第8話
「勇者様。貴方は『融合戦士』と言う言葉をご存じですか?」
一応、設定としては知っている。
しかしこのジョンが知っている筈の情報ではないので、俺は「なんですか、それ?」と答える事にした。
そしてその返答は彼女にとって想定内だったのだろう。
アイリスはさして気にする事もなく「融合戦士とは」と一人語り出す。
「かつての人類の叡智の集大成とも呼ぶべき存在です。人類と魔族は数百年もの間戦いを繰り広げていますが、その間に人類は一度敗北寸前にまで追い込まれました。それは、貴方も知っていますよね?」
「ええ、それは。そしていざ敗北するといったところで勇者が現れ、戦況を覆したとか」
「しかし、そのような物語みたいなご都合主義な展開が起きた訳ではありません。正確には、勇者は現れるべくして現れ、そして人類を勝利へと導いたのです」
そこでアイリスは一度言葉を切り、窓の外へと視線を送る。
窓。
しかしこれは果たして本当に窓なのかどうか、俺にはまだ分からない。
外の景色が映ってはいるもののその景色は俺の知らないもので、だからこそここは学園外にある場所なのか、はたまたただテレビのように映像を映しているだけなのか、分からなかった。
「最初に結論を言ってしまいましょう。勇者とはかつて人類が作り出した存在、即ち融合戦士と呼ばれるものなのです」
「融合戦士……」
「融合戦士とは、人の身体に異なる生物の因子を取り込ませる事により、新たなる力を開花させる事に成功した、新人類とも呼べる存在でした。そして勇者が取り込んだ生物とは――」
彼女は意味ありげな笑みを浮かべながら言う。「複数の聖獣の因子です」
「ユニコーンにペガサスなどの聖獣の因子を取り込んだ融合戦士、勇者。勇者は貴方も知っている通り人類以上の戦闘能力を持ち、そして『聖剣作成』などのスキルを得る事に成功しました」
「一つ、疑問があります」
「……聞きましょう」
「勇者と言っても、所詮は単一の戦力でしかないじゃないですか。それだけで、魔族と人類の戦況が好転するとは思いません。そして融合戦士というものの性質上、それらは他にもたくさん存在していたのではないですか?」
「その通りです、察しが良いですね?」
にこりと微笑み、「正解です」と言うアイリス。
「実際、融合戦士はかつてたくさんいました。その中でも勇者は最も強く、優れた『最高傑作』として人類に勝利をもたらし、そして最終的に今までその血筋を残してきました。逆に、他の融合戦士は人類と魔族との戦争の間でほとんどが死んだのです――ですが」
当然、例外もあります。
そしてその例外を、俺は何となく察していた。
いや、原作には登場しない設定だけど、多分裏設定として存在していたのだろう。
それならば、諸々の謎も納得出来る訳だし。
「王族。かつて王族は戦争を統率する者として、率先して融合戦士となりました。そして、彼等が取り込んだ因子は――魔族のものでした」
「魔族……」
「オーガ、悪魔、そしてサキュバス。オーガは力を、悪魔は魔力を、そしてサキュバスは人を統率するのに必要な魔的な魅力を。融合戦士となってそれらを手にする事により、王族は見事魔族を排する事に成功しました」
「……」
「そして今、時代は移り行き今は現代。私もまた王族であり、融合戦士の血脈を受け継ぐものです。ですが、私はその中でも特にサキュバスとしての能力を強く受け継いでいるみたいなのです」
いわゆる、先祖返りみたいなものでしょうか?
