【4】 障がいと生活②
【北川】 続いてお訊きします。病気になって⼀番変わったことはなんですか?
【林】 そうですね、いわゆる「普通の⼈⽣」から⼤きくそれてしまった、ということでしょうか。
僕は、⼤学⽣の時にこの病気にかかったのですが、大学は何とか卒業したものの、その後は、普通に⼀般企業に就職して、結婚して、⼦供が⽣まれて、そして、⼦供は巣⽴ち、安泰な⽼後を過ごす、という道からは⼤きくそれてしまったわけです。
職は転々としますし、⼊院も何回もしてますしね。彼⼥は時々できても、今年で43歳を迎えた今も、相変わらず独⾝です。
【北川】 なるほど。職を転々とされたということですが、何社くらい、経験してこられたんですか?
また具体的に、どんな職業に就かれていましたか?
【林】 実は、ちゃんと記録に残していませんので、正確な数はわかりかねますが、おそらく10数社に及ぶと思います。
⼀つ⼀つの職業は、⻑く続いてもせいぜい半年というところでして、1週間や1⽇で辞めたところもあります。
職種としては、家具店店員から、公務員、倉庫内作業員、⼯場内作業員、営業事務員、コンビニ店員など、ありとあらゆるものを経験していますね。
【北川】 そうですか。⼤変苦労してこられたんですね。
それで、林先⽣は「普通の⼈⽣」から⼤きくそれてしまって、不幸である、あるいは不幸だったとお考えですか?
【林】 不幸だと考えていた時期も確かにありますが、今は、⼀切そうは思っていませんね。むしろこの道をたどって来れて、最⾼に幸せだと思っています。
【北川】 そうなんですね! どうして、そう思えるんですか? 興味深いです。
【林】 それは、「今が最⾼に幸せだから」かもしれません。
ひとって、今が不幸なら過去も否定しますし、今が幸福なら、過去の嫌なことも、「あれがあったおかげ」って思えるんですよね、不思議なことに。
今、こうやって作家として世の中で活躍できているのも、病気にかかり、職を転々としたおかげですからね。僕の作品のネタは、ほとんどが、僕の病気やさまざまな仕事の体験でできているのですよ(笑)。
【北川】 そうなんですね(笑)。
「転んでもただでは起きない」
というやつですね! 林先⽣の作品、そういう視点で改めて読み返させていただきますね。
でも、もしですよ、林先⽣が病気をしておられなかったら、どんな⼈⽣を歩んでおられると思いますか?
【林】 普通にサラリーマンをやっているイメージですねぇ。ずっと同じ仕事を続けて、出世もして、奥さんをもらって、⼦供ができて、年⽼いて、って感じで。悪くはないと思いますが、⾯⽩みには⽋けた⼈⽣になっていたかもしれません。
【北川】 じゃあ、今のほうがずっといいと?
【林】 はい、それは断⾔できます。「普通」は僕には合わない(笑)。
【北川】 そのようですね(笑)。
では、続いてお訊(き)きしますが、病気になってあきらめたことはありますか?
【林】 そうですねぇ。僕は、もともと夢は持たないほうでしてね。実は、さきほど出てきた「普通の⼈⽣」とやらにも、あまり興味はなかったんですよ。だから、実は何もあきらめたものってないかもしれません。
【北川】 えっ!? そうなんですか!?
普通、⼦供の頃、何かになりたかった、とか、海外旅⾏に⾏ってみたかった、とか、何か⼀つくらいありません?
あ、「普通」って言っちゃいました。すみません!
【林】 いえいえ、僕が普通じゃないのは、百も承知ですから、気になさらず(笑)。
そうですねぇ、⼦供の頃、確か幼稚園で、
「将来の夢を書きなさい」
という課題があった記憶があるのですが、その時も、周りに合わせて、適当に「おまわりさん」って書いてましたからね。「おまわりさん」って何をする⼈かもわかっていなかったと思いますよ(笑)。
【北川】 はは(笑)。でも、ある程度、物⼼ついてからは、なにか夢がおありだったでしょう?
