転生者の曾孫、華族制度が続く日本でAI革命を起こす!
かねぴー
序章 ある世界線のバッドエンドルート
プロローグ1~クリミアの空と未来への翼 ver1.6
<β世界線:2024年 クリミア上空>
耳の奥で何かが破裂した。
「俺はこんな戦いで死ぬわけにはいかない」
鼓膜が内側から押される。ズン、と腹の底まで響く振動——爆音だ。次の瞬間、けたたましい電子音が頭蓋骨の中で暴れ回る。警告音。操縦桿が手の中で激しく震える。グローブ越しに金属の冷たさと振動が指の関節に食い込んでくる。
俺——上杉義之。コールサインは軍神01。ここはクリミアの空。UCAV(無人戦闘機)のいない、生身の人間が戦う最後の戦場だ。高度8000メートル。計器が示す外気温はマイナス40度。なのに額から汗が噴き出す。生温い雫が眉を伝い、目に入った。瞬きする。塩辛い。フライトスーツの難燃繊維が、汗でべったりと肌に張り付く。脇の下がじっとりと湿って、動くたびにぬるりとした不快感が広がる。
「軍神01、右から来るぞ!」
北園の声が通信機から響く。緊迫した声音。
「分かってる——」
言いかけた瞬間、頭の中で何かが弾けた。
『助けて!』
少女の声。いや、違う。声じゃない。脳髄に直接響く何か。金属的な響きを帯びた、十代前半の泣き声。その瞬間、胸の奥で何かが強く疼く。懐かしさと恐怖が同時に押し寄せ、思考が一瞬止まった。
操縦桿を握る手が凍りついた。指が動かない。関節が石になったみたいに——心臓が一瞬、止まりかけた。ドクン、と大きく脈打つ。耐Gスーツが胸を締め上げる。肋骨が内側から圧迫されて軋む。息を吸おうとする。できない。喉が塞がって——
「おい、どうした!」
「……幻聴だ」
唇が勝手に動いた。本当にそうか? 胸の奥で何かが泡立つ。正体不明の不安が、神経の表面をざらざらと撫でる。まるで見えない手が心臓を探り当てているような——そんな感覚。
気づくと、操縦桿を無意識に押し込んでいた。高度計の針が激しく回転する。機首が下を向く。シートが背中から離れそうになる。ハーネスが肩に食い込む。
「軍神01、死ぬ気か!」
北園の叫びで我に返る。操縦桿を引く。遅い。ロックオン警告がコックピットに響き渡る。ビー、ビー、ビー。赤いランプが視界の端で激しく明滅する。ミサイルが来る。
歯を食いしばる。奥歯と奥歯が擦れ合って、ギリギリと嫌な音を立てる。ヘルメットの中で、その音だけが妙に大きく響いた。全身の血が逆流する感覚。皮膚の下を、冷たい何かが這いずり回る。虫が這うような、いや、もっと不快な——
あの声の主は、俺が助けなければ死ぬ。なぜか、それだけは分かった。理屈じゃない。腹の底から湧き上がる確信。迷いの入り込む余地はなかった。
「軍神01、現実を見ろ!」
「……ああ」
視線を上げる。六つの黒い影がHMD(ヘルメット投影装置)に映る。敵機だ。アフターバーナーのスイッチに親指を乗せる。押し込む。ガクン、と背中がシートに押し付けられる。機体全体が激しく震え始めた。エンジンの咆哮が骨を通じて伝わってくる。視界の端で青白い炎が空気を焼く。
「酒が不味くなるぞ、相棒!」
「俺のせいかよ!」
軽口を叩きながら、トリガーに指をかける。人差し指の第一関節が金属の冷たさを感じる。ミサイル発射。シュッという音とともに、白い煙の尾を引いて飛んでいく。敵機が散開する。急旋回。HMDが真っ赤に染まる。警報音が脳を直接揺さぶる。ピーピーピー。耳の奥が痛い。
