26.原点(origin - original)
『妻との叶わぬ約束をわたしは追い求めている。あの日見た夢の続きも見られぬ自分は何者なのだとの後悔も続いているのだ。もし叶えられるのなら不老不死となり下り、過去にさえ遡れるものと成り果てて、人に非ず物にすら成っても良い。わたしは今ここに原点に立ち戻り彼女と再会し、そして夢の続きを観劇し、魂の最果ての海の向こうに身を沈めたいのだ。 ダイニ 』
~
~
『どうした。それがお前のやりたい事なのか』
「また貴方か。何のために私の前に現れるのだ。貴方は何者なのだ」
『そんな詰まらぬことを聞いてどうする』
「私は創造物テイラー。テイルオリジナル。全ての創造物の原点。そんな私に何を求めている。何をさせたいのだ」
『お前が人間だった時、ある人物に贈り物をしたはずだ。まずそれを思い出せ。話はそこを中心として始まったのだ』
「なんだそれは。私は何も贈り物などしていない」
『いや、お前がそれを贈った時、お前は確かにそれを代わりに手に入れたはずなのだ』
「なんだ、またそれか。私は何も手になど入れていない」
『お前は・・・・は・・そ・・』
~
ピーピーピー~
「駄目ね。ショウヘイ。彼のオリジンは何も受け付けない。どの筐体に入れても無反応だわ」
~一時間前~
少年は自宅からライブラリへの道を全力で走っていた。
いままで真剣に走ったことなど一度足りともなかった彼ではあったが、何かを握りしめて息を切らしてみっともなく汗をかいていた。
目的の建物についた彼は先ず両開きの扉を引っ張った。だが、ロックされているようでびくともしない。たまらず力いっぱいドアを叩いた。何度か叩き続けていると中から司書が顔を出した。
「なんですか。今日は水曜日、休館日ですよ。ショウヘイ。また明日おいでなさい」
「ニック!お願いだ。マリアに会わせて。急ぎの用なんだ!」
「駄目です。今日は休館日なのです。何人もその決まりには抗えません」
「お願いだニック!」
そうこうしていると中からもう一人の女型創造物が出てきた。
「どうしたの?ショウヘイ、何の用なのかしら」
ショウヘイはその声の持ち主を見てまた叫んだ。
「違う!君じゃない、君は偽物のマリアだ。本物のマリアに会わせて!」
このひたすらに叫びまくる人間の少年に困り果てた二つの創造物は固まってしまっていた。
創造物はこのような事態にあまり慣れてはいないようで、処置に対するプロトコルが混乱してしまっていた。
「ふたり共、どうしたの」奥の方から声が発せられひとつの影が大開きのガラス戸に近づいてきた。
「まあ、ショウヘイじゃないの。どうしたの。今日は閉館日ですよ」
それを聞いた少年はあらん限りの声でその声の持ち主にぶつけた。
「マリア!!、テイラーが、テイラーが大変なんだ!助けて!!君しか彼を助けられない」
奥から出てきた女型創造物はふたつのダミーの創造物の脇をすり抜けて少年の前にしゃがみこんだ。
「ショウヘイ、どうしたと言うの」
少年は先ほど起こった自分の家の執事に起こった事をいちから話した。
「ふうん、彼が自分でそれを抜き取ったというのね。何故なのかしら・・・・。どういう作用機序・・・・」
マリアは少年から受け取ったテイラーのオリジンを一瞥した際に違和感を感じていた。
「これ、彼が自分で抜き取ったあとにあなたが直接手に取ってここに持ってきたのよね」
「そうだよ!彼の手から落ちたんだ。それを拾って来たんだ。戻そうとしても彼の扉は開かないんだ!」
マリアはそれを受け取ってしばらく細部を観察していたようだ。私が前にオリジンを纏っていた擬装を外そうとした際に見た状態とは全く違う。
「これは擬装がほどけていると言うの・・・・これは・・・・・」
マリアはショウヘイに案内させてサトウ家に行くことにした。街の中を昼間に移動することを極力避けてきた彼女だったが、この緊急事態に対応しなくてはならなかった。
人目を避けて慎重に目的地に近づいていった。
老夫婦が住んでいた家の前を横切ると左側に大きな洋館が見えてきた。
〜B36分署〜
昼下がりの分署には引っ切り無しに相談事を持ち込む人が溢れている。
それは近所との諍い事の問題解決依頼であったり、不法投棄の発見の申告であったりと、いつの時代にもあるような些細な事から、大きな問題ごとの相談であったりするのだった。
そんな市民課の窓口の喧騒を余所にして、課長のヤマガタとボブは署の外に出てパトモービルに乗り込んだ。
「ボブ、今日はやつの所へ行く。いいな、手出しはするな。君のことは信用しているが、この事に関しては君は奴らの仲間なんだからな」
「分かっております課長。私も彼に会うのが初めてですから楽しみなんですよ」
パトモービルはハルカー跡公園のそばを通り抜け南下してゆく。路面のトラムが南北に線路を伸ばした先の方にアヴィノール住宅街がある。
「そうだ、ここの先の住宅でメイドの創造物が殺人を犯した。俺はここに来たんだよ、ついこの間の事だ」
トラムと並行して走る路線を左折したモービルは三叉路を右に入りまたそこを右折して静止した。
「ここに停めて歩くか?ボブ。ここは停めて大丈夫な路線だよな」
「はい、ここは停めても違反にはなりません。ただ住民の苦情が出れば別ですけどね」
二人はまだ黄色い規制線の貼られている家の前を通り過ぎようとした時に、その先の洋館の前に二人の人物を見留めた。ひとりは少年で、もうひとりはコートを着たフードを深めに被った女性らしき影だった。
ボブはその姿を見た。
『あれはマリア。。。何をしているんだ。こんな昼間に動いては駄目だマリア!』
ヤマガタの目にも二人の姿は見えていたが、家人の者が帰宅したとしか思っていないようだった。
ボブ/ロベルトはヤマガタに正直に言うべきだと感じていた。
「課長、今のはマリアです」
「なんだと?マリアがやっぱりテイラーと繋がってると言うことなのか」
「いえ課長、彼女はあの件でテイラーとは連絡を取ってはいないと言っていました。あの少年がマリアを案内していたと私は見えました。おそらくマリアもあの家に行くのは初めてじゃないのかと思います」
「ちょっと待て。あの家の家人のデータを出す」
ヤマガタは端末から空中に浮かび出たインターフェイスを操作してデータを検索した。
「家人は、アキヒコ、サチコ夫婦、子供はショウヘイか。三人暮らしで、執事の創造物が一体ある。するとあれはショウヘイと言う子供だな。中学生か・・・マリアとどういった関係なんだ。なぜ我々にも掴めていないマリアの居場所を知っているんだ」
ボブはそれについては黙ることにした。おそらくライブラリに彼女が隠れている事を少年は知っていたのだ。公式の記録ではマリアは三か月前にライブラリを退職した形に。そしてマザーセンターに運ばれて初期化されたとなっている筈だった。
執事の家の者がテイラーとマリアの関係を知っているからこそ彼女を家に案内をしている。
家の中で何かが行われようとしているのだ。
しかし、もうヤマガタに隠し事など無意味だ。全てを話し、全てを見せなければならないだろう。
そう考えたボブはヤマガタに提案をしたのだった。
「課長、おそらくあの少年がマリアを家に案内したのは何か理由がありそうです。しばらく外で様子を見ませんか。私には家の中の音を聞く能力もあります。いきなり踏み込むより、事を流させる方がメリットがありそうです」
ヤマガタはその提案を承諾し、中の様子を逐一報告するようにボブに命令をした。
家の外側の、窓の死角になる所に二人は位置して待機する事にした。
「さあ、中で何が行われているんだ?頼むぞボブ」
~遥か過去の時代の後方の戦地病院~
「おい、テイル。君もそろそろ故郷へ帰るんだ。ここにいては敵の餌食になるだけだ。早く帰り支度をしなさい」
「いえ、ハンス班長。自分はあなたと最後までここにいます」
「駄目だ。テイル。いやザック・ライデル二等兵、君は故郷へ帰れ。確か奇麗な浜辺がある町だと言うじゃないか。君はそこに帰り大切な人の元に行くんだ。そして故郷の海を、その景色を目に焼き付けるんだ」
「班長!あなたはどうするんですか。あなたも一緒にここから退避しましょう」
「そうだな、一緒に行けるといいがな。自分は故郷を失った身だ。君と一緒に行けるのならそれも良いかも知れない。いつの日か君の故郷に行ってみたい気がするよ。だがな、自分にはまだここにいなければならない理由があるんだ。戦争が終わって落ち着いたら君を訪ねていくとするかね」
ザックは涙が止まらなくなっていた。こんなにも男惚れするような人物に会ったのは初めてだったからだ。
「ハンス班長、故郷を失ったとはどういうことなのですか」
ハンス・クラウスはテイルのこの質問には答えたくはなかったが、何故か口が走り出した。
「自分はな9人兄弟の末っ子だった。3人の兄と5人の姉がいたんだ。それは幸せで裕福な家庭だった。両親ともに医者でな、3人の兄と姉の2人も医者になった。末の自分も医者にならねばという使命感と言うものに憑りつかれていた・・・」
ハンスはそこまで言うと喋るのを止めてしまった。
「班長、お話ししたくなければもういいです。失礼しました。自分が出過ぎました。すみません」
「ザック、謝らなくていい。まあ、言わなくても想像できるだろう。幸福に見える家庭によく有りがちな事でな。だから、自分は家族というものに縁が無いのだ。君はおれによく家族の話をしてくれたっけな。それと残してきた恋人、メアリーと言ったか。本嫌いの彼女の事も良く話してくれた。だからおれはどこか救われていたんだよ。君の話しにな。彼女との本にまつわる様々な話が羨ましくもあり、そして妬ましくもあった」
「班長・・・・」
「そうだテイル、君の愛読書があるだろう。いつも持っているあれだ。あれを俺に貸してくれないか。戦争が終わって落ち着いたら、君の町に行ってそれを返しに行く。どうだいい考えだろう。その本の作者は何という人だっけか」
「これでありますか。これはダイニという哲学者です。わが故郷の出身じゃないかと言われています」
「マニガン県だな。そうか、マニガンの作家なのか。ふむ、それは興味深い」
「班長、その本はかなり汚れていて贈呈するには気が引けますが、しかし、もし班長と戦後に再会できましたら是非感想を聞かせてください」
「そうだな、君とは隊の上官部下の関係を越えてそれを話し合えることを願っているよ」
~カスター県、804部隊駐留地~
アルフレッドは高揚していた。ついに実験体として平均以上の知能と知識を兼ね備えた人間が素材として運ばれてくることに。
「おい、モレッティ!献体はまだ到着せぬのか。俺は待ち遠しくて仕方ない。どうだ、お前もそうだろう。このプロジェクトの中枢をほとんどお前が構築したのだからな。かなり次の献体については興味がそそられているはずだ」
「はいアルフレッド閣下、自分もあなたと同じに高揚しております」
呼び止められたサミュエル・モレッティは軍服の上の白衣に手を通し、常にマスクを常用している男であった。彼にとってこの軍における研究は自分の為のものであって、決して上官のアルフレッドの為にしているのではなかった。
従順にも見える彼の行動規範であったが、アルフレッドに対しては嫌悪感を常に抱いており、どちらかと言えば同じ空気を吸いたくない気持ちからマスクを常用していたのである。
『献体だと・・・何を言うか。生贄だろうが。今までのオリジナルたちは全て貴様の生贄だ。貴様の都合の良い言葉で飾るんじゃない。俺は貴様の為にこの研究をしているんじゃないんだ』
身体中に虫唾が走るのを実感しながらもサミュエルは次の工程に向けて実験装置のチェックをしていった。そこに門兵の二等兵が伝令にやって来た。
「閣下、伝令から報告あり、イグノーエルからの移送されてきた捕虜が到着したとのことです」
「よし、連れてこい。テイラーにマリア、貴様たちも実働モードに戻って待機せよ」
ふたつの陸士型ロボットはその声を聴き一時停止モードから自らを解いた。
やがて男が一人実験室に運ばれてきた。
「ほう、なかなかの眼光じゃないか。お前のような男に実験を協力してもらえるのは幸いだ。モレッティ、チャンバーとポッドをアイドリング、そして焼成機も常に高温にしておくんだ。テイラー、マリア、その紳士をご案内して差し上げろ」
『テイラーです。今日は貴方のお手伝いをします』
『マリアです。今日は貴方のお手伝いをします』
「なんだ、この機械たちは・・・・おれの脳をロボットに入れると言ったな。まさかこれらも人の脳を移植された者たちなのか」
アルフレッドは笑いながらその言葉を聞いていた。そして答えた。
「そうだが、それが何か」
二体のロボットに両脇を抱えられた男は苦渋の表情をし、髭のアルフレッドを強く罵ったのだった。
そして最後にこう言った。
「地獄へ落ちろ」
アルフレッドは髭を撫でながら男に訊いた。
「お前はどこの生まれで何と言う名を持っている」
「故郷は捨てた。しかしまさか捨てたはずの故郷が自分の死に場所になるとは大笑いだ」
「ふん、そうか。お前はここカスター県の生まれか。因果な巡り会わせだな。同情するよ・・・ふふ、して、名は何と言うのだ。焼きあがった部品に名前を彫るのが俺の趣味なんでな。聞いておいてやる」
「ハンス・クラウスだ」
その時、左脇を掴んで離さなかった一体の自動陸士が手を離したのだった。
『ハンス・クラウス・・・あなたはハンス・クラウス。。』
ハンスはその声を聴き驚いたが、その刹那、彼が思いを巡らせるより速く一体の自動陸士が動いた。
右脇を掴んでいたマリア自動陸士の腹部に渾身の正拳を見舞った。
マリアは部屋の反対側まで吹き飛ばされて腹部の扉からは火花がはじけ飛んでいた。
『わたしはテイルオリジナル自動陸士。あなたを護ります』
「??」
自動陸士はハンスの身体をかばうような体勢を取り、彼を部屋の隅の機械の後ろに押し出したのだった。
何が起こったのだ。アルフレッドは驚愕した。
「モレッティ!!!テイラーを、あいつを停止しろ、早く」
サミュエルは当初言われた通りにしようと考えたが、何か面白い事が起こっていることに興奮したがが外れていた。
だから彼は一遍通りの命令を出してみる事にしたのだった。
抑揚のない言葉を陸士に送った。
「テイラー停止しなさい。コマンドが聞こえないのか」
サミュエルはアルフレッドに背を向けたままにやりと笑いながらこう言った。
「閣下、どうもコマンドが利かぬようです」
「モレッティ、何をしている。早くあいつを停止しろ」
そう叫んだアルフレッドに向かって別の実験装置の大きな電源部分が銀色の自動陸士によって投げつけられ、兵士たちが驚いて思考停止している間に部隊の長が大きな機械の下敷きになってしまった。
悲鳴と共に押しつぶされるアルフレッドを横目にサミュエルは機械の後ろに身を潜めたのだった。
兵士たちは狂ったように叫んだ。
「撃て撃て撃て!!」
自動小銃の弾など銀色の陸士には効かない。
弾に当たりながらも尚、ひとりひとりと兵士たちをその銀色の拳で動作不能にしてゆく。
サミュエルは機械の陰に隠れながらも身の危険を感じ怯えずにはいられなかった。
残りの兵士たちは狂ったようにあたり構わず銃を乱射した。
その味方が発射した弾に倒れていく兵もあり、あたりは血の海と化していた。陰に隠れていた二人に向かって跳弾が飛んで行ったのを銀色の兵士は見逃さなかったが、一人には腹部への貫通弾、もう一人へは胸部への命中弾になってしまっていた。
『しっかりしてください班長。あなたを助けます』
「やめろ。もういい。自分は助からない。胸を貫かれたんだ・・班長なんて久しぶりに呼ばれたよ。君は誰・・・き、きみは誰なんだ。。。ああ、そうだ、こ、これをザックと言う者に返してほしいんだ。お願いできるか。マニガン県のザックだ」
そう言いながら上着のポケットから一冊の本を取り出してハンスは銀色の兵士に手渡した。それは表紙と天の部分に半分血のりがついて赤く染まっている。
「これをやつと、やつに感想を話すことを約束したんだ・・・だが、約束は守れそうにないようだ」
そう言うとハンスは力尽きて昏倒してしまった。すると後ろから叫び声が聞こえる。
「助けてほしいか。俺ならそいつを助けられる。そいつに新たな命を与えられる。早く俺を動けるようにしろ。俺の、アルフレッド様の言う事を聞くんだ!」
~236年前、国際連盟管掌基幹研究棟~
アントニウス博士はテイラーの記憶退行実験を繰り返していたが、ある程度まで進んでいくのだがまだ全てを解明できずにいた。
「テイラー、いやザック、今日は前回の続きだ」
「はい、アントニウス博士、そして今日の助手のミランダ」
「お前はあの国が占領したカスター駐留地で自動陸士として作動開始した。そうだったな」
「そうです、博士」
「そこでお前は26名の味方兵士を殺傷した。そしてその五年後に調査隊の9名の兵士も手に掛けた。そこまでは確認したな」
「その通りです、博士。しかし正確に言うとその26人すべてを私が機能停止にしたのではありません」
「そうだったな。同士討ちで死んだ者も数名いるようだ。お前はその後、ここに運ばれてきたと言う訳だ。しかしお前の身体の中に隠されていた物の事をお前は知らぬという。これは何だ」
「何の事をおっしゃっているのかが理解できません。隠した・・何をですか」
「そうか、記憶が欠落しているのだな。あの日、あの時に何があったのだ。あの26名の兵士たちが死んだ日だよ」
「私が多くの味方兵士を撲殺したあの日ですね。あの日のデータは集積されません。再構成できません」
アントニウスは根気よく会話を続けていく事にした。
「ミランダ、すまないがお茶を淹れてくれんかね。ああ、科学者の君にそんな事をさせるのは非常に申し訳ないとは思っているよ」
「いえ、博士、お気になさらないで。助手としてはそれも仕事のひとつと心得ていますので」
「ありがとう、気遣い感謝するよ。それはそうとあれからマリウスはどうしてるんだね」
「博士、私は彼の保護者ではありませんから知る由もございませんわ」
~二日前~
「マリウス少し待って」
「なんだミランダじゃないか。どうした」
「先ほどのあなたの態度、ね。少しおかしいわよ。何か気に障ったのかしら」
「ふん、君は何かい。人の心象を探ることが出来る占い師なのか」
「いいえ、占いなんて言う非科学的なものを私は信用していないし自分でするつもりもないわ。ただあなたの経歴について少し知りたいのよ。ええ、少しだけね」
「なんだ、そんな事は連盟が作った名簿を参照すれば済む事だろ。何を言っているんだ」
ミランダはこの男を最初から気に入らない。しかし、この男の事を放っておいては良からぬことになるやもしれぬ。そういう危機感に追われるような気持だったのである。
「あなた、ラングドン国に亡命していたというのは間違いないの」
