第3章 5

 朝目が覚めて、リビングに向かう。

 「おはようカナタはん」

 洋子さんがソファに腰かけていた。

 リビングは見晴らしが良くなっていて、今はソファとローテーブル、壊れたテレビがあるくらいだ。

 あの惨劇からもう一週間は経とうとしている。

 


 あの日、パトリシア達が帰ってきたのは深夜の三時だった。

 突然目の前に現れたパトリシアは、クラリスに支えられ、力無く俯いていた。

 私が声をかけると、顔を上げて、私に怪我がないことに安心したが、部屋の散乱した家具や割れたガラスを見てしまい、パトリシアはクラリスを突き飛ばして二階へと行ってしまった。

 すぐに追いかけたが、部屋に入られて、「おねがい……今は一人にして…」と言われたため、それ以上はどうしようもないとパトリシアが落ち着くまで待つ事にした。

 それ以来パトリシアは部屋から出てきておらず、食事を持っていっても「血を吸収したから当分はいらない」の一点張りで扉を開けてもくれない。

 

 そんな事を繰り返し、気づけばもう日曜日になっていた。

 「今日は、観れへんな」

 「そうですね」

 洋子さんの隣に座り、モニターの割れたテレビを前にする。

 「今日、ワカバが見に来て、状況を見てからご両親に使っていない家具や家電が無いか聞いてくれるそうです」

 「そっか、ほなそっちはどうにかなりそうやな」

 「はい」

 午前七時。

 いつもなら皆が起きてきて、賑やかになるこの部屋も、今は静まり返っている。

 ふいに玄関のチャイムが鳴り、ワカバが来たのだとわかり、行こうと立ち上がる。

 すると、廊下を走るモプの姿が見えた。

 モプについていく形で玄関まで着くと、モプはジャンプして器用に玄関のドアの鍵を開けて、そのまま落ちる勢いを利用し、ドアノブを下に引いた。

 「おはよ、わ!モプちゃんが開けたの?凄いね~」

 ドアノブにしがみついたモプを抱っこして、ワカバはモプの頭を撫でながら入ってくる。

 「いらっしゃい」

 「お邪魔します」

 ワカバをリビングまで案内して、テーブルが無いことや、テレビのモニターが割れている事などを見せる。

 「確かに、言ってた通りの物が無くなっていたり、壊れたりしてるね」

 「ええ、流石に窓ガラスなんかはすぐに業者さんに頼んだけどね」

 「京子さんにスマホ持たせてもらってて良かったね」

 「ほんとよ、初めて業者さんに電話をしたけれど、京子さんから渡されてなければ電話さえできなかったわ」

 ワカバと会話をしながら、他にも必要な物がないか、洋子さんにもあれば欲しいものはないかと質問もして、ある程度話がまとまったのは、もう午前九時だった。

 「もうこんな時間ね。クラリスとパトリシア呼んでくるわ。朝ごはんにしないと」

 ワカバには座っていてもらい、私は二階へと向かった。

 

 二階の左側にある二つの部屋が、パトリシアとクラリスの部屋だ。

 先に手前のクラリスの部屋をノック。

 「クラリス。起きてる?朝ごはんにしましょう」

 呼びかけてみると「は、はい!もう少ししたら行きます!」と慌てた声で返事をしてきた。

 「どうしたの?何か困りごと?」

 入るわね。と一声かけて、ドアを開け、中を見ると、クラリスがキャリーケースに自分の服を畳んで入れている最中だった。

 「なになに、衣替え中だったの?」

 「え?いえ…お姉ちゃんから聞いていませんよね。私達は帰るって」

 「帰る!?帰るって、向こうに?」

 「はい、昨日の夜、お姉ちゃんが私の部屋に来て言ったんです。あんな事をしてしまったらもうここに居られない。これ以上酷いことになる前に去るべきだ。と」

 急な話に理解できなかった。

 その時、嫌な予感がして、私は弾かれたようにクラリスの部屋を出て、奥のパトリシアの部屋を開ける。

 中には人っ子一人いない。

 綺麗にされたベッド、床や壁は案内した日と比べれば傷や汚れも直っていて、まるで最初から誰もいなかったかのようだ。

 「っ…どうしてよ……」 

 私の問いに答える人はいない。

 その代わりとでも言うように、勉強机には封筒が置かれていた。

 表には『カナタへ』と書かれている。

 封筒は厚く、重みがある。

 開いてみれば、中には数えられないほどの一万円札と、手紙が入っていた。

 手紙は無理矢理入れたのかくしゃくしゃにになっていた。

 