彼女は少し首を傾げて困ったように言う。
「人を強く引きつけ、魅了する能力。聞こえはいいですが、しかしその正体を知っている人間からしてみれば、それは嫌悪するべきものなのでしょう」
「嫌悪……」
「貴方は、どうですか?」
彼女は。
アイリスは。
目を伏せ、どこか甘えるような、それこそ魅了するような声色で俺に尋ねてくる。
「私が嫌いになりませんか? 貴方が私に感じているであろう感情がすべて偽物だとしたら、それを押し付けたであろう私を、嫌いにはなりませんか?」
「……」
俺は。
一度口を固く閉じ。
それからゆっくりと開いた。
「バカじゃないですか」
「……へ?」
俺の言葉に、彼女はきょとんとする。
目を丸く見開くアイリスに俺はまくし立てるように告げた。
「生まれだのなんだのってのを考えてたらきりがない。だって人間は誰しも血筋血脈に支配されているんですから」
「それは、でも」
「見た目、容姿。髪の色や瞳の色、それこそ身体能力だってそれらに影響される。俺達融合戦士の末裔だけが特別じゃあないんです」
だから、アイリス。
俺は言う。
「貴方は特別じゃない。どこからどう見ても、普通の女の子ですよ」
その言葉にアイリスは少し呆然とし。
ぽかんと間抜けに、普通の女の子のような表情をし。
それから、くすくすと笑い始めた。
「ふ、ふふ。そ、そうですか! 私が、普通の女の子、ですか!」
「そう、ですよ。俺からしてみれば、普通にそう見えますって」
「あは、なるほどなるほど。貴方はそう言う人間なんですね勇者様。想定外で予想外で、そして何より喜ばしい」
ひとしきり笑った末、彼女は「ふーっ」と大きく息を吐く。
そして俺の瞳をじっと見つめてきて、言う。
「ありがとうございます、勇者様。貴方との会話は、私にとってとても有意義なものだった」
「そう、ですか」
「とても面白かったです――その、これは私の我儘なのですが。また、こうして会って話せますかね?」
「さっきも言った通り。貴方の退屈を紛らわせるためならば、何度でも会いに来ます」
「ふふ、ありがとう――とここで良い感じに話を終わらせたいですが、しかし肝心のグラーがまだ帰ってきません。なので、まだ貴方にはここで時間を潰して貰いましょう」
「え゛」
少し固まる俺に対し、彼女は再びくすくす笑いながら言う。
「もう一度、私の身体をマッサージします? 何なら、腰とかも触れて貰って構いませんよ?」
「え、遠慮します!」
相手が王族の女子の身体に触れると言うのは、やはり難易度が段違いだった。
「また、お会いしましょう」
……学園長は割と早く帰ってきたため、結局俺は彼女に再びマッサージをするような事はなかった。
良かった良かった。
そして俺は学園長に連れられて学園へと戻って来た。
やっと授業を受けられる、そう思っていたのだがしかし学園に人の気配がない。
どういう事だ?
そう思っていると、学園長は呆れたような表情で言う。
「学園はしばらくお休みじゃよ」
「へ?」
「あんな事があったからのう。黙祷という意味もあるし、それにショックを受けている生徒も少なからずいる。だから、しばらくは皆休んで貰う事にしたんじゃ」
「ああ、そういう……」
学園がいきなり戦場になったのだ。
そもそもこの学園は生徒達を戦士へと仕立て上げる為に作られたものとはいえ、生徒達、特に一年生達はまだそう言う事に耐性はないだろう。
俺もその内の一人だ。
だからいろいろとショックを受けて立ち直れていない人もいなくはないに違いない。
「教師も生徒も決して少なくない数を失ってしまった。だから授業を続けるのが困難な授業もある。だからこそそれの調整も必要だからって理由もある」
「学園は、この後どうなるのでしょう」
「どうにもならんよ。変わらず、魔族に対抗するための戦士を産み出し続ける――それがこの学園の存在する意味じゃ。本来は逆の目的のために生み出されたのじゃがな」
「そう、なんですか?」
「ああ、そうじゃ。かつてこの世界には半端な知識と力量を持っているが為に勘違いした結果、戦死をした者が数多くいた。そのような者を減らすためにおおよそ200年ほど前に私が設立したのがこの学園じゃ」
