帰宅部男子は野球部のマネージャーとキャッチボールがしたい

恐縮 論理

1-1 邂逅、野球のボール

 下校を妨げたのは一つのボールだった。


 妨げた、というと語弊がある。正しくは俺の進行方向に野球のボールが転がっていたというだけだ。なんなら転がっていたというより道の脇に落ちているのを見つけただけでしかない。

 もちろんそんなものは無視すればよいのだが、なんとなく芽生えてしまった親切心から持ち主に届けてあげなければという気持ちになっていた。


 高校に入学して最初の帰り道、運命に呼び止められ、思いがけない出会いをする妄想はしたが、相手が生物ですらないのは望んでいない。


 横を見ればそこはわが校のグラウンドだ。サッカーゴール付近でサッカー部が声を出し、バックネット付近では野球部がバットの快音を響かせている。

 俺が立っているのはバックネットを背にした右側、いわゆるライト側のネットを挟んだ道路だ。こんなところにボールがあるということは、ネットの上から飛んできたのか、それとも下から出たのか。

 今日は春休み明けの入学式だったというのに、初日から精の出ることだ。


 俺が入学した白妙高校の入学式は昼過ぎに終わり、教室に戻って最初のホームルームで今週のスケジュール説明があった後、解散となった。

 明日からはオリエンテーションや学校説明などが中心。本格的な授業開始は来週からになるそうだ。


 時刻は15時過ぎ。

 部活に所属しない生徒がまばらに下校をしているが、放課から少し時間は経っているせいか、人は多くない。

 なにゆえそんな中途半端な時間に俺は帰ろうとしているのかといえば……道に迷ったせいである。

 事の発端には……とてもマヌケな事情がある。



 放課のチャイムが鳴って早々に生徒の大半が、もう仲良くなったであろうクラスメイトとどこの部活の見学に行こうかと話しながら教室を出て行った。

 いや驚いたね。俺が知らないだけで前日に入学式の予行演習で集まってたんじゃないかと思うくらいにみんな仲いいだもん。

 まあ俺は部活に入ろうとは思ってなかったから別にいいんだけど、と強がっておく。


 もちろん俺も、仲のいい友人とダラダラ見学して回るという選択肢があればそれでもよかったのだが、生憎とクラスのほとんどは知らぬ顔だった。

 唯一同じクラスになった中学からの友人も気が付けば教室から消えていた。まああいつの場合既に入る部活は決まっていただろうからいの一番に見学に行ったのだろう。

 一応選択肢としては他クラスの友達でも誘う手もあった。もちろん他クラスにも友達はいるからな。なんならここは田舎なので学年の五分の一位は知った顔だ。


 ではなぜその選択をしなかったのか。

 入学早々他のクラスに突撃するってしんどくない?

 陽キャでもない人間がわざわざ他教室に飛び込んでいくのは正気ではない。

 というか入学早々じゃなくても俺みたいに社交性がずれている人間にはしんどいものがある。


 そんな俺がとった選択肢はというと……とりあえずトイレだった。なんとなく、すぐ帰るのが虚しかったんだ……。

 そしてその後、立ったついでだからと校内見学と称してフラフラと校内をほっつき歩くことにした。これがのがよくなかった。


 特段方向音痴というわけではないが、何階になにがあるのか覚えないで回ったせいで現在位置がわからなくなった。結局、一階まで下りてから階数数えて戻ればいいと思い立ったのは少ししてからだった。


 で、教室に戻ったらだーれもいなかった。

 机の上に置いていた通学カバンが寂しそうに待っていたよ。

 さっさと帰ろう、とカバンに訴えかけられた気がした俺は教室を後にした。

 ごめんよ初日から孤独にして。



 結果校内見学も別に正解の選択肢ではなかったわけだ。まあ中学でコミュ力を磨かなかったことが一番の選択ミスではあるのだが。

 そして寂しく帰路についたところで足元の野球ボールと相対することとなった、というわけだ。


 自分から話しかけもいけない、他クラスに突撃もできない。かまってくれたのは通学カバンと野球のボール。

 俺――伊達 葵の高校生活はなんともむなしい開幕になった。

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