生き返った最愛のお姉ちゃんと夜通し語り合って思いを交換しました。

Hugo Kirara3500

ちょっとだけ生き返ったので少しはお姉ちゃんのことを知ることが出来ました

 礼拝堂に、司会の声がマイクを通して響いた。

「それでは定刻となりましたので、定益じょうます彩良さらさんの前夜式を執り行います。」


 そして私達は賛美歌を歌いました。その後に、牧師さんが現れて聖書の一説を朗読した後、説教が始まりました。


「こんばんは、今日は五月九日に召天されました定益彩良さんの前夜式にお集まり下さりましてありがとうございます。私年も感謝にたえません。私たちも容態の急変に戸惑っております。今日、私たちは彼女を追悼するために、ここに集まりました。

彩良さんはまだ若く、ご家族や友人たちの悲しみはこれ以上ないものだと思います。


 私たちは死んだ後どうなるのかは遺憾ながら私を含めて誰にもわかりません。しかし、私たちは新しい身体で復活すると信じたいと思います。なぜそう思えるのかというと、それは主イエスは死からよみがえられたからです。彼女もそう信じていました。


 彩良さんは二〇〇三年に父隆行さん、母直美さんの二人姉妹の長女として生を受けられました。定益家の皆さんは子供の頃から存じておりまして、親御さんは教会に通い、姉妹は教会付属幼稚園に通っていました。二〇一三年、小学生だった頃にグリオーマを発症されました。一度は転移なしと確認できてその後は順調に学業をまい進されていましたが、一昨年秋に再発して入院されました。一時的に薬で快方に向かい、その間退院して学校に通われたこともありました。しかし再び病状が悪化し、先日五月九日に神様の身許に帰られていきました。十九年の生涯でありました。


 どんな人でも、家族や知っている人が天に召されるということは、地上に残された私達にとって、悲しく、胸が張り裂けるような思いでしょう。まだ若かった彩良さんが病に倒れたことでさらに悲しみは深まっていることでしょう。


 私のような牧師にとって、事前に日程が決まっている結婚式とは違い、葬儀というのは、いつやらなければならないかというのはその時までわからないものです。私に召天の報があるたび、私自身の日程調整、前夜式、告別式の準備に追われることになります。さらに日程によってはその中に定期礼拝も加わります。


 さて、私はそのスケジュール確認のため、教会暦をめくりました。彩良さんの召天日の五月九日が主イエスが天に昇った昇天日であることに気付かされました。主イエスが復活して弟子たちの前に現れた日を祝うのが復活祭、イースターで今年は三月三十一日でした。そして、ルカによる福音書二十四章五十一節によれば、主イエスが『天に上げられた』と記されていますが、使徒言行録一章によればそれは復活の四十日後のことであり、その短い間に神の国について語られました。それが今年は三月三十一日から四十日目の五月九日でした。主イエスが天に上げられたその日に彩良さんも天に上げられました。その際主イエスが伴なってくださったことによって穏やかな召天を迎えられたと信じたいと思います。


 愛する者を失って嘆き悲しみ、寂しさ、虚しさがある私たちをどうか顧みてください。悲しみに打ちひしがれている私たちに祝福と平安で満ち溢れますように。イエスのみ名によってお祈りいたします。アーメン」


