2 あたまのおかしい世界
たとえトイレに駆け込んだところで、ノーラは付いてくるだろう。
フランソワーズの記憶からすると間違いない。
だけど自分の部屋でうんこするよりはいくらかマシだ。
「いけません。お嬢様にトイレはまだ危のうございます」
「私はもう5歳よ!」
フランソワーズの記憶にはトイレの場所はあったが、中のことは無かった。
私はまだトイレに入ったことがないのだ。
だが茉莉花としての知識があれば大抵のことは大丈夫のはずだ。
トイレなどどんなに時代と世界が違っても、その形に大した違いがあるはずがない。
フランソワーズの記憶から推測できる文明レベルからすると、まず間違いなく水洗ではないだろうが、ボットン便所――つまり汲み取り式の便所――程度のものはあるはずだ。
私はうんこが引っ込んだのをいいことに、おまるから立ち上がった。
パンツを上げようと思って、この世界にはパンツが無いことを思い出し愕然とする。
スカートの下はノーパンが基本なのである。
なんだこの世界。あたまおかしい。
「付いてきちゃダメ!」
そう言って私は駆け出す。実力行使だ。
ノーラやレオニーたちが止めようとしたが、私は彼女らの手をひらりと躱し、廊下に躍り出る。
トイレの場所なら知っている。
私は彼女たちが追いついてくる前に廊下を走ってトイレの前にたどり着いた。
5才児からすると高い位置にある丸い輪っかのドアノブを引いて扉を開けると中に駆け込んだ。
トイレの扉に鍵は無かった。
これではノーラたちがやってきたら押し入られてしまう。
でもトイレに座ってしまえばこちらのものだ。
踏ん張っているところを引っ張られたりはすまい。
私はトイレの中を確認した。
言うまでもなくトイレという空間の奥には便座が鎮座している。
恐る恐る近づいた私は便座を覗き込んだ。
便座は木で出来た座椅子のようになっていて、お尻を置くところの中央はぽっかりと穴が開いている。
そこまでは予想通りだ。
しかし私をびっくりさせたのは、穴の奥が明るかったことだ。
それは確かにボットン便所で間違いない。
便座に座り、穴に排泄物を落とす構造だ。
しかし穴の向こう側が明らかに私の知識にあるボットン便所とは違っている。
普通ならそこは排泄物を貯める構造になっているはずだ。
しかし私の目の前では、便座の向こうに庭が広がっている。
ノーラが危ないと言った理由が分かった。
もちろんボットン便所でも5才児であれば便座の内側に落下する恐れはある。
そうなれば排泄物まみれになる上、命の危険もあるだろう。
排泄物に溺れて死亡というのはあまり考えたくはない死因だ。
まあ、排泄物を垂れ流しながら心筋梗塞で死ぬのとどれだけ違うんだって話ではあるんだけど。
だけどここのトイレの場合は落ちればその時点で3階から地上まで一直線に落ちることになる。
下は柔らかい草の生えた地面なので助かるかも知れないが、怪我は免れまい。
あと当然、便座の直下には排泄物が落ちており、それに何頭もの豚が群がっている。うんこを食べているのだ。あたまおかしい。(二度目)
あそこに落ちるのはちょっと勘弁願いたいし、豚たちの真上でうんこを放り出すのも、あまりやりたくない。
豚たちを飼育している庭師なんかはわざわざ見上げたりはしないだろうけど、下から見ればあそこが丸出しだ。
うんこが外から丸見えになるのも単純に辛い。
私が便座を前に逡巡していると、トイレの扉が開きノーラが駆け込んできた。
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