ドン、と衝撃波が機体を叩く。窓ガラスがビリビリと震える。高度6000メートル。旋回で発生する重力が俺を座席に押し込む。9G。体重が9倍になる。血液が下半身に押し込まれていく。太ももがパンパンに張る。視界の端から暗闇が忍び寄る。トンネルビジョン。意識が——耐Gスーツが太ももを締め上げる。圧力で血液を上半身に押し戻す。息を吸う。肺が広がらない。浅い呼吸を繰り返す。
「赤い尾翼、お前の6時だ!」
「見えてる!」
「回避しろ!」
「……できない、機体が」
「くそ、俺が——」
「いや、待て」
敵のエース機。俺を狙ってる。でも何かがおかしい。動きが読める。次の瞬間、敵機は左に旋回する。分かる。なぜか分かる。
「左に来る」
「何?」
「信じろ」
操縦桿を右に倒す。機体が傾く。水平線が45度に傾く。敵機が予想通り左に旋回した。すれ違う瞬間、敵パイロットのヘルメットが見えた気がした。黒いバイザーの向こうの瞳。驚愕に見開かれている。なぜ動きが読めたのか、俺にも分からない。また、あの声が——いや、聞こえない。でも、その感触だけが腹の奥に沈殿して、腸をぎゅっと締め付けていた。喉の奥に鉄の味が広がる。血か? 違う、恐怖の味だ。胃が反射的にねじれて、酸っぱいものが込み上げてくる。
***
「軍神01、生きてるか?」
北園の声。いつもの軽い調子が戻ってきた。
「死んでねえよ」
「敵は何機だ?」
「6機だ。リーダーが狡猾で、他が追随してる」
「了解、俺が崩す」
「さすがだな、雪山01」
「お前なら涙目で片付けるだろ、エース様」
「ならお前がやれよ」
「俺は援護専門だ。お前が主役でいいだろ!」
北園俊介。士官学校で互いに助け合った相棒。あいつの軽口がなければ、とっくに壊れてた。北園の機体が急上昇していく。太陽を背にする。敵リーダーの視界から消える。上から急降下——敵の背後を取った。
通信が一瞬途切れる。ザザッというノイズ。そして静寂。コックピットに、自分の呼吸だけが残る。ヒュー、ヒューと酸素マスクを通る空気の音。マスクの中で吐息が白く曇る。ゴムの匂いが鼻腔に張り付く。消毒液のような、病院のような匂い。空調が効いてるはずなのに、汗がヘルメットの内側を伝う。額から頬へ、頬から顎へ。汗の匂いが充満する。酸っぱいような、錆びたような。マスクの中に金属臭がこもっていた。銅貨を舐めたような味。手が震えてる。細かく、止まらない震え。グローブの中で指が勝手に動く。震える指を叱るように、操縦桿を握り直した。力を込める。グローブ越しに、手のひらの湿り気を感じる。革が汗を吸って重くなってる。ぬるぬると滑りそうで、気持ち悪い。
***
「敵編隊の動きが違う!」
僚機の佐世保03からの通信。声が上ずってる。
「電子戦機がいないのにジャミングを受けてる!」
「新型か?」
「分からない、でもミサイルが効かない!」
「くそ、また回避された! こんな動きが——」
「佐世保04、被弾!」
「佐世保04、脱出確認」
「くそったれ!」
「各機、敵のレーダー攪乱を開始」
「軍神01、今だ!」
「分かってる」
HMDに映る6機の敵が、まるで一つの生き物みたいに動く。同時に旋回、同時に上昇、同時に——ロックオンしても、すぐに外れる。レーダーが狂ってる。右側で閃光。オレンジ色の火球。味方機から黒煙が噴き出す。機体がぐるぐると回転し始める。フラットスピン。パイロットが脱出——白いパラシュートが開く。
「やったか?」
「確認中——撃墜確認!」
その瞬間、別の通信が割り込んできた。
「軍神01、電子戦支援を開始します」
一条院美樹の声。電子戦士官。俺の——婚約者。落ち着いた口調。でも最後の音が微かに震えてる。彼女もモニター越しに、俺たちの戦いを見てる。手に汗を握ってるだろう。
「了解、美樹。頼む」
「……生きて帰ってきて」