 『カナタへ

 まずは、別れを伝えずに帰った事をお詫びするわ。そして、あなたの大切な場所を壊してしまったことも謝罪する

 前にも言ったけれど、私達は血を摂取すると吸血鬼の力が強くなって、自制できなくなるの。クラリスから聞いたわ。私が食べたお味噌汁のネギに、サラの血が入ってしまったのが原因ね

 私達はたとえ何ミリだろうと、何ミクロだろうと他人の血液を体内に入れた時点でアウトなの。血液の量もそうだけれど、血液のDNAによってもどれだけ変化が表れるか違ってくるわ。サラと私って相性が良すぎたみたいね。いえ、悪すぎたと言うべきかしら

 なんにせよ、私は暴走してしまった

 あなたとの生活もこれでおしまい

 私の事は不運な事故に遭ったとでも思って恨んでちょうだい

 一緒に封筒に入れてある百万円は慰謝料として使ってね

 あと、クラリスは残るって言うかもしれないから、優しくしてあげて

 

         さようなら カナタ』

 

 手紙は所々水で濡れた箇所があった。

 「カナタさん…」

 部屋の入り口にクラリスが立っていた。

 「私は残ろうかとも思ったのですが、やはりお姉ちゃんだけ帰って私だけ図々しく残るのも違うかなと思うので、私も準備が終わり次第帰りますね」

 「そう……」

 私は、帰ってほしくなかった。

 騒がしかったし、面倒は増えたけれど、その分楽しかった。

 それでも、わがままは言えない。

 二人が私と暮らせないと判断したのならその意見は尊重したい。

 「向こうでも元気でね」

 クラリスの横を通り、私は自分の部屋へ行った。




 どれくらいの時間が経ったんだろう?

 私はベッドの隅で、体育座りをしてずっと目を閉じていた。

 ずっと一緒とはいかずとも、何の問題もなく過ごせていけると思っていたが、私の考えはあまりにも浅はかな願望だった。

 ショックだった。

 なんだかんだと言って、また元気になってパトリシアも部屋から出てくるって思っていたけれど、彼女は私が思っていた以上に傷ついていた。その事に気づいてあげられなかった。

 どれだけ仲良くなろうと、所詮は他人だと言われたような気分だ。

 もういっそ、このまま眠ってしまって、楽しかったあの日々を夢見ようか。

 そんな馬鹿みたいな事を考える。

 そんなことをしたって何にもならない。

 せめて、クラリスは見送ってあげなきゃいけないわね。

 永遠にも思えた音のない時間だったが、その時玄関のチャイムが鳴った。

 こんな時に誰が来たのだろう?郵便ならもっと別の時間にしてほしいものだ。

 気乗りしない体を無理矢理動かして、玄関まで行き、開ける。

 「はい」

 「あぁ!いたいた!間違ってなかったよやっぱりぃ!あっはははは!ひっく」

 そこにいたのはサラさんだった。

 「サラさん!?」

 「たっでぇまもどりやした~」

 敬礼をするようなポーズをとったかと思えば、私の肩を掴み。

 「だんな、いる?」

 と聞いてきた。

 「だんな?」

 「だんなはだんな!アタシのだんな!」

 「だんな……」

 「いないの?ぱとりしあよ、ぱ、と、りしぃあ!」

 「あ、ああ!パトリシアですか」

 「そう!いってたでしょ?サラはおよめになるのでーーすって。アタシがよめならむこうがだんな!そうでしょ!」

 「ま、まあ、理屈てきにはそうですね」

 「ね!それで?でかけてるの?」

 「あ、いえ、その、もういないんです」

 「いない!?どこいったの?」

 「えっと…」

 「とりあえずあがるわね!」

 おじましま~とサラさんは、靴を器用に足で脱いで、ふらついた足でリビングへ向かってしまった。


 慌てて追いかけると、ちょうどサラさんがソファにどかっ!と座る場面に出くわした。

 「よ~しくわしいはなしをしなさい」

 なかなか偉そうな態度で私にそうやって促す。

 「カナタちゃん。誰この人」

 「天笠 サラさん。一応この家の四人目の同居人なんだけど、引っ越してきた当日に前話した事があってね」

 「なるほど、それで出ていってたと」

 「そうなの」

 「でも、帰ってきたと」

 「そうなのよ」

 私とワカバがひそひそ話をしていたら、クラリスが入ってきた。

 「あ、あの、カナタさん。準備ができたので別れの、挨拶をしに来ました」

 「ああ、クラリス。ごめんなさいね。今サラさんが帰ってきてて、ちょっと立て込んでいるの。申し訳ないけど少し待ってもらって構わないかしら?」

 「もちろんです!ごゆっくり!」

 驚くほどに、元気に即返事をしたクラリスは、キッチンにいるモプと洋子さんの元へ行き楽しそうに、嬉しそうにしている。

 

