第2話
金砕棒とは、八角棒に星と呼ばれる突起を付けた、打撃武器の一種だ。
硬い木材に鉄の鋲を打った物もあれば、総金属製で棘だらけの金砕棒もある。
俺が持ってる金砕棒はその総金属製の方で、しかも師でも知らない謎の金属でできていた。
この金砕棒は、俺と一緒に捨てられていたらしい。
いや、その表現は正確じゃないか。
なんでも師が俺を見付けた時、地に突き立てられた金砕棒の柄に、布に包まれた赤子が括りつけてあったんだとか。
金砕棒はあまりに重くて、人並外れた修業を積んだ師でも持ち上げられない程で、最初は捨てていこうかと思ったそうだ。
ただこの金砕棒は俺が触れてると重さを感じなくなって、一緒に持ち運びできたという。
そう、なんというか、不思議な金砕棒だった。
師は、恐らく俺の生まれに関係してる品だろうと言う。
この金砕棒が普通の金属じゃないように、俺もきっと普通の人間じゃないからと。
「せーのっ、せいっ!」
落下しながら振り被った金砕棒を、思い切り地面に叩きつけて、衝撃を相殺し、着地する。
こういうのは、普通の人間にはできないらしい。
でも師は普通にあのくらいの高さなら飛び降りれるから、結局のところは俺と人間の差っていうのはその程度だ。
あぁ、後は、額に二本、小さな角がある事くらいか。
師が鉢金を巻いてくれたけれど、これはあまり人に見せるなって意味だろう。
角といってもちょっとした尖った出っ張りくらいだから、布を巻けばあまり目立たなくなる。
人里に降りた事は幾度もあるけれど、その度に師が頭巾を被せてくれたり、こうして額に鉢金を巻いてくれた。
ただ、これからはそれも自分で気を付けなきゃならない。
落ちた場所は木々の生い茂る森の中。
村はこの森を抜けた先にある。
思い切り地を蹴り、駆け出す。
俺は走る速度なら師よりもずっと速いから、村までもすぐにつくだろう。
そう考えると翔って名前は、俺にぴたりと合ってるような気もした。
捨吉って名前ですら、長年使ってると愛着は意外と湧いたから、翔って名前も徐々に俺に馴染む筈。
行く手を塞ぐ木はいちいち避けるよりも、真っ直ぐの方が速いから、大きく跳んで太い枝の上に乗り、それを足場にまた跳んで、木々の頭の上を飛び越して、着地したらまた走る。
着地の音と俺の勢いに驚いた
驚かしてしまった事に罪悪感が湧くが、足を止めてる場合じゃないから、取り敢えず心の中で謝るのみだ。
炎の匂いが鼻を突く。
そんなに大きな火の匂いじゃない。
燃えてるのは家が一軒か、精々二軒。
恐らく村への脅しの為に、少しばかりを燃やしたのだろう。
襲撃者は頭が回る。
勢いのままに全てに火を付けてしまうと、村が貯めた収穫物までも燃えてしまって、奪える物がなくなるから。
火は使えど、燃やす量は最小限に。
ちゃんと冷静に、仕事として略奪をしようとしているらしい。
森を抜ければ、視界が通った。
足を止めずに一目で、村の状況を把握する。
あの従鎧は、既に村の中に入って広場だ。
まだ血が派手に流れた匂いはしない。
恐らく従鎧の存在と家が容赦なく燃やされてしまった事で、村人は早々に抵抗を諦めた様子。
それは実に危険な賭けだ。
自分達の生き死にが、完全に襲撃者の手に握られてしまう。
連中が移動を急いでいたならば、奪うだけ奪えば、事を大きくしないようにとすぐに立ち去って行くかもしれない。
けれども自分達の痕跡を消す為に、全てを奪った後は村人を全員殺して、村も燃やして去っていく可能性だってある。
いや場合によっては、長く村に居座って骨の髄までしゃぶり尽くそうとする事だって考えられた。
それでも抵抗して殺されるよりも、襲撃者に全てを差し出して機嫌を取る方が、幾分でも生き残れる可能性が高いと考えたのだろう。
実際、そのお陰で、大勢の犠牲が出る前に、俺は村に間に合った。
走る勢いは落とさず、そのまま地を強く蹴って、跳ぶ。
着地点は火が回っていない家の屋根の上で、更にそこを足場に大きく跳んで、金砕棒を振り被る。
「派手に行くぞっ!」
その言葉は、村の真ん中に集められて、村の娘が嬲られようとしてるのを黙って見ている村人たちじゃなく、娘を嬲ろうとしてる襲撃者……、いや、俺の中で謎の襲撃者は賊だと確信をもてたから、賊に対してでもなく、俺の手の中の金砕棒に向けて。
従鎧なんて代物を持ってる以上、ただの食い詰めた賊ではないんだろうけれど、しかし村娘を嬲ろうとしてるこいつらが、年貢の取り立てに来た領主の軍って事もあり得ない。
するとやはり、傭兵って説が濃厚だけれど、もうその辺はどうでもよかった。
実力はどうあれ、賊は賊だ。
賊が村の中に入り込んでいる以上、村人を巻き込まずに戦う事は不可能。
ならば村人に犠牲を出さない為には、一撃で賊の戦意を圧し折る必要がある。
たった一人でそれを成せる方法は、一つしかない。
いや、師なら思い付いたかもしれないが、俺の頭じゃ一つしか思いつかないから。
賊が従鎧なんて大層な代物を持っていた事が、この村の幸運だ。
もしも賊が従鎧を持たずに現れていたら、抵抗の最中に既に大勢死んでいて、村に入られれば打つ手もなかった。
餓狼の群れに喰らわれて、村は息絶えた事だろう。
しかし今、賊は餓狼ではなく、虎の威を借る狐だった。
ではどうやって狐を退治すれば良いか。
もちろん答えは簡単で、まずは虎を狩ればいい。
声を掛けたところで、金砕棒が返事をしてくれる訳じゃないけれど、俺の意思は伝わった。
金砕棒を振り下ろす瞬間、それは重さを取り戻す。
相手は人の数倍の背丈がある巨大な鎧。
乗り手は略奪に加わる為に鎧から降りているらしいが、それでも圧倒的な存在感がある。
師に教わった数え方で言うところの
一間が大体六尺で、大人の背丈が五尺から六尺程度だから、やはり人の三倍から四倍の高さ。
体重に至っては一体何十倍になるんだろうか。
だけど俺とこの金砕棒なら関係ない。
いいやむしろ、それだけ大きな化け物の鎧だからこそ、あまり加減を気にせずに、それなりの力でぶん殴れる。
お前と俺でぶっ飛ばす。
そう念じて、俺は己の力を大きな従鎧に叩き付けた。
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