【伊藤博文】不況? 大日本帝国には影響ありませんが何か

 執務室の窓から外を見ると、目の前には広がる青空と、初冬の空気に清々しさを感じる景色が広がっていた。空の色は澄み渡り、気温も肌に心地よく、自然と肩の力が抜ける。まるで、伊藤博文の心の中に溜まっていた疲れや不安が、少しずつ溶けていくような気がした。



 確かに、政権を握るというのは重い責任が伴う。しかし、こうして静かな瞬間を迎えたとき、どんなに忙しくても、どんなに悩ましい問題が山積していても、つかの間の平穏に包まれることができるのだ。



 「さて、今日も国のために頑張るか」と心の中で静かに決意を新たにしたその瞬間――ドアが勢いよく開かれ、側近が慌てて入ってきた。



「首相! 一大事です!」



 その声には明らかに慌てた様子がにじみ出ており、手に持っているものが電報のように見えた。普段、冷静沈着な側近がこのような態度を取るのは、よほど深刻な事態だろう。伊藤博文はその動揺を冷静に見極めようとしながらも、心の中に不安が広がっていくのを感じた。もしかして、アラスカの状況に何か異常が発生したのか?



「そう焦るな。どうした?」と、伊藤博文は少しだけ落ち着いた声で問いかけた。



 すると側近は、一息ついてから言葉を続けた。



「一言でいうなら、不況です。それも、大不況です! 世界中がパニック状態です!」



 不況……? 確かに、最近、世界情勢は不安定なものが多かったが、まさかこんなにも急激な変動が起きているとは思いもよらなかった。



「それで、状況はどうなんだ? 具体的には?」と、伊藤博文はさらに尋ねた。焦る気持ちを必死に抑えつつ、冷静に状況を把握しようとしていた。



 側近は一度深呼吸をし、その後言葉を続けた。



「我が国への影響は少ないと思われます。というのも、不況になったのは欧米に限定されていますから」



 伊藤博文は一瞬、意表を突かれたような表情を浮かべた。思いもよらぬ状況に、思考が一瞬止まる。だが、すぐに疑問が湧く。



「欧米だけ不況? 本当なら嬉しいことだが……。なぜ、そう言い切れる?」



 彼はその情報に対して疑念を抱かずにはいられなかった。それほどまでに不況の波が広がっているとすれば、それは日本にも少なからず影響を及ぼすはずだ。だが、側近は自信を持って言った。



「理由はこうです。ドイツが銀貨の製造をやめたのです。つまり、銀の需要が下がったわけです」



「銀の価値が下がった。なるほど、アラスカで金を採掘している我が国には影響は少なそうだな」と、伊藤博文は自分の予測が少しだけ正しかったことに内心で安堵の息を漏らす。



「そうなんです! そして、銀を産出していたアメリカにも打撃を与えました。こんな感じに!」側近は拳を握りしめ、机を思いっきり叩いた。その勢いで、思わず「痛い!」と声をあげる。



「それで、欧米はどんな感じなんだ?」伊藤博文は冷静さを取り戻し、話を進める。



 側近は目を輝かせながら、続けた。



「アメリカですが、大きな銀行が破綻したらしいのです。それも、いくつも!」



「うんうん。それで?」伊藤博文は、少し笑いを堪えながら、さらに尋ねた。



「銀行が破綻すれば、結果はお分かりでしょう? 企業が数えきれないほど倒産しましたし、解雇された人々で街中が溢れかえっているのです!」側近は、まるで自分がその情景を目撃したかのように、興奮して話す。



 その様子を見て、伊藤博文は思わず微笑みを浮かべた。今、世界で何が起きているのかを必死に語る側近に対して、多少の笑いを堪えることができなかった。しかし、これが日本にとっても好機であることを理解し、内心では一抹の安堵を感じる。



「これで、アメリカも当分は戦争ができないでしょう」そう言い合った二人の顔には、明らかな安堵が浮かんでいた。



 「よし、分かった。もう下がって大丈夫だ。そうだ、帰るついでに陸軍大将の西郷を呼んでくれ。話がある」と、伊藤博文は部屋を片付けつつ、次のステップを考えていた。



 その思いは一つだった。アラスカの資源を守り、次なる一手を打つためには、周辺国との関係強化が不可欠である。

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