 水を一杯飲んだサラさんは、こちらを見て「本題に入る前に聞きたいんらけれど、旦那のあの暴走は、血を体に入れたからってことでいいの?」と聞く。

 「そのようです」

 私の答えを聞くと「なるほど、ならやっぱり会わなきゃね」と何度も頷く。

 「あの、繰り返すようですけど、もういないんです。実家に帰ってしまって」

 「それなら、アタシを旦那の実家に連れてって」

 「連れていってと言われても…」

 私にはどうしようもない。そう言いかけて、ふとモプと洋子さんの毛に埋もれて幸せそうにしているクラリスに目が止まる。

 「いけるかもしれません」

 「よし!ならいくわよ!」

 「はい!クラリス!」

 溶けるように幸せな顔をしていたクラリスは、突然声をかけられ驚く。

 「はい!?」

 「影移動お願い!」

 「良いですよ。どこへ行くんですか?」

 「あなた達の家よ!」

 「ああ、私達の家ですか……え?」

 





 

 親に相談なく帰ってた実家。

 自分の部屋のベッドに腰掛ける。

 もう何年も帰ってきていない気分だ。

 親がこの世界屈指の実力者であり、権力者でもある私の家は広く。個人の部屋もなかなかの広さを誇っている。

 ただでさえ広い部屋は、カナタの家の部屋に慣れてしまったためか、この広大さには虚しささえ感じる。

 ベッドに倒れて仰向けになる。

 親から渡されていたお小遣いを全て残してきたが、そんな事では弁償できたなんて思っていない。

 でもそれしか償える方法はなかった。

 やっぱり無理があったんだ。

 どんなに能天気な女を演じようと、結局私は強大な力を持った化け物、彼女達とは相容れない存在なのだ。

 少しの間、良い夢を見させてもらえた。そう思うことにしよう。

 それでも…。

 「もう少し、夢を見ていたかったわ」

 向こうに残ると妹はごねているだろう。あんなにも居心地の良い場所が、ここ以外にあるなんて思いもしなかった。

 せめて妹は恨まれずに住まわせてもらえれば幸いだ。

 またしばらくは、引きこもり生活だ。

 いや、もういっそのこと、永遠と引きこもってしまおうか。

 ゆっくりと目を瞑る。

 とうか、あの幸せな日々を夢に出せますように、そう願いながら。

 しかし、どうやら私は眠る事を許されないらしい。

 部屋のドアがノックされる。

 「パトリシア。帰ってきているんだろ?ちょっといいかな」

 「なに?私は寝ていたいのだけれど」

 「そう言わないでくれ。パトリシアには悪いが、どうにもお前の婚約者は私の手におえないんだ」

 「婚約者?パパは何を言ってる」

 私が言い切る前に、部屋のドアが荒々しく開けられた。

 そこに立っていたのはサラだった。

 「いたぁ!なに昼間っからベッドで横になろうとしてるのよ!若いんだからそういう怠けは年取ってからにしなさい!」

 「サラ!?なんでここに!?いや、どうやってこっちに来たの?」

 サラは、ツカツカと足音を立ててこちらへ歩いてくる。

 その後ろにはクラリスがいた。

 「あ!クラリスね!サラをこっちに連れてきたのは!」

 私に責められたクラリスは「あ、あとはお若い人同士でごゆっくり」と言って、いそいそとパパの後ろに隠れ、そのパパは、「パトリシアの趣味はああいった人だったのか。以外だ」と考え込む素振りをしながら、ドアを閉めてしまった。

 逃げたな!さては。

 「あったくもぉ。折角アタシが訪ねたってのに居ないって言うもんだからしゃ。はるばる来たってのに、あんたのお父さんはコミュ力がまだまだねぇ」

 酔っぱらっているサラは、どか!と私の横に乱暴に座る。

 「まあ、あんたの所に連れてってくれたから別に良いんだけどさ」

 「何しに来たのよ!あなたカナタの家を出ていったんでしょ?」

 「そうだったんだけとさぁ。お酒飲んでてちょっと気が変わってねぇ?そうだ!あんたに言わなきゃ!ってわざわざ訪ねたんだって言ってんですよ!」

 パン!と自分の太股を叩き突然語気が強くなるサラ。

 本当になんでここに来たんだろう?

