第4話 一日目 ③ 狂気の軍人

 洞窟の中に微かな、だが鋭い破裂音が響いた時……俺と先生は反射的に走りだした。


「フォーティ君……まさか……誰かに聖杯の事を話したのかね??」


 走りながら、先生が俺に説いただした。口調とは裏腹に焦燥が滲んだ声……


「まさか?! あっ、でも聖杯の捜索クエストを見つけた時、ちょっと動揺しちまって……ツルハシを落っことしちまったんだ。もしかしてその様子を誰かが……」


 俺は途端に自分の顔が青ざめるのが分かった……クソッ……無事で居てくれ!!


 俺が全速力で小屋の見える角に飛び出そうとした瞬間……先生が俺を捕まえて獣道の横の繁みに引き込んだ。


『しっ、声を抑えろ。奴等に気取られたら……子供達が危ない』


 先生は姿勢を低くして俺にそう言うと、茂みを揺らさない様……慎重に小屋が見える位置に茂みの中をにじり寄っていく。その姿を見て……頭に血が登っていた俺は、ハタと我に返った。


(そうだ……今俺がしくじったら……)


 そこから、逸る気持ちを押さえつけ……慎重に枝を避けつつ小屋が見える所へ移動する。


(居た!)


 そこには、小屋の前で身を寄せ合うアンジーと子供達が帝国兵の前で震えていた。


(クソヤロウ共め……)


 俺は震えるアンジー達を見てニヤニヤする指揮官らしい奴に頭か沸騰しかけるが……震える拳をかろうじて押さえつけた。ニヤケ野郎の後ろには……この短時間で何処から集めてきたのかズラリと兵隊達が並び、更に小屋の中を探索している奴等を含めれば……20人は下らない帝国兵が、曖昧な情報を元に集まった事になる。


(奴等……いったい何なんだ?? なんでここまで形振り構わず“聖杯”を探してやがるんだ??)


 先生がこの森で俺達を助けてくれてから既に一年以上……あのクエストボードを見る迄、聖杯もクロムウェル先生の事も噂一つ聞かなかったのに……帝国はなんで急に本腰を入れて探し始めたんだ?


(いや……そんな事はどうでもいい。今は何とかアンジーとチビ共を助ける方法を……)


 俺と先生が繁みの影から様子を伺っていると……どうやら小屋の中を探索していた兵隊達が、小屋の捜索を終えたらしく……その内の一人が指揮官に何かを耳打ちした。


『ふむ……中には誰も居ない……と、服や生活用品にも老人が使っていそうな物は見当たらないですか……』


『だから……ここにはあたし達とあたしの幼馴染しか住んで居ないと言ったじゃないですか!! それに……その……セイハイ? なんて物も見たことすらありません。子供達が怯えています、お願いですから……もう帰って下さい』


 自分も怖くてたまらない筈なのに……アンジーは勇気を振り絞って子供達を助けようとしている。


『では……その幼馴染を出してもらいましょうか。ああ……隠しても無駄ですよ。彼がこちらに向かって帰宅を急いでいた事は既に知っています』


『そんな……』


 そう言ってチラッと視線を飛ばした先に居るのは……


(あのエンプター買い取り屋に居たネズミ顔!! くそ……俺の独り言を聞いてやがったのか???)


 しかも急いで帰った所まで見られていたとは……重ね重ね、俺は自分の迂闊さを呪った。それにしても……あんな呟きくらいで、こんなに素早く帝国兵が動くか?? 


『へへへ……旦那、奴は周りに誰も居ないと思ってハッキリと“この聖杯を持ってる人間を知ってる”と漏らしてたんで……首尾よ良くコトが運んだ暁には……へへ……ヨロシク頼みますよ……ケケケッ』


 ネズミ顔の男は……指揮官らしい男に揉み手せんばかりにと……粘ついた視線をアンジーに向けた。それを見た瞬間……俺の敵意は瞬時に振り切れ、簡単に殺意に変化する。

 

(野郎……!!)


 握り込んだ拳がミシミシと唸る……あいつ……有ること無いこと帝国軍に吹き込んだに違いない。


((先生……))


((いけないよ……今飛び出しても何も出来やしない……もう少しだけ様子を見るんだ))


((でも!))


((しっ! 静かに!!))


『先ずは……そのフォーティ君をとやらを呼んでもいましょう』


『呼んでって……どうやって??』


 ― ニヤリ ―


 俺が見た中で……いや人間が浮かべる事の出来る表情の中で最も邪悪だと言っていい笑みだった……


 奴は……ゆっくりと咥えた葉巻を手に取り、いやらしく歪んだ唇から紫煙を吐き出した……短い言葉と共に……


『殺れ』


 ― ダーンッッッ ―


((…………なっ?????))


『『『………~~』』』


 子供達が涙を流しながら……口から漏れようとする鳴き声を押し殺し……アンジーも悲鳴をあげる事を必死に堪えた。そして……


 撃たれた本人は……キョトンとしていた。まるで自然の理屈に合わない物を目撃してしまった様に…………


『旦那……いったい???』


 撃たれたのは……


 ニヤけていた筈の指揮官は……いつの間にか充血した目を見開き、明らかに常軌を逸した表情で従業員に宣告した。その手には……いつの間にか金属製の警棒が……


『君の様な元王国民の…… ガッ

 極低層労働者風情が…… ガッ

 この…… ガッ

 偉大なから…… ガッ

 派遣された…… ガッ

 帝国陸軍中尉たる…… ガッ

 私に…… ガッ

 報酬を…… ガッ

 要求…… ガッ 

 するなど…… ガッ

 傲岸かつ…… ガッ

 不遜だと…… ガッ

 思わん…… ガッ

 かね?! ガッ 』

 

 ………あの従業員は……多分自分の疑問……何故自分が撃たれたかを理解出来なかっただろう。腹を撃たれ……混乱した頭に振り下ろされた警棒は従業員の意識を一撃で刈り取ってしまったろうから……


 アンジーは……奴にを向けられて失神寸前の顔色でイヤイヤをしている。


(………狂ってる!………)


 俺は……いつの間にか握りしめた拳にビッシリと汗をかいている事に気付いた。


 既に……コト切れているであろう従業員が糸を切った人形の様に崩れ落ちると……顔に転々と返り血を付けた指揮官は、後から進み出た部下に血と脳漿でベットリと汚れた警棒を渡し、


『ふーッふーッふーッ……フゥ…………あれ?

どうしました??  


 狂気を孕んだ瞳が……まともに言葉を発する事すら出来なくなったアンジーと子供達を見て……がっかりした様に肩を竦める。


『ハァ~……誰も彼も……元王国民は反抗的で困ります。私としては……仕方ない……そのガキ共を順にて行けば……悲鳴を上げて下さいますかね……御嬢さん?』


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聖杯と黒銀(クロガネ)の騎士 “古(いにしえ)の鍵と覇道の帝国” 鰺屋華袋 @ajiya

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