鬼種流離譚~金砕棒でぶっとばせ~

らる鳥

一章 蛟

第1話


「おぅい、捨吉。こっちに来て見てごらん」

 師の呼ぶ声に、俺は掌の上の木苺を大急ぎで口に放り込んで、そちらに向かう。

 口の中に広がる甘酸っぱい風味も、楽しむ間もなく飲み下しながら。


 円行者まどかのぎょうじゃと人から呼ばれる師は、山野に籠って修行に明け暮れる変人だ。

 だが同時に、広く深く物事を深く識る、この辺りでは珍しい知識人であり、何よりも赤ん坊だった俺を拾って十四年も育ててくれた恩人でもあった。

 近くの村々では、高名な修験者として名を知られている。

 まぁ、捨て子だったからって捨吉って名前を付ける辺りは、流石にどうかと思うけれども。

 それが子供には悪い意味の名前を付ける事で、災難を遠ざける呪いの類であると知っても、安直だなあって印象はぬぐえない。


「なんだい、お師さん」

 崖の上から麓を見下ろす師に並べば、遠くに煙が上がっているのが見えた。

 炊事の煙なんかじゃなくて、何やら不穏な気配のする煙が。


「村が襲撃を受けているね。しかも襲撃者は、鎧まで持ち出してるようだ。ほら、お前なら見えるだろう。あの大きいのが鎧だ。黒の鎧とはいえ、鎧持ちが村を襲うなんて、他に幾らでも稼ぎ口はあろうになぁ」

 師の言葉に目を澄ますと、あぁ、確かに襲撃者の中に、人の何倍も大きな人型の何かが見える。

 なるほど、あれが鎧か。

 正しい名称は大式正の鎧だいしきしょうのよろいで、通称は大鎧おおよろい

 但し師は、あれを黒の鎧だといったから、従鎧じゅうがいと呼ばれて大式正の鎧とは区別される、下級の大鎧だろう。


 大鎧とは、あやかしが持つ魂核の力で動く巨大兵器だ。

 使用される妖の魂核で大鎧の格が決まる。

 格は色で表され、上から紫、青、赤、黄、白、黒の六つ。

 白と黒は複数の下級の妖の魂核を幾つも集めて固めた物を動力としていて、赤と黄は中級の妖の魂核で、紫と青は大妖たいようの魂核で動くらしい。

 尤も国を滅ぼし得る大妖の魂核なんて人がそう簡単に手に入れられる代物じゃないから、紫や青の大鎧はごく僅かしか存在しないんだとか。


 白と黒は、さっきも言った通りに大式正の鎧とは区別され、従鎧と呼ばれる下級の大鎧で、数はそれなりに多いらしい。

 といっても大鎧自体が強力で希少な戦力で、いわば戦場の主役だ。

 世は乱れ、各地で人同士の戦が頻発し、戦乱期、合戦時代とすら言われる昨今、どこの領主や武家も、一領でも多くの大鎧を求めてる。


 故に、たとえそれが従鎧であったとしても、単なる食い詰め者の賊が保有するような代物では決してなかった。

 つまりあの村を襲う襲撃者は、単なる賊の類じゃなくて、各地を戦いながら転々とする傭兵である可能性が高いんじゃないだろうか。

 いや、師ならもっと正しく襲撃者への予想を立てるんだろうけれど、俺にはそのくらいしかわからない。


「なら、早く助けないと」

 ごく当たり前にそう言うと、師はこちらを振り返り、俺をジッと見た。

 まるで、俺を見透かそうとするかのように。


「なぁ捨吉、村を助けようとするならば、あの襲撃者を殺す事になるかもしれないよ。お前は、事情も分からず他者の争いに首を突っ込んで、一方を殺すのかい?」

 そして低く、冷たい口調で、俺にそう問う。

 あぁ、うん、なるほど。

 全く、意地悪な師匠だ。

 問答してる時間なんて、というよりも、答えに迷う時間なんてないのに、それを今問うのか。

 もしも俺が助けるって言い出さなかったら、どうせ自分が行ってた癖に。


「もちろんだ。事情は分からない。でもそこに理不尽に苦しんで困ってる人がいて、俺にどうにかできる力と余裕があるなら、なるべくなら助けてやりたいって思う。その上で、お礼に飯でも食わしてくれたら最高だ」

 逆に誰かを見捨てたら、明日食う飯が美味い筈がない。

 答えに迷う時間はないから、俺は迷わなかった。

 こんな形で、急かされるようにそれが決まるとは思ってなかったけれど。


「そうかい。お前がそう考えるなら、今はそれでいいだろう。但し自分でそれだけの事を判断するならお前はもう一人前だ。私が面倒を見てやれるのもここまでだ。いいね?」

 どうやら俺は今日から一人前で、師の下を巣立つらしい。

 十四年も一緒に過ごしたのに、まるで追い立てるように独り立ちさせる。

 本当に俺の師は、意地悪だ。


 だけど、今更躊躇う筈はなかった。

 俺は頷き、師との別れを決める。

 ……まぁ、独り立ちと言っても今生の別れといった訳じゃない。

 師がどこでどんな風に修業をするかなんて、十四年も過ごした俺が他の誰よりも知ってる。

 仮に他の地に移り住んだって、探そうと思えば探し出せるだろう。


「なら、行くといい。捨吉よ。いや、一人前になったのだから幼名も終わりにして、……そう、お前はかけると名乗りなさい。天も地も、お前なら心のままに翔けられるだろうさ」

 懐から額当て、鉢金を取り出した師が、俺の額にそれを巻きながら、新しい名前を与えてくれた。

 師の名付けは、やっぱりちょっと安直だ。

 まぁ、それでも幼名よりは大分マシだろう。

 思わず目から、熱い物が零れそうになるが、歯を食いしばって耐える。


 別れに涙は蛇足だし、のんびり泣いてる時間もない。

 俺は背負った金砕棒の柄に手を掛けながら、

「お師さん、これまでありがとう! 次に会う時は、お師さんが好きだって言ってた、饅頭とやらを買って来るよ!」

 駆け出し、崖から飛び降りた。


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