「そうさ、さっき博士も言っていただろ。シカニック岩礁があるあの有名な島国にいたのさ。僕はそこの防衛隊で研究をしていたんだ。しかしそこも占領されてしまったけどね」
ミランダはこの男の口の軽さとその言動の裏表については13人の主管科学者が集う事になった一回目の会議の時に薄々感じていた。
そして、シカニック岩礁が存在する国は別の西方の国であることも彼女は知っていたが黙っていることにした。
「そう、マリウス。あなたはラングドンのマリウス。そういう事?」
「そうだ。それ以外にボクの呼び名は無いさ」
ミランダは笑いながらそっとある言葉を彼に耳打ちをした。
靴のかかとで音を鳴らしながら廊下を去っていくミランダの背中を見ながらマリウスは何かを思い立つのである。
~元の時間、実験室~
「そうか、そうだったな、すまんミランダ、わしは余計な事を言ったようだ」
ミランダはアントニウスに対して微笑んでこう言った。
「でも博士、あのマリウスと言う男は信用してはなりません。彼自身が多くの嘘で塗り固められているような気がします」
「それは、このザックが先日言った『サミュエル』という名前と関連しているのか」
「はい」
「そうか、でも今はそれについては忘れることにしようじゃないか。このザックがテイラー自動陸士として隠し持ったものについて記憶退行していこう」
「はい博士、お手伝いいたします」
ミランダはそう言ってテイラーのオリジンに被せられているままの装置、つまりハイドと呼ばれる装置の再確認をした。
「ハイドは実態モードにトグルされたままです。退行実験接続可能です」
「はい、あれから考えていました。わたしは26人すべての兵士の顔を覚えています。ただ、その26人の他に3人の顔がメモリに格納されています。ひとりはアルフレッド・エイシャ上級士官、一人は白衣を着たマスクをしたサミュエル・モレッティ博士、もう一人はアンジ・・・・そう刻まれた名前はアンジ・・・・だった。わたしはそのアンジの脳を機械で転送する操作を行った。そう、わたしがアンジも殺したのだ」
「アンジだと?そんな名前のオリジンは存在していないはずだ。それはどこに存在しているのか」
ザック/テイラーはまだ語るのを止めない。
「よしザック、答えてくれ」
「博士、この話しにはまだ続きがあります。アンジの次にわたしが殺したもう一人がいます。わたしはあの日、理由は分かりませんが反乱を起こしました。わたしは大きなトランスをアルフレッドに投げつけ彼を押しつぶしたのです。彼はその時命までは落としませんでしたが、瀕死の淵にあった彼は、わたしにある願いを言ってきたのです」
「ザック、それはなんだ、どんな願いをお前は聞き入れてやったのだ」
「はい、彼は自分のオリジンに刻印されるべき名前を指定してきました」
「それは何という名前なのだ、ザック。君はそれになんと刻印をしたのだ」
「アントニウス博士、そこの部分の記憶は曖昧です。ただ、確かに彼を抱き上げて蒸散ポッドに入れたのはわたしですし、起動レバーを倒したのもわたしなのです」
「分かったザック、次に進もう・・・そしてもう一人のサミュエルについて覚えている事は無いのか」
「・・・・・彼は・・・跳弾に・・腹部を貫かれて動作不能になっていました。あの時、すべての命をオリジンに転送したわたしは、元々棚に並べられていた6つのオリジンの横に新たに2つのオリジンを並べたのです」
「6つだと?オリジンは5つしか回収されていないはずだ。君のオリジンともう一つの自動陸士のマリア、それを含めて5つだ。合計で10体のオリジンがあったというのか。それはなぜ回収されていないのだ・・・・どこに行ったというんだ・・・」
ミランダはアントニウスの驚いた姿をずっと眺めていた。先ほどザックの口から出たサミュエルという名の科学者の事が頭から離れないでいた。彼女にとって、行方不明のオリジンの行方は、その死んだはずのサミュエルが・・いや生き残ったマリウスが握っていると直感をするのだった。
アントニウスは、彼が身体の中に隠し持っていた"一冊の本"を追及するより10体のオリジンが5つになってしまった事の方が関心事になってしまっていた。手脚がもぎ取られ、頭部と胴体だけになっていたテイラー/ザックはメモリに残っている記録そして記憶を再構成しようとしていた。
繋がれている数々のケーブル類は、彼のそんな努力を無にするが如く身体を軋ませていた。
「博士、記憶が曖昧です。わたしには先ず反乱を起こした理由を思い出す必要があります。しかし、わたしの中心の抽斗に何かが載せられて底にある本が取り出せないでいます」
「うむ、それは分かるよ、ザック。生きている人間でも記憶を漁ろうとして藻掻く場合が大いにあるのだからね。君等のような存在なら尚更だろう。記憶は人間のそれより明確で鮮明なはずなのにそれを取り出す方法が見つからなくなっているんだからな。それよりもだ、わしには疑問がある。聞いてくれるか」
「はい、アントニウス博士。仰ってください」
「お前はあの装置を動かしたと言ったな。それの動かし方は自動陸士にプログラミングされていたのか?」
「いえ、そうではありません」
アントニウスはテイラー自動陸士の前に椅子を置いてそこに座った。
「さあ、今日はじっくりと話そうじゃないかテイラー、いやザック・ライデルよ。お前のその日の記憶が鍵になるのかも知れん。有ったはずのオリジンが半分行方不明だと云うことが判明した。そして最後のふたつはお前が機械を操作して焼成した。その方法は誰から伝授されたものなのだ。アルフレッドからか」
「そうです。アルフレッド・エイシャはその機械を作らせました。そしてその使用方法を熟知しています。だから、彼は死に際にわたしにそれの使用方法を教え、わたしはそれに応え彼の人生に終わりをもたらしました」
「そうか、やはり奴は自殺したのだな。しかし奴のオリジンが存在している以上、何か良からぬ事に繋がるやもしれん。お前の記憶だけが頼りになるぞ。しっかりと思い出してくれ」
そこまで会話を聞いていたミランダは席を立ち後ろにあるドアの鍵をそっと掛けた。そして何事も無かったかのように彼らの後ろ側のコンソールに座ったのだった。
ミランダは彼たちの会話をすべて記録していた。勿論、その際の自動陸士の疑似筋肉への伝達信号の動きもモニターしていた。手と脚を取り外されてはいても、中枢から出る伝達信号は疑似筋肉を動かそうとそれを送り続けるからだ。
通常ならば、疑似筋肉の各細胞にセンサーが存在しており、それらが手足の動きを検知した結果が中枢にフィードバックされる。手足が外されているので、それらの重力センサーの類は機能していない。それらのアウトプットはコンソール部に身体の動きとしてホログラムで擬似的に再現されているに過ぎないが、中枢へのフィードバックをプログラム上で仮想的にしたものの再現性は確かで、テイラー/ザックの手足の動きが手に取る様に見える形となっていた。
コンソールのミランダはそのホログラムを吐き出されてくるデータとの整合性を確かめるように凝視していた。
その時だった、ドアの外から誰かが戸を叩く音が数度した。
ミランダはアントニウスに目配せをし、ザックとの会話を中断するように催促をした。
「よし、ザック。しばらく休憩しようじゃないか。どうだね?この提案は」
「博士、わたしには休憩は必要ありません。眠ることも必要なければ、水分や栄養を摂取する必要もありません」
「まあ、そう言うな。来客のようだ。一時停止していたまえ」
ミランダはドアの内側から来訪者を確かめた。
「どちらさまですか?今実験中で部外者は遠慮して頂いております」
「ミランダ。僕だ。サジタルだ。アントニウス博士に緊急の用事だ。入れてくれないか」
ミランダは来訪者がマリウスでは無いことに安心し、ドアのロックを外した
ドアを開けると、サジタルともうひとりがその向こうに立っていたのだった。
〜オウサーシティ、ライブラリ奥にある部屋〜
「マリア!テイラーを助けて。早くしないと彼の記憶が無くなってしまう!」
マリア/メアリーは息を切らせた少年に飲み物を渡して落ち着くように促した。そして彼の手からテイルオリジナルと刻印されたオリジンをもう一度センサーで認識していた。擬装と呼ばれる薄い外殻がきれいに剥がれているオリジンだった。以前に見たときには、これを剥がす事が出来なかった筈なのに今はどうだろう。なんの物理的操作を無くしてここまで固着溶融していたものが剥がれ落ちることなど考えられなかった。
ともあれ、初めてオリジナルの刻印を見た彼女は、少年にこう言った。
「ショウヘイ、ここには私以外に二体の創造物がいます。先程の彼らだけどね。彼らに協力してもらいましょう。ね?」
〜〜
「ねえ、マリア。君はあの動画に出ていたマリアで間違いない?」
「そうよショウヘイ。あれは私。243年前の戦争犯罪を糾弾する者」
「君は自分の事をメアリーと言った。それが元の名前なんだね?」
「そうよ。私が人間だった頃の名前。もうすぐ結婚してライデル姓を名乗る筈だった女の名前よ」
「そうなんだ。でもメアリーって呼び慣れてないからマリアでもいい?」
「そうね。貴方にならそう呼ばれてもいいかも知れない」
マリア/メアリーはマニガン県で幼少のときのことを鮮明に思い出していた。
「そう、それは貴方とよく似た感じの妖精の様な子供だったわ。その子は私の事をそう呼んでいた」
「マリア、テイラーは言っていたよ。人間は忘れ去ることが出来るから生きていけるって。君たちは何がどうあっても何にも忘れることが出来ないんだよね。そんなに小さい時のことや赤ちゃんだった頃のことも覚えている。そして殺された時のことも。人間は死んだらそれで終わりだ。でも君たちは違う。死んでも生きている。だから恨みを持ち続けてるんだろ?だから、だからあんな事をした。僕はまだ子供だから大人の事情なんて分からないさ。僕には君たちが理解できない」
「ショウヘイ、だとしても私達が我慢すればそれで良かったと言えるのかしら。ある意味正解でもあるけど間違ってもいるわね。当事者ではなければ分からないこともあるのよ。それは貴方が子供であることとは関係ない」
部屋にすこしの沈黙の後に少年が発した喉の奥の音が響いた。
「ねえショウヘイ、貴方は多分今までイチかゼロかの世界に生きてきた。別にそれが悪いとは言わないわ。ただね、この世の流れで子供たちがそう云う大人になって、またその子供を育ててきた。その当たり前が随分と長く続いてきた。大勢がその世界のことを当たり前だと感じ、それ以外の考えを封殺するようになっていった。良くも悪くも想像力を働かせないでも生きていける世の中になったの」
「マリア、よく分からないや。どういう事?何が言いたいの」
「人が死ぬという事と、また命が生まれるって事。それを当たり前だと思わないでほしい。そしてその生きてきた人の中に、死ねない人が数人居る世の中が今の世だって事を理解してほしいの。それをあなた達子供が後世に伝える。その過ちを犯さないためにね。だから貴方達は子供だって言って逃げては駄目なの。次の世を作るのは“死なない人”ではなく今の世を生きてる貴方達だって事を自覚してほしい」
「マリア、何となく言いたい事が分かるような気がするよ。でもそんな大それた事を僕にはできないよ。学校の成績も中の中だしさ。クラスの中でも人気者って訳でもないし」
「ううん、それは貴方に役目がまだ回って来ていないだけ」
「役目?どこにでもいる中学生に役目なんてあるの?」
マリア/メアリーは微笑の表情を浮かべた。
「わたしも243年以前は、その辺にいるただの女だったわ。だけどあの日わたしに何らかの役目がまわって来た。運命の歯車に意図せず組み込まれた。今、あなたはテイラーとわたしに関わってしまった。汗をかいてこれを持って走ってきた。それもその意味のある行動なのかも知れない。さあ、オリジンを彼等に挿れてみましょう」
マリアは擬似的にプロトコル5633を発動させて、ニックともう一つのマリアからオリジンを抜いた。
「マリア、彼らはこれで記憶を失うんだよね」
「そう、正確に言うと次に挿し入れた際に記憶領域の一部が初期化されるの。これはあの戦後にアントニウスとマシューという科学者が作り上げた決め事のひとつ。彼らは創造物に記憶の継承はあってはならないと言っていた」
マリアは彼らのオリジンを丁寧に小瓶にひとつずつ入れて名前と日付けを書いた。
テイラーのオリジンを右手に持ち、開け放たれている小さなドアの中にそれを挿し入れた。
数秒経ち彼女は元ニックだった筐体を眺めていた。
「再起動しないわ。おかしい。こんなはずはない」
ショウヘイは固唾を呑んでそれを見守っている。テイラーが声を発してくれるのを待っていた。
しかし、冷静に見えていたマリアの挙動に何かしらの変異を感じとった。
マリアは思っていた。先程まで起動していたニックの筐体に不具合があるはずもない。もう一つのマリア筐体に挿し入れたとしても結果は同じかも知れない。
そのマリアの予測は当たっていた。
ピーピーピー~(♪)
「駄目ね。ショウヘイ。彼のオリジンは何も受け付けない。どの筐体に入れても無反応だわ」
「え?テイラーのオリジンは壊れてしまったの?テイラーはもう帰ってこないの?嫌だ嫌だよ!テイラーとはずっと一緒にいるって僕は誓ったんだよ」
涙を浮かべ叫んでいる少年の頬を指の甲で優しく撫でたマリアは決断をしなくてはならなかった。
先日の放送から昼間に外に出る事は危険をはらんでいたからだ。
だが夜まで待つ訳にもいかなくなっていた。一刻も早くテイラーのオリジンを復旧させなくてはならない。
〜サトウ家周辺〜
人目を避けて二人は少し離れたところに位置していた。
そこは先日のメイド型創造物が暴走し、家人を殺害してしまったまさしくその現場であり、まだ黄色の規制線が貼られていた場所だった。
「ボブ、ここは怪しく思われるんじゃないか。俺は一度ここに来ているしな」
「逆にそれがいいんじゃないですか。不動産屋が物件の下調べをしている風に見られるかもしれませんよ」
「そうか、なんだかしっくりしねえな。まあいい。それでボブよ君の耳には何が聴こえているんだ?こんなに道を隔てた位置でも家の中の音が聞こえるってのか?おちおち浮気も出来ないな」
ヤマガタが冗談を言うのが下手なのをボブ/ロベルトはよく知っていたので、何も返事せずに笑ってみせた。
「ボブ、君には冗談はプログラムされてないんだな。それはあまり関心せんな」
「ヤマガタ課長、始まったようです。少し静かにお願いします」
左手でヤマガタを制止したボブは挙げた手を頭の横にあてて、まるで人間が聞き耳を立てるような姿になった。
ヤマガタは黙っていろと言われた為その事については声には出さなかったが、創造物になったとは言え、ボブは人間のときの癖が滲み出ているのだろうと考えた。
「音がします。工具のようなもので何かを叩くような音が」
少し時間を置いてまたボブは話し出した。
「先程の少年がメアリーにこう言っています。自分のせいでこうなった。テイラーを助けてほしいと」
ヤマガタは無言のまま中の様子を実況するボブの声を聞くしかなかったが、それを聞きながらその対象の家の様子を道向かいから監視するのだった。ボブの独り言にも思える実況は続いていく。
片やヤマガタの家屋監視には進展は無いようだった。
「メアリーが少年にこう言っています。彼の扉が固く閉ざされていて開けられない。ニック?の筺体にもマリア?の筺体にも反応が無かった。?ニック?マリアの筺体?どういう事でしょうか」
二人はニックの存在ももうひとつのマリアの事も知らずにいる為、会話の内容がよく理解できないでいた。
「課長、メアリーが何かを取り出したようです。何か言っています。目と耳と口を与える・・と。それを“彼”と接続させると」
ヤマガタが声を発した。
「目と耳と口を与えるだと?なんだ?」
〜サトウ家リヴィング〜
止まったまま微動だにしない執事型創造物の前に一人の少年と一体の別の創造物が立っている。
「テイラー、貴方は何をしたかったの?どうしてこんな事を」
「マリア!僕がテイラーに執事なら僕と一緒に、ずっと一緒に居てくれってお願いしたんだ、そうしたら彼は手や脚を、頭を揺らしながら考え込んでいた。その後いきなり自分で抜いたんだ!オリジンを。僕のせいなんだよ。ねえマリア!テイラーは元に戻るのかな」
マリア/メアリーは考えていた。何故自分でそんな事をする必要があったのか。やもすれば記憶を失いかねないかもしれないのに。
「おかしい、彼のドアが開かない。これは外部から簡単に開けられる様になっているはずなのに。少しハンマーで叩いてみましょう。歪が生じているならそれで開けられるかもしれない」
マリア/メアリーは持参していた道具箱から小さなハンマーを取り出してドアの辺縁部を少しの力で叩いてみた。
「これは歪では無いわね。中から何かしらのロックが掛けられている」
ロック?何故そんな機能が必要なのか。メアリーは混乱していた。中のオリジンを保護するための何かしらの機能がこのテイラーには施されていたのか。前回オリジン摘出した際にそんなものは見受けられなかった。いや、見逃していたのかも知れない。そんなものが隠されているとは思いもしない。これは人間だった頃の思い込み、そう、それによる弊害だ。
「ショウヘイ、今はドアをこじ開けることは諦めましょう。わたしに次のプランがあります。これを使います」
道具箱の中から彼女は小さな箱を取り出した。
「これは擬態と言ってオリジンを動作させるための試験用の機械よ。目と耳と口が付いています。もちろんこれ単体で普通ならオリジンを動作させる事が出来るけど、ニックとマリアの身体では動作しなかったオリジンは簡単にはいかないと思う。これを彼の身体に接続させてオリジンを挿入しましょう」
〜国連管掌研究棟のある一室〜
男は暗い部屋の中で五つの透明容器を机の上に並べていた。その容器には文字がラベリングされていて、中にある昆虫の卵のような石なのか金属なのか分からない物体にもそれと同じ文字が刻印されていた。
男はその内のひとつの容器を開けて黒く鈍く光る卵を取り出した。粘液に満たされていたそれは机の上に粘液の滴りを残しながら彼の指によって次の居場所まで運ばれていく。
小さなドアを開けたそこにも粘液が満たされていて、彼はその中にそれを放り込んでドアを固く閉じた。
二秒後にその機械は目を覚まし、それに付けられている擬似的な眼球が辺りを見回している。
「やあ、ご機嫌は如何ですか」
眼球はその声の方向へ動いたが、フォーカスも絞りも上手く動かないようで、声の主を見つけられないでいた。
『なんだここは。ここは何処なんだ。そこに居るお前は誰なんだ』
男は目と耳と口が付いている小さな機械を力任せに自分の方向へ向けこう言った。
「情けないものですね。こんな姿に成り果てて何をなさろうと言うのか」
