〇2章

「来たね、こたくん!」


俺が店内に入ると、鳥星はシャッターを下ろした。

俺は客じゃないからか。

さっそく今朝、枕元にあったカードをやつに差し出す。


「……これ、なんだ?」


鳥星は笑顔を崩さず、俺との会話を楽しんでいるかのように

答える。


「んー、昨日一緒に遊んでくれたお礼! なんてね。

カードを渡したら、また来てくれるかな~と思って。

言ったでしょ? ボク、キミが気に入っちゃったって」


本当にそれだけか?

俺のことを気に入ったって……。

しかし、確かに鳥星の思惑通りに俺は動いているのかもしれない。

このカードが手に入ったから、俺は再びこの店に来たのであって。

でも、どうやって俺はこのカードを手に入れた?

渡された覚えも、受け取った覚えもない。

昨日の夜の記憶が、すっぽり消えてるんだ。


「なあ、昨日は俺、どうやってこの店から家に帰った?」

「フツーに『じゃあな』って。それがどうしたの?」


そんな記憶はまったくない。

だが、鳥星もそれ以上のことを話してくれそうにもない。

仕方なく、次の質問に変える。


「……あの夢については何か知ってるのか?」

「夢? 何のこと?」


俺は鳥星に、今日見たふたつの虐待の夢を事細かに話す。

むごい内容なのに、鳥星は笑顔をまったく崩さない。

なのにメガネの奥の目は笑っていない気がする。

それが不気味だった。


結局、店に来たところで何の情報も得られなかった。

これは俺の妄想だったのか?

今までのことはすべて、俺の空想なのか?

でも、だとしたらこのカードはなんだ。

説明がつかない。

鳥星が俺にこのカードを渡したことは事実なんだ。

このカードが一体何かだけは、知る必要がある。


「教えろよ、鳥星! このカードが一体何なのか」


鳥星は少し考えたフリをしてから、もともと決めていたらしい

答えを言った。


「いいよ! またゲームして、キミが勝ったら教えてあげるよ。

そのカードが何か」


くそっ、また勝負か!

昨日は全敗だったけど、今度こそ勝ってやる。


「お前、言ったよな? 『不運は簡単にひっくり返せる』って。

俺はお前に全敗してる。この状態は不運と言ってもいいだろう。

これも簡単にひっくり返せるっていうのか?」


俺の問いかけに、鳥星は吹き出した。


「ぷっ! こたくん、ダメだよ。言葉だけを捉えちゃ」

「どういう意味だ?」

「不運を幸運に変えるには、それなりの覚悟が必要なんだよ」

「覚悟?」


鳥星の言っている意味が分からず、首を傾げている間に、

すでにカードは配られていた。


「さあ、ボクとゲーム、開始だよ?」


この日は様々なゲームで鳥星に挑んだ。

ババ抜きはもちろん、七並べやダウト……。

それでも俺は1勝もすることができなかった。


「なんでこんなに強いんだよ……」

「ボクは欲しいカードを必ず引くことができるんだ」

「そんなのあり得ないだろ……」

「運が最高によかったら?」

「それでも不可能だ」


どんなに運がいい人間でも、さすがに引くカードまでは

予測できないし、考えているカードを手にすることだって無理だ。

まさか超能力?

カードが透視できるとか。

……いや、それも現実的じゃない。

ずっと鳥星の手元を見ていても、タネも仕掛けもない。


「はい、ジジ抜きも僕の勝利! ……と、そろそろ時間だね」


時計を見ると22:00。

時間?


「ほら、未成年はそろそろ帰らないとね。

子どものゲームはここで終わり! さ、帰った帰った」


子どもだぁ? 俺がか?

ま、でも仕方ないか。

実年齢よりは少し老けてるように見えるらしいけど、

今日は学ランだ。

このカッコで徘徊してたらさすがにヤバい。


俺はカバンを持つと、シャッターを上げてもらう。

うん、今はちゃんと意識を持っている。

カードも返してもらったし、自分の足で立っている。

記憶がなくていつの間にか家、ということはなさそうだ。


鳥星は外の様子をうかがうと、目を細めて優しい笑みを浮かべる。


「また勝負したかったらいつでも来てね! 

