第3章 4
一日の授業を終えて、ワカバと分かれてから私は一人で家に帰る。
双子姉妹は部活があるので帰りは少し遅くなるとのこと。
また人が増えたし、買い物の量も増やさないといけないなぁ。それに洗濯の量も増えるだろうし、そうなると洗剤や、シャンプーの減る量も増えるだろうから、そんな日用品の買う回数も増えるなぁ。
家に帰る道中で、悩みが尽きないなぁと考え事をしていたが、気づけば家の前まで着いていた。
ドアノブを引くと鍵がかかっている事がわかり、鍵を開けて玄関に入る。そして、靴を脱いでリビングに行く。
「ただいま帰りました」
リビングのドアを開けると、モプが真っ先にこちらへ走ってきてジャンプした。
「おっと、ただいまモプ」
へっへっへっへっと息を吐き、じっと私の顔を見ている。
「おかえりカナタちゃん」
ソファに座って、テレビを観ていたサラさんは、麦茶の入ったグラスを揺らしながら迎えてくれた。
「ただいまです。洋子さんは自室に戻っているんですかね?」
「いや、お風呂場入ってくるってさ」
「そうなんですね」
モプが飛びついてきた事もあり気づかなかったが、ふと良い匂いがしてきた。
キッチンを覗いてみれば、味噌汁が作られていた。
「わ!作ってくれたんですかこれ!」
「ん、暇してたしね。それあればおかず一つと白米だけ準備すれば良いでしょ?」
「助かります!」
「はは、一人暮らし長かったからね。楽できる料理の作り方や、節約の仕方は慣れたもんよ」
得意気に笑い、麦茶を飲むサラさん。
「そうだ。なんなら、ごはんも炊いておくからカナタちゃんは勉強でもしたら?」
「良いんですか?」
「いいのいいの、仕事のない人間はこき使って楽しなきゃね」
「すいません。お言葉にアマエサセテもらいます」
頭を下げて、リビングを出てから自室に向かう。
カバンを置いて、モプを一旦下ろして、筆記用具と月音先生から渡されたプリントを持ってリビングに戻る。
テトテトと可愛らしい足音を鳴らしながらモプが後ろをついてくる。
プリントをテーブルに置いて、椅子に座り私は宿題を始める。
テレビから聴こえるニュースをBGM代わりに集中して、宿題を片付けていく。
そこにリビングのドアが開く音がして、湯上がりの洋子さんが入ってきた。
「ああ、帰ってきてたんやな。宿題もしててえらいえらい」
洋子さんはちらりと一目私の方を見て、ソファに腰かけると、ポンッと空中でうちわを造りだした。
「は~気持ちええわぁ」
「妖術ってやつで造ったんですか?」
「便利やろ~?」
「便利ですねぇ」
宿題をしながら雑な返事をしていると、「そ、それ、どこから出したの?」とサラさんが驚いた顔をして洋子さんの持つうちわを指差す。
「え?せやから……あ…元から持ってたでこれは!」
洋子さんは慌てて「ほら、ウチのこの和服は袖が広いやろ?入れててん!」と言い訳をするが、サラさんは目をぱちくりさせ
「いや、いやいやいや!明らかに空中でなんか出てきたじゃん!」と指摘する。
やらかしてしまった。サラさんには、洋子さんが『美人な成人女性』に見える術を使っていると洋子さんから言われていた。
つまり、サラさんからは『隣に座った人が空中にうちわを出す』という芸当をしたことになるのだ。
「えっとですね、サラさん。これは…」
「そういえばさっきカナタちゃんも妖術がどうとか言ってたじゃん!」
ぐるんとこちらを向いて、私を指差しながら指摘された。
しまったなぁ。と頭を抱えていたが、こちらを指差すサラさんの指を見れば、人差し指に絆創膏が貼られていた。
「サラさん怪我したんですか?」
「あこれ?味噌汁作ってる時に、ネギを切ってたらちょっとね。じゃなくて!」
誤魔化せなかったか…。
どうしたものかと打開策を考える。するとそこへ、双子姉妹が帰ってきた。
「ヘーイ!パティちゃんの帰還デス!」
「あ、おかえりなさきパトリシア」
面倒なタイミングで帰ってきやがった。なんて心の中で毒つくが、パトリシアは素知らぬ顔をして味噌汁を見つけ「オオ!お味噌汁デス!和の心!」と喜んでおたまで一掬いし、小鍋に分けて温める。