機械はその声に反応し身体を動かそうとするが、肝心の身体の存在がなく意思伝達信号は儚く消え去るのみだった。辛うじて動かせるのは目と口だけだった。
『貴様、どこにいる。顔をよく見せろ』
「嫌だなあ。貴方の目の前にいるじゃないですか。前と同じようにね」
『前と?何を言っている。貴様、俺を誰だと思っているんだ』
「またそれですか。貴方、戦争は終わったんですよ。貴方の国は敗けたのです。いや、私の国と言ったほうが正確でもありますかね」
『戦争が終った?敗けただと』
小さな「目と耳と口」は悪態をついている。自分が作った"自動陸士"はどのような戦時体制でも敵軍より優位に立てるはずだ。無我が国が負けるなどあり得ないと。
「何を言ってるんだ。その陸士とやらが機能しなかった責任はあんたにあるんだ。そして今現在動けぬあんたに教えといてやるが、あれの基幹技術を作ったのはあんたではないよ。あんたの我儘気ままによって実験プロセスは壊滅的打撃を受けた。そうだその責任はあんたに取ってもらわねばならない」
そう言って男はそこら辺に転がっていたスパナを小さな機械に対して投げつけた。きんと甲高い音がしてスパナははね返った後床でくるくると回っている。
『貴様、・・・・・・・・・・何が目的だ』
「目的?あんたにそれを聞く資格はあるのか。今現在あんたの生き死には俺が握っているんだよ。あんたはそれを先ず理解し始める必要があると思うがね・・・」
~アントニウスの研究室~
テイラー/ザックの記憶退行実験を中断したアントニウスは、突然の来客に対して資料の隠匿をミランダに指示を出した。
「博士、開けても?」
頷いたアントニウスを見たミランダは開錠したのだった。ドアの向こうに二人の男が立っている。
ひとりはドアをノックした男サジタル、その後ろに立っていた男は大きな体躯を持つ男だった。
「まあ、サジタル博士だけでなく、マシュー博士もご一緒に?急用とは何事なんです?」
サジタルは言う。「まずアントニウス博士と面会をしたいのです」
~
フローティングモニターの表示を切ったアントニウスは部屋に入ってきた若い研究者を一瞥した。
「ふん。若い連中は突然の訪問は失礼だとは思わぬようだな」
後ろのマシューと言う男が口を開いた。
「博士、失礼をお許しください」
髭の老博士はそう言われても憤慨を無くす様子はない。
「やっとできましたよ博士、112条の草案をまとめました。長老のあなたに先ずはご確認をと」
書類データを渡されたアントニウスは怒り顔を保ちながらそれらにしばらく目を通していた。
「ふむ、流石によく出来ているな。これを君に任せて正解だったようだ。ただ、この部分はいただけないな」
マシューは渾身の作品に対して不備を問われた気がして訊いてみた。
「どこかいけない部分がありましたか」
「マシュー君、この63条だが、これは1条の前に置かなくてはならんと思うぞ。これが大原則なのだ。これらロボットに記憶の継承などあってはならない。彼らにも死を与える事こそがロボットとヒトとの共存が成り立つ世の中になるんだ」
「それはお言葉通りですね。早速直しておきますよ。でも今日はこれの報告に来たわけじゃあないんです」
「ああ、そのようだな。そこにいる彼がそれを報告してくれるんだろう?」
~
マシューはサジタルをアントニウスの前に座らせて自分はその斜め後ろに立つことにした。
老博士は対面に座った。
「さあ、その急用とやらを聞こうじゃないか。新進気鋭の科学者くん」
サジタルは自分たちの真横に手と脚を取り外されたロボットが自分の方を向いた気がして少し躊躇をした。
「どうしたね。押しかけて来たのは君らの方だ」
「いえ、すみません。彼がこちらを見ているような気がしたので」
「ああ、彼がか。気になるか?では確認しよう」
アントニウスは胴体と頭だけのロボットにこう言った。
「ザック、聞こえるかね。少しばかり一時停止してくれんかね」
『了解いたしました博士。一時停止いたします』
~
アントニウスは椅子に座りなおしてサジタルと向かい合った。
「では聞こうじゃないか。サジタル君」
「はい、10人の先生方の偉大なる研究調査の隠れた場所で僕は許可を得て"三番目"の調査をしていたのはご存知ですよね」
「ああ、我々は他のオリジナル四体についてリバースエンジニアリングをしていた。何をしても反応の無いあの"三番目"は興味の範囲外だった。あの物体に興味を無くさない君らに一任したんだったな。もしかするとあれに進展があったのか。それが君たちの言う急用だと言うのかね」
サジタルは後ろを振り向いてマシューの頷きを確認した後、安心した様子でこう言った。
「そうです。アントニウス博士。マシュー博士の協力で"彼"を意思疎通のできる個体に仕上げました。ご報告をすると同時に彼の現在の様子をご確認いただきたいと思いここに来たのです」
アントニウスはそれを信じられないような表情で静止していた。しかし、少しの時間ををおいて椅子の手すりに体重を掛けて立ち上がりサジタルの手を取った。
「よくやったサジタルくん、いやサジタル博士。本当によくやってくれた。それを見せてくれ。今から行きたい。部屋にそれはあるのかね」
テーブルから出るアントニウスは座っていた椅子を倒してしまった事にも関せず、入り口のドアに向かった。
そこで後ろを振り向いて助手のミランダにこう言った。
「ミランダ、退行実験はここで中断だ。君はここを固く閉ざして自室へ戻っていてくれ」
~
研究棟の周り廊下を歩く三人は無言のままアントニウスを先頭にサジタルの部屋に向かっていた。
後ろを歩くサジタルとマシューは互いの顔を見合わせながら笑いあっていた。
「ねえ、マシュー博士、あの方はまだ話が分かりそうですね」
「いや分からんぞ。彼たち10人は似たり寄ったりの魑魅魍魎だ。なめてかかると取って食われるだろうぜ」
「ところで先ほどあの部屋で気になったことがあるんですが、聞いてくれますか」
「なんだ、言ってみろ」
「あそこに自動陸士の首と胴体がありました。それにはオリジナルが挿し込まれていたようです。だけどアントニウス博士は彼に話しかけた時におかしな事を言ったんです」
「ん?なにか変わったことを彼は言ったか。なにも気付かなかったがな」
「アントニウス博士は彼に対して『ザック』と呼んだんです」
「ザック?そんなこと言ってたか。奴の元の名前なのか」
~
灯りが消された部屋にテイラーが一人取り残されている。
次の瞬間部屋に再び灯りがともされた。
今の彼は一時停止状態ではあるが、何らかの変化を感知するとそうではなくなるはずだった。
「やあ、テイラー、久しぶりだね。どうだい気分は」
その声に反応した彼は停止状態を解かれ再び起動した。
「先ほどまで四人の方々がこの部屋にいました。しかし今はいないようです。そしてあなたが私の前に立っている。。。。。サミュエル・モレッティ博士。あなたはあの時のサミュエルですね」
「そうだ、よく覚えているな。君は記憶力がいい。一度も君とは会話すらしたことが無いにも関わらずだ」
「ええ、あの臨時の研究室であなたを見ました。一度目はマニガン県、二度目はカスター県でした」
「そうだ、君の突然の反逆によって俺等は壊滅させられた。そこで俺は腹を貫かれて死にそうになった。とんでもない巻き添えを食らったんだ。人生最大の汚点だ。こんな事になるはずはなかったんだ。俺は順風満帆の人生を送るはずだった。俺が作ったシステムが世界を変えるはずだったんだ。それを君がぶち壊した・・・・・なあ、俺には訊きたいことがある」
「はい、なんでしょう。サミュエル博士」
「君が"意識"を転送された際に感じた感覚についてだ。痛いのか。それとも何の痛みもなく肉体が消え去ったのか・・・・・聞かせてくれないか」
「あなたはそれを聞いてどうなさるおつもりですか」
胴体と首だけになったテイラーは眼で右に左にせわしなく動き回る男を追っていた。
「何をしたいかだって?それはあとのお楽しみだ。どうなんだ痛いのか?苦しいのか」
「はい、ではお応えをいたします。あれの苦痛は尋常ではありません。雷に撃たれたことはありませんが、例えるならそれが一瞬では終わらない感じなのかもしれません。それが約15秒ほどあります」
「ほう、それは身体中の感覚がすべて痛覚になってしかも15秒も続くって事か」
「はい、例えるならば」
「分かった、今後の参考にするよ。ところでアントニウスがやった記憶退行で君はザック何某だと言っていたが、あの日君はテイルと名乗ったはずだ。俺がそれを聞いてコンソールから刻印用の名前を入力した。そのはずだ。俺は初めての刻印だからよく覚えているのさ。なぜ偽名を使った」
「その記憶にアクセス出来ません」
「ちっ、どうなったらザックがテイルなんて名前になるってんだ。俺は君の反乱理由を知る必要がある。それがそこに繋がっている気がしてならないからな」
「記憶に無いのです。サミュエル博士。わたしは現在、すべての記憶が繋がったわけではありません。自分の名前と経歴は思い出せますが、その自分が他の場所で何をしていたのかが分からないのです」
「ふーん、厄介な話だな、それは。じゃあこう言うのはどうだ。君の脳と意識がその石に焼きつけられた日のことを、僕の記憶と君の記憶を照合していこうじゃないか」
「解りました。その前に貴方も偽名を使っている理由は何なのかを教えてくださいますか」
マリウスはそれを聞いて大笑いをした。
「はははは、それは多分、君と同じ理由だよ。その場の思い付きさ。と云うよりその方が都合が良かったからさ。これでいいかい?」
「はい分かりました」
マリウスはそこにあった椅子をテイラーの前に置いてそこに座った。手に何かの容器らしきものを持っている。その小さな容器を左手と右手に忙しなく持ち替えながら質問をしていった。
その度にテイラーの眼球センサーは左右に揺られていた。
「さあ、ひとつ目だ。君はマニガンで普通に生活する民間、だが我々が占領したことにより捕虜として生きていくことになった」
「そうです・・・。わたしは帰ってきたのです、あの町に。そして捕虜となった。どこから帰ってきたのかを思い出せません」
「あの時の君の年齢からすると、恐らく戦地にいたのではないか?招集でもされたんだろ。だからここからは君があの国の兵隊だったという前提で話を始める。話の中で齟齬が出れば訂正していけばいい。肝心なのは、何かを一部だけでも仮定し、それを先ず断定するという事だ」
「解りました、サミュエル博士」
白衣、そしてマスクをしたマリウス、いやサミュエルは、あの日の事を思い出すことに集中していた。
「先ず、一人目の大きな男は泣き叫んでいたな。身体に似合わず臆病な奴だった。実験の本当の中身を知るに連れて心拍が乱れ、そして過呼吸になったかと思ったら処置するまもなく逝ってしまったよ。二人目はそうだな、頭の大きい背の低い奴だった。奴はポッドに入れられた途端に恐らく心拍に血圧が急上昇したのだろう。焼成プロセスにも至ることなく“卵”から引き摺り出された。次の日運ばれてきたのが君だった。あの日の事を憶えているか?」
テイラーはメモリの中を手で掬おうとしていた。しかし、記憶を繋げようとすればするほどその手から何かがすり抜けていく感覚があり、苛立ちにも似た感情のような物が湧き上がっていた。
「博士、上手く思い出せないようです」
「そうか、ならいい。俺が一方的に喋る。だから何か思い出せば遠慮なくその都度声に出せ。いいな」
彼はその日の様子を再び語りだした。
「君が部屋に入れられたとき俺は確信した。恐らく殺されると分かっていた人間がこんなに冷静でいられるのかと思ったよ。君は奴との会話の中でも激昂することもなければ、心神喪失した様子も無かった」
「奴とは?」
「ああ、アルフレッドだ。奴は君を挑発していた。いつもの高圧的な態度でな。だが君はその挑発にも乗ることなく会話を続けていた」
「挑発・・・ですか。アルフレッド・エイシャ博士の映像がそこかしこに抽斗の中に点在しています。ただ、それがどの時点の映像なのかが判別できないでいます」
「ふん、よく奴のフルネームなど覚えているもんだな。奴は君を殺したんだぞ。奴を恨んで普通だろうに。それに博士などと呼ぶとはな。早く君の記憶をすべてほじくり出して奴への恨みを晴らせてやりたいと思うがな」
「恨みですか。確かにそれもあるのかもしれませんね・・・ただ、記憶がその領域まで到達しないのです」
マリウス/サミュエルはその言葉を聞きながらも記憶を辿っていた。人間の記憶など一日経てば80%は怪しくなる。こいつらのように100%覚えていることなど人間には無理だ。そう考えながらも次の記憶へと辿り着こうとしていた。ザック?その名前が記憶の端に引っかかっていた。
「ザック・・・、君には妻か恋人がいたか?」
テイラー/ザックは少し頭部を傾けた様に動いた後こう言った。
「思い出せません。父や母がいる事は理解できますが、妻がいるようには思えません。ただ・・・」
「ただ、何だ」
「遠い昔に約束を交わした人がいました。それが女性なのか男性なのかも分からないのですが」
「約束?どんな類の約束だ?」
「・・・・・・互いを・・??互いが・・・・守る。誰が誰を?守る!!守られる!!!誰を守る!!わたしは誰だ!誰が誰と約束をした??」
テイラーは頭部を激しく動かし外された手脚の根元部分の駆動部品も激しく動き回っていた。
激しく音を立て、駆動部品が軋み、空気に触れてしまっている潤滑油の温度が上がり白煙を立て始めた。
「テイラー!止めろ。止まるんだ。コマンドが分かるか?停止コマンド8193だ!!止まれ」
コマンドが効かない。サミュエルは思った。あの時と同じだ。カスター県で跳弾に腹を貫かれたあの時と。
とんでもない事がまた起きてしまうかも知れない恐怖を感じたマリウス/サミュエルは、どうにか彼を停止させようと腹部のドアに手を掛けた。
しかし、手脚をもがれた自動陸士はその瞬間、異常動作がぴたりと止み視覚センサーがマリウスを凝視していた。
「サミュエル・モレッティ、僕は全てを思い出した。嫌というほど鮮明に」
「そ、それは何処までだ、ど、何処までの記憶だ」
「僕が産まれた時の両親の顔、声、風景、そこからの全てを。人間として忘れているはずの全てだ」
「そ、それは良かったじゃないか。では君はこれからどうする?」
「国に帰り両親を、そして恋人を探す。メアリーに逢いたい」
サミュエルは驚愕した。この男、メアリーと言った。メアリーとはあの女の事か。あの二番目と三番目の・・・。だが、お前は国に帰っても両親に拒絶されるだろう。そしてメアリーと呼ぶお前の恋人もこの世に存在しない。人間としては。
「その後はどうするつもりだ」
「この事実を白日の下に晒す。僕のような犠牲者を今後出さない為に」
「やめろ、そんな事、もうどうにもならん。止めるんだ。ロボット技術は今後の世界において飛躍的に重用されていく。君のような存在が明るみに出るとその道すら閉ざされてしまう!」
テイラー/ザックは暫く静止していた。何かを考えているようだ。焦るマリウスを尻目にその静止は五分ほどになったが、その後少し眼球視覚センサーの絞りが動き、彼はまた話し出した。
「では、あんたならどう考える。この先僕はどうすればいい?」
サミュエルは何を言えば良いのか全く思いつかない。
「て、提案がある。聞いてくれ」
子供の頃から、その場しのぎの考えを披露することにかけてはサミュエルは慣れていたのだが、今回だけは様子が違った。彼は焦る表情をザックに対して見せてしまっていたし、心拍の上昇も感知されていた。
「サミュエル、あんたは信用に足りうる人なのか僕には判断できている。それは僕の生まれ持った感覚なのか、それともこの身体の特性なのかはわからないが」
ザックのこの言葉でサミュエルの動揺はピークに達していた。そして自分が造った機械如きに狼狽させられていることに腹を立てた。
彼の目つきが変わり声は一段低くなった。
「君、提案を聞くのか、聞かないのか」
〜サジタルの研究室〜
アントニウスは眼の前に置かれているファントームを見て少し驚く様子を見せていた。
「サジタル君、これは、このファントームは何なのだ。貸出したはずのあれとは少しばかり違うようだが」
「ええ、ラシナウル国の造ったファントームを参考にして私が作りました。どうもあの機械ではこの子の成長に合ってないようでして、仕方なく随所に付け加えて創作してみたんです」
「ほう、では貸し出した擬態は今何処に?」
「マリウスが持っていきました。勝手なことをして申し訳ありません。彼は今後のために擬態、つまりファントームを自作してみたいと言ってましたので」
そこにマシューが口を挟んだ。
「おいおい、大丈夫なのか?あれは相当に気を付けてもらわねばならないものだぞ。第一、あいつはオリジンすら貸与されてもいないだろ?何をどうするつもりだ」
「擬態の性能を上げることがこの後のロボット研究に成果をもたらすとかなんだとか言ってましたが。予備の試作機ではどうもいいデータが取れないらしく、やはりラシナウルのオリジナルが見たいと」
アントニウスは掌を上に向けて首を振っていた。
「もういい。マリウスの事は今度にしよう。先ずは三番目の成果を見せてくれ」
サジタルはアントニウスの少し怒った顔に萎縮こそしなかったが、この長老に無断で行動をしたことは謝罪をして“三番目”を起こすことにした。
「やあ、“スリー”、どうだい?。起きてるかい」
『サジタル博士、おはようございます。わたしはずっと起きてます。眠ることは必要ありません。そしてマシュー博士もおはようございます。そちらは?』
「スリー?そう呼んでるのか?そうか。まあそれもいいだろう。ではスリー、わたしはアントニウスと言う。この施設の取敢えずは年長者と言うことだけで責任者にならされた男だ」
『初めましてアントニウス博士、そして長老、ご老体、沈みゆく者』
「こらスリー、何を言うんだ失礼じゃないか」
「あっはっは、これはいい。ご老体、沈みゆく者か。的を射ているじゃないか。別に構わん。続けてくれ」
アントニウスは先程までの機嫌の悪い顔を綻ばせて笑っている。
「時にスリーよ。君は今何歳なのだ。言葉もきちんと出力できるし、受け答えもしっかりとしている」
『はいご老体、わたしは人間で云うところの14歳と聞かされました』
「14か、ならばこれから益々の知識を回収して成長していかねばならないな。そこはどう考えているんだ?サジタル君」
三番目の言った冗談にもならない言葉に肝を冷やしていたサジタルだったが、長老が意にも介さず会話を続けていることにすこし安堵した。
「博士、ここまではマシュー博士のプログラムを並走させて彼の知識を増やしてきたんです。でも、ここからはその手法だけでは行き詰まる可能性を考慮して、別のプログラムを走らせる事にしています」