小さな囁き。軍規違反だ。でも、その言葉が胸に響く。
HMDに青いホログラムが重なる。AIナビゲーションが敵の未来位置を予測する。光の軌跡が、3秒後の世界を描き出す。トリガーを引く。誘導弾が火を噴いて飛び出す。1秒、2秒、3秒——命中。オレンジ色の爆炎が敵リーダー機を包む。機体がバラバラに砕ける。破片が太陽光を反射してキラキラと舞う。
HMDの端に、小さな文字が浮かぶ。プライベートメッセージ。『死なないでね』美樹さんからだ。軍規違反。華族の令嬢が、こんなリスクを冒すなんて。胸の奥が急に熱くなる。焼けるような、締め付けられるような。酸素が喉を通らない。違う、これは感動じゃない。もっと複雑な——
「雪山01、今だ、発射!」
「その調子だ、軍神01!」
「雪山01、お前だけが活躍してると思うなよ」
「じゃあ次はお前が酒代分、撃墜しろ!」
「3万円分か?」
「先月は5万だ!」
「高すぎる」
「お前が飲ませたんだろ」
「……記憶にない」
「都合のいい記憶だな」
北園が残敵を追い詰める。俺も後を追う。操縦桿を押し倒す。機首が下を向く。雲を切り裂いて急降下。白い雲が窓を覆い、一瞬何も見えなくなる。そして突き抜ける。青い空。真下に敵機。量子レーダーが何かを捉える。ピッ、という電子音。通称「魔眼」——ステルスを無効化する新技術。画面に敵機の輪郭が浮かぶ。未来が見える。いや、違う。これは予測じゃない。確信だ。敵がどこに行くか、手に取るように分かる。ロックオン。トリガー。誘導弾が真っ直ぐに飛ぶ。命中。また一機。オレンジの火球が空に咲く。
軽口の応酬。でも、それが生きてる証だった。死と隣り合わせの空で、笑い合える。それが俺たちの絆。
***
空母への帰路。編隊は整然と並んで飛ぶ。V字編隊。戦闘の興奮が少しずつ冷めていく。アドレナリンが引いていく。代わりに疲労がどっと押し寄せる。全身が鉛のように重い。静寂がコックピットを満たす。エンジンの低い唸りだけが響く。
「軍神01、今日で何機撃墜した?」
北園からの通信。疲れた声。
「4機だ」
「通算だと?」
「……12機」
「つまり、お前は21世紀初のダブルエースだな」
「そういうことになるな」
「どこまで行くつもりだ?」
「どこまでって?」
「エースの記録。50機? 100機?」
「俺が目指してるのは、この戦争じゃない」
「じゃあ何だ?」
「その先の空だ」
ダブルエース。10機以上撃墜したパイロットの称号。複雑な感情が胸の中で渦を巻く。誇らしさと、虚しさと、恐怖と。俺は優秀なパイロットだと思う。技術も、判断力も、反射神経も。でも——北園の天才的な勘。0.1秒で最適解を見つける能力。俺は計算する。考える。その差が、いつか命取りになる。……羨ましい。素直に。
この戦いの記録が、次世代の技術を生み出す。AIが戦場を支配する日。それは皮肉にも平和への第一歩。前世で果たせなかった夢の、続き——前世? 脳が一瞬フリーズする。今、俺は何を考えた? 前世なんて——でも、確かに何かを覚えてる。ぼんやりとした記憶。別の人生。別の世界。
『助けて!』
また聞こえた。さっきよりはっきりと。少女の声。知らないはずなのに、どこか懐かしい。胸の奥で、何かがざわめく。忘れてはいけない何かを、忘れてる気がする。大事な約束。守らなければならない誰か。
***
帰投後。格納庫の匂いが鼻を突く。機械油とジェット燃料と、焦げた金属の匂い。整備士たちが機体に群がる。
「お疲れ様でした、中尉」
「ああ、頼む」
整備士と一緒に機体をチェックする。弾痕が3つ。右翼に焦げ跡。かすり傷だが、もう少しずれてたら——手が、まだ微かに震えてる。アドレナリンの後遺症。整備士は気づいてない。ヘルメットを脱ぐ。汗で髪がべったりと頭皮に張り付いてる。
