吐く
金子ふみよ
第1話
酎ハイを一杯飲んだ後、どうにも気持ちが悪くなった。胸やけと言うか息苦しい。胃の辺りもグルグルと熱が回っているような感じだった。
そんな気はなかったのだが、トイレに行った。蓋を上げ、便座に手をかける。吐いた。夕食に食べたものは出なかった。腐ったような液体だけが浮いていた。
こんな日は珍しい。体調が悪かったのだろうか、自覚もないままに気温もそんなに高くはなかったから残暑で熱中症にかかったということもない。
どうしてこんな体なのだろうと疑問ばかりが頭をよぎる。
熱を持った頬が痛い。
トイレを流してそれから台所で口をゆすいだ。お腹の熱はもうないし、意識もはっきりしている。
もう一杯は飲もうかと酎ハイを作った。三十分後いたたまれなくなって、もう一度トイレに行く羽目になった。吐いた。涙目になった。鼻が詰まった。息苦しい。今夜に限ってどうしてこうも調子がくるっているのだろう。トイレを流して台所でまた口をゆすいだ。意識はまだ保たれているし、お腹が苦しいわけでもなかった。けれどもその晩はそれ以上飲むことをあきらめた。
それに引き換え別日などは夕食を少し食べ過ぎた自覚があった。これは飲めば吐くだろうと言う予感さえあった。入浴後、酎ハイを飲み始めた。二杯、三杯飲んでも吐きはしなかった。胃は膨れている。たるんではいないが、引き締まっていない腹部はタオルなんかの詰め物をしたようにして風船のようになっていた。それでも吐くような息苦しさも何もなかった。
酒に酔わずに眠れるのは羨ましい。
眠剤も要らずに眠れるのは羨ましい。
大抵は酎ハイを三杯飲んでから、焼酎のロックになる。途中、眠剤を飲んでおく。するといつのまにか寝落ちしている。午前三時ころに目を覚ますと、パソコンで見ていた動画はすでに終了してフリーズ状態になっており、グラスにはもう氷が解けてしまった透明な液体が半分くらい残っている。そんな日々が当たり前であり、寝ることのできる条件になってしまっているのだ。
酒は、結局は睡眠を妨げるなんてことは重々知っている。それでも酒無しでは寝付けないのだ。体調がその日によって異なるから、酎ハイの途中で吐くこともあった。それでも続きを飲む。酩酊とまではいかないものの、したたかに、といったくらいには酔わないとやってられないのだ。そうすれば忘れられる。何もかも過去も未来も、軋轢も不愉快も。ただ単に愉悦に近い眩暈に似たぼんやりとした感覚を堪能できるのだ。
夢は灯火の幻のように忘れてしまった。
吐く 金子ふみよ @fmy-knk_03_21
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