第10話 cleaner2

サリーとのミーティングを終えてから数時間が経ち、日が沈み外は暗闇に包まれていく。

街は人工の光に包まれ、ある意味で朝を迎える。

そんな時間帯にラックは車に乗り込み出発の準備をする。

車のナビに目的地を指定しエンジンをスタートさせる。

出発地点はもちろん新たに出来た活動拠点の家である。

そして目的地はターゲットのいる街へ。

「・・・よし、それじゃあ行きますか」

アクセルを踏み車を進ませる。

それと同時に彼の中でも緊張感が走る。

交通量が多い時間帯にハイウェイで街へ向かう。

その間に改めて脳内で作戦について試行する。

あくまでイメトレのようなものであるが、トライアンドエラーを繰り返し正攻法を考える。

「・・・流石に慎重にいかないとな・・・」

相手は相手でこちらの事を熟知しているからこそ、双方的に有利不利はないと考えて良い。

上げるなら謎の刺客の存在だけである。

だからこそ、奇襲も兼ねて突然乗り込むわけである。

このあり得ない時間帯に。

人がまだ街に多く徘徊しているこの時間帯はアパートメントなら尚更、住人は起きていて普通に生活をしているであろう。

夕食を食べたり、シャワーを浴びたり、寛いだり、趣味を嗜みんだり、仕事をしていたりと何かしらの活動をしているはずである。

そんな時間に乗り込んでくる理由がないと、相手の不意を突く作戦である。

だがこの時間帯を選んだのは他にも理由はある。

深夜の誰も人がいない時間に行動は良いように見えて実は欠点でもある。

それは目立ち過ぎること。

静かで誰もいないからこそ、物音が一つでも立てば響き渡り、影が見えてしまえば敵に気づかれてしまう。

そうなれば、ターゲットに逃げられる可能性だってある。

プロならそんな失態はしないが、未来に絶対は無い。

先の事など全てを完璧に支配できる理由がないのだから。

ましてや相手もプロとなるとリスクが高くなる。

だからこそ、敢えて目立つ方で潜伏すると気付かれにくい。

それにそうすることで、相手も身動きが取れにくいはずである。

その隙を突くというのがラックという男のいつもである。

「・・・ま、それも読まれてるかも知れないけど、それならそれで考えるか」

グングン車を走らせウエストストリートへ向かった。

裏路地に入り近くの駐車場に車を止めて、最低限の拳銃とマガジン、ナイフ等の武器をポケットに仕舞い車から降りる。

防弾チョッキのような武装は装備せず、あくまでカジュアルを装う。

そうすることで街に溶け込められるし悪目立ちしない。

なので堂々と表のストリートに出て目標地点(アパートメント)へ近づく。

やはりまだ通行人も交通量も多く、普通なら掃除屋としては都合が悪い状況である。

そんな道中を歩きながらゆっくり準備する。

というのはワイヤレスイヤフォンのような特殊な耳栓を装着し、それに応じてとあるスマホのアプリを起動する。

それは敵の居場所を瞬時に特定することができるモノである。

このイヤフォンのようなものから人が感じ取れないほどの微弱な超音波を近辺に発し返ってきたものを受け取って、その情報をスマホが認識し居場所を映像化させる。

またAIによる危険人物もとい敵を表示してくれる為、角から現れた刺客も瞬時に対応できるわけである。

「ま、動きから読み取るってだけで精度はそこそこだからな。あんまり当てにはしないが、少なくとも大雑把でも敵がわかれば良い」

ジェシーのようなサポーターがいない状況ではこのようなスタイルで戦うことが多い。

嘗ての単独行動時は基本的にはこの装備で済ませていたのだから。

そうしてターゲットのいるアパートメントへ到着する。

上の窓を軽く確認して覗かれてないかをチェックする。

その間に急いで中へ入った。

そこからは怪しくないように一般人のように立ち振舞ながらも息を殺しプロテクターとしての意識を集中させる。

またいつものようにネックマスクはせず、むしろ目立たないようにしていた。

サーチも起動させ建物内の廊下にいる人を認識させる。

(今のところ通行人が数人程度で、基本は家の中にいるか感じだな)