デブリーフィング室。蛍光灯の白い光が目に痛い。コーヒーの匂いが充満してる。誰かがインスタントを淹れたらしい。まずそうな匂い。
「新型機の性能について報告を」
上官の声。疲れている。
「はい。従来機を凌駕する機動性。何より連携が異常でした」
「量子レーダーは有効でしたか?」
「ええ、魔眼がなければ全滅してました」
「そうか……詳細なレポートを頼む」
「了解しました」
スクリーンに戦闘データが映し出される。赤い線が敵機の軌跡。青が味方。複雑に絡み合う軌道。数字の羅列。加速度、旋回半径、ミサイルの命中率。全部が次の戦いへの糧になる。
会議が終わる。廊下に出る。足音が床に響く。カツ、カツ、カツ。突然、伝令が角から現れた。
「中尉!」
「何だ?」
「お嬢様からです」
一条院家の紋章入り封筒を持っている。白い封筒。金色の封蝋。美樹さんか。メールではなく、手紙。あの人は"本気"の時、いつも紙を選ぶ。受け取る。封筒がほんのり温かい。人の手の温もりが残っている。封蝋の家紋——三つ巴に桜。蝋が光を反射して金色に輝く。
自室に戻る。ドアを閉める。カチャリと鍵の音。ベッドに腰を下ろす。スプリングがギシギシと軋む。封筒を見つめる。美樹の文字を見た瞬間、戦闘中に感じた心の揺らぎが再び胸に広がる。守りたいのに、守り切れないかもしれない——その不安がじわりと胸を締め付ける。
美樹。一条院美樹。華族の令嬢で、俺の婚約者。でも、俺は彼女を愛してるのか? 分からない。彼女の笑顔は美しい。声は心地いい。一緒にいると安心する。でも、それは愛なのか? 前世の記憶が——いや、そんなものがあるはずない。でも確かに、俺は誰かを愛してた。誰を? 思い出せない。ただ、その人は美樹じゃない。それだけは、なぜか分かる。
封筒を開ける。紙の匂いがふわりと広がる。彼女の字。丁寧で、少し丸い。そのまま後ろに倒れ込む。天井を見上げる。白い天井。ところどころ染みがある。全身が鉛みたいに重い。瞼が勝手に落ちてくる。
まどろみの中で、また聞こえる。
『助けて!』
今度ははっきりと映像まで見える。駅のホーム。人でごった返してる。女子中学生が線路に向かって——落ちていく。紺色の制服が風に翻る。スカートがふわりと広がる。彼女の瞳に宿る絶望と恐怖。涙で濡れた頬。震える唇。
なぜか、俺には分かる。これは記憶だ。俺の記憶。でも、いつの? どこの? 俺は彼女を救ったはずだ。飛び込んで、抱きかかえて、間一髪で——そして俺は死んだ。列車に轢かれて。それを後悔してる? いや、違う。後悔なんてしてない。でも何かが引っかかる。モヤモヤする。
深い眠りが俺を包み込む。意識が沈んでいく。深い、深い闇の中へ。夢の中で、誰かが囁く。
「まだ終わらないよ」
「君が始めた物語は、まだ続いてる」
若い女の声。聞き覚えがある。でも誰だか分からない。その声の主は——知ってる。絶対に知ってる。でも、思い出せない。記憶が霧に包まれている。
ただ、一つだけ確かなこと。俺は、この世界の人間じゃない。華族制度が残る世界。立憲君主制が続く世界。歴史が違う道を歩んだ世界。量子コンピュータは実用化された。でもAIは、まだ人の手を離れてない。
なぜ俺はここにいる? なぜあの少女の声が聞こえた? そして——なぜ俺は、彼女を知ってる? 答えはまだ、霧の向こう。でも確実に近づいてる。運命の特異点が、静かに、しかし揺るぎなく回転を始めていた。
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