第2話 冷たいとか薄情とか

「あのさ……オレたち、今日で終わりにしよう」


 学校の西門すぐ横のカフェで、唐突にカレシの泰河がそう言った。

 私はカフェオレを冷まそうとフーフーしていたところで、一瞬、なにを言われたのか理解できなかった。


「え……? ごめん、もう一回、言ってくれる?」


 私、小波優香こなみゆうかと、カレシの鈴木泰河すずきたいがは、大学のコンパで知り合った。

 泰河は一歳年上だけれど、グイグイとアプローチされて付き合い始め、そろそろ半年になる。

 バイトのあるとき以外には、学校が終わるとずっと一緒にいるんじゃないかと思うほど、うまくいってると思ったけれど……。


「だから、終わりにしたいんだ。オレたち、別れよう」


 ちょっと……なんかデジャブ感が強いんだけど。


「えっと……一応、理由があれば聞きたいんだけど、いい?」


 泰河は深くため息を漏らすと、頭を抱えるようにテーブルに肘をついてうつむいた。

 ため息を漏らしたいのは私のほうなんだけど、と思いつつも、ここは大人しく黙っておく。


「優香ってさ、冷たいよね? つーか薄情っての?」


「……薄情? 私が?」


「そうだよ。一緒に出掛けても、手も繋がないだろ?」


 待って。私が手を繋ごうとしたとき、人前で手を繋ぐなんて恥ずかしいからやめて、とか言って私の手を振りほどいたじゃない?

 だから私は手を繋ぎたくても、いつも我慢していたんだけど?


「それに、別れ際の改札でもさ、振り返りもしないよな? 名残りを惜しむ感情とかないの?」


 いやいや、初めてデートした帰り、改札でイチャついてたカップルを見て『ああいうの、オレ無理。いつまでイチャついてんだよ? って思うわ。改札くぐったらサッサと帰れよっての。な?』とか言っていたのはどこのどいつだよ?

 だから私は改札をくぐったら、すぐその場を離れるようにしたんじゃないの!


 だけどね、私は階段の手前で必ず一度は振り返ってたの。

 もしかしたら泰河が私を見送ってくれるかも……なんて淡い期待を抱いてさ。

 それなのに、一度だって泰河が改札にいたことはなかったよ? いつもサッサと改札から消えてんのは、泰河のほうじゃない。

 誰かと電話しながら人混みに消えていく後ろ姿を、何度見たことか。


 てかさ、今、気づいたわ。

 このカフェ、この席、祥太郎と別れ話をしたのも、まさにこの場所だった!

 そりゃあ、デジャブも感じるワケよね。


「そんなこと言うけど、そもそも改札でイチャつくカップルは嫌いとか言っていたのは、どこのとちらさま? それに私はいつも改札を抜けてから振り返って泰河を探したよ? 泰河はいーっつも、電話を掛けながら帰っていく後ろ姿だったけどね!」


「……っ! それは仕方ないだろ! 電話が掛ってきたんだから! 改札でずっと話してたら邪魔になるじゃないか!」


「へぇ~、毎回毎回、私と別れてから電話が掛ってくるんだ? お忙しいこと。自分はそうやってサッサと帰るくせに、それで良く、私を薄情だなんて言えたものね?」


「そうやって、すぐ上げ足を取るのも冷たくない? 優香、自分ではハッキリものを言えるサバサバ女のつもりなんだろうけど、それ、ただの薄情だからな?」


「は? 私、別に自分がサバサバしてるなんて思ってないし。泰河の勝手なイメージでしょ?」


「もういいわ。オレ、クールでサバサバした女の子は好きだけど、薄情な女は嫌いなんだよ!」


「いいよ。嫌いで結構! 別れよう。今日限りね! スマホ、電話でしょ? 彼女を見送るより大切なお電話なのよね? サッサと出たら?」


 グッと言葉を詰まらせた泰河の上着でスマホが震えているのがわかる。

 ブルブルと何度も音を立てているのは、きっと着信しているからだろう。


 私は少し温くなったカフェオレを一気に飲み干すと、そのまま上着を持って食器をさげ、泰河を残して店を出た。

 背中にいつもの店員さんが「ありがとうございました」と控えめに言っているのが聞こえた。

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