合宿のはじまり(2)
まずは部屋に荷物を置いて、その後でホールに集合して、全体合奏の準備を行う。大きい楽器の搬入や椅子のセッティングを済ませたら、昼食が待っている。
時刻は十二時半になっていた。
食堂に着くと、座席をくじ引きで決める。同じメンバーで固まらずに、なるべく色々な人と話して親睦を深められるように、との配慮だった。
私の席は、一番奥の窓側の席だった。同じテーブルには、向かいの席にコントラバスの一年生の拓巳くん、隣にヴァイオリンの一年生の駿くん。
それから、斜め前の席に、須賀さんがいた。
「あ、進藤さん。おはよう」
須賀さんが笑いかけてくれる。そう言えば今日初めて会話をするけど、でもいくらなんでも『おはよう』はないんじゃないだろうか。
「須賀さん、もしかして寝起き?」
須賀さんの向かいにいる駿くんが笑う。そうか、バスの中で寝ていたから、須賀さんからしたら、今が『おはよう』の時間なわけだ。
「
拓巳くんが呆れたように言う。『真雪』というのは、須賀さんの下の名前で、それは当然知っているのだけど。
拓巳くんとは、仲がいいのかな。なんだか、モヤモヤを感じてしまう。
「拓巳は、須賀さんと同じ中学なんだっけ?」
「うん。まあ、腐れ縁みたいな感じ」
私の疑問を解消してくれるかのように、駿くんが問いかけた。なるほど、そういうことか。
「真雪、クラシックオタクだからさ、駿とも話合うんじゃない?」
「そうなんだ。須賀さんはどんな曲が好きなの?」
「あー、そうだね。色々聞くけど、バッハが一番かな。ここのオケじゃ、やれないけどね」
「バッハ難しいからね……。それ以前に、編成の問題で、やれる曲は限られてるもんなぁ」
「進藤さんは、何が好き?」
拓巳くんが、今度は私に話を振ってくる。
「私もよく聞くのはバロックとか古典派が多くて。高校オケだとあまりやらないみたいだよね」
「ロマン派もいいよー。今度やるブラームスも、いい曲たくさんあるし」
拓巳くんも駿くんも、心の底からクラシックが好きな人間のようだ。さすがオーケストラ部だ。なんだか私も嬉しくなる。
「そうだ、今度一緒に、大学オケの演奏会行かない?」
「いいね」
珍しくノリノリで、須賀さんが賛成する。
とりあえず、今度四人で演奏会へ行くことが決まった。楽しみだ。
音楽の話でひとしきり盛り上がり、食事の時間が済んだら、次は十四時から全体合奏がある。
ウォーミングアップに時間のかかる私は、早めに行って音出しをしようと、すぐにホールに向かった。
今日こそ一番乗りになれるかな、と思ったけれど、やっぱり先客はいた。
言うまでもなく、須賀さんだ。
「須賀さん、ほんとにいつも早いね」
「まあね。せっかく音出し放題だし、吹いとかないともったいないから」
キラキラした音を、ホール中に響かせている須賀さんは、本当に生き生きとしている。
「そうだ。今夜さ、サシ練、いいかな? 全体合奏終わってから、お風呂入った後にでも」
「うん、大丈夫」
『今夜』なんてワードに、反応してしまう私は、馬鹿みたいだろうか。
合宿なんだから、夜も一緒なのは当たり前のことなのに、なんだか夜になるのが楽しみすぎて、ソワソワしてしまう。
こんなのまるで、小学生みたいだ。
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