1ー1『紫魔導師の旅立ち』
「あなたは『
今でも残るその言葉と優しい声。
俺を生んでくれた母の声だ。
俺、ノーウェ=ホームは、ウィルヘルム帝国領内のとある
村に名がついていない……いや、あるのだろうが、村長以外、村民の誰もその名を認識していないぐらいのド田舎の村で俺は幼少期のほとんどをそこで過ごした。
母は俺が6歳の頃に他界。以降は村長の家の養子として育てられた。
父のことはよく知らない。俺が物心つく前に村の近くで命を落としてしまった。
村長家は正式な跡取り息子がいるのにもかかわらず、俺が養子として村で一番大きな家住まいとなり、個室まで与えられるほど破格の待遇を受けることができたのは、ひとえに俺の『称号』によるものだ。
『称号』は人の人生を大きく左右する、人によっては人生を決めると言い切るくらい、俺たち人間にとって大きな意味を持つものだ。
『称号』を持つ者は『魔法』を使える。魔法を使える人間は、この国の首都である帝都でも稀少で、早くから政府や王族、貴族に囲われる。いわゆる「青田買い」というやつだ。
これは村長から教えてもらった。
俺がその対象にならなかったのは、ここが
俺が母を失って天涯孤独になったあとも、村長はじめ村の人々に好くしてもらえたのもこういった大人の事情もある。ひどく打算的な気はするけど。
村長家で数年過ごし、15歳の誕生日を迎えた俺に、村長は、帝都にある「プラハ魔法学園」への入学を薦めてきた。
称号を持つ魔法使いの集う場所であり、3年の修学のあと、帝国、あるいは帝国を守護する貴族に仕える栄誉と共に、高給が与えられる、いわば帝国におけるエリート養成所だ。
そこに村から出された推薦状と入学金を持参して向かうということは、いずれはこの故郷である村に錦を飾れということである。
もちろん、ここまで大事に育ててもらい、こうして普通の人間では通うことのできない学校に行かせてもらうのだから村の皆と村長には感謝してもし切れない。
こうして、俺は単身村を出て、帝都を目指した。
道中、といっても道なき道を延々4日ほど歩く間、魔物とは何度も遭遇した。
昔に比べればその数は年々減ってきてはいると言われてはいるらしいが、普段人のあまり立ち寄らない森の奥では、そんな世間の風説を実感できるほどではない。
強いて言えば、獣型の魔物よりも人型の魔物に出くわす機会が多くなった気がする。
ゴブリンとかコボルトとかオークとか、二足歩行の魔物のことだな。
その辺のことも帝都に行けば分かるようになるのだろうか。
村長曰く「帝都では知識も物資のように大量に集まるから都会のど真ん中にいながら秘境のことまで分かるのじゃ」だそうだから。
俺は、氷の刃に貫かれて血を流すゴブリンの胸から無雑作に魔石を取り出しながら、まだ見ぬ帝都の巨大さに思いを馳せた。
村にいた頃から魔法の修練のためによく魔物退治はしていたので、単身旅に出ても、魔物狩りに関してはさほど困難はない。
幸い、危険な強い魔物と出くわすことがなかったということもあるかもしれないけれど。
熊の魔物くらいまでなら、もう1人でもどうにかなるしね。
深き森の獣道から人や馬車の行き交う街道に出たとき、ようやく自分が都会に出てきたのだということを実感できた。
この辺から人がまばらに見られるようになり、途中、宿場のある村や町もあったからだ。
帝都に近づくにつれ、道がさらに綺麗に整備され、街の中の建物がだんだんと凝った装いになってくるのがなかなか面白い。
それでも、目的地の帝都に辿り着いた時は口を大きく開けてしまうほど、その大きさと豪華さに圧倒されてしまった。街を囲う城塞の門からして、俺の村の村長の家より大きい。
ところで、旅の途中で立ち寄った、帝都近くの村の村民も、すれ違った人も、俺のことをどこか珍奇なものを見るような目で見ているような気がした。初めは田舎の村から来たので蔑まれていたのかと思っていたがどうやら違う。理由は、俺が着ている服。生前の父と仲が良かった村の鍛冶屋の店主から餞別にともらった紫色のローブにあった。
見るからに魔法を使う者と分かるその恰好は、やはり人々の目を引くらしい。
たしかに、宿に泊まった時も、食事をした時も、物珍しいものを見るような視線を感じはしたが、俺と接する人々の応対は実に丁寧だった。分不相応、年不相応な感じさえするほど。
「ほお。あんな辺鄙な村から『魔導師』が生まれたか。まあ、頑張ってくれ」
「村を知っているのですか?」
「ああ、昔ダンジョン遠征した時に立ち寄ったことがある。まあ、がんばれよ」
「ありがとうございます」
村長から渡された書状を読む帝都の城塞門の門番は、さすがに慣れているらしく、俺を見ても特段驚いた様子はない。難なくゲートをパスした俺は、そのまま街の西側に位置する「プラハ魔法学園」のある方角に向かい、学園の建物が視界に収められるぐらいにある宿に泊まることにした。
帝都の宿屋ということで、入るときは緊張したが、部屋は快適で、わりとよく眠れた。
……というか、寝過ごした。
翌日、夕方過ぎに学園の門に向かう。
学園の入学期間は決まっており、春の月の約1か月間。
期間中に入学証明がなされればいいそう。
日にちが特に定まっていないのは、俺のように田舎や遠い街からやって来る入学生を考慮してのことのようだ。
「君は、入学希望の生徒かね。誰かしらの推薦状はあるかい?」
入口の門を通り、中の広い石畳の庭を通りがかった所で、1人の大人の男性が腕を後ろに組んで立っていた。
「はい。これです」
俺は、村長の推薦状をその男性に手渡す。
前髪をオールバックに整えた精悍そうな浅黒い顔をした男性は、片手で顎の下を撫でながら書状を読み始めた。
「ふうむ。『紫魔導師』とは……初めて聞く称号だね。しかし、『
顎に手を置いたまま何やら唸る男性。どことなく渋い表情だ。
「入学できますか?」
少し不安になる。
「ん?いや、ああ。もちろんこの学園は魔法使いなら誰でも歓迎するからね。ただ……」
ただ……何なのだろうか?沈黙が不安をさらに増幅させる。
「まあ、まずは他のステータスも確認するとしよう。これに手を当てて」
オールバックの男性は顎にあった手を懐に移し、薄い長方形の板のようなものを取り出した。
「ここに手を置いてみなさい。どちらの手でも構わない」
言われるがまま、俺は右手を板の表面に置く。
板は鏡のように反射し、俺の手の平を映し、密着したところで青白く発光した。
体内の魔力が震えている気がする。
「ふむ。魔力、魔力量ともに平均値よりやや高いくらいか……うーん」
男性は相変わらず渋い表情。
とりあえず、念願の入学は叶ったようだが、先行きに少し不安を抱く。
それに、先ほど、この男性が話していた『色付き』とはどういう意味だったのだろう。
「まあ、何はともあれ、まずは入学おめでとうだな。歓迎するよ。これから君は……」
「俺と決闘して、そのあとで『ヤキソバまん』を買いに走るんだよ、カッペ!」
オールバックの男性の後ろから、にゅうっと青い髪をツンツンに逆立てた俺と同年代くらいの目つきの悪い少年が顔を出した。
どうやら、俺は念願の「プラハ魔法学園」への入学を果たしたと同時に、予期せぬトラブルに巻き込まれてしまったようだ。
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