夫だって。そんな顔するなよ、強面が取り柄のくせに...」

  

 この世界には二種類の人間が存在する。

 人口の約40%の生まれながらに特殊能力を備え持つ≪レーヴ≫。

 人口の約60%を占める特殊能力の備わらない≪ヴィザ≫。

 ナギの産まれる少し前に起こった、「第一次国狩り戦争」とは、ヴィザに価値を見出さない差別主義者の国王が首謀者として、ヴィザの大量虐殺を行ったが、人口の多いヴィザが集団反逆クーデター起こし敗北した戦争である。敗北した国王は収監され、反逆クーデターの首謀者のサブドル王が国を建て直しつつある。しかし、レーヴは「国狩り戦争」の時から敵視されるようになり、レーヴへの差別化が始まった。

 攻撃型のレーヴは幼少期から兵士として軍の特殊部隊に配属されるが、非攻撃型のレーヴは兵士になれず、ひどい差別に遭う。

 ナギとダリスの住む街、「安全街セーフタウン」はヴィザのみが住むことを許されており、名前の通り敵襲てきしゅうから守ることを約束されている。

 反対に、「貧民街ルーズタウン」は兵士になれなかった非攻撃型レーヴや無法者のヴィザが集まる街で、国から見放されており、そこに住むレーヴは人間以下の扱いを受けていると言う。


 ナギは≪時間操作≫の能力を備える非攻撃型レーヴであるが、叔父のダリスに五歳の頃拾われてから、それを隠し、ヴィザとして生きている。


 「どうしたのおじ様、ナギ。二人ともお通夜か何か?」


「びっくりした!!メラ!」


ふふっと悪戯いたずらに笑う少女。

 あまりの気配の無さに、ダリスとナギは心臓が口から出そうだった。


 「来るとは聞いちゃいたが、もっと堂々と入ってきてくれよ〜。おじさん、もう五十手前だぜ?心臓に悪いよ...」


 「だって鍵が空いていたんだもん。不用心なのがわるーい」


 ナギと歳の変わらないメラはまだ幼い面影が残るが、つやのある黒髪、分けた前髪、大人びた表情はどこか妖艶えんようさを感じる。


 「会いたかったよぉメラ〜。さ、行こう!」


 メラの手を取り、目を丸くし輝かせるナギ。

五歳の頃から姉弟のように育った二人。ナギはメラの事を心から大好きだった。

 それは家族に対する愛情とは異なる感情だ。


 「お前、犬みたいで気持ち悪いな...」


あきれ顔をするダリスに「うるせえ」と悪態をつき、二人は家を出た。


 外は窓から見た以上にお祭り騒ぎ状態だった。あちこちで音楽が流れ、屋台は隙間すきまなく並び、至る所に大道芸人がパフォーマンスをしている。

 晴天の空に浮かぶ太陽に照らされ、積もっている雪地面は溶けかけており、気をつけないとコケてしまう。無数の泥混じりの足跡が、人の多さを表している。


 「すごいな...まるでカーニバルだ。今日は何か特別な日とか?」


 「まったく...おじ様からも聞いてないの?今日は国狩り戦争が終結した記念日!おめでたい日に、「第二次国狩り戦争勃発ぼっぱつ」とか、今朝の新聞に載ってたけどね」


 「うち、新聞取ってないんだよ。ダリスさん教養きょうよう無くて字読めないから...。第二次戦ってことは、またヴィザ虐殺が始まるってこと?」

 

 はぁ、とため息を吐き、彼女はナギの癖毛でモフモフとした茶髪の頭をでる。

 金色のブレスレットが揺れた。


 「今の国王、サブドル王いるでしょ?サブドル王に収監された前国王のダック王が、先月の十一月三十日に釈放されたの」


 「えっ、なんで!」


 「ダック王は伝説の「聖蝋せいろう」の在処である「楽園エデン」の場所を知っている、と言ったらしいの。サブドル王は聖蝋せいろうを狙っていて、在処を教える代わりに、釈放を条件に出したらしい。それで、サブドル王はダック王を釈放させた、ってわけ」


 聖蝋せいろう...ナギも言い伝えでしか知らず、あまりピンと来なかった。


 「それで、第二次国狩り戦争てっていうのは...」


 「前回はヴィザ虐殺、今回は...」


 メラの言葉を聞いた瞬間、全身に寒気が走った。

 道化師ピエロが彼等の目の前でお茶らけており、ナギ以外の人間は笑っていた。

 

――非攻撃型レーヴ虐殺らしいわ


 メラの言葉が何度も頭の中で繰り返される。

 ダリスはそれを知っていたのか。


 ナギは≪時間操作≫を能力とするレーヴである。

 自身が過去へ行ったり、未来へ行ったり、他人をそうさせる事も可能である。

 しかし、過去へ行けば時間軸が重なった時本来の未来と違う未来になってしまう。過去と全く同じ行動、言動はできない。気づかない程の違いが大きく未来を変えてしまう...バタフライ効果が起こってしまうのだ。

