種族ガチャハズレでも生きてるんです、

井理山さき

第0話 プロローグ

いつだったか、子供の頃教会で読んだ英雄譚の絵本。

私はあの物語がどうにも好きにはなれなかった。


火竜族の勇者。

エルフ族の魔法使い。

力自慢の巨人族。

選ばれし者が約束された成功へと歩んでいるありふれた物語だった気がする。

詳しくは覚えていないので、最後まで読んでいないのかもしれない。


だけど、曖昧な記憶の中で唯一鮮明に覚えている場面があった。


旅の途中のなんでもない街。

主人公パーティーが談笑しながら歩いている背景の一部。

そこに歩いていたただのモブ。

……

そのモブは私と同じ種族だった。


別にそのパーティーに加えて欲しかったわけではない。

私の種族では英雄になれないことはわかっていたから、悔しくはなかった。

あの時感じたことはもっとこう、違うものだった。

上手く言葉にはできないけど、なんとなく…

そう…


私にはまるで物語がないような気がした。




でも、今は違う。


私の人生は華々しい英雄譚ではない。

それを現実として受け止め、今後を生きる。

何か大きなことを成すことにこだわらない。

私は私基準で選んで生きていく。


人生の最後に「いっぱい惨めな思いしたし、笑わけだけど、やり切ったな」って思えるように。


――――――――――――――――――


森ゴブリンは、身長1〜1.5メートルほどの小柄な生物で、主に洞窟を住処としていた。

彼らは社会を形成し、それぞれ役割を持っていた。戦士は狩りや領地拡大、職人は武器の製作、産母は子を産み育てる。

しかし、稀にその枠から外れた個体が生まれることがあった。それは「上位種」と呼ばれ、通常のゴブリンを凌駕する身体能力や知性、さらには再生能力等の特殊体質を持つ者さえいた。


ナートラフの森――その外周近くに一つの洞窟がある。その内部は蟻の巣のようにいくつかの空間を入り組んだ通路がつながっていた。

その歪なドーム状の空間内で、一体のゴブリンが壁画を描いていた。

薄明かりを放つ光キノコに照らされたその絵は、人間たちによるゴブリン虐殺祭の様子だった。


ゴブリンは本能的に数を増やし、領地を広げようとする。しかし、人間たちが五年周期で行うこの虐殺祭は、それを阻む壁となっていた。

この上位種のゴブリンも、その恐怖と理不尽を幾度も見てきた。そして、それを壁画に刻み込み、考え続けた。

どうすれば人間たちに復讐できるのか。

どうすれば同じ苦しみを与えられるのか。

どうすれば人間の戦士を確実に討ち取れるのか――。


彼はその対策を練るために、戦士たちに犠牲をいてきた。

上位種の命令には逆らえないことを承知の上で。


彼は度々死んでいった戦士たちを思い出す。

意気込んで突進するも一撃で斬り伏せられた者。

槍に貫かれながらも歩みを止めなかった者。

矢を受けて倒れたところを追撃される者。

死を覚悟しながらも勇敢に立ち向かい、無惨に倒されていく仲間たちの姿。

情報を得るために必要な犠牲だったとはいえ、決して無駄にはできない。

彼らのためにも失敗は許されないのだ。


彼は再び心を奮い立たせる。

復讐の日は、もうすぐそこまで来ている。

以前の虐殺祭から、五度目の白い花の開花時期を迎える。

準備は整った。

次は、こちらが蹂躙する番だ。

一人たりとて生きては返さない。

人間たちに、我々がただ虐げられるだけの存在ではないことを叩き込んでやる。


数日後、彼は300人を超える戦士と数体の上位種の前に立ち、壁画に描かれた作戦を語っていた。

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