ボクはキミと遊ぶの、好きだから」


俺は無視して立ち去る。

あの優しい笑顔。

子どもだったらころっと騙されてしまうだろう。

『素敵なお兄さんだ』って。

だけど俺からしてみたらあの笑顔は……。


「まるで仮面だな。気持ち悪ぃ」


吐き捨てるように言うと、

ふらりと自分のアパートへと向かった。


俺の住んでいるアパートは、デ・コードから10分ぐらい歩いた場所。

見た目はボロくないが、少し古いので手がかかるところもある。

風呂の追い炊きができないとか、換気扇が変なところについてるとか……。

でも、俺が住むには問題ない。


階段で2階にのぼると、そこに黒い影が座っていた。


「……太陽?」

「あ、チーッス! パイセン。待ってたんスよ~!」


俺の家の前で、ずっと?

制服姿だから、学校が終わってからここにいたのか?


「なんでいるんだよ!」

「お腹空いたッス、パイセン! 早く入りましょう!」


早く入るって、こいつ、俺の部屋に入りたいって言ってるのか?

冗談じゃねーぞ。

かわいい女の子だったらまだしも、なんで後輩の男を

部屋に入れなきゃならねーんだよ。


「お前、家帰れっ!」

「……帰る家なんて、ないっス」


いつもと様子が違うな。

太陽はクラスでいじめにあってるけど、

俺に会うときはいつも満面の笑みでかけよってくる、

まるで子犬みたいなやつだ。

それなのに今日はしゅんとして元気もない。

何かわけアリって感じだな。

……はぁ、しょうがねぇ。


「一泊だけだぞ」

「ありがとうございます! 実は家の鍵失くしちゃって!

父さんも今日は帰ってこないし、困ってたんです!」


鍵失くしただけかよ!!

心配して損した……。

だけど、約束は約束だ。仕方ない。

一泊だけならいいか。

鍵を開けてやると、靴もそろえず部屋に入る。


「パイセン! ごはん! ごはん食べましょう!」

「コンビニ行くか? 何も買ってきてねぇぞ」

「健康に悪いですよ! これだから男のひとり暮らしは……」


こいつに言われたくねぇな。

とりあえず財布の中身を確認する。3000円あれば余裕だろ。

こいつの分もメシ、買ってやれるな。

そんなことを考えている一方、太陽はうちの冷蔵庫を勝手に開ける。


「一応、野菜は入ってるんですね。ちょっとヤバそうですけど」

「自炊できねぇわけじゃないからな。休みの日は作ったりする。

ただ、最近はなんか面倒くさくて……」

「じゃ、オレが作りますよ!」


学ランを脱ぐと、太陽はシャツの腕をまくり上げる。

米をといで炊飯器にセットすると、

にんじん、ジャガイモと玉ねぎを取り出す。

それと、ナスとキュウリ。

できあがったのは定番のカレーと、

ナスをゆでたものとキュウリの塩もみだった。


「野菜、あるだけ全部使っちゃいました!」


うまそうにできてるが、このくらいだったら俺でも作れる。

男のひとり暮らしがどうのと文句を言われる筋合いはねぇ。

それでも腹がへっていれば、うまそうに見えてくるから

厄介だ。


「いっただっきま~す!」

「お、おう」


太陽の作ったカレーはなかなかうまい。

なすとキュウリも……。


食べ終わったら洗い物は俺がやることにした。

一泊させてやるけど、さすがに料理させて洗い物までやらせるのは

申し訳ない。

すると太陽はテーブルに教科書とノートを広げる。

今日の復習か? ずいぶんと勤勉だな。

俺は太陽の姿を見ながら、余計に不安に思った。

……やっぱり俺に絡むより、他の友達を作ったほうが断然いい。

いじめられてるっていうから、友達は難しいのか?

それでも俺にくっついてると、余計に友達なんてできねぇと思うけど。


「パイセンは勉強しないんですか~? 受験生ですよねぇ?」

「俺は就職するの。だから関係ねぇよ」

「でも、もうすぐテストですよ? 少しくらいはやらないと……」


ぐっ、後輩に説教されるなんて、

クソ情けねぇな。

正直なところ、苦手科目の内容がわからないから

放置してる状態だ。

そんな俺の意思など関係なしに、カバンから勝手に教科書を取り出す太陽。


「選択科目、日本史なんですか? オレもなんです!

