婚約破棄された公爵令嬢は盤上の魔女(ゲームメイカー)となって国を揺るがします

香山黎

第1話 ある令嬢の悲恋

 麗らかな春の日差しが心地よく、鳥のさえずりがそこかしこから聞こえる。


 首都郊外に広がる、最も目を引く蒼玉の湖とその周辺は平穏そのものだ。

 

 その美しい円形の湖の中心に、私、ルティア・イリオールはいた。手漕ぎ舟を漕いで、この湖の中心に至ったのだ。


 息が切れ、肩や腕が痺れる。手のひらには豆ができて傷む。平生、運動などしないせいだ。

 

 ここまで来れば――。


 凪で澄み渡った湖上は瑠璃で作られた硝子の円卓を彷彿とさせる。


 でも私には詩想に耽っているいとまはなかった。従者達が気づく前に、全てを終わらせなければならない。

 

「ランパルトさま……」


 1本ずつ金糸を植え込んだような見事なクセのある金髪。大理石を丁寧に削り磨き込んだ白皙の肌、少年のように無邪気な笑顔。瞼を閉じるとまるでそこにいるかのようにその身姿がうかぶ。


 不意に涙が溢れた。


 こんなに思っても、もはやどうにもならないこと、ね――。


 岸辺の方から、自分を呼ぶ声が微かに聞こえた。


 ゾーフィアが気付いたのだろう。


 私は舟の上に立ち上がり、彼女に微笑む。


 さようなら――。


 一点風がそよいだ後、絹のワンピースが帆のように風をはらむ。


 私の視界は白い泡に包まれる。


 身体はくくりつけた石の重みでどんどん湖に沈んでいく。


 ――すぐに、終わる。


 息ができない苦しみも、所詮一瞬だ。泡のように消えていく私の人生そのもの。


 紺青こんじょうから藍色、濃藍のうあいへと変わっていく水の色。

 光が届かなくなって、それは黒色へ――。

 黒い、漆黒の淵へと私の身体は沈んでいった。


 苦しい。


 冷たい。


 何も見えない。


 どろりとした何か。


 何が私を―。


 つつまれた?


 あ――。 

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