聖杯と黒銀(クロガネ)の騎士 “古(いにしえ)の鍵と覇道の帝国”

鰺屋華袋

第1話 プロローグ

「…………フ………テ…ー…!!」


 ……何だ……?


「………フォ……ティ……?!!」


 俺は眠いんだよ。


「目を覚ましてフォーティ!!! しっかりして!!!」


 暖かい泥の海に浸っている様に曖昧な俺の意識に……引き裂く様なアンジー幼馴染の声が響いて俺の目を覚まそうとする。


(勘弁してくれよ……昨日は1000ギエンは獲物を掘り出してから……苦労して街まで持ち帰って来たんだ。マジで疲れてるから寝かしてくれよ……)


「起きなさいあずまれい!! 起きて!! 目をつぶっちゃ駄目!!」


(分かったよ……今起きるから……)


 俺は重い瞼をなんとか引っ張り上げた。薄く開けた視界に映るのは……泣き叫ぶ幼馴染と……夕空??


「(どうしたんだアンジー?! 血だらけじゃないか!!) アッ……」


 おかしい……上手く言葉が出ねぇ?? アンジーに抱えられた上半身も……石みたいに重くてろくに動かせねぇし……いったいどうした? 何があったんだ??


「ああ……フォーティ!」


 俺は上手く動かせない手を何とか引っ張り上げ、アンジーの顔から血を拭おうとしたが……自分の手が血だらけになっているのを見て……


「そう……か……俺……撃たれ……」


 思い出した……俺はクロムウェル先生と聖杯を追って来た帝国兵に撃たれたんだった。霞む視界の端には……クロムウェル先生が帝国兵の群れの中で暴れているのが見える。駄目だ先生……奴等いよいよとなったら仲間ごと撃ってくるぞ……


「バカ!!! 何で……飛び込んで来るのよ」


 だって奴等……お前に銃を向けたんだぜ?? 親父も……お袋も……兄貴も……俺を置いて逝っちまって……これ以上誰かを見送るのはもう懲り懲りなんだよ。


「ああ……どうして? 血が止まらないよ!!! ああ……神様!!」


 やめろよアンジー……神様奴等はどうせ助けちゃくれねぇよ……それよりも……


「……アン…ジ……先…生が……気を……引いて……内……逃げ………ろ」


 笑っちまう……今際の際で親父と同じセリフが出るなんて……


「イヤッ!!」


 16にもなって子供みたいにイヤイヤをするんじゃねぇよ……


「頼…む……チビども……を連れ……て…」


 お前が連れて逃げなきゃチビども迄……奴等子供だからって容赦しないぞ!! 早く……そうだ、これも……


「これ……も……」


 俺は震える右手でポケットの中から“聖杯”を引っぱり出した。震える手の中の聖杯は……大きさのわりに重くて……すぐそこにあるアンジーの手にすら上手く渡せ……


「いや……いやよ……お願い……」


 バカ……普段は素直なくせに……


『見つけたぞ!! 奴が持って……グギャ?!!』


 クソッ……無粋な奴等め……お前等みたいなのはクロムウェル先生に蹴られて死んじまえよ……


「早…く……」


 それは、血にまみれた手で最後の力を振り絞り……聖杯を手渡そうとした時だった。


 ― カチッ ―


(……………カチッ??)


 俺達は……確かに“運命の歯車が音”を聴いたんだ。



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