アンチ・クリスマスキャロル

@oka2258

過去

「やっぱりケチや守銭奴、強欲はダメだな。このスクルージみたいな人間になっちゃいかん。もっとおおらかに気前よく生きないと」


ディケンズの『クリスマス・キャロル』を読み終えたロウヒカは我が意を得たりとばかりに大きく頷きながら独り言を言った。


ロウヒカはこのマネー商会の商会長。丸々と太った身体の上に丸顔で人の良さそうな顔立ちが乗っている。


彼が道を通ると、物乞いや貧しげな子供はみんな寄ってきて金をねだり、知り合いはいつ飲みにいくかと尋ねてくる。

この街の人気者である。


今日はクリスマスの2日前。

ロウヒカが商会長の席に座るマネー商会は、5人の従業員がいるが、みんな真面目に働くよりも早く帰りたそうにそわそわしている。


そこにドアを開けて二人の紳士が入ってきた。

「ロウヒカさん、年末に当たり、貧しい人達にご寄付をお願いします。

あなたには毎年多額の寄付を頂いていますが、今年も貧民達に慈悲の心を示していただきたいと思ってお邪魔しました」


「良いでしょう。

貧しい人達にもクリスマスに暖かい衣服や食べ物が行き渡りますように」


ロウヒカは財布から札の束を出して渡した。


「今年もこれほど寄付いただけるとは!

あなたはこの街で一番慈愛の持ち主です。

あなたに神の恵みがありますように」


「全く先代や奥様とは桁が違うご寄付です。

あなたほど心の優しい方が商会長ならば従業員もさぞや嬉しいことでしょう」


二人はお世辞を並び立てて帰っていく。


それとともに従業員は一斉に立ち上がり、「慈悲深いロウヒカさん、我らにも慈悲を。

どうか休暇をください。家族が待っているのです」

と並べ立てた。


「よしよし、年に一度のクリスマスだし、いいだろう。

せっかくなので特別手当も出してやろう。

妻や子供に美味しいものでも買って行ってやれ」


一人一人にボーナスを入れた袋を手渡すと、みな感謝して帰っていく。


まだ15時だが、そろそろ店を閉めようと一人になったロウヒカは考える。


それから30分が経ち、よしそろそろいいだろう、店を閉めて行きつけの飲み屋に行って盛大に騒ぐかと扉を閉めに外に出た時だった。


「お父さん!

まだクリスマスは明後日。こんな早くから閉めている店はないよ。

クリスマスを楽しむならその前後をちゃんと働かなきゃダメだよ」


折り悪しく、そこにやってきたのは他の商会に修行に出している息子のジェイコブだった。

この息子は父親に似ないで、勤勉な吝嗇家である。


「うるさい!

何故ここにいるんだ?」


「取引の帰りだよ。

これから店に帰って契約書を作らなきゃ。

ところで、明日の夜はうちに来て、一緒にクリスマスイブを祝いませんか?」


息子夫婦と孫と家庭的に過ごすか。

それも悪くはないが、飲み友達や遊び女と騒ぐ方が楽しそうだ。


「ありがたいが、他に先約があってな」


「いつもの飲み屋でしょう。

あそこは酔っぱらいからぼったくると悪名高いところだ。

あそこにいくのはもうやめてください。

身体にもよくないし、お金も勿体無い。

本当に無駄な事です」


ジェイコブは店に入ってきて、いつものように口煩く注意してきた。


「今のここの当主は俺だ。

お前に譲れば好きにすればいいが、それまではわしの好きなようにやらせろ」


そう言い捨てて、息子を押し出し、店を閉める。


「父さん、話を聞いてよ。

こんなやり方をしていたのではお爺さんが作ったこの店は潰れてしまうよ」


外ではしばらく息子が騒いでいたが、諦めたのか静かになった。


「やれやれ。

ようやくうるさい父も妻もいなくなったんだ。

自分の思うように生きてやる。

神も世間の人々も喜んでくれるしな」


そう呟くと、弾むような足取りで馴染みの店に行く。


「ロウちゃん、よく来たね!」

店主に女の子、顔馴染みの常連が歓迎してくれる。


ロウヒカは派手に注文して、周りの常連にも奢ってやる。

みんな大喜びだ。


そのまま二軒目、三軒目とハシゴして、どの店でも、明日のクリスマスイブにも来てねと女の子に頼まれた上機嫌で帰宅する。


妻が3年前に亡くなり、一人息子も外に出ている今、一人で気楽に過ごしている。

高級ワインがあちこちに散らばり、高い料理の食べ残しがテーブルに置いたまま。


頼まれるがままに買った物が袋から開けられもせずに、部屋に転がっている。


「ああ、今日も楽しかった。

従業員にもボーナスをやり、セールスマンの勧めるものも買ってやった。物乞いにも金を弾んだし、店でも派手に奢ってやった。

さぞやみんなはわしに感謝しているだろう」


そう言うと、いい気分でロウヒカはベッドに転がり、眠りについた。


深夜、急に寒気を感じてロウヒカは目が覚めた。


(随分と冷える。小便に行こう)


暗闇の中、立ち上がったロウヒカの前に誰かが立っていた。


(泥棒か)


しかしその顔は暗く不気味に光っており、よく見えないが、その男は身動き一つせずにじっとロウヒカを見ている。


「誰だ?