 未来へ行けば、行った本人が死んでしまっていたりする可能性もある。未来は過去と違い、何が起こっても事実と変わることはない。そして、一度未来へ行けば。そんなおりに、当人が生人せいじんとして現れたら、事実は変わらないし過去には戻れない、加えて生人せいじんとして未来に存在するので、一度死んだら終わりです、ともならない。すなわち、未来へ行き、自身が死んでいれば何度も死を体験する事になる。

 この能力はデメリットしかない上に、使えば世界を大きく変えてしまう為国では使用することを「最大の禁忌きんき」とされている。特殊部隊には「目の門番アイズドッグ」と呼ばれる能力者がいる。目の門番アイズドッグはどのレーヴがどんな能力を使用したか何処どこにいても感知することができる。レーヴが犯罪に能力を使用すれば、すぐに捕えられる。

 ナギも同様、禁忌きんきとされている能力を発動すれば捕まるどころか処刑されるのだ。


 「まぁ、ヴィザの私たちには関係ないけどね!」


 カラフルなチョコスプレーのついたアイスを食べながら、メラは意気揚々いきようようとする。

 彼女はナギがレーヴであることを知らない。


 「まぁ、そうだね」


 ナギも考えるのを辞めた。一生能力を使う事はないから、どうせバレないだろう、そう思った。


 彼は十六年間一度も能力を使ったことはない。レーヴと判明するのは出生した際、ぐ能力検査が行われるからだが、ナギの生みの親は国狩り戦争の際に隠れるように兄のダリスの家で産み、出血多量で亡くなった。帰ってきたダリスは亡くなった妹と死にかけの赤子を見て、病院で産まなかった理由を察したのだ。

 ダリスがナギが≪時間操作≫のレーヴと知ったのは、六歳の頃、ナギは彼の目の前で食べ終わったはずのリンゴを二秒後にまた食べ始めていた事からだった。


 「でも、なんで非攻撃型レーヴ虐殺をするの?」


 「今回の首謀者はサブドル王。そして、ここだけの話なんだけど...」


 メラは声をひそめてナギの耳元でささやいた。あまりの顔の近さに、ナギの顔は茹蛸ゆでだこのように赤くなった。


 「――サブドル王はレーヴの壊滅かいめつを願っているの。サブドル王の願いは"能力という概念がいねんをこの世から消す事"。その為に聖蝋せいろうが欲しいんだけど、置いてある「楽園エデン」はから、幼少期から育て上げた攻撃型のレーヴが必要ってわけ。その手始めに、必要のない非攻撃型レーヴから虐殺していくって話」


 「そんな、せめて虐殺しなくても聖蝋せいろうを手にしてから、非攻撃型レーヴの能力を奪えばいいんじゃ...」


 「自分がされた事と同じことを、自分の手でレーヴにもしてやりたいってことね。それも力のない非攻撃型にだけ」


 子供みたいな理由よね〜と、呑気のんきにメラは残りのコーンを頬張る。サブドル王が聖蝋せいろうを手にしてくれれば能力は消える。それまでに自分が能力を使用しなければバレない...ナギはもう他人事となっていた。


 「俺はもし、ここが巻き込まれても絶対メラだけは助けるから」


 安堵あんどした気持ちから、勢いでナギは言葉が出た。彼にとって、これは告白同然だったので、恥ずかしさでメラの顔を見れなかった。

 メラは悪戯いたずらに笑い、


 「ここは安全街セーフタウンだよ?ナギに守られなくても大丈夫だよ。でも、何かあったら守ってね」


 メラの笑顔は、ナギの目には特別に映った。

 それは幼少期から心を支えてもらっていたナギの大好きな笑顔だった。


 

 ――わずか一瞬だった



 メラはナギの目の前で膝からゆっくりと崩れ落ちた。

 途端に悲鳴や驚嘆きょうたんが周りで起こる。

 鳴り止まない音楽、ナギの周り以外はまだカーニバルを楽しんでいる声が聞こえる。


 「え...メラ?」


 鼓動こどうが早くなる。彼女の左胸からは大量の血が流れ出ていた。

 ナギはメラを支える。

 彼女の目は空を見上げ、瞬きもしない。

 まだ温もりはあった。震える手で首の脈に触れる。

  

 「通り魔よ!!!」


 誰かが叫ぶ。ざわめく人々。心配し、近づいてくる者。医者を呼ぶ声。ナギの耳には、何も入ってこず、只々ただ目の前で起こった事実に思考が停止していた。


――メラの脈は止まっていた。

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