一緒にやりましょうよ!」

「いや……こんなもん、暗記するしかねぇだろ?」

「……わからないところがあるなら、教えますよ?」


マジかよ……。

強制的に教科書とノートをテーブルに広げられると、

太陽が俺に勉強を教える。

一体今夜はどうなってるんだよ。

2時間みっちり勉強すると、先に風呂に入らせることにした。


「先輩、シャツどーもです!」

「お前が女の子だったらな……。今すぐ性別変換してくんね?」

「さすがに無理ッスよ!」


俺のTシャツは太陽には大きすぎるくらいだ。

彼シャツは女の子が着るのがいいのに、

なぜ男……。

がっくりしながら俺も風呂に入る。


上がると、すでに太陽はベッドの下に敷いた布団で眠り込んでいた。

本当にこいつは、遠慮ってやつを知らねえな。

だけど……。


『……帰る家なんて、ないっス』


あのときの表情はなんだ?

いつもはこんなこと、なかったのに……。


そのときだった。


「やめて……やめてよ、父さん」


ん? 寝言か?

ずいぶんうなされているみたいだ。


「殴らないで……酒、盗んでくるから」


お、おい!? どういうことだよ。

太陽が見ている夢……俺も見たことがある気がする。

このカードが届いた夜に見た、虐待されている子どもの夢。

もしかして、太陽……。


「いや、偶然だろう」


俺はカードを枕元に置くと、少しして眠りについた。


翌朝――。

今日も学校を適当にサボろうと思ったが、

太陽に怒られた。


「こたパイセ~ン、さすがにサボってばっかだとヤバいですよ。

今日はオレと登校しましょう!」

「えぇ、マジかよ……」


太陽は朝から元気だ。

変な夢を見てたようだったのに……。

それともこれは空元気ってやつか?


ともかく太陽に急かされ、俺も学ランに着替える。

朝メシは近くのコンビニで買うことにして、

俺たちは家を出た。


パンを食いながら登校していると、

太陽に声をかける生徒が何人かいた。


「よう、おチビちゃん。今日は大好きな先輩と登校か?

や~ねぇ」


……ったく、くだらねぇな。ガキめ。


「パン持ってんじゃん。俺、朝メシ抜きだったんだよな!

もらうぜ」

「あっ……」


太陽はコンビニ袋を奪われて、それを取り返そうと躍起だ。

それでもクラスメイトが袋を頭の上にぶら下げると、

身長が足りずぴょんぴょんと飛び上がる。


子どもの遊びかよ。やってらんねぇな。

だけど、そのパンは俺が買ってやった太陽の朝メシだ。

それを他人にやすやすと渡すのは、なんかムカつく。


俺はひょいっと袋を奪うと、太陽に持たせた。


「ほら、ちゃんと持て。バカ」

「へぇ? こわ~い先輩に助けてもらうんだ? なっさけねぇの!」


1年のクソガキが、太陽の胸に蹴りを食らわす。

太陽はそれを受けてよろめき、黒い学ランに土がついた。

それを泣きそうな顔でその土を手で払う。

すると今度はカバンで頭を殴られ、バンッ! と音がした。


「くっ……」


痛みを我慢しているのか、太陽はしゃがみこんだ。

本当はこんな場面、放っておくところだけど……。


「お前ら、いい加減にしとけ」


「先輩! 先輩もホモなんですか~? 

こんななよわっちいやつをかばうなんて!」


「……ちげーよ。ただ見てて不快なだけだ。

俺のことを不快にさせんじゃねーよ。こっちも殴るぞ」


俺が軽くにらむと、1年たちは舌打ちしながら逃げて行った。


「……おい、太陽。平気か?」


太陽は立ち上がると、目元をこする。

こいつ、泣いてるのか?