泥棒ならば金をやるから帰ってくれ」


震えながらロウヒカはいうが、相手は沈黙していた。


耐えきれなくなったロウヒカが悲鳴を上げるか倒れるかの寸前となった時に、男は言葉を発した。


「お前は父親の顔も忘れたのか?」


ゾッとするような声が聞こえる。

そう聞いてよく見ると確かに父である。


「お父さん、化けて出ないでください。

どうか安らかに眠っていてください」


もう10年も前に確かに父は死んだ。

自分で身体が冷たくなったのを確認して、墓まで担いで行ったのだ。


震えるロウヒカに父は言う。


「お前に言うことがあってやってきたのだ。

そしてそれは私だけではない。

後ほどにあと二人がお前に会うだろう。

まずは私と出かけるぞ」


「こんな寒い夜更けにどこに行くのですか?

暗くて誰もいやしません」


ロウヒカはパジャマ姿、せめてコートを着ようと歩き出したが、父は無言でその腕を引っ張った。


「お父さん、やめてください!

せめてコートを着るまで待って!」


その言葉を無視して父はロウヒカの手を持って壁に向かった。

ロウヒカが壁に当たると思ったのも束の間、父とともに壁を抜けて、見知った風景を空の上から見ていた。


「これは僕の子供だった頃の家じゃないか!」

亡き父を前に言葉も子供の頃に戻る。


今とは大違いの田舎の商家、そこに向かって二人は進んでいく。


やがてその家の天井を突き抜けて、家の中を見渡す。


「あれはお父さんじゃないですか」


そこには夜も更けているのに一心不乱に帳簿をつけて働いている父の若い姿があった。


「あなた、そろそろお仕事を終わりにしません?今日はクリスマス。ご馳走を作ってますよ。この子も待ちくたびれてます」


「お父さん、早く来てよ」


その妻、ロウヒカの母が幼児のロウヒカを背負って呼びにきた。


「ああ、そうだな。

そろそろ手仕舞いしよう。あとは明日の早朝にすればいい。

可愛いロウヒカが少しでもいい教育を受けて、いい将来を得られるようにお金を残してやってやらなきゃな」


そう言って父は愛おしげにロウヒカの頭を撫でて、机を片付けて始める。

節約のためか、ろくに暖房もついていない。

母の服も自分で作った質素なものだ。


(そう言えば、僕が小さい頃はまだ我が家は豊かではなかったなあ。

僕の服も母が縫ってくれた。

でも愛情だけはたっぷりと貰った)


ロウヒカは幼い頃を思い出し、涙を流す。


「次に行くぞ」


亡霊の父は何の感傷もなく、ロウヒカの手を引っ張った。


次に見たのは、学校の寄宿舎から遊びに出かけるロウヒカの若い姿。


「親から送金が来た。

ツケを払って、残る金で今日は奢ってやろう。

今日はクリスマス、楽しむぞ」


「さすがロウヒカ。

親には勉強で忙しくて帰れないと言ったのだろう。それで勉強に必要だと送金させたのだな。

さあ、どこでもついていくぜ」


実業学校時代の悪友たちが群がってくる。


爪に火を灯すように節約をして働く両親の金を、惜しげもなく悪友たちとの遊びに注ぎ込んでいる当時の姿を父に見られてると、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。


父は無表情に遊び浮かれる学生時代のロウヒカの姿を見ると、「さあ次だ」と連れて行く。


次は修行時代のロウヒカだった。

前よりも遥かに大きな商会の中で、父の前に立たされて叱責されている。


「何だ、その仕事ぶりは!

粗悪品を仕入れてくるとは。

きちんと商品を見ることもできないのか!」


「お父さん、明日はクリスマス。

もう怒るのはやめましょうよ」


仕事に身を入れずに父に怒鳴られでもヘラヘラと遊びのことばかりを考えていた。


一瞬、風景が変わり、ロウヒカが結婚したいと女性を連れてきた場面となる。


「本気か?

