第2話 一日目 ① 屑鉄掘りのフォーティ

「おいおい……嘘だろ? いくらなんでも600ギエンはないぜ! よく見てくれよ、隣の町まで持って行きゃあ1000ギエンは純度代物だぜ?」


 俺は発掘した金属片に付けられた買い取り額に不満を鳴らした。もうすぐ16歳誕生日を迎えるアンジー幼馴染や他のチビ共に……幾らかでもマシなものを食わせてやりたくて、わざわざ危険な遺構までツルハシ片手に遠征したのだ。しかも良質な金属片だけを選びだし、丸三日もかけ運搬して来たってのに……これっぽっちじゃ話にならねぇ。


「じゃあ頑張って隣町まで行きな。遺跡買取商ウチオメェフォーティの御用商人じゃねぇんだよ」


 分厚いカウンターの上で天秤に素材を乗っけたおっさんは、セリフを吐いて持ち込んだ素材金属片をガチャガチャと革袋に戻すと俺の方に投げて寄越し……さっさと次の客の素材を秤に乗せ始めた。俺はこの重量を隣町のエンプター買い取り屋まで運ぶ事を想像して……流石にげっそりしちまう。


「クソ……なぁ……1000とは言わねぇがよ……もう少しなんとかなんねぇか? 身内がもうすぐ誕生日なんだ。頼むよ」


身内がな。で……それが俺に何の関係があるってんだ?」


 おっさんは心底“意味が分からねぇ?”って顔で俺の言い分を店の外まで蹴っ飛ばし一蹴しやがった……


(クソッ……業突く張りめ……地獄に落ちやがれってんだ!)


 俺は心の中で悪態をついたが、おっさんは全く意にも介さず次の客の査定を進めている。


(仕方ねぇ……背に腹は代えられねぇからな……)


「チッ………分かったよ。600で構わねぇ……」


「何だって?? 聞こえねぇぞ?」


「悪かったよ。600ギエンで換金してくれ」


「最初からそう言えってんだよ」


 おっさんはネズミみたいな顔の従業員(この因業オヤジが人を使ってるのが不思議で仕方ない!)に次の客の計量を任せるとカウンターの裏に引っ込んだ。


(聞こえてんじゃねぇかよ……クソオヤジめ!)


 裏から現れた業突く張りのエンプター買い取り屋は、俺が恨みがましい目で睨んでも何のその……感動するほど無感動に石貨の入ったトレーをカウンターに投げて寄越した。俺はトレーの石貨を数えて素早く懐の隠しポケットに仕舞い込む。目算よりは目減りしたが……貴重な収入が久方振りに俺の懐を重くする。


「おいおっさん、せっかくがすんなり取引に応じたんだからよ……ちっとくらいサービスするのが商人の粋ってもんじゃねえのか?」


 俺はサービスのも見当たらないトレーをプラプラさせてからおっさんに手渡した。


「抜かせクソガキが……カネ石貨が欲しいならそのツルハシを置いてけよ。今ならサービスしてやるぜ?」


「馬鹿野郎、飯のタネを売っぱらって明日からどうしろってんだよ。それより……何かねぇのかよ。レアメタルの出た遺構の情報とかよ?」

 

「笑わすんじゃねぇよクソガキが……そんな情報があったら知りてぇわ」


 おっさんはあいも変わらずしかめっ面のままトレーを受け取ると……ふと表情を変えて入口近くにある依頼受け付け板クエストボードに顎をしゃくった。


「そうだな……一攫千が狙いてぇなら、そこのクエストボード依頼受け付け板見てみな。昨日帝国兵が残してった新規クエストがあるぜ? もっとも……遺構からレアメタルを見つけるより面倒な代物だがな」


「おいおい……何だよそりゃあ。帝国兵は嫌いだけどよ……随分素敵ゴキゲン木版クエストがあるんじゃねぇか!」


 おっさんは……無言でため息を吐いてクエストボードに親指を向けた。俺はそのままカウンターを離れて店の入口にあるクエストボードに向かう。中途半端な時間のせいか……カウンターとは違ってボードの前には誰も居ない。


「いつもこうなら楽なんだがな……さて……因業オヤジの言ってた新規クエストってのはどれだ??」


 その新規クエストとやらは……雑多なボードの中を苦労して探す必要が無かった。何しろ普通の木版クエストの倍もデカい木版が一番目立つ所にデカデカと掛かってやがる。しかも……なんとされた依頼木版クエストがだ?!