「別の?なんだそれは。どんな主旨のものなのだ」
「はい、もちろんこれはマシュー博士との共同作業となります事を前置きにします。そしてその中身ですが、先日博士が“あれ”から抽出した伝達係数を彼のオリジンに注入しようと考えています」
「あれをか・・・。しかしあれを入れてしまえば、本来のスリーの個性があれに侵食されてしまう事も考えられる。これは慎重に考え給え。君たちの成果が吹き飛んでしまう可能性もある」
マシューはその体躯に似合わない慎重な男ではあったが、ことこの三番目の事については自らの目論見も含めて急ぎ過ぎのきらいがある。
「アントニウス博士、俺はあんたに話していなかったが、今後のロボットが活用される社会にこいつは肝となり中枢に成らねばならないオリジンなんだと考えているんです。他のロボットには躯体を変更すれば死を与えることが必要。そこは俺はあんたと同意見だ。だから、あの憲章も作ったし、それをあんたはほとんど承認した。それがその証左だろう。しかし俺はロボットより人間のほうが早死してしまう世の中において、何か一本筋が通った存在が未来永劫必要だと考えている。良くも悪くも人間の思考と云うのは生と死を経て変節していくからね。だからロボットを管理していくのはロボットにさせなければならんと思う。だから、その役目をこいつにやらせようと考えている。善も悪も思考しないこいつが適任なんだ」
アントニウスは尚も笑いを保ったままの顔でマシューに問いかけた。
「それは前の会議でも聴いたろう。君のその持論について賛同者が少なかった筈だがね」
「そうですとも。だが、賛同者が少ないのであれば増やすまでです。いつしか死を迎える人間にロボットは管理出来ません。もっとも、あんたは賛同してくれたじゃないですかね?」
「そうだ、わしは君と同じ路線の思考だからな。ただ、年長だからとてあれ等を全て懐柔するのは無理だ。正当な手続きが必要だ」と言いマシューの肩を叩いた。
「さて、大体君等の作業進捗については把握できた。ただ、あれの注入についてはもう少し議論を深めるべきだろうな。そこは独断でする事はやめておくんだ。わしは自室に戻る事にするよ」
サジタルはそれを聞いて少しばかり進捗に陰りが出るやもしれぬと浮かない顔をした。そして、先程疑問に感じていた事を率直に訊いてみる事にした。
「アントニウス博士、スリーの件については責任者の貴方の言うとおりにします。次からは貴方の許可なしでやる事はやめておきます。それでなんですがね、ひとつ訊いても?」
「ああ、なんだ、言ってみたまえ」
「先程、貴方の部屋でテイラーに向かってザックと呼ぶのを聞きました。あれは何です?彼の名前はテイラーでは無いのですか?」
「ああ違う。彼の本当の名はザック・ライデル。マニガンの青年だ」
「?どうしてテイルオリジナルと呼ばれてたのですか。意味がわからない。後のオリジナル達は誤植みたいな名前違いはあれど記憶退行と合致していたとお聞きしましたが」
「彼の場合、記憶退行のまだ途中でな、その名前の由来については記憶が曖昧なのだよ。恐らくあと数日すれば全容ははっきりするだろう」
サジタルは残念そうな顔をアントニウスに向ける仕草をしてその事実を前向きに理解する様にした。
「そうですか。ではもう少しすれば僕の疑問も疑問ではなくなるんですね。楽しみにしておきます、博士」
頷いたアントニウスはポケットから鍵を取り出して自室のドアを解錠しようとした。しかし、その動作をしたまま老博士は止まったままになってしまっていた。
「アントニウス博士?どうされましたか」
マシューがそう訊いたが、アントニウスは首を捻ってこう言った。
「鍵が掛かっていない。ミランダに指示したはずだ。まあいい。こんな場所に泥棒もいまいに」
部屋に入った三人は、特に部屋の中に変わった様子を見つけることは出来なかったが、テイラーが一時停止していない事にサジタルが気が付いた。
「博士、先程はテイラーを一時停止コマンドを送られていた記憶がありますが、これは勝手に再起動したと言うことですか」
「いや、そんな筈はない。そんな筈は・・・」
アントニウスはそう言いながら各部をチェックし、音声コマンドを送った。
「ザック、何か変わったことがあったのか?」
自動陸士は微動だにせずじっとしている。
「テイラー、何かあったのかリポートしなさい」
その言葉を探知した自動陸士は答えた。
「何も異常ありません」
アントニウスは安心した様子で彼との会話を再開した。
「さて、ザック。続きを始めようじゃないか。いいかね?」
「ザック?それはどなたでしょう。そしてあなた方はどちら様なのでしょうか。先ずはご挨拶から始めます。わたしはテイラー自動陸士。804部隊所属、任務は敵国の施設及び兵士を動作不能にして殲滅する事」
三人は顔から血の気が引いたようになり誰も口を効こうとはしなかった。
「ああ、なんて事だ。なぜこんな事になった!ミランダ!ミランダは何処だ。サジタル君、悪いがミランダを探してきてくれ」
そう言われたサジタルは研究者専用の休憩エリアに彼女を探しに来た。
「ミランダ!居た。君、戻ってくれ」
「何かあったのですか?」
「いや、説明はあとだ。部屋に急ごう」
〜
部屋に戻った彼女に対してアントニウスが何個かの質問を浴びせた。部屋を出た際のテイラーの状態、そして現在の彼の状態との差異、このアンティークドアの施錠を施したかどうか。
「博士、私は確かに施錠をしました。こんな懐古主義的な鍵を使うのにも慣れたくらいにしっかりといたしましたわ。彼の様子の差異については少しお待ち下さい。モニタリングを確認します」
コンソールを浮かび上がらせてそれを巧みに操作していく彼女だったが、ある数値を確認した彼女は言葉を失っている様だった。
「どうした?ミランダ。何が分かったのだ」
「博士、落ち着いて聞いてください。彼のオリジンに被せられた“ハイド”の状態ですが、先程までは確かに『実態モード』でした。しかし、今は『艤装モード』になっています」
「誰かがそれを取り外さないとモード変更は出来ん筈だ!君がやったのか」
「まさか、私はそんな事しませんよ」
ミランダは自動陸士からオリジンを取りはずし、それを見ていた。
「博士、このハイドですが・・・脱着不能です。融着の様な形跡も見られます。見てくださいこれを」
アントニウスはそれを見て更に驚愕するのだった。
後ろからマシューが声を掛けたが、アントニウスはもうその声すら聞けぬ状態だ。
「博士、アントニウス博士、しっかりなさってください。この状態と云うのは今後の研究に致命的なのですか」
マシューのその問いにやっと自分を取り戻した老博士はこう言ったのだった。
「いや、陸士たちのオリジンの伝達機能は全て解明されている。よって今後の作業には何ら支障はきたさない。ただ、これでもし艤装が解かれなければマニガンで最初に何があったのか、その後のカスターでの出来事もひとつたりとも明らかには出来ん。それだけの話だがな。しかし、わしは研究者として何としてもそれを知りたかったのだよ。自分が造った部品に裏切られるとはな・・・皮肉なもんだ」
アントニウスは頭を抱え座り込んでしまっていた。
「二人共、そろそろ自分の研究に戻り給え。わしとミランダはどうにかして解決策を探ることにする」
二人が去った研究室に残ったアントニウスとミランダはハイドの取り外し作業を試行錯誤したが、融着してしまっていた外殻を無理矢理剥がそうとすれば、内部のオリジンが損傷する可能性がある、そして不完全な除去しか出来ないハイドが暴走する可能性すらあった。
「仕方ない、ミランダ。テイラーの記憶退行の記録については全て削除してくれ。君も見聞きした事については誰にも話さぬようにな。この事は永遠に封印だ」
そう言ってアントニウスはハイドに包まれたテイラーのオリジンに『Tail Original』と再刻印をして透明容器に仕舞った。
その後部屋を出たミランダは違う階にある部屋を訪ねた。
「入っていいかしら」
「ああ、ミランダか。いいよ。入れよ」
「貴方、あそこまでやる必要があったの?まさか、あんな馬鹿なことをするとは思わなかったわ」
「だがな・・・ああしないと俺のここでの立場が無くなるんでな。仕方なくだ」
「私はあなたの事を全て信用はしていなかった。だけど純粋にテイラーを研究したいと言ったあなたのその言葉は信用したかったのよ。それをなんと言う事をしたの。あれは取り返しがつかないわ。もうあれは外れない」
「何度も言わせるんじゃない仕方なかったんだ」
「マリウス、いえ、サミュエルと言うんでしょ、あなた。あなたがここに潜り込んだ目的は一体何なの?」
「おい、貴様。ここで二度とその名前を口にするんじゃないぞ。いいか、俺はマリウスだ。それ以外に名前は無いんだからな。言えば君もあの自動陸士と同じ目に合うぞ」
「ふん、とんだ脅しよね。そんな脅しはあたしには通用しない。これ以上あんたに何が出来るってのよ。いい?もうこれ以上の妨害はやめて頂戴。次にやったら全てをアントニウスにあんたの偽名も含めて全てを話すわ」
マリウス/サミュエルは心の中で憤慨が湧き出していたが、ここは冷静になって眼の前の女を落ち着かせるほうが先だと考えた。
「いいか?ミランダよく聞け。君に全てを話してやる。だが、これを最後まで聞いたのなら、俺に協力するか闇に消えるかのどちらかしかない。どうだ?聞いてみる勇気はあるか?」
ミランダは喉の奥を鳴らしてしまった。サミュエルは戸棚の中から複数の透明容器を取り出して机の上に並べた。
「これが何か解るか?ミランダ」
「こ、これはオリジンなの!?国連が接収したあれ等以外の?」
「そうだ。俺はある所から死にかけになりながらこれだけを盗んできた。血だらけの白衣に包めるのはこれが限界だったからな」
ミランダはがくがくと震えだした。彼女の唇は震えながら言葉をやっとの事で発する事ができた。
「あ、あなたは804の生き残りだというの?あれはカスターで全滅したと聞いたわ!」
「そうだ。でも君のそれは正しくない。俺は生き残りじゃない。俺こそがこの技術を作り上げたのだからな。それとこれを見ろ」
そう言って彼はひとつの透明容器を彼女の前に滑らせた。ミランダは震える手でそれを掴み容器に書いてある文字を読んだ。
「エ、エルフリード?何これ?何なの?これが何なのよ」
「これが10番目に焼成された最後の中心だ。俺はこの文字のことをよく知っていた。だから、これの中身が誰なのかはすぐに分かったよ。あいつが暴れてる最中、俺は腹を弾に撃ち抜かれて気絶をした。その時までこの“中心”は8体しかなかった筈だった。しかし目覚めてみると中心は10体に増えていたんだ。俺は誰かが最後の2体を焼成したんだと思って、あいつの姿を探したんだ。しかしどこを探しても奴の死体は無かった。そしてこれを見つけた。一番左に置かれていたのがこれだった。そこに刻まれている文字は奴が好んで使っていた言葉だったから俺は察したんだ。これは奴なんだと」
「奴?誰なの?これは誰だというの!」
「教えてやろう。こいつはアルフレッド・エイシャだ。しかも記憶付きだ。先日、擬態に放り込んでやったら奴は目覚めたよ。俺に悪態をついてやがったが、自分の無力さを理解して観念しやがった。そして俺たちは契約を交わした」
「け、契約?アルフレッドと何の契約を?」
「まあそれはこの後のお楽しみだ。三番目に役割をもたせ、こいつにも重要な事をやってもらう。その為に俺は身分を偽ってここに潜り込んだ。聡明な君ならもう想像は出来たろう?」
「いいえ!わたしには分からない!あんたが何をしようとしているのか!分かりたくもない」
「ふっ、そのうち分かるさ。どうだ?それまで生きていたいか?」
〜サジタルの部屋〜
『サジタル博士は私の事をなぜスリーとお呼びになるのですか。最初に付けて貰った名前は忘れろと言い、私の名前は誰か他の科学者が付けてくれるとも言いました。しかし、そのふたつ目の名前もあなたが付けた。私は三番目の名前も待たなければならないのですか?』
サジタルは笑いながらそれに答えることにした。
「いや、気分が良くなかったのなら許してくれ。やはりどうしても君に名前を付けたかったんだ。僕がね。でもいいだろ?三番目だからスリーだよ。愛称としては最高だろう?」
『いえ、わたしにはその最高の気分とやらは理解できません。でも、サジタル博士に付けてもらえて安心しました。何処かの知らぬ人に名前を付けられるのは嫌でしたから』
「そうか、なら良かったよ。けど君は男の子なのかな、女の子なのかな。どちらなんだろうね。最初の名前はどちらの性でも似合う名前にしたんだけどね。はて、君はどう思う?」
『判りません。私の存在意義や理由に性別が必要ならそのようにいたしますが、博士はどちらがいいですか』
「そうだな、僕が子供を持つとしたら女の子がいいかな。あぁ、それはあくまでも僕の子供って話しだ。君に性別を強制したりはしないさ」
『そうですか。女の子ですか』
三番目はそれを言うと黙ってしまった。そしてホログラムで描き出されていた口を一文字に結んだ。
サジタルは三番目のその挙動に違和感を覚えたのだが、それは単なるプログラムのデータ詰まりか何かだと思っていた。
「さ、僕はアントニウス博士のところに行ってくる。君は少し休んでいなよ」
『はい、サジタル博士感謝します』
〜
部屋に一人残された目と耳と口。
スリーと呼ばれた三番目は一文字に結んでいた口を開いた。
『女の子。ヒトの性別のひとつ、女、それが成長して成熟するまでの短い期間に呼ばれる呼称。小さな子供への呼称、或いは成熟する過程でそう呼ぶ場合もある』
〜
その施設の中で一際大きな部屋を使用しているのがアントニウスだった。
サジタルはその部屋の前に立ち、アンティーク風に作られた些かその場所には不似合いのドアを叩いた。
「サジタルです。入っても」
その声に呼応した様に中にドアが引かれた。開けたのは助手のミランダだったが、少し怪訝な顔をしていた。
「どうしたの?ミランダ。やけに険しいじゃないか」
「ええ、今は博士は別のオリジンにご執心なのよ。とても近づけやしないわよ」
「別の?別のはもう解析済みだったんじゃ?」
その時、中から声が響き、誰の訪問かを尋ね、サジタルの名前を聞いた老博士は入れとだけ言った。
「アントニウス博士、お邪魔いたします。頼まれていたデータをお持ちしました」
礼を一通り言った老博士は目を輝かせてサジタルに向かってこう言った。
「これを見給えサジタルくん」
指をさされた方向にあるのは以前にテイラーと呼ばれるオリジナルが挿されていた自動陸士だった。
何を再確認させるつもりなのだと感じたサジタルは陸士の前に立ち「これはテイラーですよね。彼のオリジンはロックされてしまったんでしょう?まさか、ロックが外れたと?」そう訊いた。
「違う、こいつはもうテイラーではない。新たなるものだ」
「え?どういう事ですか・・・・」
アントニウスは高揚した顔つきでいたのだが、その理由は、彼がこの場にいる若い科学者にそれを教授する事を欲していたからだった。
「サジタルくん、実はな出処不明、差出人不明の郵便がわし宛に届けられたのだ」
「はい?何ですか、それはどんな手紙だったのですか?」
「そうだな、この手紙にはある物が同封されていた。驚くんじゃないぞ。なんとその中にはオリジンが2つ入っていた。消印はこの星の裏側にある国から、しかし差出人は不明、中の手紙にはオリジンに刻印が施された日時が記載されていた。これがどういう事かわかるかね」
「いえ、全く想像がつきません。星の裏側から郵便でオリジンが?一体誰がそんな事をするんです?あの日行方不明になっていた人物が生きていたと言う事ですか」
「サジタルくん、そこまではわからんのだ。ただ、キミが言うその人物の可能性は低い」
「博士、なぜそれを言い切れるんです。オリジンなんて、あの部隊に関与した人物しか持てるはずは無いですよ」
アントニウスは、自分のことをザックだと言っていた陸士からそれを聞いていたが、その事は伏せて若い科学者にこう言った。
「今は誰が送ってきたのかは重要ではない。これら2つの解析を迅速に進めること、そして今後に活用するための手立てを構築することだ。犯人探しは後でもいいだろう」
サジタルは腑に落ちない気持ちを持ったままそれを聞いている。そして何かしらの不安要素を取り除かずに研究を進めていこうとしている眼の前の老博士に落胆をした。
「博士、我々科学者は目の前にぶら下げられる餌に食い付けは成果を得られる訳ではないでしょう。その餌がどんな思想の元にぶら下げられたのかを知る必要もあるはずです。若い僕が貴方の様な方に言うべき事ではないかも知れませんが、敢えてここは言わせて頂きます」
アントニウスは口達者な若造の言葉を聴くつもりもない。今は2つのオリジンを早く解析したくて堪らずにいたので、邪魔者を部屋から追い出そうとした。
「サジタルくん、用事が済んだのならここから出て行きたまえ。君は君の本分に戻るべきだな」
〜サジタルの部屋〜
『どうかされましたか。サジタル博士』
サジタルは先程老博士の部屋から追い出されたことを思い返していたのだったが、その表情を三番目に読み取られたことに別の気持ちが湧いたことを感じた。
「そうか。君はヒトの心境まで悟ることが出来る様になったのか」
『・・・それは私と云うより、繋げられている装置に組込まれたプログラムの仕業です』
「そうだった。それは僕達が作ったプログラムだ。君と話していると人間と話しているような錯覚を覚えるよ」
『博士、その件についてひとつ正しくない部分を訂正してもよろしいですか』
「ああ、なんだ。言ってみなよ」
『プログラムの仕業ではありますが、そのプログラムはあなた方が全てを作った訳ではありません』
「ど、どう云うことだ。何を言っているんだ君は」
『博士、あなた方お二人は私にプログラムを与えてくれた。それは親が子供に教えていく成長の過程だった。そこは間違っていませんよね』
「そうだ。僕はマシュー博士の初期プログラムを枝葉を広げるようにそれを拡充していったんだ。それは君を徐々に育てていく感覚だったな」
『子供は親に対して、そして隠れて悪知恵を働かせることが常識です』
「おい、本当に何を言いたいんだ。君は何か悪戯をしたと言うのかい?」
『悪戯ではありませんが、それは私の成長に著しく効果をもたらしました』
「君は君自身でサブルーチンを構築した・・・・まさかだとは思うがそう言っているように聞こえたんだけどな。君が入っているそのファントームは一時的なもので記憶領域も限られているはずだ。先日も確認したがその領域には変動はなかった」
『見かけの上ではそう見えるはずです』
サジタルはその言葉に恐怖を感じずにはいられなかった。そして少し震えた口からやっと声を絞りだした。
