04 世界の仕組み
クロードが夢の世界に「到着」してから一月が経っていたけれど、彼の行動は既に私の目に留まっていたの。表向きは善良な死者のふりをして、でも実際には世界のシステムを執拗に調査していた。まるで、何かを企んでいるみたいにね。
あの日も、私は彼の動向を密かに観察していたわ。街の中心部のビル群を歩く彼の姿を。星々の光が降り注ぐガラス張りの建物の間を、まるで何かを探すように歩いていくのよ。
「あの、すみません」
突然、クロードは背後から声をかけられる。振り向くと、若い女性が一通の手紙を持って立っていた。
「この手紙、もしよろしければ……」
彼女は震える手で手紙を差し出してきた。彼はそれを受け取る。宛先は「愛する母へ」とあった。
「ありがとうございます。これで私も、前に進めるかもしれません」
彼女は彼に深々と頭を下げ、去っていった。
彼は……その手紙を受け取った時の表情が、今でも忘れられないわ。
クロードは既に百通以上の手紙を集めていたみたいね。手紙に宿る未練の「邪気」を、まるで養分のように自分の中に取り込んでいく。そんな行為が許されるはずもないのに、私たち霊神は気付かなかった……いいえ。今思えば、気付きたくなかったのかもしれないわ。
クロードは上を見上げる。
ビルの最上階では当時、霊神と呼ばれる存在たちが暮らしていたの。
窓からは、
「まったく、面倒なことは嫌いでねぇ」
「人間界のことなど、彼らが勝手に解決するさ!」
火の神なんて、そう言って高層階で葉巻をくゆらせているだけ。人間界の苦しみなんて眼中にないのよ。今思えば、私たちの怠慢が全ての始まりだったのかもしれないわね。
クロードは街を歩き続けると、やがて大きな時計塔のような建物に着いたわ。
ここが前の世界の星間郵便局。
死者たちの手紙は、最終的にここに集められる。そして、それらは宇宙にある夢の星へと配達される。そこで現の人の邪気で作られた手紙と交換して霊気に変換される。最終的に現の人の手紙が死者の元へと戻り霊気に変換される。そういう風に世界の均衡を保っているわ。
今も同じシステムを採用しているから、風羽もわかるわよね。
クロードは郵便局の中に入る。広場には多くの死者たちが集まっていた。手紙を出す者、受け取る者、ただぼんやりと佇む者。
彼は郵便局の隅に腰掛け、おもむろに一通の手紙を取り出した。それは先ほどの女性から預かったものだ。手紙からは、かすかに邪気が漏れている。彼はその邪気を、静かに自分の中に取り込んでいった。
そうそう、思い出したわ。
その日、ツクモが実験室で何かの研究をしていたのを彼が観察していたのよ。
ツクモは私たちの中でも真面目で、いつも何かに没頭していたわ。でも、まさか彼がその様子に興味を示すなんて……。
夜が更けていく中、彼は宿泊施設に戻っていったわ。
彼のプライバシーもあるから当時の監視はここまでだったんだけど、崩壊した世界の欠片に含まれた記憶から、その後の彼の様子を確認したわ。
部屋に戻った彼は、すぐに机に向かったわ。
机の上には、びっしりとメモが書き連ねられていたわ。霊神たちの特徴、日課、手紙システムの仕組み……そして、その隙間を突く方法まで。
後、その日に見たツクモの存在。彼女の立場、他の神々との関係。そして、彼女が持つ可能性について。それらをその日のうちにまとめていたわね。
窓の外では夢の星々が輝いていたけれど、確かにその光は少しずつ暗くなっていったわ。
彼の中に溜まっていく邪気が、世界を少しずつ歪めていく……。私はそれを感じていたはずなのに、まだ深刻には受け止めていなかった。
今なら分かるわ。あの時既に、彼の中には単なる復讐心以上のものが芽生えていたってことを。この世界のシステムを根本から覆そうとする、危険な野心が。
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「ごめんなさいね、少し感傷的になってしまったわ。でも、これが私の目から見た、あの時の真実なの」
そう言い夢羽はティーカップを取って一口飲み、空になったカップを渡してきた。
「入念な調査と計画……この前会ったクロードとは別人って感じだね……」
カップを受け取り、それに紅茶を注ぐ。そしてそれを夢羽に渡した。
「ふふ……あの時は不意を突いたのもあったからね。あーでも、もしかしたらあたし達みたいに別人かもしれないね。お茶でも飲んで、一息したらもう少しお話ししましょうか」
夢羽はそれを受け取り、ソファをぽんぽんと叩いた。
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夜が明けても、夢の世界は薄暗い。
クロードは実験室のような部屋の外で、静かに待機していた。物を司る神ツクモの行動を観察するようになって、既に二週間が経っている。
彼女は他の神々と違って、規則正しい生活を送っている。朝は実験室で何かの研究に没頭し、昼には街の各所を巡回して物質の状態を確認する。そして夕方には再び実験室に戻り、深夜まで作業を続ける。
今日も、彼女は定刻通りに実験室を出た。黒地に赤い炎の模様が描かれた着物が、薄暗い廊下でひときわ目立つ。
