第5話 焚き火

 何があったんだ?たった数秒のうちに起こった出来事に、俺の思考は追いつけずにいた。現れたその闇には明らかに魂が宿っていた。人の姿にも見えた。溢れ出す殺気で俺は少しも動けなかった。生物としての本能がその闇に近づくと生きては帰れないと悟っていた。だがその殺気が俺に向いていないことに気づいた。闇は科学者たちだけではなく実験場ごと飲み込んで行った。


「死ね!」


 しゃがれた声で闇は言った。科学者たちの表情は後ろから見えなかったが、血の気が引いている顔がその佇まいから容易に想像できた。


「なんだこいつ!」

「うあああああああ!」


 そこにある俺以外を除いて全てを飲み込んでいく。そして何もかもが消えた時、闇は言った。


「生きろ!光が見えるその日まで!」


 俺に言ったのだろうか?


 気づけばそこは更地。そこにあった牢屋も実験場も跡形もなく消えていた。どうなったのかを考える隙もなく、夜の寒さは襲いかかる。不死身だからといって感覚がないわけではない。時とは確かに感覚が鈍いが、今の寒さや飢えは、鈍さなど無視できるほどだった。理性が段々と失われていくと感じた頃にはもう遅かったらしい。はあ、何度これを体験すればいいんだろう。


 意識が戻った。体に温もりを感じる。なぜなら俺はウサギを抱えていたからだ。そのウサギに背中という部分はほとんどなかった。口に生肉の食感が残っている。そう、無意識の俺はそれを捕まえ、食べていたのだ。俺は吐き気がした。残念だが脳だけがそう感じていた。舌はその味を必死に感じようと肉を吐き出しはしなかった。旨みを感じていたのだ。今度は意識的にその死体にかぶりつく。うまい。俺は人間を辞めてしまったのか。


 寒さを抑えるために火を起こした。火の起こし方は小さい時に皆習うのだが、久しぶりにやったので時間がかかった。じっとその真っ赤な火を眺める。炎はじわじわと木の枝に燃え移っていく。まるで不死身アンデッドの本能を暗示しているように。怖い。このまま意識を失って何かを襲い続けるのだろうか。村に帰りたい。家族とあいつらと一緒にいた日々に戻りたい。普通なら学校に行ってたはずだ。それがなんでこんな目に会わないといけないのだろう。


 そんなことをずっと考えていた。火は近くにある唯一の灯り。俺の心に灯ったのはやはり怒り。俺は怒りを鎮め、火も共に次第に弱くなっていった。正気に戻り、木を追加する。


「おい、人がいるぞ」


 微かに聞こえたその声は成人男性のものだ。俺は助けが来たのだとは到底思えなかった。もう希望など俺の目には見えていない。火種が足に飛んできた。


「大丈夫か?俺は三番隊隊長の聖騎士ウォーレスだ。こんなところで何をしている?」


 聖騎士か。やっと聖騎士が来たのか。でももう遅い。全て無くした後に来られても意味がない。ヒーローが遅れてやってくるのはおとぎ話で十分だ。俺はその声に反応できず、火を見ていた。


「隊長、こいつよく見たら不死身アンデッドっすよ」

「なんだ。心配して損したな」

「ははっ。そこでくたばっときな。まあもう死ねないだろうけどよ」

「よせ。襲いかかってきたらどうする」

「大丈夫っすよ。こいつらに意識はない」


 聖騎士かれらは嘲笑いながら去って行った。なんとかして抑えていた絶望と怒りが沸々と湧き上がってきた。弱まっていた火がパチパチと音を鳴らす。なんで俺は聖騎士を目指していたんだ?表面的なものばかりを見て、馬鹿みたいに憧れて。英雄でもなんでもないじゃないか。父さんの言っていたことが今になってわかった気がする。聖騎士であろうがなんであろうが、所詮誰もが人間なんだ。俺はただただ拳を握っていた。自分の手から血が出ていることに気づくこともないまま・・・・・・



「ーー隊長。あの火って誰が起こしたんですか?ーー」



 どこからか嘲笑うようなカラスの声がした。ここが何処なのか分からないまま一晩過ごせたらしい。昨日のことは思い出したくないが、理性は正常を保っていた。あの闇はなんだったのだろう?そんなことよりもこれからどうする?朝起きて真っ先に思い浮かんだのはこの言葉だった。


(死にたい・・・・・・)








 


 


 

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