(帝国の奴等……このクエストの為に貴重な金属素材を使ってわざわざ焼きまで作ったってのか? だとしたら……このクエスト……)


 この三年──十四の時に兄貴が死に、唯一の遺品ツルハシでガラクタ掘りを始めて以来……こんな事は初めてだ。俺は逸る気持ちを抑えて恐る恐る木版の内容を確かめた。が、次の瞬間……


 ― ガゴンッ ―


 ……そこに焼き付いた絵を見て、不覚にもツルハシを落っことしちまった。


「……おいおい。いったいなんのジョークだよ。こりゃぁ……クロムウェル先生の……」


 そこまで呟いて……ハッと口を抑えた俺は周りを見渡す。


(今、誰か俺の後ろを通り過ぎた??)


 慌てて振り向いた後ろには誰も居ない……気の所為か?? いや……いまそこの従業員通路に人の陰があった様な??


(いや……今はそれどころじゃねぇ!! こりゃぁ……クロムウェル先生が持ってたアレじゃねぇか?! なんで帝国の奴等がアレを……)


 初めて見た大型木版クエストには……100万ギエンの懸賞金と共に、が隠し持ってた金属製のカップが、模様の詳細図付で焼き付けられていた……


――――――――――


 俺は落としちまった商売道具ツルハシを慌てて拾い上げて……エンプター買い取り屋のスイングドアをそっと押して外に出た。そのまま何事も無いていを装いつつ……町の外にある小屋寝ぐらへ急いだ。


(いったいアレは何だよ? クロムウェル先生が持ってた盃が……帝国が欲しがる様な代物なのか?)


 町中ではけして走らず、街壁を抜けた後、周囲に人影が無くなったのを確認すると……俺は森にある小屋寝ぐらへあらん限りの力を足に込めて駆け出した。


「くそっ……頼むから無事で居てくれよ」


 森の獣道を急ぐ俺の視界に、小屋から登る炊煙が見えてくる。


「良かった……無事か……」


 元々ここら一体は帝国の隣にある小さな国の領地だったが、その国も10年前から続く帝国の外征でとっくに併呑された。ここは元々の持ち主である猟師が獲物を解体して燻す為の小屋だったのだが、その猟師も先の戦争で死んじまった。


 それ以来……猟師の弟子だった俺の兄貴が、親を失った孤児達を集め面倒を見始めた場所でもある。


「みんな無事か?」


 俺は素人増築が繰り返された掘っ建て小屋の扉を開けて叫んだ。


「フォーティ!! 血相変えてどうしたのよ? ドアは静かに開けろって……いつも貴方が言ってる事じゃない?」


 猟師小屋には……俺が出掛けた時と同じく戦災孤児弟妹達が身を寄せ合っていた。ちび共はみんな俺が血相変えて飛び込んで来たのを見て少し驚いている。


「すまねぇみんな……なんでも無いんだ」


 この中には……町に駐留する帝国兵に略奪された挙げ句にここ来ちまった奴も居るってのに……


「もう……気をつけてよね。で……稼ぎどうだったの? ねっ、お父さん」


 炊事場でチビ共の為にスープを煮込んでいたアンジーは、俺の事を孤児達の父親と呼ぶ。正直、この歳でこんなはごめん被りたいんだが……


「バカ……よせよ。幾らかは稼げたが……それよりもクロムウェル先生は??」


 俺は去年からこの森に住み着いた老人……クロムウェル先生の事を尋ねた。彼は、一年ほど前に森の奥……普段は猟師くらいしか行かない場所にある崖の下で倒れていた。


 このご時世……生き倒れなど珍しくもなかったが、まだ息のあった老人を見捨てる訳にもいかなかった俺達は、意識のなかった老人を介抱し……その後、紆余曲折を経てこの森に腰を落ち着けた彼は、命の対価だと言って、俺達に読み書きや計算、そして生きる為の知識を惜しみ無く教えてくれている。


 俺の質問に……炊事場のアンジーは困った顔をして、


「さっき罠に掛かったウサギを届けてくれてから……いつもの所に居るよ。もう増築も済んで先生一人くらいが寝泊まりするスペースくらいあるのに……」


「……分かった。ちょっと行ってくるから……チビ共には先に食わせてやってくれ」


「分かったわ。ついでに先生にも夕飯だって伝えてちょうだい」


「ああ……分かったよ」


 俺はそう言って掘っ建て小屋の外に出ると、とりあえず皆が無事だった事に胸を撫で下ろした。


(よくよく考えてみりゃ……アレをクロムウェル先生が持ってるって知ってんのは、今の所俺しか居ねえんだよな……焦って損したぜ)


 俺は先生が寝泊まりしている滝のほとりの洞窟へ向かった。


「まったく……人騒がせだよな」

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