ながらスマホで住人を装いながら、画面を見て誰が何処にいるのかを特定する。

「ん、これって・・・」

ラックが気になったのは二つ上の階に赤く反応した部分がスマホの画面上にあったからである。

これは危険人物を表している。

身動きや既にインプットされている情報から予測し反映した情報である為、恐らく間違いは無い。

「ま、その上の四階にアーノルド(ターゲット)がいるから、待ち構えてるんだろうな」

しかし相手が廊下に配置されているということは当然ながらラックがそこから来ることを予測しているようであった。

それでもラックは表情を変えず、監視カメラや死角などを目で確認しながらどんどん上へと登る。

途中で住人に挨拶を交わしながら。

この建物内に緊張が奔る。

ジワジワと両者が近づいていく。

そうしてお互いに姿が見えた。

「「・・・・・・」」

お互いに静かにただ相手を見つめる。

一目で分かる、お互いの存在に。

相手の見た目も若々しい青年でラックと変わらずラフな格好で、一見して同じ掃除屋とは見えなかった。

しかしその立ち振舞や気配、目つきでラックは一瞬にして見抜いた。

ただお互いに気づかないふりをして歩み寄っていく。

それと同時に各階の廊下には人がいなくなった。

それもラックはスマホで確認する。

そうして仕掛ける。

間合いに入って手刀を首元へ。

それを感じ取って相手は受け流しカウンターを仕掛ける。

ラックはそれを敢えて腕で受け止めバランスが崩れるように見せかける。

相手はそれに釣られて追い打ちを狙うが、ラックは相手の腕を掴み引き寄せお腹に少し強めの打撃をいれる。

「クッ!?」

それを食らって相手はよろけながら後ろへ下がる。

そうして再びお互いに距離が生まれる。

相手は顔を上げてラックを見つめる。

「・・・なるほど、これがラックという男か。ガスさんが言っていたことも強ち誇張では無いようだな」

「フッ、アーノルドの野郎がなんて言ったか分からんが、ちゃんと対策してるようだな。お腹辺りや急所になりやすい部位に何かしらプロテクターを装備してるみたいだ」

ラックの言う通り相手の服の下には特殊なプロテクターを装備しラックの攻撃を吸収していた。

それもかなり高性能でラックの力を吸収する程であった。

当然異能の力も少しは含まれてのことである。

「とは言え、それでもダメージはちゃんと来てるさ。流石に思いっきりの食らえば立ってられないかもな」

「そりゃ良かった。なら次はちゃんと殴ってやるよ」

「そうか。だがそうはさせない」

「あ?」

男は胸ポケットから何やら小さな機械を取り出す。

それはスイッチのようなモノで男は見せびらかすように提示する。

「これはな、この建物内に設置してある爆弾の起爆スイッチだ」

「・・・・・・」

「これを押せば直ぐにでも爆発してここにいる住人はバラバラになるだろうな」

「要求は何だ?」

「・・・話が早いな。まあこれを見せびらかせばそう思うのも当たり前か。そうだ、これはお前の力に対する制限を設けようという作戦だ。ガスさんからお前は異端者だと聞いたよ。そしてその能力も強力なフィジカル〈ストロングマッスル〉と脳に対する攻撃〈ブレインペイン〉と聞く。それがあるとお前は無敵なんだろう?」

「そんな名前は聞き覚えないが、まあちゃんと勉強してて偉いな。だが一つ間違いがある。俺はそれが無くても無敵だ。それに丁寧に作戦も教えて貰えて助かるよ、って言っても今の状況はお前が有利だから教えても問題は無いか。ここへ誘ったのもその作戦があったからだろうし」

「そういうことだ。ここへ誘ったのはリスクはあるがリターンもある。お前は優しい奴とも聞いたよ。だからこの挑発には乗るはずだ。住人を巻き込みたくないならな。それに今は〈ブレインペイン〉がどのようなモノかはわからないが、少なくとも〈ストロングマッスル〉の威力はわかった。だからもしまた使えば住人の命は無いと思え」