「ちょっと、つまり食いしないの」
「チッチッチ、これはつまり飲みデス」
「もう、仕方ないわね!」
「話をそらすなぁ!」
サラさんが吠えた。
「なんなのさっきから!?隠し事されてるよねアタシ?」
「う、う~んとですね…」
本当の事を話すべきか、話して理解してくれるか。
どうしたら良いんだと悩んでいると、怯えながらクラリスが入ってきた。
「あ、あの、た、ただいま、です」
喧嘩をしている雰囲気が苦手なようで、ひどく縮こまってしまっている。
その時、カコーンッ!と何が落ちた音がキッチンの方からした。
見てみればパトリシアが口を抑えて嗚咽していた。
「ど、どうしたの?」
返事をすることなく、パトリシアはペッと何かをシンクに吐き出した。
それは、ネギだった。
ふと、先ほど聞いた話を思い返す。
「サラさん。何を切ってて指を切ったって言いました?」
「は?ネギだけど?」
「そうですか…」
嫌な予感がして、固唾を飲む。
嗚咽がおさまらないパトリシア。
すると、そんなパトリシアの髪が頭頂部から毛先へとだんだんと白く変化する。
ゆっくりと顔を上げるパトリシア。その瞳は血液のように紅くなっていた。
「パ、パトリシア?」
心配して声をかけた次の瞬間、襟元を強く強く後ろに引っ張られる。
空気が弾けた音がして、家具が飛ぶ。
ガラスの割れた音もしたかと思えば、目の前でパトリシアとクラリスが向かい合って、手を掴み合い力比べをしていた。
「大丈夫?」
声をかけてきたのは洋子さんだった。
洋子さんの足元に私とサラさんが尻餅をついている状況。
「え、は、はい」
サラさんはもはや放心状態であった。
「ぐ、くく…」
クラリスとパトリシアはテーブルがあった場所でずっと力比べをしている。
いや、力比べというよりもパトリシアをクラリスが抑えているという方が正しいかもしれない。
「ち…ち……ちを…」
組付き合うパトリシアは、うわ言のようにち…ち…と呟いている。
状況がわからず戸惑っていたら「カナタはん。ヤマトはんから渡された札どこにあるん?」と洋子さんから聞かれた。
「ふ、札…カバンの中ですね」
「持ってきてそれを使って。パトリシアはんはウチとクラリスはんが引き留める」
「わ、わかりました!」
大急ぎで組み付く二人の横を通りすぎて自室に行き、カバンから大和くんに渡されたお札を取り出しリビングに戻る。
それをキッチンで濡らして、大和くんが言っていた通りに願って大和くんを呼ぶ。
すると、お札が光り、その輝きに目を閉じていると、気づけば大和くんが居た。
「大和くん!」
「状況はわかりました!離れていてください!」
すぐにキッチンの角に行き、大和くんから離れると、大和くんは袖からお札を出して何事かを呟く。
すると、そのお札を二人の頭上へ何枚も投げたかと思えば、お札はパトリシアに纏まりつく。
パトリシアは、そのお札に力を奪われたように力無く体勢を崩していく。
次に大和くんがお札をパトリシアに投げつけたかと思えば、そのお札は強く光り、組み合っていた二人と大和くんが消えた。
三人が忽然と消えて、リビングには静寂が訪れる。
部屋は荒れ果てていた。
テーブルは半分に折れていて、四つある椅子は足が割れ放題。
床は抉れていて、ガラスは殆ど割れてしまっている。
テレビも画面にヒビが入り、キッチンには鍋が落ちていて、味噌汁は床にぶちまけられている。
惨状。
その言葉が脳裏を過る。
「大変な事になってもうたな」
洋子さんは、もう隠す意味はなくなったと考えたのか、空中にポンポンとホウキとチリトリを作りだし、散乱したガラス片を掃いて集める。
そんな洋子さんを見ながらサラさんは、「き…きつ…ね……?」と呟く。
そして、私の方を見て立ち上がり「カナタちゃん、ちょっと外に行こっか。こういう時は一度気分を変えるために外の空気を吸うもんだよ」と私の手を強引に引いて、玄関まで行き外へ出る。
「サラさん?」
