猫な彼女の猫無彼〜A cat cafe? No!〜

吾輩は……

「もう、こんな時間なのね。本当は、まだもう少し、あなたと一緒に。でも、きっとそれは、決して許されない」

「ハルト。あなたのおかげで、今日も嫌な事を忘れて眠ることができる」

「あなたと過ごすこの僅かな時が、いつも私の心を癒やす」

「私、あなたに本当に感謝してる。またすぐ、必ずあなたに逢いに来るから」

　そう言って、閉店間際の時間まで粘って、最後の一猫になった彼女は立ち上がる。

　レジの周辺では、店長猫（ボスネコ）と二猫の店員が、こちらをチラチラ気にしながら、店先の看板の片付けやレジの計算、その周辺の掃除等をコソコソと始めていた。

「ギリギリまで残ってしまってすみません。あの、お会計お願いします」

　彼女は僕の頭を優しく撫でた後立ち上がり、名残惜しそうに背を向けてレジに向かい、店長猫（ボスネコ）にそう言った。

「ありがとうございますにゃ～！」

　会計を済ませドアを開けた後、一瞬、こちらを向いて笑って手を振って、少し視線を落とし退店する彼女に、座敷に横たわり、その横顔を心配して眺めていた僕は、微笑んで軽く手を振る。

「帰っちゃった。タマさんの膝の上、フワフワでヌクヌクで気持ち良かったな〜。それにしてもタマさん、今日も元気なかったな〜」

　膝の上に頭を乗せて、顔を見合わせて喋っている時、タマさんの瞳から溢れた涙が何度も僕の頬を濡らした。

　最近は毎日の様に此処へ来るようになった。ついこの間までは、就職が決まって今は仕事が楽しくってしょうがないって、覚えることも多くて大変だけど頑張るって、これからはたまにしか来れなくなる。

「タ（・）マ（・）だけに！」

　なんて冗談を言っていたのに、最近は何かと愚痴ばかり溢してる。特に仕事の話題が増えた。

　出会ったばかりの頃の彼女はまだ学生で、彼女は今より断然！　笑顔いっぱいで、明るくかわいい猫だったのに。

　あの日、突然、放課後の教室でゲートに呑み込まれて、僕は何も知らない世界（ここ）へ来た。

　雨の中、言葉の通じない猫々に囲まれ、寒さと恐怖に震えていた僕に、最初に声をかけて、保護してくれたのが彼女だ。

　彼女は大学で日本語を学んでいたから。

　その後は政府のバックアップと彼女の助けもあって、今、僕は何とか自立した生活を送れてる。

　僕の名前はハルト。

「吾輩はヒトである」

　私はミケ猫のタマ。

　今年大学卒業したばかりの新人ＯＬ、入社して数ヶ月、まだまだ慣れない仕事に悪戦苦闘の日々。

　今日もちょっとした仕事のミスから、嫌味な上司に小一時間に渡って説教を受けた。

「あぁ〜！　疲れた……」

　今日は大事な会議中にミルクをひっくり返して、その後、上司に呼び出されて、お前は乳汲みもまともにできないのか！　って、朝からニャーニャー、ニャーニャー、まいどまいど猫使いの荒い、あの我儘なシャム猫め！　自分でできる事位は自分でしなさいよ！

　せっかく今日は社内食堂の、月イチ、十食限定！　スペシャル焼き魚定食！　を絶対食べるって決めてたのにぃ〜！

「私にも自分の仕事や予定があるのよ！！」

　なんて面と向かって言えたならな。感情のままに思いをぶつけられる程、もう子供ではいられない。大人になる、言葉にするのは簡単。でも、実際それが一番難しい。

　自分がそれは絶対に間違っていると思っていても、それを我慢して、自分を殺して、相手に媚びへつらって、従わなければいけない。

　本当にそうまでして働かないといけないの？

「私、なんの為に生きているんだろう……」

　気が付けばまた、私は店先（ここ）に立っている。

　見慣れた白いアンティークなドアに触れる。

　店先の飾られた看板に、私の溺愛するこの店のNO.3。

　私達の出会いは突然だった。

　あの頃、私はまだ学生で、異世界の言語を学んでいた。

　雨の日、町中でたくさんの猫々がヒトを囲んでいた。

　彼は一人、震えていた、怯えていた。

　私は迷わずヒトに傘を差し出した。

　こちらに来たばかりのヒトは、猫語を話せない、日本語を話せるのは限られた猫々だけ。

　だから、私の目の前にハルトが現れた時、私はきっとこれは運命だと思った。

　あの頃はまだ上手く話せなかったけれど、ハルトの生活を支援しているうち、互いに意思の疎通ができるようになった。

　最初は怯えていたハルトが、だんだん心を開いてくれた。いつからか、それは私にとって何より大切な他者との繋がりになっていった。

　今では私が猫の中で一番にハルトのことを理解してる！　自信を持ってそう言える！　そう信じてる！

　ハルトだけは私の事を全て理解してくれる！

　何時だってハルトに逢えば、どんな辛いことも忘れられる！

「いらっしゃいませー！」

　ドアを開くとすぐ駆け寄ってくる。

「ハルト！　逢いに来たよ！」

　私の名前はタマ。

「吾輩は猫である」

　多種多様な猫々が高度な文明を築き生活する世界。

　此処ではある時期を境に、空間に歪みが生じ穴が開く現象が起こる。

　猫々はそれをゲートと名付けた。

　ゲートは別の異世界へ通じていると呼ばれている。

　ゲートはあちら側からの一方通行、一度それを通過すると二度と帰ることはできない。

　その異世界から、稀にヒトという生き物が迷い込んでくる。

　ヒトが現れた当初、猫々はヒトを怖れ、ヒトは常に政府によって捕獲され観察された。

　その後、学者達による研究により、ヒトは高い知能を有することが分かる。

　ヒトは教えられた猫語を学び理解した。

　意思の疎通ができるようになり、ヒトについていくつかの情報を得る。

　彼等は全て異世界の地球という世界から来ること、人間又は単にヒトと呼ばれる生物であること、こちらに来るヒトは日本人と言われている種族の純血種であり、温厚な種族であること。

　時を経て、猫々の間からヒトへの恐怖が消えた頃、圧倒的に少数なヒトの生命を保護し守りつつ、ヒトが自立し安心安全に暮らせる環境、共生できる制度の制定を求める運動が起きた。

　民意に押され、時の猫政府は、ヒト生活保護法を制定する。ヒトに政府が管理運営する施設における衣食住、心身に負担のない程度の軽微な就労を与える事、

　それらを約束した。

　そして現在。

　ここは猫々をヒトが癒す店。