 牧師さんの説教が終わり、献花の時間となりました。お姉ちゃんとまた会える……私は思い悩みました。


「この後、皆さんに献花をしていただいてお顔を見ていただきますけれども、本当に心地よくぐっすり寝ているようです」


 司会のアナウンスの後、私は他の参列者と一緒に献花した後、お姉ちゃんが入っている棺桶に近づいて、そして彼女と対面した。

「もう、お姉ちゃんとお話ができなくなって声も聞けないなんていやだぁ……」

私は、彼女の顔を見た瞬間思わず泣き叫びながら濃いめのホルマリン溶液の作用でゴムのように固くなったお姉ちゃんの手の甲を優しくなでた後そっと握った。


 その時、お姉ちゃんの目が開いた。彼女は、

「少しだけなら一緒にいれそうだからお話しない?」

と言った。そして私の顔を彼女に近づけて、

「うん、それじゃ、ちょっとだけ」

と答えたとき、右腕が伸びて私の頭をなでようとした。残っていた数人の弔問客がそれを見てざわついてドン引きした。それを横目で見たお姉ちゃんは、

「こんな感じで今はちょっとアレだからまた夜、みんながいなくなったら来て」

と言って再び目を閉じたので私はその場を離れた。


 それから私は弔問客がいなくなった夜遅く、再び礼拝堂に向かった。ドアをノックして中に入ると、

「有咲、来てくれたのね」

という声がしたので、棺桶の方に近づいた。ドアの音を聞いたお姉ちゃんがちょうど起き上がって棺桶から出るところだった。

「お姉ちゃん……本当にまたお話できるんだね……」

私は感極まって涙があふれながらつぶやいて彼女と抱き合った。そして私達は礼拝堂の最前列に並んで座ってさっきまでお姉ちゃんが入っていた棺桶を前にして話をした。


「棺桶の中で横になって牧師さんの説教や司会の弔辞を聞かされる気分ってどんな感じなんだろう……」

私が不意につぶやいたのを彼女に聞かれてしまった。

「うーん、こういう言い方はちょっとアレかもしれないけど、上等、最高級な子守唄って感じかなぁ。今更聖書の一節を聞いたからどうにもこうにもなるものでもないし。病室で読んでいたから。あとはあたしの紹介だったからねぇ」


「大学入れたら旅行行こうと思っていたけどやっぱり行けなかった。それが残念。卒業旅行、いい響きだなぁ……」

「私が行けたらそのときは棺桶のふた越しに写真見せてあげるからね」

「ありがとう、有咲」


「あたしは病院生活が長くなってしまってね、毎日学校に通っていたのがもう何十年も前のように感じてね。ほんの少し前のはずだったのに。一年前に子供の頃になんとかしたはずだったがんが再発して入院したときはもう目を覆いたくなった。その後症状が軽かったときに一時退院して家で過ごしたり、数日だけだけど学校に行きました。今となってはもう、本当に大切で貴重な日々だった。抗がん剤でだるくなって疲れやすくなるのに耐えて勉強しました。最初は特別に一時退院して登校しました。そのときは教室の机に座るだけで心の中で涙したりもしました。病院から出づらくなってからは通信制高校に転学して病室に教科書持ち込んで勉強したりしてなんとか卒業しました。そのときはうれしくて額縁に入れて病室の棚に置きました。そして、大学のオンライン授業で数科目取ったりとか、あたしなりに頑張ったんけどね……そのときは希望を捨てたらそれで終わりだと思っていたから。


 そして酸素吸入器を顔につけられたときの絶望感も。結局死んじゃってがん細胞も巻き添えで不活性になって痛みも落ち着いて、見るだけで毎回憂鬱だった薬からも解放されたけど、そのかわりにもう動けなくなっちゃった……でも、今は特別に、と言っていいのかな、主のお恵みをいただいてあーたとこうして話が出てきてとてもうれしいな。イエス様がよみがえったときもきっとこんな感じだったのかな……使命感とかはないと思うけどあーたともう一度でいいから話したいという思いと姉妹愛が神様に通じたのかな」

「お姉ちゃん……私も話が聞けてうれしい」

「ありがとう、有咲。あの時あたしの最後の体温を吸い取るように感じてくれて」

お姉ちゃんはそう言いながら満面の笑みで私の頬を優しく突いた。彼女の話は続いた。


「そして葬儀社に行く寝台車の中で布にくるまったあたしにずっと話しかけてくれたこととかね、あーたのそんなところが本当にうれしかった。そしてその後冷蔵庫の中で半日過ごしたときは不安でさびしかった」

「次の日、あたしをそこから担架で運び出して包んでいた布をほどいて二人がかりでステンレスの作業台に載せ替えて硬い首枕をあてたんです。その時最初にあたしの顔を見たエンバーマーのお姉さんが、『お嬢さん、はじめまして。長い闘病生活おつかれさまでした。これから少し痛い思いするかもしれないけど、基本的にはエステだと思ってリラックスしてていいからね』って言ってくれたけど、当然エンバーミングどころかエステも経験なんてしたことないからめっちゃ緊張した。首の下辺りから取り出した血管にポンプから伸びた細いホースを繋いでそして静かだった作業室にモーター音が響いてあたしの中に薬剤が注ぎ込まれていった。長い間私の命を支えてくれた血液と入れ替えにね。その間腕、脚、指先にもきちんと入るようにするためにマッサージしてくれたので気持ちよかった。それが終わった時、『これからお腹にパイプを入れて余計なものを吸い出してから別の薬を注ぎ込みますね。ズキズキするかもしれないけど我慢してて』って言われて、これはその通りちょっと痛かったけどね。それで薬剤を入れ終わったときはパンパンに足がつったような感じがしたね」