「いいから来て」
うむも言わせぬ迫力で、ずっと手を引いて歩いていく。
五分程歩いていった所にある公園まで来ると、ベンチに座るよう言われた。
「カナタちゃん」
「はい」
「一つ聞きたいんだけど、さっきの双子の事とか、その、きつねの洋子さんの事は知ってたの?」
問い詰める眼差しで、私の目をまっすぐ見つめるサラさん。
「はい。知っています」
すっと答えた私に、サラさんは溜め息をした。
「じゃあ、あの双子ちゃんが暴れた原因はわかるの?」
「えっと、おおよそは」
「あんな風になるってのも知ってた?」
「いえ、それは、知りません」
サラさんは額に拳を当てて、また溜め息をこぼした。
そして、私をまた見つめ、
「出よう!あんなところ!」
私の手を握り訴えてくる。
「出るって…」
「わかるでしょ!?あんな化け物に囲まれてたら生きてられないって!逃げなきゃだめでしょ!」
「でも、いままではなんともなかったですし…」
「いままでは、でしょ?さっきみたいに暴走したり、襲われたりしたらどうにもできないでしょ?」
「は、はい…」
「今回はたまたま運が良かっただけで、大怪我を負ったかもしれないじゃん!」
サラさんの言い分はわかる。私はパトリシアが血を摂取したらああなるなんて、言葉でしか知らなかった。
実際、洋子さんとクラリスがいて、大和くんを呼べる手段があり大和くんが手助けしてくれたから、どうにかなった。
でも、
「それでも、私はあの家を出ていくつもりはありませんし、皆を追い出したりすふつもりもありません」
「なんでさ!」
肩を掴んで、私を見つめる。
「もしてして脅されてるとか?」
「そんな事はされてません!」
つい、声を荒げてしまった。
サラさんは案の定驚いた表情をする。
「あ、すいません。でも、皆、そんな事をする人達じゃないんです。それは、信じてください」
サラさんを見つめ返して、私は譲りたくない事を主張する。
すると、サラさんは私の肩を掴んでいた手を離して、唇を噛み、目をそらす。
公園はとても静かだった。
「わかった。カナタちゃんがそこまで言うならアタシはもう何も言わない」
「サラさん」
「ただ、アタシは出ていかせて貰うわ」
「え?」
「ごめんね。あんな所には居られない。みんなの事は黙っておくから安心して、それじゃあね」
サラさんはそこまで言うと、公園を出ていってしまった。
「サラさん!」
私の呼びかけに振り返ることなく、サラさんは見えなくなった。
家に帰り、リビングに戻ると、壊れた椅子とテーブルは壁に寄せられていて、鍋は洗われて裏返されており、床は抉れている部分を除いて元通りに綺麗になっていた。
「すいません洋子さん、今帰りました」
奇跡的に無事だったソファに座り、洋子さんはお茶を啜っていた。
「おかえり、片付けばしておいたで」
「全部してもらってごめんなさい」
「かまへんよ。帰ってきてくれただけでウチは嬉嬉しいけんな」
その言葉にドキリとする。
「もしかして、話聞いてました?」
「いんや、サラはんの慌てようから、ここから逃げ出した方がええとか、ウチラを追い出せとかそんな風な話したんやろ?」
「まあ、そうですね」
「それが普通の反応やな。どう足掻いても人じゃないんは事実。意識して力を抑えてるだけで、タガが外れたらご覧の有り様やな」
はははと明るく笑う洋子さん。
確かに、皆が手加減をしているだけで、これが本来なる部屋の有り様。私と普通に生活をするために、皆は普通じゃない行動を常にしているってとこだ。
「こっち座り。疲れたやろ?」
洋子さんは、自分の隣を手でポンポンと叩き、そう言う。
言われたように座る。
すると、洋子さんは立ち上がり、湯呑みにお茶を入れて、ローテーブルに置いた。
「ヤマトはんがどうにかしてくるから、今はゆっくり待と?」
「はい…」
洋子さんが入れたお茶は、渋みがあったけど、温かかった。
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