第5章 5
「良い毛並みですわねぇ」
私が真っ逆さまに落ちかけて、ワカバと洋子さんに助けられてから半時間経った頃のこと。
目的のキャンプ場に着いた。
そこで、京子さんは、ずっと洋子さんの毛を撫でながら、感想を述べている。
それだけでなく、京子さんは道中、ずっと洋子さんと話していた。
「やはり手入れは大変ですの?」
「そうでもないでぇ?普通に毎日お風呂に入って、綺麗に拭いてるだけや」
「そうですの、羨ましいですわねぇ」
まるで髪の毛の話をしている女子の会話のように、自然と会話をする京子さん。
そんな京子さんに、ナギサさんが話しかけた。
「あの、京子さま。その、きつねが話している事には触れないのですか?」
「ナギサ!その事は言わないで!」
洋子さんの毛を掴み、俯きながら京子さんは嘆く。
「今わたくしは、キツネが二足歩行をして日本語を堪能に話しているということを受け入れるという現実逃避をしなければ精神が決壊してしまいますの!」
心からの叫びなのだとわかった。
「いま、いっぱいいっぱいなんですの」
虚ろな目で真っ白な毛を撫でて、誰にでもなく京子さんは呟いた。
それからは、京子さんはあくまでも平静を装い洋子さんと話していた。
ナギサさんは、何度か京子さんを気にかける素振りを見せたが、私を見つけるや否や、近づいてきて私に耳打ちをする。
「あれは何かマジックとかなのか?それとも瞬時にコスプレでもしているのか?」
仕事中だから敬語で話す。と言っていたナギサさんが、タメ口に戻っている。
「見てのとおりよ」
「見てのとおりだと意味がわからないからせめてまだマシな嘘を期待して聞いているんだ!」
私の胸ぐらを掴み、ナギサさんは膝から崩れた。
「お願いだぁ…せめてあれが現実ではないとだけ言ってくれぇ…」
どうやら、ナギサさんも現実を受け入れられずに、思考がパンク寸前の様子だ。
そんなナギサさんのソックスを、モプが咥えて引っ張っていた。
「うぅ、私を慰めに来てくれたのか?優しいんだなお前ぇ!」
ガシッ!とモプを抱いて、不安が涙になり溢れているナギサさん。
その子も魔獣なのよ、ナギサさん。
それにたぶん、モプは貴女を私から引き剥がそうとして「退けよ~」って感じで引っ張ったんじゃないかしら。
ナギサさんと京子さんは、なかなか現実を受け止められずに、思い思いの行動している。
結局、その後は二人とも平静を装いながらキャンプ場でお昼ごはんを終えて、下山となった。
キャンプから帰ってきた私達は、それぞれの部屋に戻った。
解散する時、やはり京子さんとナギサさんはよそよそしかった。
それに加えて、パトリシアとクラリスも何故か私を避けるように、自分の部屋へと戻っていった。
「なんだか、困ったことになったわ」
他人事のように呟いたが、全ては私が悪いんだ。
京子さん達に、洋子さんのような存在は普通にいる。
その事を伝えられていれば、二人はあれほど驚かなかっただろう。
いや、そんなことよりも、私があの時よろけなければ、洋子さんも救う為に行動をしなくてよかった。
なんだか、私って駄目ね。
なにをするでもなく、ベッドで横になっている。
次第に日も沈みだして、部屋の中も暗くなってきた。
部屋がノックされる。
「どう」
「かなたちゃん!しゅーごー!」
どうぞと言い切る前に、扉が爆発でもしかたと思う勢いで開けられる。
部屋を開けたのはサラさんだった。
いや、正確には酔っ払ったサラさんだ。
「サ、サラさん」
「ほ~ら早く、しゅぅごぉ!」
こちらまで来たサラさんは、私の手を引いて部屋を出る。
手を引かれるままに、サラさんについていくと、一階の食堂に着いた。
食堂には横長のテーブルがあり、そこには私と洋子さん以外のメンバーが座らされていた。
「ぜーいんしゅぅごー!は~い、かなたちゃんはここね」
私はワカバの隣に座らされた。
私の前には、右からモプ、パトリシア、クラリス、ナギサさん、京子さんの順に座っていて、
私が座っている方は、右から大和くん、サラさん、ワカバ、私の順で座っていた。
みんな、言葉もなく座っている。
広い食堂を、人がいるというのに静かな空気が支配する。
ここへ連れて来られた理由もわからず、どうすればと考えていたら、食堂の扉が開かれる。
「おまたせ~。洋子さん特製の肉じゃがやで~」
両手と、器用に尻尾でお皿を持った洋子さんが、それぞれの前に料理を置く。
美味しそうな香りが漂ってくる。
茶色の良い色に煮込まれた肉じゃが。
そっと、お箸も添えられた。
「冷めないうちにどうぞ」
洋子さんは自分の席に座りながら、皆にそう告げる。
「いただきます」
私とワカバは、食べることにした。
お箸で割れるほど、柔らかくなったじゃがいもは、ホクホクと湯気が立っている。