「ふむ……」
ツクモは廊下の壁に手を当て、何かを確認するように目を閉じた。クロードは物陰に身を隠しながら、その仕草を凝視する。ツクモには物質を変容させる力があり、クロードはそれに興味を抱いているようだ。
ツクモが去った後、クロードは実験室の外壁に近づいた。そして、内ポケットから一通の手紙を取り出す。それは特に強い邪気を帯びた手紙のようだ。彼はその手紙を壁に押し当てた。
するとどうだろう。壁の一部が、僅かに歪み始めた。邪気が物質に干渉する——これは私も知らない重要な発見だった。クロードは慌ててメモを取っている。
「あら、誰かと思えば……」
突然、クロードの背後に近づく者が声をかけた。彼は振り向くと、そこには創造神ソラと、横にはいつも彼女に付き従うアキラの姿がいた。
「失礼しました」
クロードは丁寧に頭を下げた。当時は気づかなかったが、彼は表面的に従順な死者を演じていたようね。
「ここで何をしていたの?」
「ただ……物珍しくて」
ソラはクロードをじっと見つめる。客観的に見ると、彼女の眼差しには何かを見透かすような鋭さがあったようだ。しかし、それは一瞬のことだった。
「そう。でも、あまり他人の領域には立ち入らない方がいいわよ」
「はい、申し訳ありません」
ソラとアキラが去った後、クロードは深いため息をついた。そして、静かに笑いながら彼女達に気づかないように後をつけ始めた。
その日の夕方、クロードは郵便局の近くで興味深い話を耳にし、光景を目にした。ソラが新しいシステムを作り出そうとしているのだ。
「現人神」——。
それは、人の形をした新しい神のシステム。彼は物陰から、その創造の過程を観察した。人の魂から神を作り出す——それは、彼の計画にとって
部屋に戻った彼は、机に向かって新たな計画を書き記していく。
神の階級社会。
物質を操る力。
邪気による干渉。
そして、現人神というシステム。
「くくく……全ては繋がっている。この世界を変えるために必要な要素が、少しずつ見えてきた!」
クロードは立ち上がり、窓の外を見る。夜空には相変わらず夢の星々が輝いているが、彼の目には違って見えているような感じがした。あれらの星々は、人々の夢が具現化したものだ。
何かを思いついたのか、彼は机に戻り、新たなページを開く。そこに具体的な計画を記していった。
まず、手紙を集め続け、邪気を蓄積する。
次に、その邪気を使って物質に干渉する方法を確立する。
そして最後に——。
彼は最後の部分を書くペンを止め、なにかを目論むように含み笑いをした。そして彼が視線を移した窓の外では、新たな魂を運ぶ小舟が光を放っている。その光が川面に映り込み、幻想的な光景を作り出していた。
彼は集めた手紙の山に目を向けた。手紙からは濃い邪気が立ち昇り、部屋の空気を重くしている。その中から一番濃い邪気を帯びた手紙を取り出し、そして外に出て、それを樹木の根元に置いた。
するとどうだろう。
樹木の幹が、ゆっくりと、しかし確実に侵食され始めた。邪気は物質そのものを蝕んでいく。クロードも驚いた表情をしており、予想以上の発見だったようだ。
しかし、その時——。
「ん?」
手紙から立ち昇る邪気が、急激に濃くなっていく。樹木はまるで生き物のように
「これは……!」
爆発音が、夜の静けさを引き裂いた。
邪気は、それまでの実験では見せなかった激しい反応を示した。濃度が一定の閾値を超えたとき、邪気は暴走する。そして、周囲の物質を一気に崩壊させる——。
轟音と共に、黒い煙が立ち昇った。手紙を置いた樹木は跡形もなく爆散し、星々の光により照らされた夜の空に向かって邪気の柱が伸びていく。
クロードは床に倒れたまま、その光景を見つめていた。そして——
「そうか……くくく……邪気は、時として制御を超えた力を見せる。この力を、どう利用するか……くくく」
クロードにとっても計画外の出来事だったようだが、新たな重要な発見に喜びを隠せない様子。
爆発音を聞き、遠くから人々の騒ぎ声が聞こえてきた。
「この新たな発見は、私の計画を加速させる!」
そう言いながら、クロードはソラたちの調査の手が来る前にと、その場からすぐに立ち去った。
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「さっき話した爆発って邪気だったんだ……あれ? 霊気で出来た石も爆発するし、邪気も爆発する……私達の身体って爆弾じゃん!」
「霊石のことよく覚えていたわね……。後々それについても出てくるから説明は省くけど、これだけは言っておくわ。私達は爆弾じゃないからね」
「まあそうだよねー……霊気も邪気も、何かしらの作用で爆発したってことだろうね」
「まあそうね」
夢羽は残っていた紅茶を全て飲み、空になったカップを渡してきた。そして、立ち上がった。
「うん? どこに行くの?」
「ちょっとそこにね。風羽も一緒に行くでしょ?」
夢羽はドアを指している。たしかに、あれだけ飲んだらそうなるよな。
ティーカップをポットの隣に置き、夢羽と一緒に局長室を出た。
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