あいつらが言ってた『情けない』っていうのは、まぁ正解だな。

相手に立ち向かっていかないところは、太陽の弱いところだ。


「はは……」


目をこすって赤くすると、太陽はやつと顔を上げた。


「やつぱりオレって、生まれたときから運が悪いみたいッス」


『生まれたときから運が悪い』……か。


また鳥星の言葉が頭をよぎる。


『不運は簡単にひっくり返せる。それには覚悟が

必要だ』。


……なるほどな。

少し納得したわ。


「おい、太陽」


「……なんですか」


「自分を不運だなんて割り切んじゃねーよ。

運命とかそういうのは、自分で切り開いていくもんだ。

その覚悟ができるまで、もう俺を頼るな」


「え……先輩?」


太陽を置いて、俺は校門を通過する。

学ランの下に赤いTシャツを着ていただけで、

なぜだか俺は生徒指導室へ呼ばれた。



珍しくみっちり授業を受けた上に、

補習まで受けさせられた俺は、

放課後いつものようにデ・コードへ向かっていた。


やっぱりこのカードが気になるんだ。

不気味な夢を見た日に手に入れたカード。


しかもあの夢を、太陽も見ていたのではないかという

気がする。

昨日の太陽の寝言。

あれは、俺が見た父親に虐待を受けていた子どもの夢と一緒だ。


「あ、こたく~ん! 今日は来ないかと思ってたよ。

いっつももっと早く来て、じっとこっちを見てたからさ~。

まるでふ・し・ん・しゃ☆ だったのに!」


「別に好きで早く来てたんじゃねーよ。

ガキが早くいなくならねーかとタイミングを見計らってただけだ!」


俺が文句を言っても、鳥星はメガネをくいっと上げながら

普段通り微笑む。


「ババ抜きじゃなくて……今日は他のこと、しよっか?」


もうゲームをすることは確定済みなんだな。

だが、俺はこの勝負に勝たなくてはならない。

この不気味なカードが何なのか。

俺は気になって仕方がねぇんだ。


店に入ると、シャッターを閉める。

いつものようにスチールのデスクにつくと、

今日はトランプを切らずにそのままバラバラとトランプを

ばらまく。


「今日は神経衰弱しようよ。キミ、ボクの運を信じてないでしょ?

これは記憶の勝負だ」

「そうだな」


これなら俺にも勝つ可能性があるはずだ。

じゃんけんをすると、俺からカードをめくることになった。


1回目。

ハートの8とJ。


……まぁ、1回目にいきなり合うことはないだろう。


そして、鳥星の1回目。


「やった! ハートとスペードのA! じゃ、連続して2回目……」


2回目もダイヤの7にクローバーの7。

3回目はハートの3にダイヤの3。

こんな調子で、最後まで俺の番は回ってくることはなく、

鳥星は全部のカードをめくり終えた。

圧倒的勝利だ。


「嘘だろ……こんな大負けしたこと、ねぇぞ!

デスク裏に鏡でも仕込んでるんじゃねーのか!?」


「調べたいだけ調べていいよ?」


俺はデスクや引き出しの中を確認する。

だが、何の仕掛けも見つからない。

一体どういうことなんだ。


「だーかーら、言ってるでしょ?

すべての運命は僕の手の中なんだよ」


にやりと笑う鳥星。同時にメガネも光る。

俺はその笑みにイラつく。

すると鳥星はカードをまとめあげ、

扇のように開いて俺に向けた。


「1枚、引いてみて。ボクには見せないでね?」


言われた通りにカードを引く。

スペードのKだ。


「はい、ここにカードを戻してくれるかな」


カードを戻して今度はそれを俺に渡す。

好きなだけ切るように言われたので、俺はよーく数十回ほど切って

鳥星に返した。


そのカードをさっと一列に並べて片方のカードを

ちょいと傾ける。

するとドミノのようにパラパラとカードが倒れて、

表面になった。

ここまででもかなり手慣れている。

だが、その中で1枚だけ裏返しのままのカードがあった。


「それ、見てごらん?」


促されてカードを引いてみると……。


「スペードのKだ」

「それ、キミが引いたカードで合ってる?」


悔しいけど合っている。

俺はカードを握りしめてしまう前に、

鳥星に返した。


「……って、今のは本当の手品なんだけどね~」

「なんだよ! 手品かよ……。俺のことをからかいやがって!」

「ふふっ、ごめん、ごめん! キミのその驚いた顔、見たくってさ」


こいつ、本当に愉快犯だ。

どこからどこまでが本気なのか、まったく理解不能。

あの不気味なカードだってそうだけど、

鳥星自体がよくわからない人間だ。

一見、黒縁メガネのひょろっとした兄ちゃんだが……

本当にこいつは何者だ?