「最後にお気に入りのこの青いシャツを着せてもらってね」

お姉ちゃんは襟を引っ張り気味につまんでうれしそうに言った。


「助手さんはきれいに着飾ったあたしを背中にベルトを通したクレーンで持ち上げて隣のテーブルに用意された棺桶の中にゆっくりとおろした。下見しに行ったときに中に入ってみてこのときにもそう思ったけど、これがこれからのあたしがずっと過ごす小さな部屋なんだねなんて思いながら。寝心地はこんなもんかなって感じ。最後に化粧してもらったけど自分の手でやるわけじゃないから加減が合わなくて少しむず痒く感じた。そして『これからみんなと会うまで少し待ってて。その間リラックスしててね』と言われて、ふたが閉じられて暗闇の中になった」

「そしてまた明るくなって、参列者の皆さんがやってきてあたしの顔を覗き込みながら通り過ぎていった。幼馴染のえみちゃんがあたしのほっぺを泣きながらなでていった。彼女があそこまで泣いていたのなんて見たことがなかったから忘れられないよ……とはいってもね、『まだ若いのに。かわいそう』なんて言われてもあたしにはどうしようもないから複雑な思いをしたり、『安らかなお顔ですね』なんて言われてもうれしくなんて全然ないけど、あたしのために来てくれた参列者に向かってそんな事思ってはいけないのかもしれないんだよね。

列が終わって少し落ち着いたところであーたが来てなぜかその時だけ目を開けて話すことが出来たから夜に会ってと約束したのよ」

お姉ちゃんって弔問や献花を受けている時棺桶の中でこんな気持ちで過ごしていたんだ……

「家に帰ってずっと過ごすために濃いめの薬剤入れてもらって筋肉、相当固くなりますよって言われて、体全体が薬剤の作用でコチコチになっているはずなのに、不思議な力で意外と動くんだねぇ、この体。」

「お姉ちゃんね、パパやママと相談してあのプランにしたからね。やっぱり、あたしもさびしく思ったからね。有咲にも滅多に会えないお墓の下でひとりぼっちになるなんてねぇ。これからずっと箱の中に閉じ込められるけど家に帰るの、楽しみにしてる。ずっと入院してたから」

「私もお姉ちゃんがいない人生をこれからもずっと生きていくことなんてありえないからと思っていたからね」


「それで大学生活の方は順調? あたしもなにか力になりたいけど、それももう無理だから……」

「ありがとう、お姉ちゃん。気持ちは大事に受け取っておく。私、今年入学したばかりでまだ二ヶ月ちょっとしかたってないから、慣れるので精一杯。お姉ちゃんの期待どおりちゃんと勉強して卒業するのをここで誓うよ。大学卒業したくても出来なかったお姉ちゃんの分まで」

「有咲、お姉ちゃんはうれしいよ。その時は学位記をアクリルのふた越しに見せてね。あたしが出来なかったので見てみたいから」

「もちろんそうする」

「じゃあね、有咲。お姉ちゃんはもう起きることはないけどしっかり生きていくんだよ。あたしもずっとあんたのこと愛しているからね。忘れないよ、絶対。あと、あたしの棺桶の前であんたが言ったことはちゃんと全部聞くつもりだからね。なにか言ったり、返事ができないのは残念だけどそれはどうしようもないから、それだけはごめんね」

「もちろん、さよならなんて言うつもりはないし、大好きなお姉ちゃん、唯一無二の永遠のお姉ちゃんだから、ちゃんと私のことについては毎日棺桶のふた越しに話すつもりだからね」


 そう言った後、私達はまた抱き合った。そして、話を終えたお姉ちゃんは自分で棺桶に入って横になった。私は、棺桶の中でもう動かなくなったお姉ちゃんの再びゴムのように固くなったほほを泣きながらなでた。


