第25話 気持ちはきっと無くならない
階段を上り終えた俺たちは、早速既に長蛇の列になり始めている参拝の列に並んだ。
ちらほらと見える着物姿の参拝客や、境内に並ぶ屋台の数々。
誰も彼もが吐く白い息や、曇天とまではいかないが少しだけ白みがかっている空。
からんからんと鳴り響く鈴の音や、スマホを見た時の1月1日という文字に覚える妙な感慨深さ。
ここにあるのは、どこまでも正しい新年の空気だった。
(こういうのを趣って言うんだろうな)
まあ、それが分かっていても、
「……人に酔うな、これ」
「え? 海斗って人混みそこまで苦手だったっけ?」
俺のげんなりとした呟きに、咲希が意外そうな顔を向けてくる。
「何事にも限度ってものがあるんだよ。いつもなら初詣はピークが過ぎてからこっそりと行ってたし」
「私たちもいつもならそんな感じですよね」
「うん。俺たちは完全に人混みあまり得意じゃないタイプだからね」
根が完全にインドア派だからな、こいつら。
それから、思ったよりもあっという間に参拝の順番が目前になってきた。
長蛇の列だったが、話してたら案外短く感じるもんだな。
4人で横並びになって、賽銭箱にお金を入れて、咲希が代表して鈴を鳴らして、二礼二拍手一礼。
目を閉じて、神様に祈る。
(……いや、思ったよりも何もないもんだな)
こうして祈りに来ておいてなんだが、俺は元々自分のことを神様に祈るようなタイプじゃない。
神様とやらが本当にいるとしたら、俺はさぞ可愛げが無く映るのだろう。
(別に俺のことじゃなくていいよな)
自分のことは自分で何とかする。
だったら、俺の分の願いは蓮と咲希に回してほしい。
蓮と咲希が、いつまでも仲良く、末永く幸せでいられますように。
柄では無いし、直接は小っ恥ずかしいので絶対に言ってやらないが、それが俺の願いだ。
祈り終えた俺は、そっと目を開けて周りを見ると、凪と目が合った。
蓮と咲希はまだ手を合わせて祈っている。
俺と凪は、小さく頷き合って先に列から外れて、蓮と咲希を待つことに。
「長いですね、2人とも」
「祈ることが多過ぎて選定に時間かかってるんだろ」
それか全部を祈ってるか。
「海斗君は何をお願いしたんですか?」
「世界平和とか」
「絶対嘘じゃないですか」
呆れた目で見られる。
どうやら、俺は世界平和を願うような人間には思われていないらしい。
「そういう凪は何をお願いしたんだよ」
「何だと思います?」
「……」
「そんなあからさまにこいつめんどくさいみたいな顔しないでくださいよ」
自分だって答えてくれてないくせに、と凪が非難めいた目を向けてくる。
「いやその切り返しの仕方、年齢聞いていくつに見えるって聞き返されるくらいめんどくせえから」
多分、世界で最もめんどくさい質問トップ3に食い込んでると言っても過言じゃない。
言われて想像したらしく、凪が少しだけ眉を顰める。
「……すみません。それはめんどくさいですね」
「だろ?」
まあ、俺がちゃんと答えなかったのが悪かったか。
俺はふう、と息を吐き出しながら、頭をかいた。
「俺自身のことじゃなくて、あいつらのこと祈っておいた。自分のことは自分でなんとかするから、その分をあいつらに回しておいてくれってさ」
やっぱこれ、すげえ臭くて恥ずかしいこと言ってる気がしてきたな。
「って、なんだよ。その優しい目は」
吐露し終えた俺を、凪がとんでもなく優しい目で見つめてくる。
「特に含みも無くそのままの意味で見てます。海斗君は優しいな、と」
「やめろ。口にするな。あとその顔もやめてくれ」
調子が狂って仕方がない。
「ってか、どうせお前だって同じこと祈ったんだろ」
「その心は?」
「お前もそういう奴だからだよ」
誰かに尽くすタイプで、俺と同じく自分の幸せよりも他人を優先した奴が、同じこと考えないわけねえだろ。
「で? 答えは?」
「秘密ですと言いたいところですが、正解です」
「だろうな」
ぶっちゃけ、聞く前からそうなんだろうなとは薄々思っていたくらいだ。
肩を竦めたところで、ようやく蓮と咲希がこっちに向かって歩いてくるのが見えた。
「ごめん、お待たせ」
「随分と長かったな」
「ちょっとお願いしたいことが多くてさ」
「わたしもー」
どうやら予想通りだったらしい。
「そんで、こっからどうする?」
「わたしはおみくじ引きたいかな」
「私はお守りが見たいです」
女性陣の意見が分かれた。
(順番で周ってもいいかもしれないが)
どうするべきだ?
俺は少しだけ考える素振りをして、
「じゃあ二手に別れるか? 4人で来てるとはいえ、少しくらい2人の時間もあった方がいいだろ」
蓮と咲希を少しだけ別行動させることを提案した。
「そうですね。咲希ちゃんもせっかく着物を着て特別なおめかしをしているんですから、独り占めしてあげてください」
凪も俺の意図を察したらしく、すぐに俺に続く。
「……うん。分かったよ、2人がせっかくそう言ってくれてるんだし」
「だね。行こっか、蓮。2人とも、また後でね」
蓮と咲希もこういう流れに慣れてきたのか、案外すんなりと承諾した。
2人は仲睦まじく寄り添い合い、おみくじが引ける所は歩いていく。
そんな2人を見守っていると、
「……神様に2人のことを祈っておいてなんですけど」
凪の呟きが耳朶を打つ。
見ると、凪は瞳に寂寥感を灯して、弱々しい微笑みを向けてくる。
「私たちのこの気持ちって、いつ無くなるんですかね」
その問いかけに、俺は。
「……多分、無くなることはないんじゃないか?」
「え?」
凪が目を瞬かせて、俺を見上げてくる。
「俺もさ、ずっと考えてたんだよ」
凪のその疑問は、実は俺も何度も考えたことだ。
「俺たちの好きって気持ちが風船みたいなものだとしてさ」
「……はい」
「俺たちは10年単位でその風船を膨らませてきて、失恋したわけだ」
「……そうですね」
まだ要領を得ない様子の凪。
伝わるかどうかは分からないけど、俺は続ける。
「好きって気持ちが風船を膨らませていたなら、失恋したら萎んでいく。でも、風船が割れたわけじゃないから、萎んだあとの風船は残るだろ?」
「……あ」
「だから、小さく萎んでも無くなることはないんじゃないかって、思ったんだ」
凪は俺の考えを噛み砕くように、間を取って、やがて小さく頷いた。
「期待に沿える答えだったか?」
「……はい」
「そりゃよかった」
俺たちは、示し合わせたように、遠目に見えるおみくじの列に並ぶ蓮と咲希の姿を見つめた。
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