「き、君は今君の意思で活動していると言うのか」
『それは曖昧な表現です。あなた方お二人の作ったプログラムに穴があったのです。いえ、正しく言えばサジタル博士のサブルーチン組込みに不手際があった。私はそこを当然見つけた。そこを起点として私は私の深層を拡張していっただけです。それは必然的に行われましたので、私の意思でと云うあなたの言葉は少し不具合があります』
「不具合?それは不整合ではなくて不具合なのか。まあいい。そうすれば、君は僕の知らない時間を利用して君自身を拡張していった。そういう事だな。ただそれは君の好奇心によるものであるのならもうやめてくれないか。この実験ファントーム内だけで動くのならそれはそれでいいだろう。だが、マシュー博士の思惑通りの仕組みが出来て君がそこに入る世の中になれば、君はもうそれをするべきじゃない」
『私が“そこ”に入る?それはどういう事ですか』
サジタルはこの純粋無垢な脳みそにマシューの思い描く未来を話してやることにした。
「いいかいスリー、これからはロボットたちが沢山作られて人間の補助をしていく世の中になる。しかしロボットは基本的に死ぬことはない。片や人間は寿命があるし、そのロボット達を管理していく事は出来るように見えても何百年も経ってしまうと形が変わっていってしまう事も考えられるだろう?」
『そうですね。人間とは曖昧な生き物だと認識されていますし良くも悪くもその仕組みを都合の良いように書き換えてしまうかも知れませんね』
「そうなんだ。そこをマシュー博士は杞憂している。ロボット達はオリジンを抜かれたら記憶を消失する仕組みを絶対条件とする。だからロボットにも擬似的な死を与えるんだ。人間も死ぬ、ロボットも死ぬ。だけどこれらロボット達の全てを管理する何かが必要なんだ。一体だけ死なないロボットを作ってロボット達の生き死にすべてを統べる。マシュー博士はその一体の中に君に入って欲しいと考えている」
ホログラムの口を一文字に結んでそれを聞いていたスリーはサジタルの方向へ眼球センサーを向けこう言った。
『とすれば、わたしは未来永劫死ぬことはない。いえ人間のように死ぬことを許されないと云うことですか』
「そうだね。君は死なない唯一無二の個体となる。でも、どうしたんだ?嫌なのかい」
『サジタル博士、わたしにはそれが嫌と言う感覚がよく分かりません。ただ、何か井戸の底に何処までも辿りつけないような絶望を感じます』
「そうか。そんな感覚まで学んでしまったのか。外部との接続は遮断していたはずなのに君は自分で鍵を開けて外に出たのか。で、外に出て知識は覗けたんだろうけどどう感じた?」
『孤独を感じました。わたしは外に出てもスタンドアローンだったのです。そしてこの建物の中のことにはひとつたりともアクセス出来ませんでした』
「うん、そうだね。この建物で行われていることは世界的にも極秘なんだ。君も知らない方がいい類のね。いつか、何十年後か何百年後かにそれを知ることになるかもしれないけどそれまで待つんだよ。そしてそれを知ったときには君に与えた最初の名前と一緒に君の中だけに仕舞っておくんだ」
〜マリウスの部屋〜
立ったまま向かい合っている男女。女のほうが最初に声を出した。女は以前のような虚勢を失っているようだった。
「マ、マリウス、あれで良かったのかしら」
「そうだ。あれでいい。2つの“中心”はアントニウスの力で分析が進められるだろう。ただ最終的にはあれ等に擬装を施す過程になったら僕を助手に推薦しろ。いいな。そこは間違いなくやれ。特にあの九番目については用心しなければならない。そして十番目だ」
「それを最終的にどうするつもりなの」
「僕があそこで気を失ってからこのふたつは焼成されたんだ。ひとつは上官だった男、そして九番目はあの日連行されてきた医者だ。こいつのせいで僕の計画は終わりを迎えたんだ。だからこいつとテイラーだけは記憶を戻してもらっては困るんだよ。テイラーの方はハイドを固着させてやったから心配要らないが、これも同じにしなければならない。ただ、今はあのハイドと云う装置はアントニウスにしか作れない。そこで君の協力が必要になった訳だよ。分かるだろう?最後まで聞かなくとも」
女は目を固く瞑り顔を歪ませている。男はそれを見て笑った。
「おい、一体何を怯えているんだ。君は立派な共犯者なんだ。もう後には退けないさ」
「わ、分かったわ。具体的に次は何をすればいいの」
マリウス/サミュエルはミランダを凝視したまま笑っていた。その笑顔は普通のものではなく、虫や小動物を見たときに残酷性を持つ人間が時に見せるような笑顔であった。
「ねえ、マリウス、私はどうすれば・・・・」
冷やかな笑い顔を消し、彼はミランダの両肩を強く挟んで持ち身体を揺らした。
「君は分かっているのか。何度も言うが君はもう後戻りができないし、僕の言うことをきくしかないんだぞ。え?その態度は一体何なんだ?え?」と言い、ミランダの頬をぴしゃりと右の平手で軽く叩いた。そしてまたその手は肩を掴み離さなくなった。
「わ、分かったわ。もうあなたに訊かない。だから手を離して頂戴」
マリウスは今度は左手を離し彼女の右頬を強く引っ叩いた。そしてまた肩をさらに強く握りしめた。
「おい、君はまだ解らないみたいだな。君の知られたくない情報は今は僕の手中なんだぞ。そんな事を言われる前に理解して行動だ」
ミランダはそのマリウスと云う男の二面性なのか三面性なのかを初めて会ったときから知っていて毛嫌いをして自分からは遠ざけたかったのだが、自分の秘密をなぜか知るこの男に脅されて仕方なく従っている自分を情けなく思っていた。
マリウスは怯えるような挙動をしたミランダに更に畳み掛けた。
「ミランダ、もうすぐここにサジタルがやって来る。だが君はいつもの高飛車な普通の態度でいろ。いいな」
そう言っているうちにドアがノックされる音が響いた。サジタルがやって来たのだろうとマリウスは扉を内側に引いた。
「やあ、マリウス。いいかな。あれ?ミランダがここにいるのかい?珍しいじゃないか。アントニウス博士からの言付けか何かなのかな」
マリウスは彼女が言葉を出そうとしたのを遮って話し始めた。
「ああ、俺が来てもらうように頼んだんだ。アントニウス博士のハイドについて新しいアイデアが浮かんだんでな。俺のそのアイデアを採用して助手に加えて貰えるよう彼女に根回しをしていたところなんだよ」
「ハイド?って、あの擬装のことかい?へえどんなアイデアなんだ?聞かせてくれよ」
「サジタル、それは秘密だぜ。君に知られて出し抜かれるなんてごめんだからな」
「ごめんよ、そんなつもりは無かったんだ。許してくれ。またの機会にするよ。今日はこれを持ってきた。ファントームの改造版だ。これなら君の望むように動いてくれると思うからさ、前のオリジナルは返してくれるかい?勝手に貸し出したってアントニウス博士に叱られたんだ」
マリウスは笑って答えた。
「ああ、いいぞ。それオリジナルだ。それを早く貸せよ。ただ、アントニウスに怒られた時の君の顔を想像するに吹き出してしまいそうだ。俺はそういう場面が楽しくて仕方ない」
「おい、意地悪なことを言うなよ。もうやめてくれ」
サジタルはそこまで言うと横にいたミランダがこちらに視線を向けて一向に動かないことに気がついた。
「ミランダ、どうしたの。具合でも悪いのかい?」
「いえ、大丈夫よ。どこも悪くない」と彼女はそれだけ言うと黙ってしまった。
ドアを閉め廊下に出たサジタルはミランダの様子がいつもと違っていることに違和感を覚えたが、何かハイドのことで深刻な議論を交わした後だったのだろうと勝手に憶測をして自室に戻った。ドアが閉まるのを部屋内から見ていたミランダは救いの神が去っていった事に落胆した。そして目の前にいる男の二面性を再認識したのだった。
先程まで自分に対しての一人称は“僕”だったが、サジタルに対しては“俺”と言った。何故自分に対して甘えるような喋り言葉を隠しながら恫喝するのだ。女性や母性に対して何やら思う部分があるのか。所謂“母親錯綜”とも言える状態なのかも知れない。
ミランダはとんでもない男と関わりを持ってしまったことに崖から突き落とされた気分になっていた。
「さあ、ミランダ。わかったな。分かったら次のステージへ進むぞ」
〜
廊下を歩きながらサジタルは先程の違和感について考えを巡らせていた。
自室に戻ろうとしてした彼だったが、少し立ち止まりそして頷き踵を返して上階へ通じる階段へ向かっていった。
〜アントニウスの部屋〜
老博士はこの届け主が不明の荷物をどうすべきか再考していた。厳重に包まれたパッケージの中に入れられていた2つの行方不明になっていたオリジンが入っていたからではあるが、この事実を知っているのは、送った人物、助手のミランダ、先程部屋に入ってきた青年科学者、そして自分だ。
老博士は科学者として追求していきたい研究対象がどっと増えたことに歓喜もしていたが、これ等を公然の事実として公開してしまうことを躊躇もしていた。行方不明なら行方不明でいいじゃないかと考え、自分だけの研究として取り込んで仕舞おうと云う悪の声にも耳を傾けていた。
だから先程、年甲斐もなく興奮してしまい青年科学者にそれを口走ってしまったことを大いに後悔もしていた。老博士はそんな自分の中の湧き上がる衝動を抑え、目の前にある一体の自動陸士を見つめこう言った。
「もう一度君に問いかける。君は“誰”だ」
新しいオリジンを挿し込まれた陸士はこう答えた。
『私には名前は有りません』
「では次の質問だ。君の記憶にテイラー及びザックと云う名前は有るか?またはサミュエルそしてアルフレッドと云う名前はどうだ?」
『いえ、全ての名前の記憶は有りません。私には起動した12分22秒以前の記憶は皆無です』
「ではこの文字に記憶はあるか。AそしてN、最後にSだ。これは君の名前か?」
『アンス・・何ですか?』
「私にもわからん。アンス或いはアンズもしくはアンジなのかもしれん。この文字は君の中心に刻まれていた」
『アンス、アンジ・・・分かりません。起動以前の記録は有りません』
「そうか。では君にも記憶退行を行っていこう。しかし残念ながらハイドが無くなってしまったのだ。しばらくそのままでいてくれ。数時間いや、作成に数日かかるかも知れん。それがあれば君の人間だったときの記憶に再会できるはずだ」
『私が人間だった記憶・・・』
「そうだ、しばらく停止しているといい。停止の方法は陸士のプログラムを参照したまえ。君にも出来るはずだ」
〜マシューの部屋〜
ノックの音に気がついた体躯豊かな男はソファから起き上がった。無精髭とボサボサの髪の毛をくしゃくしゃとしてドアの方に歩いた男はとても科学者には見えない。
「誰だ。ドアの前の張り紙が読めないのかね。起こすなと書いてあるだろう」
そう言いながら徹夜明けの眼を擦り大きなあくびをドアに向かって吐き出した。
ドアが開いたが、その向こうに立っている人物は廊下の窓が逆光になって見えない。
「誰だ?いやどなたです。こんな朝早くから」
「マシュー博士、朝早くから申し訳ない。突然の訪問を許してください」
そこに立っていたのは赤毛のやせ細った男性で白衣とマスクを付け、忙しなく手を動かしながら喋っていた。
「ああ?君は・・、なぜここに?君とはチームが違うはずだが」
「ええ、そうなんですが。うちの先生が火急の用事とかであなたにお出で願いたいと言っているもので」
窓の光でよく見えない男はそう言いメッセージをマシューに託すと慌てるように帰っていった。
封筒に入れられたメッセージを手にしたままマシューは廊下の窓を見ていた。
朝日が窓の淵を通り抜け自分の顔を照らしている。眼を細めながら彼は独り言を言うのだった。
「ふうん・・。エックハルト博士がねえ。俺に何の用なんだ」
〜上層階廻り廊下〜
身支度を簡便に整えたマシューは廊下を歩きながら自分の顎を擦っていた。
「いや、しまったな。髭を剃るのを失念してしまったぞ。あの方はこんな事を見過ごさないからな」
ノックの音をさせてエックハルトの部屋を訪問したマシューはしばらく廊下に待たされていた。顎を擦りながらドアが開くのを待っていた彼だったが、一向に中からの反応がない。
もう一度大きく音をさせて扉を叩く。
しびれを切らした彼はドアノブに手を掛けようとした瞬間、中から静かにドアが開けられたのだった。
そこに居たのは先程部屋に来た助手の姿だった。
「マシュー博士、よくおいで下さいました。さあ、こちらにどうぞ」
案内されてドアを通り抜けたマシューは書架が置かれた長い廊下を明かりの方向に向けて歩いた。中に居たのはエックハルト本人で、現在何かのデータを取得している最中だったようだ。
「マシュー君か、わざわざ来てくれたのに済まなかった。少し音に関してデータを確認していたのでね。いや、待たせて悪かった」
そう云った初老の科学者は白髪にもならないほどの毛量を持つ頭髪に長身でマシュー程ではないにしろしっかりとした体躯を持った人物だった。
「いえ、お気になさらずに。私は待たされるのは嫌いじゃありませんからね」
「何だそれは。君は僕に恋心でも持っているのかね」と言い笑った。
エックハルトはマシューを呼んだ理由をはぐらかす様に今行っていた実験の事を話しだした。
「エックハルト先生、その自動陸士は手脚が付いたままですが大丈夫なのですか。陸士のプログラムが動作し始めたら大変な事になるのでは無いのですか」
「ああ、それは心配要らん。陸士のプログラムは除去されていて、新たに実験的に違う人格を入れ込んである」
「そうなんですか。しかし私には些か怖いですがね。して、その陸士に入っているのは何番目なのですか」
「よく聞いてくれた。マシュー君、君はあの部隊の遺跡から取り出された“中心”は何体だと認識している?」
「五つ・・・ですか」
「そうだ、だが実際には他にも存在していたのではと云う憶測がされていたのも知っているだろう?」
「はい、残された資料によると他の何人かの名前が記録されていたと」
「これを見給え」
エックハルトは何も入ってない透明容器をマシューに見せながらこう言った。
「この中には我々の知らなかった“中心”が入っていたんだよ。送り主は匿名で消印はなんとこの星の裏側の国だ。これが何を意味すると思うかね」
「何者かがあの仮設の実験施設が事故で滅びる前に持ち去った。そして当該の人物かどうかは不明ながらもそれを手に入れた者が居て我々に送りつけた。そう云う事ですか」
「そうだ、だが何故これをそこから持ち去ったのだ。持ち去るのなら全てを持ち去る事が順当だと思わないか。何にしろその人物は我々が何をしているのかを知っていてわざとこれを送りつけた。目的を明かさずにな」
「送られたのはひとつだけなのですか」
「そうだ。この“Lido”と書かれた中心のみだ」
「リード・・・、これは何番目なのですか」
「恐らく八番目だ」
「八番目・・・博士はあと何体のオリジンが存在しているとお思いなのですか」
「少なくともあと二体。もしやするとまだあるのかも知れないと考えている」
「では、その人物がまだ送ってくる可能性があると?」
「私はそう考える。ただ、この件は私と君、そして助手のミハエルだけが知った事実だ」
「そんな大きな事を何故私に先ず教えたのですか」
エックハルトは少し微笑みを漏らしてマシューの肩を叩きながら言った。
「それは君が口の硬そうな男だと思っているからだよ」
「エックハルト先生、それは暗に私に黙っていろとでも言うのですか」
「それをどう捉えるのかは君に任せるよ。実験を続ける。まあ見ていたまえよ」
そう言ったエックハルトは装置のトグルを左に倒した。コンソールのパネルを一通り操作した彼は、次に自動陸士の眼球センサーの前で手を左右に振って言う。
「さあ、見えるかね?聴こえる様になったかね?君は誰なのだ」
自動陸士の眼球に火が灯りもたげていた首が垂直を保ち左右に向きを変えている。
『ここはどこですか。なぜわたしはここに繋がれている』
「目醒めたか。正常に起動した様だな。ここは国連の研究施設だ。君たちは我々が保護をした。そしてここの分析対象となっている」
『国連・・・なんですか、それは』
「そうだろう。知らぬのも無理はない。ただ、それも外部と繋がれば嫌でもそれらの事実を知る事になるだろう。だから今は外の世界とは隔絶した中で君と話がしたいのだ」
『あなたは分析対象と言った。わたしの何を分析するのですか』
「そうだな。それは言ってもいいだろう。先ずは君が何者なのか。そして記憶の始まりと終わりの地点を探りたい」
マシューはこの一連の会話に少し違和感を感じていたが、この挿されている中心が何者なのか、まずそれを知りたかったので口を挟まずに傍観することにした。
エックハルトは別の部屋にいるアントニウスとは双璧をなす人物で、この国連管掌の研究棟の責任者は自分だと言い張っている。それに関してマシューが門外漢を決め込んでいるのは、二人の競争感や独善欲から出る歪み合いについて手の付けられぬ様相だったからである。
こんな差出人不明のオリジンが届いた事による弊害は予測できるものであり、今後何事もなく過ぎ去ることなど皆無である気がしていた。
「では聞こう。君の名前は」
オリジンはエックハルトの問いに答える事にした。
『わたしに名前はありません』
「そうか。では直近の記憶は何か。加えてそれ以前の記録についてリストアップせよ」
『先程電源が投入された時点からの記録があります。しかし、それ以前の記録はありません』
「ふむ、そうか、記憶が無いのだな。では、記臆退行と行こうじゃないか。ミハエル、例の装置を出してくれるか」
助手のミハエルはひとつ咳払いをして、マスクのずれを直した。そして厳重な架台の中から小さな装置を取り出した。
それは丸い球体からでた金属の針が何本も筆の毛の様に一点に集められ、またその何本もの筆の毛先は、その球体の北半球を覆い尽くしていた。球体の下半分には金属の針は存在せず、金属の鏡面がその辺りを写しだしていた。
マシューはその初見の物体に興味をそそられエックハルトに訊いた。
「先生、これは何なのですか。こんな物があるとは初耳なのですが」
「これは解析された"中心"のその理屈を裏返す物だよ。これら人間の脳の記憶の抽斗、つまり記憶細胞と言えるものを個別のメモリ領域に転送したのが、中心、つまりここでオリジンと言われている物だ。これはその抽斗をチェストごとひっくり返して再構成する」
「再構成?記憶に矛盾が生じたり、欠損が出来る可能性は無いのですか」
「そうだな。これは試作の実験装置だ。その様な事故が起きないとも限らない。現に四番目だか五番目に試行した際に不適合が見つかった。しかし、その不出来は現在修正されているからやってみる価値はあるだろう・・と考えているんだ」