「・・・そうかよ。にしても随分気前がいいんだな。そっちは特にボスの命がかかってるってのによ。普通ならそれを出汁に俺を誘い出して殺すのがセオリーだろ」

「・・・確かにガスさんの命がかかっているのだから俺は今すぐにでもお前を殺したいさ。だがその前に俺は証明したかった」

「証明?」

「ガスさんがお前のことを常に最強と謳い、俺一人では敵わないと告げられた。それが許せなかった・・・俺は何度もガスさんの後継者として掃除屋の仕事を完璧にこなしてきた。誰にも負けたこともなかった。にも関わらずお前ではアイツに敵わないと言われた。それが許せなかった」

(フッ、コイツの中できっとアーノルドは大きい存在なんだろうな。俺へのヘイトがめちゃくちゃ伝わってくる)

この男には怒りが煮え滾っていた。

身体中を震わせラックを睨みきかせる。

「・・・そりゃ可哀想だな。でもアーノルドも間違ってねぇよ。だって俺の方が強いから」

「何だと?」

「今からちゃんと証明してやるよ。喧嘩吹っ掛けられたら受けるしか無いだろ?」

「ほう、それは有り難いことだ。俺の方こそようやく証明できる」

「そりゃよかったな。でお前、名前は?」

「・・・そんなモノは無い。任務の時にだけガスさんから頂く」

(なるほど、だから俺達でも耳にしないかった理由だ。徹底してるな、流石アーノルドだ。まあ俺達も同じようなものか)

「なら適当にエーでいいか。エー、お前は何秒持つかな?」

「ッ舐めるな・・・!」

エーは勢いよくラックに突進する。

それを待ち構えるようにラックは静かに立つ。

だが次の瞬間、この階のラックの直ぐ目の前の扉が開かれる。

誰かが部屋から出てくるようだ。

それに両者は驚き動きを止める。

扉から男性が顔を出す。

その様は廊下の状況を確認するようだった。

そして男性は違和感を確認する為だろうと瞬時にラックは感じ取って場を紛らわせる。

「ようエー、久し振りだな。こんなところで会うなんて」

「・・・あぁ、そうだな。俺も驚いたよ。少しはしゃいでしまった」

「俺もだよ。いや~すんませんね。ちょっと煩すぎましたか?」

「あぁ、いえ・・・」

扉から覗き込んでいた男性は戸惑いを隠せてなかった。

その隙にラックはここから動くべきと判断する。

「エー、流石に廊下で話は迷惑だから外に行こうか。飯でも食いながら話そうぜ」

ラックは適当な事を瞬時に提案した。

エーはそのメッセージに何かを感じたのか直ぐに答えた。

「そうだな。それがいい」

「それじゃあ旦那、おやすみ。お騒がせしましたね」

と二人は廊下から去り階段を降りてアパートメントから出ていく。

そうして二人で薄暗い路地裏に入る。

その瞬間から緊張が奔る。

この場の空気がまるで棘が刺さるようにピリピリしていた。

お互い平然を装いながらもいつでも戦闘態勢。

通行人がいないことを確認して初めて再開される。

「フッ・・・!」

エーが改めて先制する。

重たい攻撃にも関わらず、素早く繰り出しラッシュ攻撃する。

それをラックはただ受け流すように躱す。

ゆっくり後ろに後退しながら両者共に様子を窺うようであった。

(流石にアーノルドの弟子なだけある。急所を理解して的確に狙ってくる)

