雑記

うみしとり

第1話

 アラームに目覚めて人工的な白色をつけたら世界が始まるが、いつだって胸にはおどろおどろしい不安感が存在していた。

 毎朝すべてが振り出しに戻ってしまったような虚しさが起き抜けの弱い生き物を照らしている。

 せめて楽しい夢の記憶の欠片の一つでもあれば、もう少し心が躍っただろうに。

 思い返せるのは黒々とした無、あるいは真っ白で何の変哲もない非存在。

 世界が驚くほど何も変わっていない事への静かな絶望に、僕は嘆息する。


 少しだけ気分を上げようとしてみると、徐々に理由のない楽しさが私の心に沸々と湧いてくるが、その井戸の底には真っ青で息ができない深海が泡を吐いている。


 つまり毎日一番気分が良くないのが朝で、日常的な楽しいことで夜にかけて気分があがっていく。そしてまた眠って、降り出しの様な変な気分で目覚めるのだ。


 僕はこのメカニズムがわからない。どうせ日中は楽しくなるのだから、もう少し楽しい気分で目覚めてもいいはずなのだが。

 喉がつまったような感じと、お腹がつまったような感じ。

 呼吸が浅くなっていって、モノクロが満たしていく。


 だめだ。この方向は良くなさそうなので、ファンタジー世界のけもみみの事を考えることにする。

 紅葉が煌めいて赤と黄色に満たされた城の裏山はいつだって香ばしい焼き芋のような香りがする。ふわふわの耳を生やした可愛い奴らが周りにいっぱいいて、僕はそいつらとピクニックを楽しんでいる……。


「焼き芋は焼くのがいちばん美味いんだ」


 ホクホクの繊維質を口いっぱいに頬張りながら、三日みっかはとろりと緩んだ口元を僕に向ける。

 ぼくは空を仰ぎながら少しいたずらっぽく反駁する。


「知ってるか? 生の焼き芋が一番芋っぽいんだ……」

「生の、焼き芋」


 彼女が目を見開き、自信が手にした調理済みの紫と、遠くにうず高く積まれた未調理の甘藷を交互に見つめる。


「知らなかったな、今度試してみるよ……」


 その耳が不思議そうに揺れるのを僕はただ面白そうに眺めている……。



 よし、なんか楽しくなってきた。

 けどなんだろうこれは。

 何故僕は朝からファンタジー世界の獣人と一緒に焼き芋を食っているのだろうか。


 しかしこれはいいな。僕の心はけもみみのもふもふで満たされた。

 これが異世界転生ってやつか。

 毎朝何か短編集でも書くようにしようか……?

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