金毘羅さんの帰還

三分堂 旅人(さんぶんどう たびと)

金毘羅さんの帰還

 宮本清一は瀬戸内海を知り尽くした伝説の船乗りだった。しかし、最後の航海で激しい嵐に襲われ、彼の愛船「白波丸」は深い海の底に沈んだ。それ以来、清一は船を失った失意のまま、港町高松で小さな古道具店を営んでいた。

 ある日、古びた航海日誌を整理していると、一冊の薄汚れた航海図が目に留まった。それは、かつて自分が命懸けで探した「幻の島」への地図だった。しかし、沈没の混乱の中で失ったと思っていたその地図が、なぜここに?不思議な胸騒ぎを感じながら、清一は店を閉めた。

 その夜、夢を見た。満月が瀬戸内海を照らす中、波間から無数の白蛇が現れ、彼の足元に集まった。「金毘羅さんが呼んでいる」――風が囁くように響いた。

 翌朝、目覚めると、古道具店の奥から「カラン」と不自然に風鈴が鳴った。誰もいないはずの場所から、何かが呼ぶような気配がした。恐る恐る奥へ行くと、見覚えのある古びた木製の舵輪が埃をかぶって置かれていた。それは「白波丸」の舵輪だった。

 驚愕する清一の耳に、微かに「こんぴらふねふね、帆を上げろ……」という昔の唄が響いてきた。

 混乱しながらも、舵輪に触れた瞬間、視界がまばゆい光に包まれ、気がつけば彼は港の波止場に立っていた。目の前には、黄金色に輝く帆を広げた「白波丸」が、かつての威容そのままで停泊していた。

「夢……か?」

 恐る恐る乗り込むと、すべてが以前と同じだった。ただ、舳先にはなぜか金刀比羅宮のお守りがしっかりと結びつけられていた。まるで帰還を約束する印のように。

 潮風が吹き始め、船は静かに動き出した。帆が風をはらみ、船首はかつて沈んだ場所を目指していた。清一は全てを委ねるように舵を握り締めた。「幻の島」が再び彼を待っている気がしてならなかった。

 ――だがその時、ふと胸元に視線を落とすと、金毘羅宮のお守りがない。

「まさか……!」

 振り返ると、船の舳先に立つのは、彼そっくりの若い船乗りの姿。彼は笑みを浮かべ、静かに舵を握り直した。

 次の瞬間、海風が強まり、船は一瞬にして消え去った。

 後に高松港の古道具店は「宮本清一行方不明」として廃業したが、地元の漁師たちは嵐の夜、沖に黄金色の帆を広げた「白波丸」を何度も目撃したという。船首には不思議な光を放つ金刀比羅宮のお守りが輝き続けていた。

 そして、港の片隅に残された古びた舵輪だけが、今も潮風に吹かれながら静かに回り続けているという。

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金毘羅さんの帰還 三分堂 旅人(さんぶんどう たびと) @Sanbundou

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