「さてと! もう22:00だね。そろそろ帰ったら?」

「ちっ、今日も負けかよ……」


俺はまたカバンを持って、店から出る。

今日は負けどころか、秒殺だったな……。

あり得ねぇよ。神経衰弱、一発勝ちだなんて。


「また来てよね。キミはボクのお気に入りなんだからさ。

いつでも相手、しちゃうよ?」

「その『お気に入り』ってやめろよ。なんかキモい」


俺はそう言い残して店を去る。


「……ホント、お気に入りのオモチャなんだから。

ボクをもっと楽しませてよ、ね」


今日はアパートに帰っても太陽は来ていなかった。

誰もいない家に入って、電気をつける。


昨日は太陽がカレーを作ってくれたんだったな。

夕飯、そう言えば何にも用意してねぇや。

でも、今はメシ食う気にはなれねえ。


『運命とかそういうのは、自分で切り開いていくもんだ。

その覚悟ができるまで、もう俺を頼るな』。


……ずいぶん勝手なこと言っちまったな。

そんな簡単に覚悟なんてできたら、

苦労もないだろう。

俺もそうだ。

俺だって自分の勝手な不運に、いまだに悩まされている。

平凡で退屈な世の中をなんとなく生きているんだ。

でも、最近は少し変わったか。

変な男やカードに関わっている。

それがいいことか悪いことかはわからない。

それに、自分は運命を切り開く覚悟なんて持ち合わせていない。

鳥星やあのカードに関わっているのは、

なんとなく流されているだけなのかもしれない。

本当はどうでもいいことなんだ。

気にせず生きていくことはできる。

このカードを破り捨て、鳥星に会いに行かないということもできるのに、

なんで俺はその選択をしないんだろう。


「ちっ、眠れねぇ」


腹はへってないが、暇つぶしだ。

コンビニにでも行くか。

明日の朝メシ、どうせ買わなきゃなんねーんだし。


俺はパーカーを羽織ると、部屋を出た。


コンビニで一足早めに置いてあった週刊マンガ雑誌を立ち読みし、

明日のパンを選ぶ。あとはコーラだ。


カゴに商品を入れてレジで精算をお願いすると、

箱を差し出された。


「700円以上お買い物されたお客様に、1枚クジを引いてもらってるんですよ」


クジか……。

箱の説明書きを見ると、どうやら店内の商品が当たるものらしい。

さっそく手を箱に入れて、これだと思う1枚を引く。

クジをめくってみると、『応募券』と書かれていた。

要するに、ハズレだ。


「ありがとうございました~」

「やっぱり俺、運ねぇわ」


夜勤店員のやる気のないお礼の言葉は、

さらに俺の運気を下げるような気がした。


ブラブラと袋を揺らしながらの帰り道。

シャッター街は余計に不気味だ。

そう言えば、ここの通りだな。

最近毎日通っているデ・コードがあるのは。

でも、夜中はさすがに閉まってるだろう。

俺も22:00には追い出されるしな。

鳥星だって、ここに住んでるわけじゃあるまいし……。


「って、え?」


デ・コードのシャッターは半分開いている。

それに中からは明かりが。

まだ鳥星は店にいるのか?


不審に思っていると、中から人がふたり出てきた。


「これで今度の人生は成功だ! なんといっても無敗のアイツに

なりかわれるんだからな!」


「油断はしない方がいいですよ。

人生を入れ替えたとしても、それが確実に幸せな一生であるかどうかは

保証はありませんからね」


「わかってるって!」


あの男、見たことがある。

有名なスイマーだよな。確か追越とかいう……。

去年までは絶好調でどの大会でも1位だった選手だ。


だが、先日覚せい剤の所持・使用で逮捕。

今は執行猶予中の身のはず。

水連からも追放され、もう二度と水泳もできないと聞いている。

そんな犯罪者が、なんでこんなしょぼくれたカードゲーム店に?

しかも鳥星のカッコ……。


「またお待ちしております。追越様」


丁寧にお辞儀する鳥星。

あいつは昼間の黄色いエプロンにトレーナー姿ではなく、

ワインレッドの蝶ネクタイにベスト姿……。

まるでカジノディーラーの格好だ。


「もう来ないよ! 僕はアイツになって成功して……リッチな

生活を送れるって決まったんだからね! ありがとう、ディーラーさん!」


追越が車に乗ると、車が見えなくなるまでずっとお辞儀をする。


「……ふう」


ため息をつくと、こちらを向いたような気がして、

俺はすぐに電信柱の後ろに隠れた。

どうやら俺には気づかなかったみたいだ。


ホッとすると、シャッターが下ろされる。


鳥星律。お前は一体何者なんだ――?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る