口に放り込めば、醤油の味が口いっぱいに広がってきた。
「美味しいぃ」
感動した。
まさにおふくろの味だ。
私が食べた事を確認すると、京子さんとナギサさんも口に入れる。
「ん!」
「まあ!」
二人は口を押さえて、互いを見れば、頷きあっていた。
「かぁ!沁みるねぇ!お酒にぴったりだわこれ!こんなんが毎日食べられるなんて幸せもんだねあんた!」
バシバシと大和くんの肩を叩きながら、楽しそうにするサラさん。
「将来の話ですよ。今はどちらかと言うとあなた達の方が食べ放題でしょ」
鬱陶しそうにしながら、慎重に肉じゃがを食べる大和くん。
みんな、満足げに肉じゃがを食べた。
「さてと、それじゃあ溜め込んでる物をそれぞれ吐き出そっか」
サラさんは私の方を見て言う。
なるほど、皆でご飯を食べて、それから腹を割って話そうってことね。
目を閉じて、息を整えてから口を開く。
「京子さん。ナギサさん。黙っていてごめんなさい」
二人に頭を下げた。
二人はどうも、何故そう言われたかと不思議そうにしていた。
「洋子さん、それと、そこの二人の事」
パトリシアとクラリスは、ドキリと反応した。
「お察しのとおり、洋子さんは喋るキツネでね、そして、そこの二人は吸血鬼と人間のハーフなの」
京子さんとナギサさんは、驚いて横にいる双子の方を向いた。
「か、カナタさん?」
クラリスは困ったように私を見る。
「洋子さんの事がバレた今、あなた達の事を隠していたら、またバレた時に今以上の不信感を与えてしまうわ。もう全て話してしまって、信用してもらえるほうが良いでしょう」
パトリシアは、なにも言わない。
「二人にわかってほしいのは、確かに洋子さんはもちろん、パトリシアもクラリスも、純粋な人間って訳じゃない。でも、それだけなの。学園で一緒に過ごしたことのある二人には、双子ちゃんがクラスの皆と違いがないってわかってもらえると思う」
私の言葉に、ナギサさんは頭痛がしているような険しい顔をして天井を見上げ、
京子さんは、真剣な眼差しを私に向け、静かに聞いていた。
「私が言えるのはそれだけ、ただ皆、普通に生きている。それだけなの」
私が口を閉じると、また食堂を静かな空気が支配する。
それを破ったのは京子さんだった。
「カナタさま。私も本日の件、深くお詫びいたします」
京子さんは席を立ち、その場で深く頭を下げた。
「へ?」
「この土地一帯は、私の家が所有する土地です。あのキャンプ場への道にあった休憩所も、私の家が造ったものです。その休憩所のベンチが崩れ、命の危機に晒してしまいました。設備のメンテナンスの不備、大変申し訳ありませんでした」
まっすぐ私を見て、目線を反らさない。
「カナタ」
今度声をかけてきたのは、パトリシアであった。
「なに?」
「私も謝る事がある」
パトリシアもまた、真剣な表情をする。
「あなた達が崖へ落ちていく時、私はすぐに助けられなかった。足を踏み出そうとした瞬間、京子とナギサの顔を見て、もしここで動けば正体がバレる。その考えが過り、動くのが遅れた」
「私も、です」
クラリスは、合わせる顔がないというように、顔を伏せる。
「そんな、二人の事を考えればそうなっても仕方ないわよ」
私は二人を許すように微笑む。
すると、パン!と音が鳴った。
どうやらサラさんが手を叩いたようだ。
「はい!皆抱えたもんは吐き出せましたね!たっく、折角の遊びだって言うのにみんな暗いったらありゃしない」
そう言ってサラさんは、前を向く。
「京子ちゃん、それにナギサちゃん」
二人は呼ばれてサラさんの法を向く。
「確かに洋子さんはキツネだし、そこの双子は、物凄い力を持った吸血鬼と人間のハーフ」
サラさんはお酒を一飲みして、続ける。
「でもね、カナタちゃんの言うとおりそれだけなのよ。面白ければ笑って、辛いことがあれば、傷つき泣く。全て受け入れてとは言わないけど、色眼鏡で見ずに、今まで通りに接してあげて」
「「はい」」
京子さんとナギサさんは、また真剣な表情で頷き答えた。
その返事に嬉しそうに笑うと、サラさんは立ち上がって「よっしゃ!それでは今から皆でお風呂に行きましょ!」と言う。
「いやいや、サラさんはお酒飲んだばっかりでしょ!せめて水を飲んで酔いが冷めてからにしてください!」
慌ててサラさんを止める。
そこへ、パトリシアがため息をしてこちらに来て、サラさんに肩を回す。
「カナタ、だらしない嫁は私が介抱しておくわ。いってらっしゃい」
そう言って、サラさんとパトリシアは食堂を出ていった。
「ふふ、賑やかな方ですわね」
京子さんはクスリと笑い、ナギサさんを見てこちらを向く。
「お風呂場、ご案内しますわ」
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