第4話
それから、名主の家で食事を御馳走になった俺は、数日間、領主の兵士が賊を引き取りに来るまでの滞在を乞われた。
幾ら拘束してるとはいえ、暴力に慣れた賊を村の中に置いておくのは、やはり村人も怖いらしい。
賊の正体はやはり傭兵で、隣の地の領主に雇われたそうだが、そこに辿り着く前に村を襲って、景気付けに士気を上げようとしたそうだ。
この八州で、隣接する領の仲が良好な事なんてありえないから、村を襲ったとて褒められこそすれ、咎められたりはしないだろうと考えて。
まぁ村人に聞いたところ、実際にこの地を収める
山林の管理権や、利水等、お互いが揉める理由はそれこそ無数にある。
傭兵が雇われた理由だって、恐らくは崇善家に対して戦を起こす為だろうと考えられた。
村人の安心の為にも、数日間の滞在は引き受けた俺だったが、崇善家の兵士が来るまでとなると、流石に少しばかり面倒臭い。
何故なら、楊森家が戦の準備をしているならば、従鎧を破壊して傭兵を降伏させた俺を、崇善家は戦力として引き入れたいと考えるだろうから。
領主同士の争いに加担するのは、師の言葉を借りるなら、それこそ事情も分からず他者の争いに首を突っ込んで、一方を殺す事になってしまう。
崇善家だって、そりゃあ困ってると言えば困ってるのかもしれないけれど、相応の理由もなしにそこまで深く関わるのは躊躇われる。
それに領主である崇善家まで困ってる人に含めてしまうと、八洲の地に困ってない人なんて一人もいないって事になりそうだし。
だから俺は、一先ずこの村の滞在が終わったら、崇善家や楊森家とはまた別の、北にある
弘安家は、
当然ながらその領内は非常に栄え、特に領都は穂積洲中から人と物が集まる場所だという。
そこならば口入屋を通して、流れ者も様々な仕事を請けられるらしい。
俺は独り立ちはしたけれど、どうやって生きていくかはまだ決まってない状態だから、取り敢えずは誰かの役に立つ仕事でもしながら、今後の目標を決める心算だった。
何より、多くの人や物が集まる領都なら、俺にとって未知の何かを色々と目の当たりにできるだろう。
尤も、師と山野に籠って修行に明け暮れた時期が長い俺は、教えられた知識こそあれ、人里にある物は大体が珍しいのだけれども。
そこから数日は、壊した従鎧の撤去や、燃やされた家の修理をしながら、村で過ごす。
従鎧の中から出てきた動力、妖の魂核に関しては、賊を引き取りに来た兵士を通じて、村から崇善家に献上する事となった。
最初は、名主は俺に権利があるとして譲ってくれようとしたのだが、正直、魂核なんて貰っても確実に持て余してしまう。
もちろん売れば金になる代物ではあるんだろうけれど、俺には売る伝手もない。
故に妖の魂核は、崇善家に献上するべきだと助言したのだ。
村から魂核を献上されれば、領主としては何らかの褒美を出す必要がある。
恐らくは賊に襲われた村への見舞いに、それなりの金を出す筈。
また従鎧を破壊した事で得られた鉄材も、村にとっては有益だろう。
正直、あまり質の高い鉄ではないけれど、鍋や窯、農具を作るには十分だ。
俺への礼は、村の蓄えから幾許かの金を貰う事で解決する。
その程度では与えられてばかりで申し訳ないと名主は言っていたけれど、師と山野に籠っていた時間の長い俺はほぼ文無しなので、路銀ができただけでも十分にありがたい。
なので、村の女をあてがおうとするのも断った。
勝手に師の名前を出した以上、俺の振る舞いで師の評判を下げる訳にもいかないし。
興味がないって言うと、そりゃあ嘘にはなるけれど、それくらいの分別はあるというか、分別ができるように育てて貰ったから。
その恩を仇で返すような真似はしない。
視線を上げて遠くを見れば、天に届く巨木、
何でもこの八洲は、あの扶桑が海の底から持ち上げた大地らしい。
昔、天に住む神々が、一粒の種を海に落として、それは天に届く巨木に育った。
巨木の根は海の底より深くへと届き、そこから大地を持ち上げる。
天の神々はこれを面白がって、巨木を扶桑、その根が持ち上げた大地を八洲と名付けて、そこに色々な種を蒔いた
樹の種、獣の種、人の種と、様々な種を。
この話は八洲の多くの民に信じられてる。
天に住まう神々の姿は見た事がなくても、遠くに聳える扶桑の姿を目にしない八洲の民はいない。
また実際に、この穂積洲にも扶桑の根が地表に露出した場所があるそうだ。
俺が独り立ちし、生きていく八洲は、そういう不思議の多い場所だった。
だから、俺は少しばかり人間とは違うところがあるけれど、それもきっと問題ないと、そう思う。
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