 「私は、話すことなんて」

 「アタシが用あるって言ってんでしょって!話聞いてる?」

 一方的な発言に苛立ちを覚えてきた。

 「わかったわよ!なら、その言いたいことってのをさっさと言って、さっさとここから出ていってちょうだい!」

 「わかればいいのよ。偉いわねぇ」

 今度はにこやかに笑い。私の頭を撫でてくる。そして、サラは「うっし!言うわ?よぉく聞きなさい」とやっと本題に入る。

 その表情は、真剣だった。

 「あんたさ、とりあえずカナタちゃんの家に帰ってきなさい」

 「は?」

 「そんで、ちゃんと謝んなさい。アタシも謝ってあげるから」

 「なによ。それが言いたかったこと?」

 「うんや?これはさっきカナタちゃん家着いて考えたこと。アタシが言いたかったのは、落ち込んでるだろうから。辛い思いしたわねぇ。って励まそうとしてただけ」

 「励まそうってなによ…それに辛い思いをした?わかったような事を言わないで」

 「わかるわよ~一緒だもん」

 「一緒?」

 「そ、あんたとアタシは一緒」

 真剣な顔で何を言うかと思えば、一緒。なるほどね。大方落ち込んでるから気持ちをわかった気になってあげれば元気になるだろう。そう考えたのね。

 思わず鼻で笑ってしまった。

 「一緒って、何を言ってるのよ。私は吸血鬼と人間のハーフで、普段から意識して力をセーブしてなければ大惨事になって、ちょっとでも血を摂取したらそのセーブができなくなる化け物。あなたは、ただの人間よ。どこが一緒なのよ」

 分かりやすく違いを説明したが、サラは「違う違う。そういうんじゃなくって」と手と首を左右に振りながら続ける。

 「あんたの、その暴走しちゃうって所が一緒なのよ」 

 「…何を言ってるの?まさか、あなたもトンでもパワーを持っているとでも言い出すわけ?」

 「そんなこと言ってないの。いい?確かに今回の事は、もう悲惨な出来事って言える。でもね、それってあんたが迷惑かけてやろ~とか思ってしたことじゃないじゃんよ?」

 「…そうね」

 「アタシもさ、別に普段生活してる分にはどうってことない普通の人間よ。でも、一度お酒を飲んじゃったら、自分を制御できなくなって、周りに迷惑かけちゃうの。ほら?一緒」

 …理解したわ。そういう事ね。

 「要するに、私もお酒で酔ったようなものだから、大丈夫だって言いたいのね」

 なんて人間の考えそうな、浅はかな考えだろう。そんな規模の話じゃないのに。  そう馬鹿にしたら「大丈夫なわけないでしょ!」とサラが怒った。

 慰めに来たと思っていたので、突然怒られてびっくりした。

 「あんたは!飲んじゃいけないもの飲んで暴走して!物を壊したの!」

 「え、ええそうね」

 「そうねって…わかってるんなら真っ先にカナタちゃんにごめんなさいをしなきゃいけないでしょ!まったく。もしかしたらしてしまったことにショック受けて、傷ついて、謝るのを忘れてるんじゃないかなって思って来てみたら。案の定じゃない」

 悲しいったらないよ。サラはそう呟き、顔を手で隠し、首を振った。

 「な、なによ。謝罪ならしたわよ。ちゃんと手紙で謝ったし、慰謝料として家具を弁償できるだけのお金も置いていったわ」

 「お、それは偉いわねぇ。ほら、いい子いい子してあげる」

 またころりと表情を変えて、また頭を撫でてきた。

 一体なんなのよ。

 ひとしきり、私の頭を撫でたかと思えばまた話しだす。

「でもねパトリシア。偉いけれど、それは今回良くなかった方法かもね」

 「……なんでそう言えるのよ」

 「確かにそれで、家具は戻ってくるだろうし、事故の原因になった人は居なくなった。普通の関係ならそれでおしまい。お互いの落とし所として満点かもしれない。でも、パトリシアがそうやって一人で決めて行動したことで、カナタちゃんは余計にあんたの事でショックを受けちゃってたし、後悔してた。それじゃあ良くない」

