第5章 幕間

 食堂からお風呂場に案内された後のことである。

 場所を知り、各自部屋からパジャマを持ってきて皆で一緒に入ろうという話になったのだが、私は以前、鼻血を撒き散らしてしまった事もあり、皆とは時間をあけてから入ることにした。



 「いい湯加減だったわ」

 お風呂を上がり、パジャマに着替えた私はビニール袋に入れた服を手提げに、自分の部屋へ行くべく廊下を歩いていた。


 「あら?京子さんだわ」

 途中、バルコニーの方を見れば、京子さんが白いガーデンテーブルに頬杖をついて、海の方を眺めていた。


 カチャリとバルコニーへの扉を開けて、声をかける。


 「こんばんは、京子さん」

 「カナタさん、こんばんは」

 少し驚いた顔をした後、柔らかく微笑んでくれた。


 「失礼するわね」

 「うふ、どうぞ」

 私は、二つ空いている白いガーデンチェアを一つ引き、そこへ着席する。



 互いに言葉はなく、海を眺める。



 夜風が吹き、ざわざわと木々が揺れる。

 静かな虫の鳴き声と、ほのかな潮の香りがする。


 京子さんは、手に持っていたミニ扇風機をテーブルに置き、こちらに向ける。


 「まだまだ暑いですわね」

 「そう?充分涼しいと思うけど」


 二人でのどかに過ごす時間は、過ぎ去っていく。


 コンコンと、背後でノックが聞こえた。


 「こんばんは、お邪魔するわよ」

 ノックの主はパトリシアだった。

 残っていたガーデンチェアを引き、その椅子に座り、テーブルに突っ伏すパトリシア。


 「サラさんは?」

 「やっと眠ったわ。絡み酒になるから、あんまりお酒を飲んで欲しくないものね」

 「ふふ、そういえば、今ここにいるメンバーは、全員恋人が居ますわね」


 言われてみればそうだ。

 と思った瞬間、驚き京子さんを見る。


 「京子さんって、誰かと付き合ってたんだ」

 微笑んでいた京子さんは、しまったという表情をする。


 「えぇ?そんなこと言いました?」

 声が裏返り、明らかに動揺している。


 そこへ恋ばな大好きパティちゃんが、食いつかないハズがなかった。


 「誰!?誰なの?もしかして、ナギサかしら~?」

 ナギサさんの名前を出されて、京子さんは固まった。


 「当たりね」

 「あらあらまあまあ!主従と性別の壁を越えた恋愛なのね!」

 京子さんは目をグルグル回しながら、指をワナワナと動かして、

 「この事はご内密に願います…」

 と懇願してくる。


 「ナギサとは、小学校からの付き合いなんです。付き合いと言っても、恋愛相手として付き合っている訳ではなく…その、お互いの気持ちは、ハッキリと言葉にしていないんです」

 京子さんは照れた様子で俯いた。

 「なんだか、お互いに気持ちは通じあっているんですけど、言葉にしてしまっては今の関係が壊れて、取り返しのつかないことになるのでは、そう考えてしまい、まだしっかりと告白できていないんです」


 京子さんの言葉を、二人で静かに聞いていた。

 「わかるわ、その気持ち」

 私が頷くと、信じられないという顔をしてパトリシアが私を見た。

 「よく言うわね、ワカバといる時、あ~んなにイチャイチャしながら好き好き言ってる癖に~」

 「それはそれ、これはこれよ」

 私の返事を聞いて、パトリシアは呆れたようにため息をした。


 そんなパトリシアを、京子さんは不思議そうに見つめていた。

 「パトリシアさん。食堂の時も思いましたけど、普段と口調が違いませんこと?」

 小首を傾げて京子さんは聞く。

 そんな京子さんに耳打ちをする。

 「普段は猫被ってるのよ」

 「カナタ、誤解を招く言い方はやめて、可愛い外国人ハーフさんに見えるように演技をしているの」

 ふふんと胸を張るパトリシア。

 「それって猫を被ってるのとどう違いますの?」

 「違うわよ。……私が素を隠しているのは、自分の危なさをよく知ってるから…せめて表面上だけでも無害な女の子を演じていたいのよ…」


 パトリシアの本音を聞いて、つい黙りこんでしまう。


 「でも、私の危険性を承知の上で、自分から離れていった私を連れ戻した挙げ句、変わりなく接してくれた人がいた。その人のおかげで、素でいられる時間が増えた。それだけの話」

 「嬉しい事言ってくれるわね。もしかして惚れた?」

 「恩義は感じてるけど、私が惚れてるのは別の人」

 「ふふふ、そう」

 二人で笑いあう。


 「なんだか、楽しそうですわね」

 頬杖をついて、こちらを眺めている京子さん。

 「そうね、楽しいわよ」

 「同感、こっちの世界に来て良かったって私も思うわ」

 「羨ましいですわ…」


 京子さんは呟くが、私は京子さんが羨ましかった。

 「そう言うけど、私からすれば両想いの二人が一緒に暮らしてるって、かなり羨ましい状況よ?」

 「あら、ならお互いに羨ましがっていたんですわね」

 「そうよ~?そういう意味では、一番の幸せ者はパトリシアなのよ?」


 パトリシアは首をひねった。

 「私が?」

 「ええ、恋人と同じ屋根の下で暮らしていて、週末になるとその恋人と肌を合わせているのよ」

 「まあ!そうなんですの!?」

 「カナタ!わざと勘違いする言い方をしてるでしょ!肌を合わせているって、人間の血に慣れる為に吸血してるだけじゃない!」

 「嘘は言ってないわよ?」

 「悪意のある言い回しをしてる!」

 「残念ですわ、そういった行為はしていないんですのね。参考になるかと」

 「………」

 「どうしたのパトリシア。急に黙り込んじゃって」

 「否定は、できないわね…」

 パトリシアの発言に、私と京子さんは口笛を吹いた。


 「ヒュ~進んでるぅ」

 「この場のメンバーの眺で、一番先を行ってますわね」

 「む~……ノーコメントデス…」



 女三人集まれば姦しい。

 静かで儚げだった夜は、賑やかな女子会になった。

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