第9話
環刀は、プレイヤーたちが一般的に愛用する日本刀と比べて短く軽い。そのため、力が相対的に伝わりにくく、破壊力が弱いという認識があった。
しかし、カン家は一貫して環刀を使い続けてきた。
それは始祖が祖国の文化を尊崇していたために生じた頑固さではなく、現実的な理由によるものだった。
環刀には、カン家の武学に合致する強みがあった。
短く軽い刃のため、重心が柄に集中する点だ。
その特性を研究し、利点へと昇華させた極限の高速技法が、カン家流抜刀術だった。
「シュパァン!」
食事を終えた後。
近くの丘に登り、剣を振るうジェヒョクの髪が逆立った。
いつもと感覚が違った。
毎日描いてきた剣筋が、今日は特に鋭いと感じたのだ。
非常に微細な違いだった。
昨日と今日、同じ岩を斬ったと仮定した場合、昨日の剣痕よりも今日の剣痕が2センチほど深いのではないかと思える程度の差。
もしこの感覚をプレイヤーに伝えたなら、必ず腹を抱えて笑われるだろう。
「筋力ステータスを一つ上げれば、それ以上に強くなれるだろう」と言われながら。
「ハハッ。」
しかし、ジェヒョクは嬉しくてたまらなかった。
プレイヤーではないからこそ感じられるものもある。
苦痛を耐え抜き鍛錬を重ねた末に掴んだ小さな達成感。
システムメッセージとは異なるこの喜びを、プレイヤーたちは二度と味わうことはできないだろう。
『なんてくだらない自己満足だ。』
ジェヒョクは乾いた笑みを浮かべた。
当然、彼も分かっている。
プレイヤーとなり、レベルを上げることで得られる快感が、こんな些細な達成感よりも圧倒的に大きいことを。
ジェヒョクはプレイヤーを否定しない。それどころか、誰よりも強力なプレイヤーになることを望んでいる。
ただ、まだ準備が整っていないため。
仕方なく覚醒を先送りにしている立場であり、こうして心を慰めているのだ。
「うーん。」
なぜ集中が途切れたのかと思えば、周囲が騒がしかった。
数十の丘が点在する丘陵地帯。
ジェヒョクと同じように丘の上で鍛錬中の学生もちらほら見受けられた。
『ここより静かな場所はないかな?』
納刀したジェヒョクが帯金(こり)を回して鞘の向きを変えた。
すると正面を向いていた柄が後ろに回転し、肘を支える構造になった。
ジェヒョクが環刀を気に入っている理由の一つが、この帯金にあった。
帯に緩く下げておけば、鞘の向きを自由自在に変えられる。
どの角度からでも抜刀が可能という意味であり、柔軟な筋肉を鍛えたジェヒョクと相性が良かった。
「スルン、スルン。」
丘を降りて移動しながら、抜刀を繰り返してみる。
目の前に立つ仮想の敵が、抜刀のタイミングを予測できないように視界の死角を探った。
『あいつ、何してんだ。』
『ヤバい奴か?』
月明かりに照らされた夜道を歩きながら、キラキラと刀を抜くジェヒョクを目撃した学生たちはギョッとした。
集中しているジェヒョクの目から流れる気迫は、モンスターの目つきと大差なかった。
「うーん…。」
どれくらい歩いただろうか。
崩れた城跡に到着したジェヒョクは、感覚を研ぎ澄ませた。
周囲は虫の声一つ聞こえないほど静かだった。
まさに望んでいた環境だ。
危険区域を示す赤いラインが50メートル先に設置されており、不気味な感じはしたものの。
『あの向こうにモンスターの巣があるのか。』
2つの月が照らしているにもかかわらず、月明かりの届かない森。
赤いラインの向こうはぞっとするほど暗く静かだった。
巨大な怪物が口を開けているかのような感覚だった。
「いいね…」
「人影がないのが気に入った。線を越えなければ安全だろう。」
そう決めたジェヒョクは、城跡の内部へと足を踏み入れた。
『闘技場?』
崩れた城壁を抜け、少し歩くと巨大な舞台が現れた。
広すぎて最初は広場かと思ったが、よく観察すると地面より高い位置に設置されていた。舞台の外側にはところどころ観客席のようなものも見えた。
建物はすべて崩れ去っていたが、元々はコロッセオのように観客席が舞台を囲む構造だったようだ。
「ライオン…」
舞台中央に上がり、周囲を見渡していたジェヒョクの視線が一箇所に留まった。
南側には凱旋門のような建築物が立っており、その門の上部中央にライオンの顔が浮き彫りにされていた。
あちこちに亀裂が入り、苔が生えていて年月の経過を感じさせるものの、まるで生きているかのような生々しさを持っていた。
今にもそのライオンが咆哮して襲いかかってきてもおかしくないほどだった。
「どうせ頭しかないから怖くないし、むしろ笑えるな。アハハッ。」
ジェヒョクはわざと大きな声で笑った。
虫一匹もいない草原に佇む古びた城跡。
数十メートル後方にはモンスターの巣窟があり、目の前には大きく目を見開いたライオンの彫像が自分を睨んでいる…。
正直言って少し怖かった。
不気味で、まるで幽霊でも出てきそうな雰囲気だった。
『モンスターなら斬って倒せるのに。』
少し来すぎたか…。
今からでも引き返そうかと考えたジェヒョクだったが、首を横に振った。
平らな舞台が気に入ったのだ。
所々破壊の跡はあったが、長い年月を経て風化しているせいか、進みを邪魔するような瓦礫はなかった。
「ふぅ。」
城門上のライオンと一瞬視線を交わしたジェヒョクは、そっと背を向けた。
ライオンの眼差しがあまりにも鋭く感じられたのだ。灰色の石材で作られた彫像にも関わらず、なぜか生気を感じさせるようだった。
モンスターの巣窟に背を向けるのは危険だと思い直したこともあった。
ドン!