 「なら、どうしたら良かったのよ」

 「言ってるでしょ?まず帰ってきて、カナタちゃんにちゃんと面と向かって謝る。そこからどうするべきかを話し合わなきゃいけなかった。アタシはそう思うけど」

 サラの言葉は優しかった。

 けれど、それはやはり、あくまでも人間が人間に対する優しさだ。

 化け物の対処法じゃない。

 私の頭を撫でる手を、そっと掴む。

 「やっぱりわかっていないわ。それじゃなにも変わらないの。私が本気で謝って、そしてカナタは優しく私を許す。それで終わりになってしまうの」 

 「それじゃダメなの?」

 「ダメよ。私はどう偽っても化け物でしかないの。またいずれ、私が暴走をしてしまった時に、同じように問題が解決するとは限らない。同じように五体満足で無事に済むかわからない。私と暮らすということは、そういった危険と隣り合わせな状態が一生つきまとう。私一人の我が儘で、あんなにも優しくて温かい人間をそんな状況に居させるなんてできないわ」

 「…そっか」

 掴んでいた手を、そっと離した。

 「だから、この話はここで終わり。ありがとうねサラ。こんな所まで来てくれて」

 「勝手に終わらせるなぁ!」

 サラが怒鳴った。

 湿っぽい雰囲気で、ここでお別れって流れでしょ!?

 「あんた馬鹿!ほんと馬鹿だわ!実は自分の事しか見えてないのね!」

 「な、なによなによ!怒鳴ったり優しくしたり!また怒鳴ったり!DV彼氏か!」

 「どっちかといえば彼女だわ!あんたの悩みなんかどうでも良いって現実があることをわかってないわ!」

 「そんなことないわよ!私は吸血鬼と人間のハーフで」

 「それよそれ!」

 「なにが!?」

 「あんたさ!吸血鬼と人間のハーフなんでしょ?」 

 「だからずっとそう言ってるでしょ!」

 「なら答え出てるじゃん!吸血鬼と人間が一緒に暮らせるって」

 「なにいって、るの……ふむ」

 ヒートアップしていた脳が、突然機能停止したような感覚だ。

 言われてみれば、私のお母さんは結構、いやかなり貧弱体質だが、そんな身体にも関わらず、私達姉妹よりはるかに力のあるパパと暮らしている。

 「ま、まあ、そうね。特例中の特例としてそういった事象も極々稀に存在しなくもないけれど」

 「でも存在してるんでしょ?あんた何歳よ今」

 「……十五歳」

 「十五歳でしょ?なら少なくとも十五年以上は暮らせてるってことじゃん」

 む、むむむ。酔っぱらいのくせに痛いところを突いてくる。

 「あんたが実家に帰ってきたのは、それほどしてしまったことに負い目を感じているからなのはわかるわ。でも、それを自分の生い立ちとかを言い訳にしちゃダメ。自分がしたこととは、しっかり向き合って、謝罪して、きっちり後腐れの無いようにしないといけないの」

 …………。

 「さすがに年上の大人ね。言い返せないくらい正論だわ」

 「なに言ってんのよ!こんなの正論でもなんでもない!あくまでも一つの解決方法でしかないわよ。あんたは運が良かったけど悪かったわね。物を壊しても怒らないでこっちを心配してくれる人がいたからさ」

 なんだか、私の気持ちはわかってくれていないはずなのに、それでも心打たれる温もりがサラにはあった。

 「さ、それじゃあ謝りに行くわよ。カナタちゃんもこっち来てるからさ」

 立ち上がり、私の手を引いてくれる。

 不思議だった。

 「どうして?」

 「あい?」

 「どうしてここまでしてくれたの?」

 「あんたの嫁だからよ」

 「それは私が押し付けた事でしょ?」

 「ああ、そんなの関係ないわよ。いや、最初は無理だろうなって思ったけどさ、あんたが言った通り、やっぱりお酒で酔っぱらうのも、血で酔っぱらうのも違いがないから似た者同士で息が合うのかなって、昨日から飲んでて思ったのよね。そう思ったらさ、美人だったしスタイル抜群だったし女でも悪くないかなって」