あの娘は何人も若い男と付き合っていると有名だぞ。

派手な遊びで借金もあるが、それを承知のことなのか。

それでも結婚したいならば、この店は継がせないから、他で職を見つけろ」


父の言葉を相手に伝えると、罵られてすぐに去っていった。

父の言う通り、金目当てだったのだ。


「お父さん、もうやめてください。

僕をいじめて楽しいですか。

恥ずかしくて堪らない。

ましてお父さんに見られているなんて」


亡霊の父にロウヒカはやめてくれと頼んだが、何も聞こえないように父はロウヒカを引っ張った。


次は結婚式だった。

父と母は相談して、商会の従業員でしっかり者と見込んだ娘を嫁に迎えることにした。


その平凡な容貌に、ロウヒカはガッカリして、新妻に辛く当たった覚えがある。


「お前なんかと結婚したくなかった。

もっと美人の娘が結婚してもいいと言ってくれていたのだ」


初夜にそんなことを大声で言う自分と項垂れて何も言わない妻の姿が映る。


後で聞くと、妻は身寄りのない自分を引き取って働かせてくれた恩に報いる為に、他の求婚者を断って、バカ息子と評判のロウヒカの妻になることを承知したそうだ。


次の場面は、両親と妻が懸命に働く中を、クリスマスが近づいたと理由をつけて遊びに出かけ、悪友や遊び女に奢ってやる自分の姿。


そのくせ、家の中で一人だけ仲間外れのように感じて、ますます外に出かけていっている。


バシーン!

頰を打つ音が響く。


「いい加減にしろ、このバカ息子が!

ナンシーは悪阻の中でも一生懸命に働いているのに、労わるどころか、香水の匂いをプンプンさせて朝帰りとは。

もうお前は勘当だ!」


「お義父さん、この人も子供が産まれれば心を入れ替えてくれますから。

堪忍してあげてください」


妻が頭を下げてきるといるのに、自分はもう父親になると言うのに拗ねてソッポを向いている。


(情けない。

客観的に見ると、俺はこんなにダメな男だったのか)


そして父の臨終の姿。


「ナンシー、すまないが商会と孫を頼む。

お前には本当に苦労をかける。


ロウヒカ、父の最後の願いだ。

心を入れ替えて真面目に働き、家族を支えて、商会を無事に経営してくれ」


病み衰えた父にロウヒカは、「お父さん、任せておいてください。真面目に頑張ります」と殊勝に答えている。


しかし、父の死後も変らずに遊び回る自分と遅くまで働いている妻。


やがて妻が突然倒れる。クリスマスの日。


ロウヒカは貧しい人達に慈善活動だと外に遊び歩いていたが、幸い近くに息子のジェイコブがいた。


「ジェイコブ、お父さんを助けてあげて。

あの人は人に褒めてもらわないと自信の持てない弱い人なの。

おじいさんの作ったこの商会をあなたが守って」


妻は朦朧とした意識で息子に頼む。


「じいさんや母さんにだけ働かせて、クリスマスなのに家にも居ずに遊び歩き、慈善だとか良い人ぶっている、あんな親父は追い出してやるつもりだ!」


真っ赤な顔でジェイコブは怒っている。


その背後には、いつもの店で酒を飲み、乞食に金を恵んで良い気分になっているロウヒカの姿が見える。


「そんなこと言わないで。

父親を追い出せばあなたが後悔するわ。

あなたの為でもあるのよ」


瀕死の母親の手を握り、ジェイコブは涙を流す。

結局、ロウヒカはその日は帰って来ず、翌日陽が高くなり、葬儀の準備が進んでいる家に赤い顔で帰ってきた。


「この馬鹿親父が!」


ジェイコブに思い切り殴られて、ロウヒカは倒れた。葬儀に来た人たちは冷たい目で無様に転がるロウヒカを見る。


「やめてくれ、父さん、本当にやめてくれ!」

後ろから透明な姿でこの光景を見ていたロウヒカは泣き出した。


一生懸命に働いてきた妻の死に目にも飲み歩いていた自分の姿は、これまで記憶の底に蓋をしていたが、なんと醜悪なことか。


「次で最後だ」


葬儀が終わった後、父も妻もいなくなり、商会を思い通りにしようとしたロウヒカは邪魔な息子のジェイコブを、修業に行けと大手の商会に働きに出す。


そして、妻も息子も居なくなった家に、飲み友達や遊女を呼んでどんちゃん騒ぎをした。


「はっはっは

父も妻も金を貯めるだけ貯めて、使いもせずに死んでしまった。

俺が使ってやる!」


その様を見ていたロウヒカは父がどんな顔をしているのか恐ろしくてそちらを見ることもできない。


「ふん、私の案内はここまでだ。

このあとにまた別の案内人が来る」


父の声で気がつくと、家の寝室に一人で立っていた。


「夢だったのか。

なんと恐ろしい夢か」


ロウヒカは恐怖を忘れようとばかりにさっさとベッドに入った。

そして眠りについた後、またも寒気で目が覚める。


部屋の中にはぼんやり光る人影がいる。

それは亡くなった妻に似ていた。


********************

季節物です。


『クリスマス・キャロル』を読んで、スクルージさん、勤勉に働いて、何も悪いことしてないのにケチというだけで酷い扱いされてます。

じゃあその逆の人ならどうなるかを書いてみました。


















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