個人レッスンのような(1)

 先輩に、サシ練習を任された。パートナーは美冬だ。

 うちのフルートパートには二年生がいないから、忙しい三年生に代わって、初心者の面倒を見るのは、私の仕事なのだそうだ。


 三年生の先輩方は、悪い人たちではないけれど、どこかふわふわと、物事を楽観的に捉えている節がある。


 『次期パートリーダーとして、がんばってね』なんて、言われても。

 私の方は、まるで自信がなかった。


 だけど、これから先、美冬と一緒に練習していくのは、先輩達でなく私なわけで。

 だったら、初めから私が練習を見た方が、効率がいい。

 確かに、と思った。


 放課後、先輩方が合奏中の音楽室前を避けて、空き教室で音を出す。

 やっぱりいつも通り、私のいる部屋に美冬がやってくる。

 ちょうどよかった。


「進藤さん」

「あ、うん。なに?」

「『サシ練』のこと、先輩から聞いてる?」

「えーっと、なんだっけ」


 美冬は、何も知らないようだった。

 ひとまず、『サシ練』の概要を説明する。


 今までも、個人的に、彼女の練習に口を出したこともあったけど、これで先輩公認で、私は美冬の練習を見ることになる。

 同じ学年なのに、個人レッスンみたいなことをするというのは、なんだか不思議な感じだった。


 練習を進めていくと、当たり前だけど、美冬は基本的なことは、ほとんど何も教わっていないことがわかった。

 先輩方も忙しかったし、彼女達にしても、中学時代からの経験者だから、まるきり初心者の指導をするのは、大変だったのかもしれない。

 それに、部活でしか演奏をしたことがないようだし。


 一方、私はといえば、自分で言うのもなんだけど、中一から個人レッスンについて、ソロでもコンサートに出たりしているから、部活の子達よりは、経験は豊富だと思う。

 先生の受け売りで良いなら、アドバイスできることもたくさんあった。


「ちょっと失礼」

「ひゃあっ」


 腹式呼吸を教えようと、美冬のお腹に触ったら、悲鳴を上げられてしまった。


「あ、ごめん」

「えーっと、これ、なに?」

「腹式呼吸ってわかる?」

「聞いたことあるような、ないような」


 いきなり触ってしまったことを反省する。

 そういえば、管楽器経験者はこういうの、慣れてるけど、美冬は初めてなのかもしれない。


 わかりやすいように、私のお腹に手を当てさせて、腹筋の動きを見せる。


「こんな感じで。胸を動かさずに腹筋で呼吸するイメージ、っていうのかな。厳密には違うんだけど、まあいいや」


 美冬のお腹は、細いけど筋肉はなさそうだったから、鍛えがいがありそうだった。


「じゃあ今度はさっきと同じのを、呼吸だけで。メトロノームに合わせて。フォルティッシモで」


 自分が教わったように、手順を踏んでやるだけだ。

 美冬は飲み込みが早くて、一度か二度説明しておけば、あとは勝手に練習して身につけてくれる、優秀な生徒だった。


 教えると言っても、私はただ簡単に道案内をしているだけ。

 山道をしっかりとした足取りで登っているのは、美冬本人だった。

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