モンスターたちが潜む暗い森を正面に、ジェヒョクが足を踏み出すと舞台に積もっていた埃がもくもくと舞い上がった。
ジェヒョクは無理に息を止めなかった。風の流れを読んでいたからだ。果たして彼の予想通り、立ち上った埃は風に流されて森の方向へと散らばった。
感覚が極めて鋭くなっている。
つい最近、初めて実戦を経験した時のように。
「ああ。」
ジェヒョクは改めて自覚した。
わずか数日の間に、自分が大きな変化を遂げたことを。
生死の境をさまよう中で、この8年間の修行の成果を確認し、自信を得た。
自分の努力は間違っていなかったという確信が、心と精神にしっかりと根を下ろした。
それは旅立ちを始めたばかりの少年にとって、必須の経験だった。
種が芽吹く。
一生をかけて肉体と技を鍛え上げた少年は、ようやくその体にふさわしい心象と精神を手に入れた。
「シュパァン!」
魅入られたように剣を振るう少年の脳裏に、2つの光景が写真のように刻み込まれた。
父を尊敬すると叫ぶ少女。
父を思い出して悲しげに笑う教官。
守るべきもの。
そして、これから築いていくべきもの。
屋敷という小さな世界を離れて二日目にして、ジェヒョクは心と精神に根付いたものが単なる自信ではなく「信念」であることに気づいた。
「シュパァン!」
信念は人を強くする。
ジェヒョクの剣の速度がさらに上がった。
「グァァァァァァァァ!!」
静まり返った森の向こうから、モンスターの咆哮が響いてきた。
うるさいとばかりに、今にも飛び出してジェヒョクを喰らい尽くしそうな勢いだった。
しかし、ジェヒョクは剣を振るう手を止めなかった。
連続して足を踏み込み、刃の方向をひねり、腰を曲げながら異なる型の抜刀術を一つの剣技のように連携させた。
研ぎ澄まされた感覚が告げていた。
モンスターの怒りの叫びの奥に潜む躊躇いを。
あの赤いラインを、奴らは容易く越えることは…ないだろうと、思ったが。
「え?あれ?」
振り上げた剣の構えのまま硬直したジェヒョクは、瞬きを繰り返した。
茂みをかき分けて現れたモンスターが勢いよく跳躍し、赤いラインを超えてしまったのだ。
舞台の上に立つジェヒョクを食い殺さんばかりに睨みつけ、ゆっくりと歩み寄ってくる。
粗末な鎧と曲刀を身にまとった緑色の肌の巨体。
オーク戦士だった。
Eランクではなく、Dランクのモンスター。その中でも一般的なオークを「統率」する精鋭モンスターが、安全地帯のすぐ隣にある森に生息しているとは。
『セキュリティの状態どうなってんだ?』
とはいえ。
昼間にトロルの襲撃を受けた公爵家の屋敷もあるくらいだ。
ここがゲートであることを考えれば、この程度は驚くに値しない。
「いや、もう朝の4時か。寝る時間とっくに過ぎてるじゃん。」
腕時計を確認したジェヒョクは、ぎこちなく笑いながら後ずさりした。
正直、驚いた。
ここに来て10分ほどだと思っていたが、すでに5時間が経過していたとは…。
遅れて疲労が押し寄せてきた。
殺意を全身から発して迫り来るモンスターを前に、疲れ果てた体が悲鳴を上げていた。
「グァァァァァァァ!!」
モンスターと話が通じるはずもない。
ましてや相手は豚の顔を持つオークだ。
ジェヒョクが「どっか行け」とばかりに手を振ると、オーク戦士は逆に曲刀を振りかざして突っ込んできた。
「最悪だな。」
攻撃をかわしたジェヒョクは、オーク戦士の殺気に応じて抜刀しようとしたが、思い直して拳を繰り出した。
「ゴッ!」
顎を打たれたオーク戦士の頭がのけぞる。露わになった喉元に、即座に肘が叩き込まれると、豚の断末魔が響き渡った。
カン家の体術は実戦向きだった。
動揺しているオーク戦士に、ジェヒョクは慎重に声をかけた。
「な、いい子だから。そろそろ終わりにしようぜ?」
「グァァァァァ!!」
「だめか。」
結局、ジェヒョクは疲れた体を引きずりながら、もう数回動く羽目になった。
オーク戦士の膝を踏み砕き、跳躍すると、力いっぱい伸ばした指で両目を突いた。
「グ、グエッ…!」
「あれ?突きすぎたか?おい、しっかりしろ!死んじゃだめだろ!」
気絶寸前のオーク戦士の襟を掴んで揺さぶるジェヒョク。その時、ようやく現場に到着した他のオークたちに、オーク戦士を投げつけた。
「お前ら、こいつをちゃんと治療しろ!あいつが死んだら、お前ら全員ただじゃ済まないからな!分かったか!?」
「グ、グエ…」
言葉が通じたわけではなかった。
オークたちが逃げるジェヒョクを追いかけなかった理由は、不意に飛んできた大将に押し潰されて動けなくなったからだった。
おかげで無事現場を後にするジェヒョクを、城門に浮き彫りされたライオンの彫像が、最初から最後までじっと見つめていた。
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