ラックはエーが全力では無いことは理解した上で推測し能力を測るが、それでも掃除屋として十分にやっていける程の実力であったと感じていた。

しかし、それでもラックには敵わなかった。

「ッ!?」

ラックはエーが防ぐ隙も与えずカウンターを決める。

顎を掠め軽い脳震盪がエーを襲う。

さっきお腹に食らった時以上によろける。

焦点が合っていないようで、瞳孔はピクピクしてラックを捕らえられてなかった。

腕を壁に付けてバランスを取る。

「何だ、今のは・・・?」

「何って普通にやっただけだ。別に特別な事はしちゃいねぇよ。でもこれでわかったろ?お前は俺に勝てない」

「なっ・・・!?」

ガクンと膝が折れ地べたに付く。

その場で跪きラックを見上げる。

「お前の腕はちゃんと良いし、掃除屋としても俺達には引けを取らない。アーノルドの野郎はちゃんとお前の面倒をみてたみたいだな」

恐らく本当は掃除屋よりプロテクターにさせたかったんだろうけどな、とラックは考えていた。

それはしっかりと育てていることを実感したからである。

「あ、当たり前だ」

「ならアーノルドの言ったこともちゃんと理解するべきだったな。アイツが無理と言った以上それは間違ってねぇ。俺に勝てないって言ったんだろ、それは多分本人が一番分かってたからこそお前に伝えたんだ」

「・・・・・・」

「惜しいお前に先輩からアドバイスだ。お前は強いがまだ経験が浅い。だから俺の誘いに気が付かなかったんだ」

「どういうことだ?」

「俺はただ雑に躱してるだけじゃなく、次こっちにパンチが来るように仕向けて立ち回ってたんだよ」

「嘘だろ?」

「だから綺麗にカウンターが決まった。それだけ。このくらいならアーノルドなら食らわないけどな」

「・・・クソッ!」

エーは壁を強く叩く。

悔しさのあまり壁に当たってしまったようだ。

経験の浅さ、自身の傲慢さ、そして何より的確な指摘と実力の差に対する感情の昂ぶりであろう。

「おいおい壁を叩くなよ、近所の迷惑になる。にしても違和感があったが、ようやくわかった。この作戦はアーノルドの作戦じゃなくてお前の作戦だろ?」

「!・・・そうだ。ガスさんがこんな作戦を考えるはずがない。何よりご家族のリスクが大き過ぎる」

「だよな。アイツは真面目で優しい性格だから俺を倒す為に安全且つ徹底した作戦を立てるはずだし、お前の言う通りスイッチが押されでもしたらたまったもんじゃない。ま、だから最初に預かったんだけどな」

「!?」

ラックはポケットからエーが持っていたスイッチを取り出す。

それに驚きが隠せていなかった。

ポケットを確認して探そうとするが当然見当たらない。

「組手中に拝借させてもらったよ」

「・・・不気味な奴だな」

「あ?」

「強さはもちろんだが、命懸けの戦いにも関わらず余裕そうだし、ガスさん(仲間だった人)達を殺そうとしているにも関わらずヘラヘラしている。こういう仕事をしていれば狂うモノか」

「・・・別に俺からしてみれば余裕だし、仲間とか関係ない。仕事となればいつも通りそれを全うするだけだ」

「ッ!?」

ラックは胸ポケットからサプレッサーが装着された拳銃を取り出しエーに銃口を向ける。

この時間帯で裏路地は殆ど人通りがない為、堂々と構えていた。

瞳は迷いがなく、いつも通り何も変わることはない。

プロテクターとして仕事を全うする為であり、そこには例外はないのが彼らの中のルールである。

悪を排除し自身や仲間を守るの役目。

「惜しい人材だがお前も掃除屋ならわかるよな?最後に言い残すことは?」

「・・・クッ・・・ガスさん、すみません。それとありがとうございました」

それが言い終わるとトリガーは引かれ弾丸は放たれてしまった。

ただサプレッサーの影響で音は響かず、ただ静かに頭を貫通していた。

そうしてエーの身体はズルズルと倒れて行く。

タラーっと血が流れエーは冷たくなっていく。

それを見下ろすようにラックは見つめていた。

「ちゃんとアーノルドに伝えておくよ。それにしてもやっぱり腑に落ちないな。どうしてアーノルドはコイツを信頼してこんな作戦に出た。俺が来ることに勘付いて諦めてたか、コイツの可能性を信じ切ったか、何かしらのメッセージか・・・ま、今の俺にはわからねぇな。どうせ後には分かることだ。とりあえずターゲットの所に行くか」

ラックはスイッチを壊し遺体を近くにあったゴミ袋等で軽く隠す。

そうしてこの場を去り、アパートメントの中へ再び入って行った。

正面から堂々と。

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