【林】 それが……なかったんですよね。学校は⼩中⾼・⼤学まで、何も考えずに進学してきましたし、⼤学は外国語学部の「イタリア語コース」に所属していたにも関わらず、イタリアに⾏きたいとは微塵(みじん)も思ってなかったですねぇ。単に語学が好きなだけでした。
したがって、病気になっても、夢がもともとありませんでしたので、何もあきらめていないわけです。
【北川】 そうですか。じゃあ、病気を患ってからはいかがですか? それ以降に掲(かか)げられたことで、あきらめられたことはありますか?
【林】 ないですね。闘病に苦しんだ期間は⻑かったですが、再就職もできていますし、作家デビューもできました。夢として掲げていたわけではありませんが、なんか、全部、いい感じに⼈⽣が進んでいますね。
【北川】 そうなんですね!
「何もあきらめたものはない」 .
素晴らしいです!
では、続きまして、林先⽣はご⾃⾝の障がいと、どのように向き合っておられますか?
【林】 そうですね、普段は向き合っているという感覚はありませんねぇ。最初の⽅でも述べましたように、僕の病気の症状は、いつ起こるかわからない性質のものですので、常時、病気と向き合っている感覚でしたら、⽣活ができません。普段は障がいのことを忘れるように、したいこと、すべきことをただこなしているだけですね。
【北川】 なるほど。でも、対社会においてはいかがでしょう? 障がいを意識して、それに向き合わざるを得ない場⾯が、多いのではないでしょうか?
【林】 良いご指摘です。確かにその通りです。
僕個⼈としては、普段は障がい者であることですら、忘れているくらいですが、対社会においては、厳しい現実にさらされることがあります。
例えば、職探しですが、今は昔と違って、「障がい者雇⽤」というのが⼀般的になっていて、障がい者の雇⽤機会⾃体は増えていると思います。
ところが、その仕事内容はと⾔えば、ほとんどが単純労働しかさせてもらえないのが現状です。まぁ、⾔ってみれば「隠れた障がい者差別」になっているわけですね。
しかも、そんな職に就くために、僕らはわざわざ特別な訓練を受けなくてはいけなかったりもしますので、あまり良い現状とは⾔えませんねぇ。
【北川】 そうなんですか。⼤変残念なお話です。胸にこたえます。
でも、林先⽣が勤めておられた居酒屋さんはどうだったんですか? 確か「障がい者雇⽤」で働いておられたのですよね?
【林】 あそこはすごく良⼼的でしたよ。⼤将の好意で雇っていただいたこともあって、普通に⼀般の⼈と同じ仕事をさせていただけていました。しかも、障がい者としての配慮は⼗分にしていただいた上でです。
そういう良⼼的な企業もあるにはあるのですが、僕ら障がい者が普通に就職活動をしていては、なかなかそういうところには⾏き当たらないのです。
【北川】 だから、林先⽣は、転職先は「就労継続支援A型事業所」にされたのですね?
【林】 その通りです。と⾔っても、かなりの妥協はしました。本当は、⼀般の⼈に混じって、バリバリ活躍したかったのですが、それを叶えてくれる職場が、残念ながら⾒つかりませんでした。それで、障がい者同⼠で働く職に就くことにしたわけですが、「障がいと向き合った」結果の苦⾁の選択だったわけです。
【北川】 そうですか。後で後悔はしませんでしたか?
【林】 全くしなかったと⾔えば嘘になりますが、でも、間違った選択をしたとは思いません。
居酒屋勤務時代を思えば、充実度は全然劣りますし、仕事内容も単純作業が多いですが、障がいに対するサポートの⾯で⾔えば、さすがは福祉事業所でして、ずば抜けていましたから。
【北川】 なるほど。仕事内容や充実度では満⾜できないにしても、サポート⾯の良さを優先なさったわけですね。
そして、その職場に勤めておられるときに、林先⽣は作家活動に目覚められ、その後、⾒事デビュー なさったわけですね?
【林】 いやぁ、デビューは全くの他⼒によるものですよ。
僕は当時、親友たちと「チームネオ(TEAM NEO)」というチームを組んで作家活動をしていたのですが、チームのみんなが本当によく動いてくれましたので、こうやって今、無事、作家活動ができているんです。彼らにはいくら感謝しても感謝し⾜りません。
【北川】 そうなんですね! チームの皆さんの、縁の下からの⽀えがあってこその林先⽣だったんですね!。
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