 「やっぱり、そっち方面でも一緒って思われたのね」

 「えへへ、ビンゴ」

 サラは太陽のような笑顔を私に向ける。

 まったく。その場の勢いもあったとはいえ、なんて人を嫁に選んでしまったのだろうか。

 「ほらほら、早く行くわよ~そろそろ酔いが覚めちゃいそうだからさ」

 「あら、人に謝罪をする時に酔っぱらっていたら失礼なんだし。ちょうどいいじゃないの」

 「だめだよぉ。ここまで来るのに相当勇気いったんだからさぁ。酔ってなかったらこんなにアグレッシブになれないって」

 「そんな心境でよく来たわねほんと」

 「そりゃそうよ。いいパトリシア。結婚ていうのはね、お互いの時間の奪い合いなのよ。その中でいかに………」

 私達は部屋を出て、カナタが待つという食堂まで向かった。

 その間、サラから夫婦とは何かを長々と教えられた。

 



 「カナタ、許してくれるかしら?カナタ思い出と言える物を壊してしまったし」

 食堂の扉の前に来たが、ふうにその扉を開ける手が震えたいる事に気づく。

 もし、許してもらえなかったら、本当に恨まれていたら、今更そんな事を考えて体が恐怖していた。

 そんな私の手を握り、サラは言う。

 「大丈夫、壊しちゃった物は完璧には戻らないけど、それ以上の思い出を一緒に作ってあげればいいんだよ」

 「ありがとう、サラ」

 「うん、それじゃあせーの!」

 一緒に食堂の扉を開ける。

 カナタの姿を確認。

 その瞬間に頭を下げる。

 「ゴメンナサイ!カナタ!」

 「この度は!わたくしの旦那がご迷惑をおかけしました!」

 サラの滑舌はまだ怪しかったが、頭を下げる速度はなかなかのものだった。

 「う、うん、パトりティア。あエペうれぴいわ」

 「うふふ、こちらは?マルシャンクの手羽先なのよ。塩で味付けをしてあるわ」

 「はい。いただきまぷ」

 聞こえてくるカナタの声は、口に何かを入れて喋っているような変なものだった。

 何が起きているのかと、恐る恐る顔を上げると、カナタがお母さんに次から次へとご飯を食べさせられていた。

 カナタの頬は、リスのようにぷっくりと膨れていた。

 「ミズキ。カナタちゃんは私達の娘のようにすぐには飲み込めないんだ。少しペースを考えてあげてだね」

 「あらあらゴメンナサイ。娘が四人に増えたようで嬉しくてつい。さあワカバさんこれはね、ヤワニシキの丸焼き。囲炉裏で焼いたから炭の香りがアクセントになってご飯が進むわよ」

 「は、はい。ちょっとお待ちを」

 ワカバは頬がぷっくりとしていないが、今、若干戻しそうになって口を押さえていたから、同じように食べさせられていたんだとわかる。

 「あ、あの。カナタ」

 「ストップ。いま、飲み込む。んぐっ。ふぅ、強制わんこそばを食べていた気分」

 「あらあら、嬉しいわ」

 お母さんは、糸目で口もあまり動かないから感情がわかりづらいが、本当に楽しそうにしている事はわかった。

 「ごちそうさまでした」

 「私も、ごちそうさまでした」

 「あらもういいの?まだこちらの名産品の半分も出していないけれど」

 「「いえ、ごちそうさまでした」」

 「そう、満足してもらえてよかった」  緩やかぁな口調でのんび~りと動くをするお母さんだが、どうにも人の世話をする時だけはキビキビと動くのだ。

 水を飲んで一息ついたカナタは、まっすぐこちらを見つめる。

 「まず一言」

 「はい」

 「私は怒っています」

 「はい」

 「なぜなんの相談もなく帰ってしまったのか、そんなにも頼りなかったのかと」

 「はい」

 「次に一言。こちらもパトリシアの事をわかった気でいて、あなたに、もっと寄り添ってあげればよかったと反省していますごめんなさい」

 「カナタ」

 「そして最後に、おかえりなさい」

 「え?」

 「あら?もしかして、帰ってくる気がなかったのかしら、ごめんなさい。勝手に早とちりしちゃった」

 「ううん!!そんなことない!カナタの家に、帰りたい」

 「よかった、安心した。ならもう一度、おかえりなさい」

 「た、ただいま…」

 「ん~?なんかちがくない?」

 「え?」

 「おかえりなさい。パトリシア」

 「え、えっと……!ただいまデス!」

 

 私は駆け出し、カナタに抱きついた。

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