「そう、だったんですか」
一瞬頷き掛けたが、しかしちょっと待てと思った。
「200年前?」
「ああ、そうじゃ」
「そんな昔から学園長って生きてたんですね」
「これでも一応最初期の勇者と同時期に産まれたからのう」
「……それってつまり」
「ああ、そうじゃ。私もお前やアイリス王女と同じ、融合戦士なんじゃよ」
「融合戦士……」
やっぱりかと思った。
これもまた原作をプレイしていても出てこない情報だったが、しかし人間以上に長生きするためにはそうでなくてはならないだろう。
「学園長は何の因子を取り組んだのですか?」
「エルフ、そしてドラゴンじゃ」
「ど、どらごん?」
「エルフは手先の器用さを、そしてドラゴンは私に強靭さと魔力をもたらした。お陰で勇者とも普通にやり合えるほどだったんじゃぞ、これでも」
「それは、はい。信じますけども」
「だがまあ、融合戦士の誕生は人類と魔族との戦いに一石を投じる事になったが、しかしその波紋は至る所に影響を与える事となった。例えば、エルフとの交流もその一つじゃ」
「確か、戦争の間に交流が行われなくなったんですよね。それも融合戦士の誕生と何か関係が?」
「融合戦士に自身の肉体の因子を使われた事に対し、エルフの高潔な血を汚されたと思い激怒した彼等は人類と一方的に交流を絶ったのじゃ。まあ、さもありなんって感じじゃがな」
「それは確かに、怒りそうですね」
そしてそれ以外にも人類は多大な犠牲を出してきたのだろう。
それこそ吐血しながらも走り続けてきた人類は、今やどうして生きているのか分からないような状況だ。
どうして魔族と人類は戦っているのか。
それは結局原作では語られなかった。
まあ、本来は抜きゲーよりのエロゲなのでそんな情報は所詮無駄な知識でしかないので語られなかったというのが事実だろうが、しかしそのゲーム世界の登場人物になってしまった以上、そこの設定については知っておきたかった。
未だに魔族は人類を滅ぼそうとしている。
しかし理由なくしてそんな事をするだろうか?
魔王は一体、何を考えているのだろうか?
……それも、ただの戦士でしかない俺は知らなくて良い情報なのだろうか?
「ああ、それと」
と、そこで学園長はたった今思い出したと言わんばかりに手を叩く。
「お主、ジョンよ。これから生徒達は数週間休みになるが、それでお前も暇を持て余す事になる」
「それは、そうですね」
「暇なら、私が一つ稽古をつけてやろうかの?」
「稽古?」
「こうして魔族が学園に直接突貫してきた以上、これからもそのような事がないとは言い切れん。その時、お前は再び剣を手に取り戦う事になるだろうからの。その時の為に、お前を私が直々に鍛え上げてやろうって話じゃ」
「それは、なんて言うか」
俺は考える。
本音を言おう。
戦いたくない。
そんなの俺の知らないところでやってて欲しい。
俺は平和主義者――いや。
むしろこう言うべきだろう。
傍観主義者。
戦いとは無縁の生活を送っていたい。
だけども――
「俺が戦わなくちゃ、死んでしまう人もいるんですよね」
「いや。そんな事はないよ、残酷な話じゃがな」
学園長は頭を振る。
「お前が戦いに参加しないと分かっているならば、そうと分かった上で防衛を行うだけの事、それだけじゃよ。所詮勇者と言っても強大な人的戦力の一つでしかない。欠けた穴を塞ぐのは大変じゃが、しかし出来ない訳じゃない」
「でも、俺は」
俺は、答える。
「俺が抜けた結果、その穴埋めをする人達がいるんですよね」
「それは、勿論」
「それじゃあ、俺は。無視出来ませんよ」
イヤだけど。
戦いたくないけど。
だけど、見て見ぬ振りは出来ない。
「お願いします、学園長。俺に稽古をつけてください」
「……その答えを待っておったよ」
学園長は笑う。
俺も笑う。
笑って、この辛くて苦しい現実から目を逸らす。
逸らして、明日もまた頑張れるように。
俺は戦場へと続く道を一歩、踏み出すのだった。
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