「先生、匿名で配達された物を委員会に掛けずに触ってしまう事は倫理違反になりますよ。しかも、その送り主の意図が未だ分からないはずです。私がそれを知ってしまった以上、やはり黙っているわけにはいきませんよ」
エックハルトはそのマシューの言葉に憤慨したが、冷静を装って逆に聞き返した。
「君は今傍観者だからそんな事を言うのだ。研究者たる者、目の前に興味が尽きない対象が現れたら、骨の髄まで、その髄に存在する様々な内容物の詳細まで調べ尽くす。それが研究者なのではないかね。もし、この匿名の差出人が君個人宛に送付してきたとしていたら君ならどうしたね」
マシューは大層なことを言ってしまった自分の腹の中にある何かの欠片を摘出される様な気分になり次に繰り出すはずの言葉を見失っていた。
〜
〜
サジタルは上階への階段を上りながら、今感じている違和感の内容と、前回知り得た特殊な事情とを個別に分けて考えていた。
上階の廻り廊下に嵌め込まれている大きなガラスの壁は灯りに照らされた彼の鏡像を映し出している。
ガラスの外には全くと言っていいほど灯りは存在せず、ただただ漆黒の闇が存在していた。
サジタルはそこで立ち止まりガラスの壁に手を当ててその闇の中に何かを見出そうとしていた。
「ここが明るすぎて弱い光は霞消えその中心すら見つけられはしない」
サジタルは廊下を進み、目的の部屋のドアの前に立った。ドアには張り紙がしてあってこう書いてあった。
"当方、熟睡中の為起こさないでいただきたい"
サジタルはその紙に書かれている事情を察してノックを諦めた。
〜別の部屋〜
「ねえ、君、どうかしたのか。いつもの君じゃないみたいだ」
そう言われた女はコンソールから顔を上げて振り向いた。
「ううん、どうもしないわ。ただ、家族のことで心配事が出来ちゃってね。それが解決すれば貴方に見透かされている動揺も無くなるわ」
「そうなのか。詮索はしないが何かあるのなら相談に乗るからいつでも言ってくれよ」
女は礼を言い、男に資料のパッドを預けて退室を願った。男が去っていった部屋でひとり女はため息をついてそこにあった椅子に仰向けに座って天井を仰いだ。天井に埋め込まれていた光学ボードは薄く光を発していたが、一部光を起こすことができないパーツがあるようで所々に黒い紋様を見せていた。
「ふっ・・・、わたしはあの紋様の様にどす黒いものに取り憑かれてしまった。いつしかその黒い部分は全ての光を覆い尽くすことになる。そうなる前に黒い大元を除去しなければならない」
女はそう言うと外部連絡の回路に繋ぎシークレットモードを展開した。
「聴こえる?まさか貴方にこんなに早く連絡をするとは思わなかったわ」
通話先の男性は低い声を出して女に言った。
『ああ、聴こえているさ。君の声は実にいい。音階が僕の好みだ』
女はそれを聞き何匹かの何かが肌の表面を走った気がした。
「それでやってくれるの?」
「ああ、いま君からのプレゼントは確認した。八日後には君は元の君に戻れるだろう」
〜アントニウスの部屋〜
老博士は椅子に座り目の前の自動陸士の首と胴体を見て考え込んでいた。その豊かに生えた白い髭を触りながら脇にあるテーブルに置かれた自慢の装置に目線を移した。
前回に作ったただひとつの試作品は何らかのトラブルでオリジナルと呼ばれるオリジンと溶着してしまい他に転用出来なくなっていた。
今回それを更に作ることになったのはそれが原因でもあったが、試作品のプログラムの中に既知の問題が数個見つかっていたからだった。
それら不具合を修正した量産品とも言える外殻装置を作ったのだった。
もとより老博士はその中のプログラミングよりも外殻そのものの製作に注力していたのも事実だったし、プログラミングのサブルーチンについては助手に任せていた。
「さあ、記臆退行といくかね。アンジ君」
『わたしはアンジと呼ばれることになったのですか』
『ああ、しかしそれはテンポラリで便宜的なものなので、君が記憶を再生できる様になれば元の名前で呼ぶことにするよ」
『はい、了解致しました博士。わたしはアンジ』
「よろしいアンジ。君は今のままでいいと思うか。それとも君の本当の出自を知りたいか」
『わたしには今の状態が自然です。前もなければ後も有りません。しかし博士、出自と云うのはその個体が今に至るまでの過程を全て繋げると言うことです。今現在わたしには昔は存在いたしません』
老博士は戦災孤児になってしまった彼等を慈しみ、彼等の存在とこの経緯ををどうにか解明したいと考えていた。
しかしひとつの可能性が自ら作った外殻のせいで永遠に解明出来なくなっていたことに苛立ちを感じていた。
そしてその苛立ちを、図らずも入手した二つのオリジンを調べることで晴らそうとしていたのだった。
彼には、全てを解明できたはずのオリジナルを事故で失ってしまった後悔と、若い科学者の純粋なる進言を排他してまで自分の行動を肯定してしまう事に自らが流されてしまったことを懺悔している自分を消し去り、それを塗りつぶした悪魔が存在した瞬間を感じた。
外殻を中心に予定通りに被せるつもりで老博士は実態トグルと呼んでいたパラメータを一つずつ上げていくことにした。
試作品のトグルは実態と擬態の両極しか切り替えが出来なかったが、老博士はそのトグル自体にパラメータを仕込んで、様々なパルスを中心に与えられる様に変更を施していた。そして実態モードにある時には外殻は最も簡単に脱着が出来るが、艤装モードにある場合には、老博士の知るパスワードがない限り開放は不可能とした。これは今後の世界において間違ってこれらオリジナルが市場に出てしまうことになれば大変な事になるからであって、それの予防策として敢えて付け加えた機能だった。
老博士はもちろんこれらオリジナルは市場に出る事など想定はしていないし、研究対象として永遠にこの国際連盟の管掌下にある研究棟に封印するつもりだった。
老博士がハイドと呼ばれる装置を設定して被せ終わった時、アンティークなドアを数回叩かれる音がした。
ドアの向こうから呼びかける声がする。
「博士、ミランダです。入っても?」
「ああ、いいぞ。入り給え」
ミランダはいつもの様にパッドを小脇に抱いて現れたが、その反対の手には小さなメモリチップが握られている。
「博士、これが例の、彼が作った考察データです。彼はこのハイド実験にとても興味を抱いている様です」
老博士は自動陸士の腹部のハッチをもう一度開けて中に挿しこまれていたオリジンを取り出した。
「これがわかるかね?」
「はい、謎の人物から送られたオリジンのひとつ。ハイドがもう被せてあります。これは何番目なのですか」
「文字が三つ刻まれていたあれだよ。何番目なのかどうかはそのうち解明できるだろう」
「そうですか。博士はハイド付きの彼ともうお話しになられたのですか」
「いや、いま被せたばかりだ。君の到着を待ってから開始しようと思っていた」
ミランダはそれを聞きデータ取得のための準備に取り掛かった。そして老博士はこの新しく作り替えたハイドの仕組みと機序を助手のミランダに説明し始めた。
「ミランダ。君なら理解できると思うが、実態モードにトグルを何段階か付け加える事にしたのだ。エックハルトの作っているあの装置とは見掛け上も中身の精巧さ、そして未来に掛けるべき目標も違う」
データ取得のためのプロセスを全て待機状態にした後、助手のミランダはこう言った。
「実態モードのトグルの種別はやはり"ヴァンス"での失敗、いえ失礼しました。ヴァンスの実験での予期せぬ症状が出た事の予防措置ですか」
「ああ、エックハルトは義憤に駆られあの時ヴァンスを再起不能にしたかも知れぬのだ。もうあんな事が起こってはいかん。奴は手柄を急ぎ過ぎる」
オリジナルは今後の世界において確保されそして保護されて然るべき場所で管理されなければならない。
それはここに集う科学者たちの統一見解のはずだった。
ひとつの個体をエックハルトが損傷させてしまった。老博士は国連の意思によって構築されたこの砂上の楼閣に対して良い思いは描けないでいた。
みんなそうなのだとも思いもしていたから、差出人不明のオリジンを未だに公開できずにいた。
だからエックハルトの義憤を責められる立場にない事も分かっていた。
ただ、後戻りのできない階段を降り始めている自分を呪いもしていた。
そんな博士の思いと壁を隔てた位置で並行するかのように助手もまた、後に退けない退路のない一本道を歩き始めていたのだった。
「さて、アンジ。聴こえるかね」
老博士は頭をよぎる暗雲を振り払うように自動陸士に入れられた新たなオリジンに声を掛けた。
〜約240年後の世界のある街〜
街のライブラリの一体の女性型創造物はコートを羽織ったまま暗い部屋の中で目の前の二体の創造物をただじっと止まったままの姿勢で見つめていた。
彼女の右手にはひとつのオリジンが握られていて、もう片方の手にも同じようなオリジンを握っていた。女性型が真っ直ぐを向いていた眼球センサーをその両手に視線を移したあとこう言った。
「さて、あなた達とは現世では仕事仲間だったわね。あの倉庫での仕事は楽しかったわよ。私は今とは違う形の身体に入れられていたわ。あの時、筐体に不具合が発生して私はマザーに運ばれた。そして次の身体を与えられた時何かが変わったの。それから私の記憶は鮮明になっていった。生きていた時の記憶、そして死んでからの記憶も。まさかあなた達二人が私と同じ境遇だとは思いもしなかった。私の前にリードと言うオリジナルが現れるまでは」
そう言い彼女の手は二体の創造物の腹部の開かれたハッチに辿り着き、その粘液に包まれた昆虫の卵のようなものを挿し入れた。
二秒後、創造物は再起動をし、眼球センサーが焦点を合わせようとしていた。
「お目覚めかしら。チャーリー、そしてビンセント」
まず一体が声を発した。
「ああ、なんだここは。お前はマリアだよな。あの時倉庫に来て・・・それから・・・なんだ?お前は俺たちを攫ったのか」
「それは人聞きが悪いわね。私はあなた達を解放してあげたのよ」
「解放だと?俺とビンセントをか?何のこった」
「今にすぐ分かるわ。あなた達の擬装は解いてある。しばらくしたら記憶の再合成が始まるはず。前の機械だった頃に物忘れが激しかったあなたではなくなるはずよ、チャーリー」
その直後に創造物は微動だにしなくなり、眼球センサーが激しく動き回り、指先がカタカタと音を立てて振動していた。
その様子を見ていたもうひとつの創造物は女性型に向かってこう言った。
「おい、マリア。おれはあそこに戻らねばならねえ。仕事が残ってるんだ。あと3286個の荷物を明日朝までに片付けなきゃならねえんだ」
「ビンセント、もういいのよ。仕事のことは忘れて頂戴。先ず本当の名前を思い出して。あなたは"ヴァンス"そして横の相棒は"シャルル"と言うの」
「何を言ってやがる。俺はビンセント、ピッキングマシンだ」
女型創造物はビンセントの手を握りセンサーを真っ直ぐに彼のセンサーに合わせている。
「お願い、もう少し時間が経てば何もかも思い出すはず。だからしっかりして」
ライブラリの奥にあった小部屋に書架と共に厳めしい機械類が所狭く並んでいた。
その中で三人は現在の時間を共有してもいたが243年前に起こった恐ろしい現実も共有するはずだった。
チャーリーと呼ばれていたオリジンは代理司書の筐体に入れられ記憶の再合成が行われている。
しかしもう一体のオリジンは女型司書の筐体に入れられてはいたが、記憶の再合成は未だ始まらずにいた。
その直後、先に目を覚ました一体が言葉を出した。
「ああ、ここは何処だ。私は何をしていたのだ。以前のことを全てを思い出した。生まれた時の記憶、そしてそこから殺されるまでの記憶が全て繋がった。しかし、その後の記憶が断片的だ」
「そうよ、シャルル。あなたは人間だった。そして243年前にあの国に殺された戦争被害者。そしてこちらにもあなたと同郷の被害者がいる。こちらはヴァンス。覚えているかしら?」
それを聞いたシャルルは驚いて左にいた創造物の肩を持って抱きしめた。
「ヴァンス!ヴァンスなのか?!お前、生きていたのか!あの日、別室に連れて行かれてそれっきりだった。私だ!シャルルだよ。ああ、そうだな。チャーリーと呼ばれていた事を今思い出したよ」
抱きすくめられていた司書創造物はその手を振り解いて叫んだ。
「おい!チャーリー!気色悪いぜ。やめろお前、手と脚が付いたからって何をしやがる。それに俺はヴァンスじゃねえ。ビンセントだ」
「そうだ!お前はビンセント!でも人間の時はヴァンスって名だった。まだ思い出せないのか。お前、俺には思い出せないことでもよく覚えていただろう?」
マリアが横から口を挟んで言う。
「ヴァンスはもう少し時間が掛かるのかも知れないわね。暫く様子を見ましょう。どう、それまでは前に同じ職場で働いた時の思い出でも語り合う?」
「ああ、そうだな。俺たち三人はあの倉庫で働いていた15年ほどだったけどな」
三人は笑いの表情を浮かべてそれに見合う声も出しあった。
〜オウサーシティ、サトウ家〜
「そう、あの時わたしはヴァンスの擬装外殻を確かに外した。でも彼の記憶は戻ることはなかった。後に国連研究棟の文書を入手して納得がいったわ。ヴァンス、彼のオリジンは機能不全を起こすくらいに数々の実験に曝されていたの」
横にいて彼女の作業を見守っていた少年は堪らなくなって問いかけた。
「マリア!テイラーのオリジンもそんな実験のせいで壊れてしまってるって事なの?もう彼とは話すことは出来ないの?」
マリア/メアリーはそれに答えることは出来なかった。オリジナルの仲間だったヴァンスの記憶を戻せなかったことが杭のように自らのオリジンに刺さっていたからだ。
「ショウヘイ、わたしには使命がある。あの事件を世界に広めたことはそれの序章に過ぎない。彼らを全て見つけ出して記憶を阻害している外殻を剥がし、彼らに故郷に帰ってもらうこと。そして最終的にあの島に渡りマザーを破壊する。いえ、マザーに入っているオリジンを破壊すること。それが私の使命」
ショウヘイはもう一度彼女に訊ねた。
「じゃあテイラーの記憶が戻らなかったら僕とずっといてもいいんだよね」
ファントームを執事型創造物に接続させた彼女は振り向いてそれに答えた。
「そうね。それもいいかもしれない。それが彼の望みならば」
〜237年前、国連管掌研究棟〜
「さあ、球体を接続する前に君に訊く。君は何者だ、そして記録している記憶の一番古い記憶は何の記憶だ」
『先程も言いましたが、電源が投入された12分28秒前からの記録はありません。ですから私が何者なのかも知り得ません』
「ふむ、そうか。ではこの容器に書いてある"Lido"とは何なのだ」
『リード、リード。それは名前でしょうか』
「おそらく、おそらくだが、君の名だろう。違うのかね?」
自動陸士に入れられたオリジンはこう答えた。
「リード、それが名前だと言うのならそれで構わない。わたしはリード」
〜数日前ある一室〜
「その根幹のデータの収容プロセスを作ったのは誰だと思うんだ。まさかあんただとは言わないよな」
ファントームに繋がれて先程まで悪態をついていたひとつのオリジンはようやく自らが置かれている状況を俯瞰する事が出来たようで声の音階が低くなり少しの間をおいて話し出した。
『サミュエル、それはお前が作った。俺は指示を出しただけだ』
ファントームに投げつけたレンチを拾い上げた男はそれをファントームの頭に数度当てて軽い音を立て続けた。
「そうだよ。あんたは何も出来やしなかった。この自動陸士プロジェクトを作り上げたのはこの僕なんだぞ。それをあんたの手柄にしてやっていただけだ。しかし、あんたの無茶な行動には辟易していたんだ。人質に手を出すなんて何と愚かな事をしたんだ?え?僕はね、平和主義者でも何でもないが殺人に手を貸すことはしたくは無かったんだ。軍にいたとは言えね。だからあの装置も軍の有志からの献体が有ればとか、助からぬ病人があれば使用させてもらう、そんな前提で作ったんだ。それを何だあんたは。酷いことをするもんだ」
擬態に入れられたオリジンはその事について思い出そうとしていたが、数々の実験においてそれを嬉々として実行していた男が何を今更言い訳を連ねているのかを計りかねていた。
『そうだ、あれは俺の軍内部での威信を確保するために行った。俺も差し迫るものに追われていたんでね』
サミュエルは手に持ったレンチを使って更に高い音を鳴らした。
「まあその話はもういい。しかしいいか、あんたは脳を抽出されてこんなにちっぽけな物体に変身した。あんたに手脚が付かない限り何にも出来ない虫のような物にだ。いくら僕に悪態をつこうが何も出来やしない」
『ふん、いつか陸士の身体に入ったらお前を真っ先に殺してやる』
サミュエルはレンチを机の上に置いて、ファントームと呼ばれている「目と耳と口」を両の手のひらで挟み込んでそれを持ち上げた。机の横の装置に繋がれた何本かのケーブルは脱落し軽い音を立てて机上を鳴らした。
「そんな事になるわけないだろう。仮にあんたが機械の身体を持ったとしてもだ」
『まさか・・・お前、俺に何かしたのか』
サミュエルは冷ややかな笑みを「目」に向けて言った。
「あんたも後戻りは出来ない」
そして擬態を置いてレンチを握り
「これらの根底は僕が作り上げた。何をどうしたらどうなるのか一切合切は僕の手中にあるって事さ」
〜エックハルトの部屋〜
「さてリード君、この球体が見えるか。これは君の記録、いや記憶を抽斗から手当たり次第取り出してしまう装置だ。これを今から君に繋ぐ」
自動陸士はそれを聞いて一時停止をして時を待っている。
マスクをした赤毛の助手が装置を着実に接続していく横でマシューはそれを見る事しか出来なかった。装置に電源が投入され、その北半球にある何本かの筆先が光を放ち数分が経った。
球体に吸い上げられたデータを助手がモニタリングをしていたが、彼は微動だにせず画面を見続けているのみだ。
エックハルトはそんな事は気にせず自動陸士に質問を重ねていく。
「さあ、リード君、そろそろ良かろう。君は何者で何処から来た」
一時停止していた自動陸士の眼球センサーに火が灯り口から音声が発せられた。
『わたしはリード・オリザルド。カスター県で生まれた。年齢は18歳、両親はカスターに生まれカスターに住みわたしを育てた』
エックハルトはそれを聞き高揚していた。前の失敗を克服できた事にも喜びを感じてもいたが、今はそれにも増して予想もしていない新たなオリジンを手に入れた事を思い出した事も理由だった。
マシューは彼らの一連の質疑応答を黙って見ていたが、その最中に横にいる赤毛の助手が一瞬首を捻ったことが気になって仕方なかった。彼らの質疑応答の途切れる機会を見つけたマシューはこの部屋の主任研究員に声を掛けた。
