異世界から空だけがやってきた話

Ron

第1話

 空がなくなってもうずいぶんたつ。

 と言っても、火山が噴火して灰に覆われたとか、核戦争が始まったとか、人類が地下生活を始めたとかではない。

 

「今日はレッドドラゴンだってさ」

「最近ドラゴン多いよねー。妖精だけならいいのに」

 上空を飛びすさる大きな影を眺めながら友達とのんびり会話する。

「でも妖精が大量発生したらいやじゃない? こう、なんかうじゃうじゃしてそう」

「うわー。それは確かに」

 想像してちょっと気持ち悪くなった私たちは、気持ち足を早めて学校へ向かう。

 

 わたしがまだ小さかったころ、空がなくなった。

 今まであった当たり前の空がなくなって、なぜだか知らないけど、空だけがファンタジーの世界に置き換わったのだ。

 相変わらず飛行機は飛ぶしヘリコプターも飛ばせるけど、しばしば現れるドラゴンや妖精、魔女なんかと衝突する事故が増えた。

 世界中の超一流の学者たちが研究したけれど何も分かんなくて、分かったことと言えばファンタジーの生き物たちは地上には干渉できない、ということぐらいだった。

 そうなると人類は驚くほど柔軟にそれを受け止め、新聞の天気予報に『ドラゴン警報』だの『妖精進路予測』だのが普通にのるようになった。

 国家予算のいくらかが空港や飛行機、航空自衛隊に投入され、他の国も似たようにした。

 結局のところ地上に影響を及ぼさない生き物たちへの関心は薄く、上空を旋回するドラゴンの影に、洗濯物が乾くのが遅くなった主婦がプリプリ怒る。

 そんな程度だった。

「遅れるよー」

「今行くー」

 ドラゴンの羽ばたきを聞きながらわたしは軽く走った。



~another story~

「……お、地震?」

 軽い揺れを感じて教室でみんなが顔を見合わせる。

「最近多いな。まだ小さいからいいが、みんな、地震とか避難の備えとかしてるかー?」

 先生の呼びかけにうなずく子、してませーんとおどける子、おやつはいつも持ってまーすとふざける子、反応は様々だ。

「まあ、備えはしとけよ。じゃあ今日は56ページからだっ」

「キャー!!」

 先生の言葉は凄まじい悲鳴にかき消された。

「どうした!」

「あれ……。あれ……!」

 その子は震える手で校庭を指す。


 そこにいたのは、あり得ないほどの巨体を鎌首にもたげた、不気味なミミズだかイモムシだかわからない生き物だった。

 

 わたしは悟った。

 空だけがなくなったんじゃない。

 地中もだ。

 地上だけが、異世界に飛ばされたんだ、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界から空だけがやってきた話 Ron @Ron0811

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