 次の日、私は式に出て、賛美歌を歌い終えた後、司会に呼ばれて父と母に続いて壇上で弔辞を読み上げました。

「定益彩良の妹、有咲と申します。私は今晩起きた『奇蹟』についてお話したいと思います。きっと誰も信じてはくれないことを承知で言いますが、昨晩姉が一時的に生き返りまして、そのときにじっくり話し合いました。話は昨日の前夜式にさかのぼりますが、棺の中の姉と対面したその時に、彼女は突然目を開けて、『夜、静かになったらお話をしませんか? 今出ると騒ぎになるから』と私に言いました。さすがに悲しくて別れたくないと泣き叫んだ私でも戸惑わないといえば嘘になります。そして約束通りみなさんが帰宅した後再び、ここ礼拝堂に戻って棺から出た姉と横に並んで最前列に座って話しました。まず、姉の近くで言ったことは返事できないけど全部聞いているそうです。そして、中には姉との約束でこの場では詳しくは言えないことも一部ありますが、私が病院に来るのを毎日楽しみにしていたとか、退院できそうなまでに回復したはずだったのに体調が激変して顔に人工呼吸器をつけたときの気持ち。そのときは二人で泣きはらしました。


 私が召天の後も彼女の手を握り続けて残った体温を感じ続けたことや、葬儀社に向かう寝台車で私が話しかけたことがうれしかったそうです。がんの痛みはどうなった?と聞いたら死んでからはがん細胞も道連れになってあまり感じなくなったよ、って。その後の布にくるまったまま冷蔵庫に入れられてゾクッとした後の、処置のことも。ああいうふうに見えて、処置室に入ったときは結構緊張したみたいなのです。薬剤が体内に押し込まれたときに血管にかかる水圧感、それが毛細血管に届くように手足や指を丁寧にもんでもらったのが気持ちよかったこと、そしてそれが染み込んだ後作用で筋肉が固くなって体全体がつったような感覚がしたこと、そのあと、最後のシャワータイムでさっぱりして、最後にスタッフに服を着せてもらって、顔に刷毛で化粧してもらった感触とか、最後にクレーンで棺に降ろされときとか棺の中の布団の寝心地とか、この礼拝堂に着くまでのことを聞きました。布団の方は、私は納棺体験のときに寝てみてそれなりかな、と思ったのですが、姉自身は満足していたみたいで良かったです。これからそこでずっと安息の時を過ごすわけだから。そしてこれが一番大事なことですが、私の姉に対する気持ちそして愛、そういった感情を言葉で爆発させ、私は感極まって泣きましたました。そして最後に私達のこの後のことを契約したときのこととか。姉も私もお互い離れたくなくて、そして「姉のいない日常を想像するのも辛い」というのが家族の総意だったので、あのプランに一縷の望みのようなものをかけて契約した瞬間の胸が張り裂けそうな気持ちの交換もしました。


 短い間ですが姉と最後にじっくり話し合えたのも、主イエスの一つの恵みだと信じたいと思います。私が姉と昨晩ここで語り合っていた 愛おしいひととき、それが私にとっての本当のお葬式だったのでしょうか。そして今、悲しみと寝不足で目が真っ赤になっているのです。ご清聴いただきましてありがとうございました」

と。私は話している途中からまたまた涙が止まらなくなりました。


 そして、出棺の前にも再び棺桶の中のお姉ちゃんと会った。おでこにキスしたり、髪をなでたり、手を握ったりした後、お姉ちゃんに、

「じゃあね」

と、そっとつぶやきました。出棺と言っても墓地に行くのではなくて葬儀社の処置室にまた行って最終作業を行う、というのは聞いていたのですが、それでもさびしかったのです。


 それからしばらくたって、お姉ちゃんは戻ってきました。入院していてずっと離れていた懐かしい我が家に。棺桶は窒素ガスを入れてアクリル板のふたで密閉されたので、お姉ちゃんの寝顔を見てお話はできるけど、もうスキンシップはできなくなりました。それからは毎晩彼女に会う時、ふたの顔の上辺りをなでたりするようになりました。 


 私はまた、夢を見るんです。お姉ちゃんと道で一緒に歩いたり、お別れ会のときに棺桶から起き上がったりする夢。でも朝起きた後はあまり覚えてはいない。それが悲しい。たまに記憶に残ったときは机の上の額に入れてあるお姉ちゃんの写真を見ながらノートに書きこんでいる。それが私にとっては彼女の寝顔を毎日見ることとともに、ささやかな幸せとなっています。









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