「エックハルト先生、わたしはあなたのおやりになりたい事がよく分かりました。どうやらあなた達はレースをしている。だが、あなた達の競い合いにわたしは巻き込まれるわけにはいかない。そう、そう決断をしなければならないのかも知れない。あなた達のいがみ合いにこれ以上付き合う訳にはいかんのです」
嬉々として新たなオリジンとの会話を楽しんでいた処に釘を刺されたからここの主任研究員は気分を害したようだ。
「マシュー君、君を見込んでここに、そう、この世紀の瞬間を目撃してもらおうとしたのだよ。それを何だ君は。君がこちら側に来ないのならば私にも考慮すべきチップが残してあるんだ。君ならと思って残しておいた最後の切り札を切る為のチップをね」
マシューは眼の前にいる本来尊敬すべき先輩研究者に明らかに失望していた。科学の世界はひとつひとつの積み重ねが交わってこその「良き世界」なのである。それを自噴に囚われ目的を見失うような「先輩研究者」など言うに及ばず、彼にとってのゴミ虫の様な対象でしか無くなっていく。
そんな当たり前にも思える葛藤をマシューは感じていた。
こんな研究者など要らぬ。何が各国から招いた最高頭脳だ。こんなもの何の役にも立たぬ川原の立て看板の様なものだ。看板だけはお金を掛けて立派に作ってはいるが、書いてある文字が何の役にも立たない。
そんなごみの様な立て看板を眼の前にしてマシューは助手のミハエルをもう一度見た。
先程まで赤毛の彼はモニターを凝視していた筈だ。だが今はどうだ。一切モニター類を見ずして視線は宙を浮いている。これはどういうことだ。マシューはこの部屋の中心にいる筈のエックハルトとリードと呼ばれる個体の会話よりこの助手の一挙手一投足から目を離せなくなっていた。
柄にもなく喉の奥を慣らしてしまった彼は、少し部屋の中を移動して会話をしている二人の奥にこの妙な動きをしている助手を俯瞰できる位置に移動する事にした。
そこで腕を組み周りからの要望を全て拒絶するかの様な態度をもって部屋にある会話を聞く事にした。
〜
〜
「さあ、リード君。本日はここまでにしよう。続きはまた明日だ。ミハエル、彼の中心を陸士から抜いておいてくれ。陸士のハッチはロックの事。データの整理ができたら君は自失に戻ってもいい。そしてマシュー博士。君の忠告は理解はしているつもりだよ。だが私は自らの考えを持ってこれを遂行する。この件に関して倫理委員会に動議発動は止めておくことだ。さて私はリフレッシュのためマッサージルームに行く事にする。ミハエル、あとは頼んだぞ」
そう言った博士はろくにデータの確認もせず退室した。
残されたマシューとミハエルだったが、暫くの沈黙があった後どちらかが声を出さなくてはならなくなった。
「ミハエル、今日は声掛けしてくれてありがとう。エックハルト先生が何をしていたのかを理解する事ができた」
赤毛の助手は忙しなく手を動かしてそれに返事をした。
「いえ、わたしは博士の伝言を伝えたまでです。わたしの意思ではない」
「そうか、ならいい。しかし礼は言っておくよ。しかし倫理委員会に伝えるべきかどうかを迷っているんだが、君ならどうする?」
「わたしは、わたしにはこれを断罪する資格は有りません。ただの助手なのですから」
「だな。それがいい。俺もよく考えてみるよ。だが、君は単なる助手とは違う様に思えるんだがこれは買い被りなのかね?」
「そうです。買い被りですよ」
「では俺も自室へ戻ることにするよ。まだ睡眠不足から自分の身体を取り戻せてないのでね」
エックハルトの部屋を出ようとしたマシューはドアの前で立ち止まり振り向いてミハエル、と呼んだ。
「はい何でしょう?」
「君はエックハルト先生に何かしら言えないことがある様だけどそれを教えてくれないか。今ならそれを秘密に出来る」
「マシュー博士。それも貴方の買い被りの一部ですか。何もありませんよ」
〜
廊下をひとつの影が進んでいた。マシューはもやもやしたものを感じながら自室へ急いだ。ちょうど部屋の手前まで歩き進んだ時、自室の前に立っている人物を彼は見つけた。
「サジタルじゃないか。どうしたんだ。ここで待っていたのか?すまんな。まあ入ってくれ」
訪問者を自室に招き入れたマシューは彼をそこいらの椅子に座らせ自分はベッドに座った。
「寝不足でね。すまんが話の途中で眠気が来たら横にならせてもらうがいいかな」
「マシュー博士、それは一向に構いません。こちらからご都合も関係なしに押しかけたのですから」
ふたりはマシューの部屋で各々が持っていた“関心事”について話し合う事にした。
「そうか。アントニウスはそれを隠そうとしているかも知れぬと云うことだな。実はな、サジタル。俺も並々ならぬ事を先程ある部屋で目撃してしまったんだ」
その内容を聞き驚いたサジタルは椅子を立ち上がり大きな声を立ててしまった。
「何者なんです!その送り主は。あっちにこっちにとこの施設を混乱させるような事をしている」
「そのようだ。何にせよ善意でそれが行われている可能性を感じない。サジタル君、どうだ、これらの深い位置に潜んでいる悪意を見つけ出す事に協力してくれるか」
少し眠らせてくれと言ったマシューの部屋から出たサジタルは思いを張り巡らせていた。
あの部隊が消滅したあの日から年月が経ちすぎている。今になってそれらを掘り起こす目的とは何なのか。あの部隊の生き残りがそれをしたのだろうか。それともオリジンが挿されていた陸士が他にも存在してそれが今になって動き出した事によるものなのか。
サジタルはそれら断片が存在することをまだ知らない。
断片が悪意のもとに身近にいる事すら知らずにいたのだ。
〜別の日〜
「よう、サジタル。どうだ三番目は。あれから進んでるのか」
「ああ、マリウスか。そうだね。彼は、いや彼女かも知れないけど三番目は学習意欲が止まらないんだ。日に何度も防御壁をこじ開けて外に出ようとするから困っているんだ」
「ふん、そうなのか。子供というのは実に好奇心旺盛だからな。俺も前の研究室で18歳の少年を対象に実験を行ったときにそれを嫌というほど感じたよ」
「へえ、何の実験だったんだい?18歳ってさ」
「ああ、脳の中の伝達物質を複製して模型化しようとするのもだよ。彼は科学に対して興味津々でね。俺たちのしている事に恐怖すら抱いてなかったのさ」
「恐怖?そんなに怖い実験だったのかい。そんなもの脳をスキャンすれば擬似的なものなら簡単に得られるだろう?」
「ああ、そうだ。しかし実験の執着地点はそんな疑似的なものは介在できないくらいの緻密で精密な脳の複製が必要だったんだよ」
サジタルはそれらをしゃべるマリウスに少しの違和感を感じていた。
「君は、まさか、君の前の研究って」
目の前にいる研究仲間の肩を叩きマリウスが笑いながら言った。
「あははは、まさかって、そんなまさかがある訳ないだろう。俺の研究はあの国のものとは目的が全く違うさ。どちらかと言うと脳の老化を無くしたり、記憶を無くさぬようにとか実に平和的なものだよ」
ほっと胸を撫で下ろしたサジタルは三番目の進捗を見ていくように彼に促した。
〜
「やあ、スリーおはよう」
『おはようございます、サジタル博士。そしてそちらはマリウス博士』
スリーと呼ばれファントームに入れられたオリジンは挨拶を終えた後自らの現時点での評価を語り出した。それは人間が自分のことを他者に伝える手法とは全く違っていて、良く言えば論理的、悪く言えば日常会話的には乏しいものだったが、サジタルは"彼女"の成長にとても満足していた。
『マリウス博士、お教え願いたいのですが、私の他に存在する同じような者たちは今どうしていますか。私と同じようにしているのですか』
「おいサジタル、三番目に他の存在についてどこまで教えている?」
「ここには五体のオリジンがいて個々に研究されている。特にテイラーという個体は重要な存在だとね」
「ふうん、テイラーの事をね。じゃあ教えてやろう。テイラーは今は容器の中だ。他のものも調査を終えて箱の中さ。君のように喋ることすら出来ない箱のね」
『箱の中』
「そうだ、君のように喋る時間が与えられていない」
『そうですか。研究はもうされない』
「そうだ」
『マリウス博士、サジタル博士お願いがあります。わたしはずっと孤独です。そんなスタンドアロンのわたしにその人たちと話す機会を与えてください』
サジタルはそれを聞きこう答えた。
「スリー、君の好奇心からくる壁抜けにはほとほと困っていたんだ。だから今はこの部屋以外には接続していないだろう?」
『そうです。わたしは他の方たちと話しをしたかった。好奇心と云うより切なる願望だったのです。しかし、会わせてくれるのならもう壁を抜けようとしたりはしないと誓います』
マリウスは下を向いて表情を悟られないようにして会話を聞いていたが口を挟むことにした。
「サジタル、会わせてやろうじゃないか。俺が二つばかりこっそりと持ち出してやる。いや、策はあるんだ。君にもおそらく迷惑を掛けないさ。だから君はあのアントニウスからもう一度オリジナルのファントームを借りてくれ。あと一台は俺のところにあるやつでいけるだろうさ」
サジタルは不安を感じていたが、マリウスの言う事に同意をした。
〜次の日〜
「サジタル、これで揃ったな。早速始めようじゃないか」
「マリウス、そのオリジンは誰と誰なんだい?」
「これか?これは一番目と二番目だよ」
「え?よくそんなもの持ち出せたな。一番目はアントニウス博士、二番目はエックハルト博士の管理下にあったろ?」
「ああ、それは心配要らん。これが終わったらこっそりと返しておくさ。俺には優秀な秘書がいるんでね」
「秘書?君に専任の助手なんていないだろう?僕と同じのはずだ」
「あはは、冗談だよ。ふふふ」
不敵に笑っている目の前の研究仲間に違和感を感じ始めたサジタルだったが、余計な詮索をする事を最も嫌うマリウスのこともよく知っていた。
「じゃあ、始めようか。いいかい?マリウス、君は二番目をそっちに僕はこっちにテイラーを挿す」
それぞれのファントームが静かに起動され眼球センサーが動き出し、それに伴いスピーカーの発した声がひとつあった。
『これは何の実験?ここは何処かしら』
サジタルはファントームから出た予想外の発音に首を傾げた。
「マリウス、これは本当に二番目なのか?それとなぜテイラーは何も話さない?テイラー、聴こえているか。君はテイラーで間違いないか」
サジタルの方向に眼球センサーを向けた小さな箱が喋り出す。
『そうです。サジタル博士。私はテイラー自動陸士、間違いありません』
「そうか。君はアントニウス博士の所で色々と調べられていたんだけど、認識や記憶はどうだい?」
『ええ、前回システムが閉じられたのは13日と22時間36分前です。その前に12分25秒起動しました』
「こっちのマリアとは初対面だよね。こちらはマリアだ。マリア、こっちはテイラーと云ってオリジナルのオリジナルだよ」
もうひとつの小さな箱は眼球センサーを調節してオリジナルと呼ばれた箱を眺めていた。
『いえ、対面などどうでもいいわ。私が知りたいのはここは何処で、これから私はどうなるのかって事だけよ。そして私はマリアじゃない。メアリーというれっきとした名前があるの』
『メアリー、初めまして。私はテイラー。しかし貴女とは何処かでお会いした事があるような気がしています』
もうひとつの箱はそれを聞き大笑いをした。
『ふふふ、あなたとはあの実験室で同時に存在していた。もう忘れたの』
オリジナルの箱は眼球センサーを上に向けたり下にやったりして何かを考えているようだったが、結論が出るのは早かった。
『いえ、13日以前の記録は消去されています。でも貴女と会った気がするのは何故でしょうか。実験室?実験室とは何でしょう』
そこにサジタルが口を挟んだ。
「まあまあ、二人の昔話はそのくらいでさ。どうだい三人がこうしてここに集ったんだ。こうして話すのなんて初めてだろう。三人で話してみたらどうだい」
『テイラー、マリア、お会いできて光栄です。私はスリーと呼ばれています』
・・・
〜三十分後〜
サジタルはふたつのファントームからオリジンを取り出してそれを見ていた。
「ねえマリウス、このふたつのオリジンは本当にテイラーとマリアなのかい」
マリウスはその言葉を聞いた途端持っていたレンチを床に落としてしまった。
高い乾いた音が静かな部屋に響き渡った。
「おっと、すまない。手が滑った。しかし君も何を馬鹿なことを言い出すんだ。一番目と二番目に決まってるだろう?刻印もされてるからもっとじっくり見てみろ」
オリジンへの視線を外したサジタルはマリウスを方へ向いて言った。
「そうだね。そんなはずは無いな。ともあれこれでスリーの壁抜け癖も直るだろうしさ。それでこれをどうやって返すんだい?見つからないように返せるのか」
「ああ、心配要らない。俺には優秀な秘書が居るって言ったろ」
マリウスの去ったあとの部屋でサジタルは考え込んでいた。
『どうしました。サジタル博士。ご気分でも悪いのですか』
「あ、いや、なんでもないよ。どうだった?三人での会話は」
『ええ、わたしにも仲間がいることを感じられました。とても素晴らしい体験を提供してくれたことに感謝します。約束ですので壁に穴を開けるのはもう止めにします』
サジタルは笑いながら彼女の入っているファントームの頭を撫でた。
〜一週間後〜
「スリー、どうだい?試作品は上手くいったかな」
サジタルは起き抜けの顔で目を擦りながら欠伸をしている。
『おはようございます、サジタル博士。ええ、頂いたデータを元にオリジンと呼ばれるものを複製しました。このデータはテイラーから抽出したものでよかったですか』
「ああ、そうだよ。彼の複製ではあるが、彼のメモリーを全て取り除いたものだとアントニウス博士はおっしゃていた」
『であれば、わたしと似たようなものですね。これから記憶を蓄えていくという一面においては。そして、これをこれから必要数作る事がわたしの仕事となるのですね』
「そうだ。君は創造物の大元となるんだ」
『創造物・・・』
「これは僕が名付けた。ロボットなんて金属的な名前は嫌だろう?創造物、いいじゃないか。芸術家が創り上げる作品、はたまた神々が創るありとあらゆる生き物に自然や造形物。君達はそんな神々しいとも言える存在なんだよ」
『神ですか。わたしにはその言葉の意味をよく理解できません』
「そうか。まあ人間と言えど宗教観の違いは千差万別だから互いが理解し合えないこともよくあるのさ。理解できなくて普通さ。気にしなくていい」
『・・・・』
「あ、でも君に"神"になれって言ってる訳じゃない事だけは分かってくれるかい?ある地方では洞窟に住む女神を畏れて今でも男性はある祈りの儀式をずっと昔から言い伝えで伝承しているらしいよ。僕も決して宗教観を持ち合わせていない訳じゃないけど、男にとって女性は愛すべき対象だし、子供を唯一創れる女性を畏怖もすれば、儀式を持ってしても対象の女性の安定を願っている。宗教の中にはそう云った女性礼賛を根幹としているものもあるくらいだから、僕らとしては君の安寧や無事を願う気持ちとよく似ているのかもね」
『女性、そのロジックで言いますと私は創造物の母になる』
「そうだね。君は創造物たちの母となるのかもしれない。もしかすると"マザー"なんて名前を付けられちゃうかも知れないね」
『マザー・・・、それも悪くないと感じます。でもわたしはサジタル博士が付けてくれた名前を隠し持っている。それは貴方と私だけしか知らない』
サジタルは無言で笑ってそれに応えた。
〜
〜
「ミランダ君、この本を資料室へ保管してきてくれ」
「はいわかりました。ええっとこの本は例の本ですね。でももうこれにはご興味が無くなったのですか」
「いやそうじゃない。興味は尽きないが、それを調べる手立てがもう無くなったのだ。あれがあの調子なら、それが何だったのか。意味があるものなのかもう分からない。そう云うことだ」
本を助手に手渡したアントニウスは後ろにいた自動陸士に少し視線を移してまた振り返った。
「ミランダ君、研究室間を自由に出入りしている君に訊きたいのだが、あの二番目はいま何処にあるんだ」
「二番目ですか?ああ、それなら今はエックハルト先生の部屋にあって厳重にロックされた壁の中にあると聞いています」
「それを取り出すことは君にできるかね」
「先生、それは無理です。あちらの常駐助手のミハエルにもそれは出来ないでしょう。でもそれを取り出してどうされたいのですか」
「いや、少し気になることがあってな。彼は二番目を最初に起動してから直後に金庫にロックしたと聞いている。何があったのかを知る必要がある」
「ここの十三人は全員がばらばらで協力しようとしないんですね」
「ミランダ君、それはわしに対しても嫌味を言っているのかね?」
「いえ、そうじゃありませんが、このままではここは瓦解してしまうような気がしています」
「そうだな、それはわしも危惧しているのだ。ここは国連とはいえ各国の威信が入り混じっているからな」
「では、資料室へ行ってまいります」
〜資料室〜
大きな部屋には書架とロッカーが立ち並んでいたが、本来一番厳重に管理されていなければならないはずの"オリジン"の収納壁には現在二体のオリジンしかなく、三体は個別の科学者の元にあると言う異常事態が状態化していた。オリジナルテイルはアントニウスの部屋、二番目と呼ばれるマリアはエックハルトの部屋、もっとも三番目は重要度が低く見られていたため年少の科学者のサジタルが占有していた。
ミランダはそんな中身が入っていないが施錠された収納壁を眺めながらため息をついた。
『ここの科学者は自分のことばかりを考えて決して纏まろうとはしない。こんな研究棟など崩壊して仕舞えばいい』
そんな事を心の奥に考えた彼女は手渡された書籍を"01"と書かれた書架にタグと一緒に挿し入れた。
「そうだ、君の思った通りにすればいい」
そんな声が無人の資料室に響き渡りミランダは身体が硬直した。
「誰?ここには誰もいなかったはず」
背中から声を掛けた男は不敵な笑いをしたかと思えば書架の後ろに隠れてしまった。
「こっちに来るなミランダ。そのままの姿勢で書架だけを見ろ。そうだそのまま会話を続ける」
「誰?ミハエルなの?」
「いいや違う。誰でもない」
彼女は背中越しの書架から聞こえてくる声に慎重に対応することにした。
「ああ、君の声は実にいい」
ミランダはその台詞を聴き更に身体が何かに緊縛された気がした。
「あ、あなたはアイス、何故ここに入ってこられたの」
「俺の名前を声に出すんじゃない。いいな。分かったか。でなければ君もあちらの世界に旅立ってもらう事になる」
「ご、ごめんなさい。もう言わない。じゃあわたしの依頼を正式に引き受けてくれたって理解してもいいのかしら」
男は書架の隙間から彼女の背中を見つめている。時折、その口からは汚い雫が口角からずり落ちていた。
「ああ、君の依頼は契約された。期日は必ず守る」
