第26話 失敗

――夜を迎えるとマオは家を抜け出し、肉体強化を利用して夜の街を駆け出した。姿を見られない様にフードで身を隠し、修行場所を模索しているときに偶然にも発見した路地裏の奥の空き地に辿り着く。



「ここなら大丈夫そうかな……」



路地裏を突き進むと建物に取り囲まれた空き地が存在し、この場所ならば魔法を使っても怪しまれないと判断した。今回の修行は魔法をどこまで遠くに飛ばせるのか確かめるため、上空を見上げる。



「ファイアボール!!」



肉体強化を発動して筋力をある程度まで強化すると、火球を手元に作り出してしっかりと握りしめる。そして全力で上空に目掛けて火球を投擲した。



「飛んでけ!!」



マオの手元から離れた火球は数十メートルの高さまで飛び立つと、徐々に小さくなって消えていく。それを確認したマオは魔法は自分の手元を離れると勝手に消えてしまうことに気付く。



(思ってたよりも消えるのが早いな。もう少し魔力を蓄積させたら遠くまで飛ぶかな?)



火球が消失したのは蓄積されている魔力が失われたのが原因であり、仮に魔法を形成する魔力量を増やせばもっと遠くまで飛ばせるかもしれない。もう一度試そうとした時、激しい頭痛に襲われた。



「うぐっ!?」



頭を抑えながらマオは地面に膝をつくと、自分の魔力が予想以上に削られていることに気が付く。肉体強化と魔法の同時使用はマオの想像以上に魔力消費が激しく、調子に乗って使い続けると魔力が枯渇してまう。


最初の頃と比べたらマオの魔力は大幅に増えたとはいえ、現時点では肉体強化と魔法の同時使用は負担が大きくて控えるべきだった。折角面白い戦い方を見つけたと思ったが、今は無難に魔法を操作する技術を磨いた方が賢明だった。



(この方法は流石に無理があったか……そもそも俺は野球苦手だしな)



野球のピッチャーのように相手に目掛けて火球を投げ放つ方法は無理があり、よほど制球力に自信がある人間でなければ成し得ない。マオは野球の経験が一度もないので投げて戦う戦法は無理があった。



(仮に相手に投げて戦う方法を身に着けても、疲れてたり怪我をしてたらまともに投げることもできないもんな。やっぱり地道に頑張るしかないか)



投擲で相手に攻撃を仕掛けるのを諦めたマオは手元に火球を作り出すと、集中力を高めて火球を操作しようとした。最初は上手くいかなかったが、徐々に火球が震え始める。



「くっ……こいつは時間が掛かりそうだな」



持続力の強化を終えたお陰で魔法は簡単に消えることはなくなり、あとは魔法を操作することに専念できた。アイリスはこのような事態を見通してマオに最初に持続力の強化を提案していたのかもしれず、改めてマオは感謝した。



(アイリスのお陰で助かったな。でも、ここから先は俺一人で頑張らないと)



先の一件でアイリスを怒らせたので当分は助言は期待できないが、いつまでも彼女に甘えているわけにもいかず、魔法の完成は自分の力でやり遂げたいと思ったマオは彼女に頼らずに自分一人で頑張ることにした――






――それからさらに一週間経過すると、マオは牛乳配達の仕事を終えると家に戻って訓練を行う。今までは室内での魔法の練習は控えていたが、これまでの修行の成果で火球の規模をある程度まで調整できるようになった。



「ファイアボール!!」



呪文を唱えるとマオの手元に指先で摘まめるぐらいの小さな火球が誕生した。火球が小さいほどに蓄積されている魔力は少なくなり、なにかにぶつかったとしても爆発の威力は最小限に抑えられる。


仕事場から受け取った空の空き瓶を机の上に無造作に並べると、マオは火球を繰り出して空き瓶の隙間を通り抜けるように操作を行う。この一週間の訓練で火球をある程度は操れるようになり、空き瓶に当たらぬように机の上を通り過ぎる。



「よっ、ほっ、それっ!!」



大量の空き瓶を設置した机の端から火球を送り込み、反対側まで移動を行う。今までと比べたら地味な訓練だが、成果は確かにあった。



(やっぱり間違いない。火球は小さい方が操りやすいんだ)



火球の規模を縮小化させると心なしか操作が楽になり、逆に大きくすると動かすのも苦労する。だからマオは最初の内は極小の火球を作り出して自由自在に動かせるようになるまで練習し、徐々に火球の規模を大きくさせることにした。



「ふうっ、もうちょっとかな」



机の上から火球を引き寄せると、指先の周りを高速回転させる。一週間前の自分ならば考えられない芸当であり、着実に修行の終わりが近づいていると実感できた。



「もうこんな時間か。そろそろ飯にしないと……しっかり身体を休ませるのも修行の内だ」



時計を見て昼を迎えていると知るとマオは汗を拭き、しっかり栄養を補給して身体を休ませようとした。だが、食材が残っていないことに気付く。



「あ、しまった!!最近忙しくて買い物も行けなかったんだ……しょうがない、偶には外食するか」



しっかりと食事を取らなければ練習もままならず、マオは出かける準備を行おうとした時、ハルナから受け取った仮面思い出した。彼女とはあれ以来出会っていないが、もしかしたら街から既に出て行ったのかもしれない。


ハルナの仮面を手にして別れ際の彼女の顔を思い出し、あんな美少女は前世を含めても見たことはなかった。アイリスに尋ねれば彼女の居場所を教えてくれるかもしれないが、なんとなく恥ずかしくて聞けなかった。それに彼女はエルフの族長の娘であり、気軽に会える相手ではない。



「隠密の仮面か……付けたらどうなるんだろう?」



アイリスの説明によれば仮面を装着した人間は他の人間から怪しまれなくなり、どんなに変な格好をしていても気にかけることはない。興味本位でマオは仮面を装着してみようかと顔に近づけると、予想外の事態が起きた。

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