さよなら……愛した君
三愛紫月
優しい君
『昨日未明、歌手のイコさんが亡くなりました。自宅近くの敷地で倒れているところを発見され……』
もうすぐ底をつきそうなイチゴジャムの瓶からスプーンでジャムをかき集めている時に、つけていたTVがニュースを読み上げる。
あーー、やっぱり。
僕は、ニュースを見ながらスプーンですくったジャムをパンに落とす。
イコと僕は、幼馴染みだ。
小さな頃から、歌手を目指していたイコに僕はよくやめとけと諭したものだった。
理由は、簡単な事だ!
イコは、あの世界じゃ生きられないぐらい優しい人間だから。
僕の母は、夜の世界でNo.1だった人。
母はよくTVに出ていた友人の
「たぁくん、この世界はね。強い人だけが生き残るのよ。だから、憧れちゃ駄目よ」
僕が何でと尋ねると、母はいつもこう言った。
「この場所には、優しさを食らう化け物がいるの。まあ、この場所だけじゃないけどね。大人になったらきっとたぁくんにもわかるわ」と……。
だから、僕はイコに何度も話したんだ。
イコは、絶対に化け物に食べられてしまうんだよと……。
天使のような歌声を持つイコは、高校に入ってすぐにスカウトがやってきて歌手になる夢を選んで上京していった。
見送りの日、僕はイコに強くなれと話した。
それと優しくなんてしないでいいと……。
心をすり減らすような優しさを誰かに使う必要はないって事も何度も何度も話した。
なのに、イコは自らを殺した。
それは、きっと化け物に食われたんだと思う。
『優しい人が傷つかない世の中にしましょう』
高校二年の夏に、同級生の
優しい人が傷つかない世の中なんて綺麗事だ。
優しい人は、ぼろ雑巾になるまで優しさを搾り取られる仕組みになっている。
優しい人は、心を踏みつけられるようになっているんだ。
そんな世の中に優しい人は絶望する。
自分は無価値な人間だと感じ。
優しいから、自分を犠牲にする。
優しさを搾取した寄生虫は、新たな宿主を見つけては貪り食らうのだ。
だから、優しい人間がこの世からいなくなる。
いなくなって、残った人間は。
僕も含めて、醜い化け物だけ。
醜い化け物達は、優しくされる事に慣れている。
優しくされたら、当たり前。
だから、感謝なんかしない。
誰かの時間を奪っても、その事に気付きもしない。
悪いのは、優しい人間だと思い込む。
優しさは、仇で返すと信じてる。
そんな化け物に自分の心をすり減らし、傷つき、苦しみ、泣いたのだろう?
なあ、イコ。
だから、言っただろ?
誰にでも優しくしちゃ駄目だって。
なあ、イコ。
だから、言っただろ?
心をすり減らすほど、優しくしちゃ駄目だって。
なあ、イコ。
だから、言っただろ?
君には、この世界は向いていないと……。
イコ……。
いずれ君は、自分を殺す事が僕にはわかっていた。
それは、どの世界にいても同じだっただろう。
君は、君が思ってるよりも優しい人間だ。
自分より他人を思いやり、誰かの痛みに共感し、そうやってずっと生きてきた人なのはわかっているから。
人間なんて、もっとわがままで、もっとズルくていいんだよ。
もっと醜くていいんだよ。
もっと……。
もっと……。
イコのそばにいて
何度も言ってあげればよかった。
もっと、自分を大切にしてって……。
どうせ、世の中の人はイコの事を忘れてしまう。
なのに、何で。
生きるのをやめたの?
この世界に絶望したんだよな。
イコ……。
君は、天使だったから。
ブブッ……。
【
スマホのバイブ音で現実に引き戻される。
イコの母親から連絡が来たという事は、今のニュースは本当だったって事だ。
嘘ならよかった。
嘘だと信じたかった。
僕は、イコに伝えられていない事がまだまだたくさんあったのに……。
優しい君よ。
どうか、どうか。
穏やかに笑っていますように……。
さよなら……愛した君 三愛紫月 @shizuki-r
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます