私は貴女に黄色いスイセンを手向ける

巴 雪夜

さよならを言わせてくれてありがとう

貴女に捧げる、一輪の花と共に


 さよならを言わせてくれてありがとう。


 私はそう思いながら棺桶に眠る彼女を見つめた。 生きている時は白雪のようだった肌は、血の気の無い青白さへと変色している。


 艶のあった長い黒髪は整えられていたけれど潤いがない。ぷっくりとしていた愛らしい唇に色はなく、瞼は重く閉じられていた。


 彼女は彩菜。私の親友で、私が愛したただ一人の存在。同じ女子高に通って、楽しく遊んで、上手くやっていたはずだった。


 彩菜だけだった、私を受け入れてくれたのは。ネガティブ思考な私の手を取って、太陽の日差しの下まで引っ張ってくれたのだ、彼女は。


 彩菜がいるだけで私の世界は彩って見えた。周囲に何を言われようとも、彼女と話をしているだけで、全てがどうでもよくなって。それほどに世界を変えてくれたのだ。


 あぁ、でも、あぁ、でも彼女はいないのだ。


 私はどうして彩菜が死んでしまったのかを〝知っている〟全てを。


 辛かったよね、彩菜。 父親に殴られて 母親に罵倒されて 兄に犯されて それなのに学校ではそんな顔一つ見せないで、明るくて、優等生で、皆から慕われて。


 親友なのにもっと早く気づかせてあげられなくてごめんなさい。傍にいたのに、ごめんなさい。私って、親友失格だよね。


『同性で初めて心から信頼できたの、美奈穂だけだよ』


 あの言葉がどれだけ嬉しかったことか。なのに、ごめんなさい。


 最後の別れを告げて、彩菜は煙となった。彼女の両親も、兄も涙を流している。


「パフォーマンスができてさぞ、嬉しいでしょうね」


 私は遠目から彼らを眺めて、吐き捨てた。


   ***


「美奈穂、あたしが死ぬ瞬間を見届けてほしいの」



 乱れた制服のまま、殴られた頬を撫でて彩菜は言った。私は「嫌だよ」と言いたかったけれど、彼女の「最後のお願い」と涙に濡れる眼に見つめられて――頷くしかなかった。


 町から少し離れた寂れた廃墟ビル。地元で有名な心霊スポットに彩菜と二人で訪れる。夕暮れ時で空は茜色に染まって、寂しさが込み上げてきた。


 窓ガラスが割れて、ひび割れた外壁の四階建てほどのビルが見えたところで彩菜は私の手を引く。入口から少し離れた場所で立ち止まると、彩菜は手を離した。



「屋上まで上がってくるからさ。ここで落ちてくるのを、死ぬのを見届けてほしいの」



 天使のように優しく微笑んでから彩菜は私を抱きしめた。ごめんなさい、ごめんなさいと謝りながら。


 どうして、アナタが謝るの? 彩菜は何も悪くないんだよ? 悪いのは全部、全部、〝家族〟あいつらじゃないか。



「彩菜は何も、何も悪くないよ」


「でも、美奈穂を置いて入ってしまうから」



 彩菜は「美奈穂には生きていてほしいから」と、私の分までと抱きしめるのをやめて言った。


 けれど、彩菜は私がこの後、どうするのかも察していたようで、悲しそうに眉を下げていた。あぁ、何もかもお見通しなのだろうなと、私は泣きながら笑って誤魔化す。



「美奈穂、ありがとう。あたしの、最高の親友で、最愛の人」


「ありがとう、彩菜。私の最高の親友で、最愛の人」


 最後の別れを告げて――彩菜は死んだ。



  ***


「彩菜。私は元気だよ」



 にこにこと微笑んで私は彩菜の遺影が置かれた仏壇に手を合わせる。



「今ね、すっごく心が晴れやかなの」



 私はそう言って手を振り上げた。


 ガツンともぐちゃとも、形容しがたい鈍い音がした。私は手に持っていたハンマーを何度も、何度も、何度も、振り上げては叩く。


 固いものが砕ける音からだんだんとぐちゃっぐちゃという粘り気のある音へと変わる。


 畳はすっかりと赤黒く染まってしまっていた。私は立ち上がって〝ソレ〟を蹴り飛ばす。


 重い図体がごろんと転がって何かにぶつかった。


 一つ、頭部が割れた〝何か〟ニンゲン 

 一つ、腹を裂かれた〝何か〟ニンゲン 

 一つ、顔面の潰れた〝何か〟ニンゲン


 仏間に並べられた〝それら〟を眺めると、気分が爽快になる。これほどまでに晴れやかなことがあったでしょうか。


 私の愛しい愛しい彩菜を奪った奴らの死に様はなんと見事なことだったでしょう。


 泣き、命乞い、苦痛に歪む顔。


 あぁ、なんて清々しいのでしょう。



「彩菜、もう大丈夫よ」



 そう、もう大丈夫。


 私は彩菜の遺骨の入った骨壺を抱えて彼女の遺影が置かれている仏間から出た。


 真っ暗な、真っ暗な夜道を歩きながら彩菜との思い出に浸る。アナタと祭に行って花火を見たこと、修学旅行ではしゃぎすぎて先生に怒られたこと。全てが全て色鮮やかなまま、残っている。


 骨壺を抱きしめながら、私は彩菜が眠った場所へと向かう。飛び降りがあった廃墟ビルは一応はやりました感のある注意書きと、鎖で門が封鎖されていた。


 私は柵を乗り越えて廃墟のビルへと入っていく。恐怖なんて言うものはない、むしろ喜びしか湧いてこなかった。


 屋上までやってきて、制服のポケットに入れていた一輪の黄色いスイセンを取り出す。私はぎゅっと骨壺を抱きしめながら黄色いスイセンを手に握った。



「もう一度、愛して――彩菜」



 フェンスを蹴って私は飛び降りた。


 彩菜、ごめん。 でも、また会えるね。


   ***


 どんっと打ち付ける音が夜闇に響いた。


 制服を着た女子高生が一人、廃墟のビルから飛び降りた。親友であり最愛の彼女を抱きしめて、一輪の黄色いスイセンを手向けながら。



黄色いスイセンの花言葉

「もう一度、愛してほしい」「私のもとへ帰ってきて」



END

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