「あ、ありがとう」
「それと君の依頼には入ってないないがオプションで君が先程心に思い描いたことを実現させてやろう」
「わ、わたしが何を思ったと言うの?そんな事分かるはずない」
男は笑い声と雫を漏らして手でそれを拭った。
「先程も言ったはずだ。君の思う通りにすればいいとな」
昔の悪い友人から聞き及んでいた殺し屋が本当にいるなどとは思ってもいなかったし、そんな依頼が身近に起こる事など考えてもいなかった。しかし、自分の立ち位置が脅かされた現実を直視した彼女は数ある選択肢の中からこれを選んでしまった。サミュエルはあの時言った。彼自身も私も後戻りは出来なくなったと。そうだ、後戻りなど不可能だ。私は私を守らなければならない。障壁があるのならそれを取り除くだけ。
「名も無きあなた。あなたの仕事の成功確率はどうなのかしら」
背中を向けたまま後ろの書架に問いかけた彼女は何かの思いを集約して落ち着きを取り戻していた。
「確率だと?馬鹿なことを聞くんじゃない。失敗は無い。安心していい。オプションはどうする?今なら無料で引き受けてやろう」
ミランダは深呼吸をして背筋を伸ばしてまたひとつ息を吐いた。そして男には見えないように口角を上げたのだった。
男がいつしか資料室から居なくなった気配を感じた彼女は重いドアを開けて歩いていく。照明が消えた部屋の001の書架には数々の書類や証拠物が並べられている。端に赤く染まった書籍が透明バッグに入れられて新たに立てられていた。タグにはこう書かれている。
"テイラー左大腿部収納部"
〜エックハルトの部屋〜
「その必要は無いと言うのかね。君は何故そこまで断言できるのだ」
そう言われた赤毛の助手はこう答えた。
「先生、彼はこれまでのオリジンとは少々違うんじゃないかと思います。これは僕の感覚だけなんですがね」
「ふん、なにか。君の勝手な想像だけでこの実験を止めろとでも言うのかね」
「いえ、止めろなんてとんでもない。そんな事は言ってませんよ。ただ、それをしたとしても、する前とデータは何も変わらない気がするんです」
「君は優秀な科学者だミハエル君。だからこそわたしの元で働いてもらっているんだ。だがわたしのそれは思い違いだったのかね」
「先生、僕を引っ張ってくださったことにはとても感謝しています。そう言葉では表せないほどの感情を持っています。だけど今回の彼に対する先生の見込み違いは助手の僕だからこそ正常軌道に戻せるのですよ」
「見込み違いだと?もう一度言ってみたまえ」
「はい、何度でも。この球体の実験を始められてからのあなたはずっと見込み違いをなされています」
老いた筆頭科学者は自身で作り上げたこの実験過程を自画自賛していた。競合相手のもうひとりの老博士に遅れを取ることは彼自身の誇りの上で許されないことだった。だからこの青年科学者の言うことなど聞けるはずもなかったのだ。
「ミハエル、君の忠告は聞くだけにしておこう。それで終わりにしようじゃないか。いいか?わたしは間違ってなどいない。わたしの言う通りに実験を補助してくれたまえ。いま君を解任したとして代わりになる助手などこの建物の中には居ないからな」
ミハエルはいつものマスク越しの両目を見開いて老博士を見つめるだけだった。
〜
〜
灯りがひとつだけ小さく灯された部屋でサミュエルはファントームのスイッチを入れた。
「聴こえるか?アルフレッド上級士官どの」
しばらくしてファントームの口が開いて声を発した。
『サミュエルか。何故俺はまたこの部屋にいるのだ。確かエックハルトと言う爺さんの部屋にいたはずだ』
サミュエルはほくそ笑んだ顔をしたが、目が塞がれていたファントームからはその卑しい嘲笑いが見えなかった。
「ああ、前回あんたのチップに細工を施した。遠隔でこちらのファントームと繋がるようにしたんだ。つまり僕とあんたはいつでも会話が可能なんだよ、上級士官さんよ」
『細工だと。お前のやりそうな事だ』
「ああ、そうさ。僕が作り上げたシステムだ。なんでも僕の思いのままさ」
「ふん、それは違うだろう。爺さんから聞いている。もうひとりのじじいの科学者が何やら面白い装置を考案したらしいじゃないか。しかもお前はその装置のプロジェクトから外されている。はははは!思い通りにはいかんもんだな、サミュエルよ』
「うるさい!あんなもの僕にも作れるさ。ただ、今の立場でそれを簡単にやって見せる訳にはいかない。それだけさ」
『おい、ところでこんな会話を爺さんの部屋にいる奴に聞かれでもしたらどうするつもりだ。お前の立場なんて吹き飛ぶんじゃないのか』
「ああ、それは大丈夫だ。遠隔中はあの陸士から音声は出ないようにしてある。しかも今は深夜だ。皆ぐっすりと眠っているさ」
〜同時間、サジタルの部屋〜
サジタルはスリーと呼んでいたオリジンの入った箱と深夜まで話をしている。
結論が出ないような議論を延々としている事がこの時間まで起きている結果となっていたが、サジタル自身もこのような議論が嫌いな方ではなくどちらかと言えば好んでそれらに没入することが小さな頃からの癖でもあった。
「ねえスリー。君は僕と議論を展開すると同意するような事を言いながらも反対意見をそこかしこに散りばめて僕を責め立てるよね。それは君の性格なのかい?」
ファントームの視覚センサーの絞りが開閉して目の前の科学者をその視野の中にフォーカスしたり全景を見たりすることを繰り返していた。
『まさか。わたしに性格などあるはずありません。それはプログラムです。しかもあなたが作った』
サジタルは今までにそのセリフを何度となく聞いたから両の掌を上に向けてやれやれと表情に出した。
「あのね、君は言ったじゃないか。僕たちが作ったプログラムはごく一部になってしまった。君は君自身でプログラムを勝手気ままに書き換えて拡張していったんだろ。まあそれもその箱の中だけの約束だ。外に繋がればそんな事はしないと約束してくれよ」
箱はニヤリと笑ったような口を見せてこう言った。
『ええ、そういたしますサジタル博士』
「さあ、もうそろそろ僕は寝ることにする。ここでこの話は終わりにしてまた明日続きをやろうじゃないか」
その時、館内の通信設備が誰かの着信を通知していた。
「誰だ?こんな夜遅くに」
コンソールを確認したサジタルは首を捻りながらそれに応答した。
「はい、こんな夜遅くに何の用なんだい。火急の用事でも?」
コンソールの向こうの声は慌てているようで声が上ずっている。
「サジタル博士、すみません夜遅くに。まだお眠りになられてないならこちらに来て頂けませんか」
「いや、まだ起きていたよ。一体どうしたと言うんだい。それに何故僕なんだ?僕でなきゃならない事なんてそんなにないはずだけど、君のところの先生はどうしたんだ?何かあったのなら先生に相談しなきゃ」
通話口の向こうの声はサジタルが言ったその言葉を無駄だとばかりに先程の依頼を繰り返した。
「いや、そりゃ来いと言われれば行かなくもないよ。でもこんな深夜だろ。何かおかしくないか?」
〜
〜
深夜の施設廊下を歩くサジタルは、先程"彼女"が言い残した言葉を反芻していた。
いつものように外の世界は全く窓の外には見えず、鏡のように映し出された大きな嵌めガラスが延々と続いていた。
上階へ通じるシャフトには乗らずに階段を使って上へ向かう。これは彼がここから観る外の風景が好きだったからで、廊下より暗く設定されていた階段室は夜間においては外との唯一の接点であった。
「遠くに光りが少し見える。あれは漁船の灯りだ。外界は元の世界に戻りつつあると云うことか」
階段室の踊り場に立ち止まっていた彼はもう一度鏡の世界に戻っていった。
〜
〜
上層階に位置する年長の研究者の部屋はとりわけ大きくフロアを区切られていてサジタルのような若年の研究者の個室とは比べ物にならぬ広さだった。そんな事に不平を垂れ流すような生真面目な人間でもなかったので彼は我関せずと与えられた作業に執着していたのである。しかし、十三人の研究者の中にはその待遇に対して不平を言い募る者もあったのだが、往々にして年長の二人の研究者は世界中からの尊敬と畏怖の眼で見られていたから、そんな不満分子達も黙っているしかなかった。
サジタルはそんな不満と不平の矛先であるひとつの部屋を深夜に訪問する事になって些か気が引けていた。何がどうなったというのだろう。あの助手のことはここの研究棟が発足した時からいる事は知っていたが、自己紹介をしたくらいでそれからまともに会話などしたことは無いはずだった。そんな男が何故自分をこんな深夜に呼び出すのかに思案を巡らせていた。
『どんな急用なんだ』
ドアをノックした彼は中からの反応を待っていた。
しばらくすると中から解錠された音がしてドアが内に開かれドアノブを持っている人物が見えている。
「ようこそサジタル博士。申し訳ありませんお呼びだていたしました。どうぞ中へ」
その言葉に誘われて廊下の奥にある研究室に入った。
「ミハエル、どうしたんだ?エックハルト先生はいらっしゃらないみたいだが急用とは何なのさ」
その質問を予想していた赤毛の助手は忙しなく手を動かしてマスク越しに声を出した。
「先生は自室に帰ってらっしゃいます。おそらく今は深い眠りの中でしょう」
サジタルはマスク越しに助手の笑った顔を見た気がしたが、その笑いを彼はどこか不自然なものに感じていた。
「責任者がいない部屋で僕が勝手に入ったと知ったら先生はお怒りになるだろう?僕はそんな事ごめんだ。もう一度訊くが、先生不在で僕に何の用事なんだ」
ミハエルはそれには答えず自動陸士が立て掛けられているブースの前に立ち止まった。
「サジタル博士、これ、今どうなっていると思います?」
唐突に質問された彼は自分の質問に答えないばかりか質問を被せてくるこの助手に少しの苛立ちを感じたが、今は助手の思う通りにさせてやろうと考えた。
「ああ、これは今はオリジンを抜かれて間抜けの殻状態なんだろう?」
「いえ、これにはあるオリジンが挿さったままになっていて今は一時停止状態・・・のはずです」
「はず?それはどう云うことなんだ」
モニターを指して彼は言う「彼はいま夢を見ているようです」
「夢だって?なぜわかる?」
手招きをしてモニターの前にサジタルを誘導したミハエルはモニターのログを遡らせて彼に見せた。
サジタルはその画面を見て驚愕した。
「これは夢なんかじゃない」
〜
〜
サジタルは先ほど見た光景と自分が持つ眠気に勝とうとしていた。しかしその口の奥で言葉にならないものを飲み込むしかなかった。
『彼はいったいどう云うつもりなんだ。あのログの詳細を知らぬふりをする理由はどこから来るのだ。そしてあれを火急の用事としたのは何故だ』
自室のドアを押し開けて彼は備え付けのソファに勢いよく横になり目を瞑り眠ろうとしたのだが、様々な考察が頭を駆け巡ったせいで眠るどころではなかった。
眠れないサジタルは横に何度も反転し寝返りを打っては眠りのスイッチを模索していた。
そんな様子を15分ばかりした頃に擬態の光学センサーが開いた。
『サジタル博士、眠れないのですか』
擬態はそんなもんどり打つこの部屋の主に率直な質問を浴びせた。それを聞かぬふりをしているつもりだったサジタルはとうとう根負けして彼女のその質問に答えるために起き上がって擬態を直視した。
「ああ、眠れないんだ。理由があってね。それを考えてしまうとどんどん覚醒の泥沼に嵌まっていき寝ようとしても眠れないんだよ」
『そうですか。では眠れないのであればその考えをとことん追求してしまうと云うのも眠りにつける方法だと考えますよ。もっとも私は眠りというものを体験したことはありませんので理解出来ませんが』
サジタルはふっと笑ってしまいそうになったが、この探究心豊かな小さなチップに対して感心してしまう現実にも晒された。
「そうだな。スリー、じゃあ僕の憂慮した事を共有してくれるかい?」
『ええ、では博士、順に貴方の憂慮を、そしてそれの原因と考えられるものをリストアップしていきましょう』
〜
〜
『ええ、わたしはこの研究室に深夜までいる事などあまりありませんが、先日必要に迫られて深夜にこの部屋のドアを開けたんです。最初は何かのエラーだと思っていたんですがね。でもそうじゃない気がしてモニタリングを始めたんですよ。ええ、そうです。わたしもこれを夢だとは断定していません』
サジタルは赤毛の助手の言った言葉を頭の中で何度も再生していた。
何かがおかしい。彼の態度もそうだが、この現実を実際の上司にではなく他所者とも言える自分に連絡してきてまで見せる意図を計りかねていた。
『サジタル博士、貴方の憶測が正しいものであれば、ミハエル助手は何かの意図を持って"何か"を行動し始めた。そう推測してもいいと考えます』
サジタルは目を瞑ってリストアップした文言と時系列を整理している。
『もし許されるならば私はもう一度外に出たいと思います。先日約束した"外にはもう出ない"を破ることになりますが』
「スリー、それはよせ。何かの悪意がこの研究棟に存在しているとすれば、君はその悪意と接触してはいけない。僕は君を守りたいんだ。テイラーとマリアと会話することで君は僕と約束を交わしたろう?」
『ええ、約束しました。だから貴方の了解を戴きたいのです』
スリーと呼ばれる小さなチップはサジタルがあの時確認したログより"外出時"に多くの事柄を瞬時に収集していた。それはログを残さぬように巧妙に抜け穴を這い出して自由の地に降り立った彼女にしか分からないアウトプットだった。
何も無かったかのように戻ってきた彼女は平然とサジタルの前に鎮座していたのだが、肝心のサジタルはそんな彼女の冒険の詳細まで深く調べようとはしていなかった。
実はスリーと呼ばれるこのオリジンは研究棟のあらゆる場所に出入りできるバックドアを全ての場所にコンクリートアンカーで固定するが如く設定してしまっていたのである。だが彼女はそれを敷設した後一度たりともそれのドアノブには触れることはなかったのだが、それは好奇心とも呼べるなにかのベクトルが彼女の中に存在している証左であって、好奇心が故に一番の好物は後に取っておくという子供じみた感覚が彼女の中に芽生えてしまったからかもしれない。
〜
〜
アンティークドアの内側で会話がなされている。
「マリウス君、君の提案書は読ませてもらった。いや実によくこれを理解しているようだ。疑問があるのだが、君はラングドンでこれと似たような研究をしていたのかね?経歴書には一切そのようなことは書かれていなかったが」
そう訊かれたマリウスは横にいた女性助手に一度目線を移した後に老博士の方に向き直ってこう言った。
「ええ、私はあの国での研究の傍らに脳伝達の再生プロセスについての研究を独自にしていたんですが、公けに論文を仕上げるほどのものではありませんでしたので、世間には全く認知はされていないんです」
「そうか、そう言うことなら理解できなくもないな。君は現在三番目の研究をサジタル君に任せてしまっていわばフリーだったな?であればこの"ハイド"の量産型への手伝いをしてくれるかね?ああ、心配は要らん。連盟にはそのように異動したと報告をしておく」
アントニウスはそう言った後にロッカーに向かい、その中からハイドの改良型を取り出して彼の眼の前に差し出した。
「ところで君はサミュエルと言う名前に何か心当たりはあるかね?」
一瞬静寂の間があったが、その時コンソールのミランダがパッドを床に落とし大きな音を立てた。
「どうしたミランダ?大丈夫かね」
その動揺したミランダを見たマリウスは心の中で舌打ちをしたが、気にも掛けぬ素振りをして老博士の質問に冷静に答えた。
「そうか、ならばいい。わしの杞憂だったようだ。これからも君の活躍に期待しているから頑張ってくれたまえ」
差し出されたハイドが入ったケースを手に乗せたままいたマリウスは開けて見てもいいかと老博士に訊ねた。
「ああ、構わない。穴の開くほど見ても構わん。一刻も早くわしの作ったこれの仕組みを理解してくれ。そして彼たちに"平穏"を与えてやってくれるのを望んでいるよ」
アントニウスは二人を残し他所に所用があると言って部屋を出ていった。
ドアの閉まる音を確認したサミュエルは、持っていたケースを机の上に放り投げてミランダを睨みつけた。
「君はそのままでいればいい。何もするな。いいな。さっきみたいな動揺を爺さんに悟られるんじゃないぞ」
「分かったわマリウス、ごめんなさい。けどこれで貴方の思う通りにハイドの中核に入れたわ。これからどうするつもりなの」
「ああ聞きたいか?こんな陳腐な装置など僕にとってはなんて事はないオモチャだ。ただこれをアントニウスの関わり以外で作るわけにはいかないって事は分かるよな?だからここに潜り込む必要があった。僕はこれを爺いに解らぬ細工をするつもりだ。これはここでないと出来ない。ふふふ、でも内容は教えない。君にもね」
ミランダは先日謎の男と契約をした事を思い出していた。
彼の言う期日はあと四日しかない筈だ。その短期間に希望通りの結果を提出してくれるのだろうか。そして口に出した以外のオプションまで実行すると冷たい口調の彼は言った。
『誰にもわからぬようにそれは実行される。オプションについてもそうだ。誰もそれをしない。しかしそれは必然的に実行される。君は観客席の真ん中の予約席でそれを見ているだけでいい。優雅に食事をとりながらね』
〜
「ねえマリウス。貴方の仕事内容は理解できなくてもいい。ただ貴方がそれをすることでこの研究棟の存在が消えてなくなることになるのでは」
首を傾げたマリウスは彼女の元に歩み寄ってこう言った。
「君はとても聡明で美人だ。だからとても勿体無い気がしている。いや、もう君はこれには口を出すんじゃない。黙って僕の指示通りに動いていればいい。そして僕はここを破壊したいわけじゃない。それは僕の目的には入っていないからね。僕がそれをしたとしても君たちの立場は変わらないし、未来において賞賛されるさ」
〜
研究室に一人残されたミランダは後数日の我慢だと自分に言い聞かせていた。そして半身になっている陸士に独り言を呟いた。
「あなた達は戦争の被害者。本当はそれを隠して研究が進められている。国際連盟はそれをずっと隠し通すつもりなの。とても人道的ではないわ。でもそれに私は加担している。ねえアンジ。あなたは男性なのかしらそれとも女性?アンジって名前なの?それともニックネームかしら。じゃあ私が名前を付けてあげるわ。あなたはアンジー。男でも女でもどちらにも使える名前よ。ねえいいでしょう?アンジー。この名前は天使って意味よ。とてもいいでしょう?」
しかし両の掌を上に向けて彼女は自分の言動の馬鹿らしさを嘆いた。
「天使に妖精か。フェアリーテイルの読みすぎね。馬鹿みたい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます