オルクバール亜人戦争史 ~転機となったイスラルタ陥落について~

二上たいら

1 故郷の味

 イスラルタが燃えている。


 最大戦速で街路を走る装甲歩兵の頭上でメリンダはその光景を目に焼き付けようとしていた。

 実際のところは上下の揺れに耐えるのが精一杯というところではあったけれど。


 それは故郷の最後の姿だ。

 どんなに心を引き裂かれそうでも、ここで生まれ育った一人としてその最後を見届ける義務があるはずだ。


 イスラルタの街路は装甲歩兵が通れるギリギリの幅になるよう設計されている。

 ギリギリは本当にギリギリなので、装甲歩兵は時折建物にぶつかって衝撃と共に横揺れが追加される。

 こうやってシェイクされていると、まるでカクテルの材料にでもなったかのようだ。


「敵の魔導機兵はネルエル通りを南進中です!」


 メリンダは伝声管に向かって叫ぶ。

 エルフ種の視力は他の種族に比べてずっと良いので、偵察兵に向いている。

 エルフと言えば伝統的には弓使いだが、メリンダの背中に括り付けられているのは狙撃銃だ。

 長く生きたエルフが銃を嫌うというのはよく聞く話ではあるものの、現代っ子のメリンダは別に、という感じだ。

 銃声は耳の奥に響くが、耐えられないほどでも無い。


 グラムドール通りを北進していたメリンダの乗る装甲歩兵は交差点を右に折れて、アーチバル通りに入った。

 この通りにあるパン屋が美味しいことをメリンダは思い出す。


 店主は無事に逃げただろうか?


 そんなことを考えたのですっかり口がパルチメア注1の味になってしまった。

 薄めにカットしたパルチメアを軽く火で炙って、ブルーチーズを乗せてオリーブオイルをたっぷりと浸して食べるのが最高なのだ。

 パリッとしたパルチメアにしっとりしたブルーチーズが絡み、ブルーチーズの塩味がオリーブオイルと混ざり合う。

 そこにアージェン注2を流し込めば、ああ、生きてるって感じがする。


 でも多分それは簡単には取り戻せないものだ。

 例え店主が生き延びていたとしても、店を再建するまでには時間がかかるだろう。

 同じような味を取り戻せないかも知れない。


 いや、そもそもこの国自体が消滅しかけているのだ。

 生き延びてさえいれば、という言葉すら口にするのは難しい。


 この国、つまりオルクバール王国に攻め込んできているカルデスタン共和国は、ルニ注3種至上主義を掲げており、その他の種族は隷属的に扱われている。

 メリンダも知る事実として、カルデスタンの歩兵はルニ以外の種族がほとんどを占めている。

 ルニは指揮官としてわずかに見かける程度だ。

 この戦争で損耗しているカルデスタンの兵は、ほとんどがルニ以外の種族なのだ。


 そんなカルデスタンに占領されれば、エルフであるメリンダ自身がどういう扱いを受けるのか想像することすら恐ろしい。




注1 オルクバール王国南部の穀倉地帯にある町の名前。この町で昔から作られている伝統的な形状をしたパンをパルチメアと呼ぶ。


注2 オルクバール王国北部にある町の名前。葡萄の栽培が盛んであり、この町で作られたぶどう酒のみがアージェンと呼ばれる。


注3 カルデスタン共和国を構成する主要な人種。カルデスタン共和国においてはルニのみが人であり、他の種族はすべて亜人とされ、差別の対象だった。

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