すれ違い告白日和

めがねあざらし

すれ違い告白日和

高橋悠人たかはし ゆうとは、悩んでいた。

同僚の天野圭介あまの けいすけが自分に特別な感情を抱いていることに気づいてしまったのだ。


目があえば避けられる。

話しかければ素っ気ない。

すれ違って此方が挨拶してもあちらは頭を下げるだけ。

他の同僚と話すときは普通なのに、俺に話すときは声が低い。

飲み会で隣の席だった時はあからさまに移動された。


……ここまでされれば嫌でも分かる。

特別な感情=苦手or嫌い、で決定だ。

ここまでならいい。ここまでならば良かった。

業務連絡以外でしか喋らない人間なんてのは会社の中にはゴロゴロいる。

その一人として扱えばいいだけだ。


だが、問題があった。


この天野圭介という男、とにかく何でもできる。

そもそも顔が良い、そして声が良い、更に高身長、もっと更に高学歴。

ここまで来たらチートだろ、と悠人は思っている。

人受けもよければ、仕事だってできる。異常だ。

そんなチート野郎に悠人は恋をしてしまったのだ。

どこでそうなったのか、分からない。

いや……理由はある。

圭介は悠人が困ったときには必ず助け船を出してくれる。しかも厭味なく。

悠人が残業の時も、珈琲や甘いものなどを無言で差し入れてくれる。

嫌いな人間にでも──多少の違いはあるけれど──そうした気遣いができるところにきゅんときてしまったのだ。

そして気が付けば好きになっていた。そして気が付けば嫌われていた。チーン。


「男同士なんて、迷惑だよな……」


そんな風に思いながら、溜息を吐く。

男同士どころか、嫌われてますしね!と空笑いが漏れる。

そして悠人はよくわからない勢いで、今日、屋上に圭介を呼び出していた。

ここいらではっきりとしておきたいという気持ちがジワリと沸いたのが今日の昼過ぎで、夕方を過ぎたころに社内メッセージで、


『終業後屋上で待っている   高橋』


勢いのまま送った。我に返ったのは送った3秒後で、時すでに遅し。

そしてすぐに返信は来た。


『分かりました 天野』


自分も素っ気ないメールではあったが、素っ気なくきた返信に胃がキリキリした。

なんか敬語だし。もうやだ帰りたい……と悠人はメールを見た途端に机に突っ伏した。何をはっきり⁈呼び出して俺は何を話せば⁈と、頭を抱えた。

隣の同僚に「高橋、大丈夫?」と驚かれた。恥ずかしかった。

だが呼び出したからにはドタキャンするわけにはいかず、仕方なく屋上にあがってきたのが先ほどだ。

ビルの合間を吹き抜ける冷たい風が悠人の頬を撫でた。


「……何をどう言っても玉砕覚悟過ぎて吐きそう」


青い顔で、ポツリと呟いた。



一方の天野圭介は意気込んでいた。

入社以来秘めてきた想いを、今日こそ悠人に伝えようと決心していたのだ。

そう、圭介は──悠人が大大大大大大好きであった。

好きすぎて話す時には緊張してしまうくらいには大大大大大大大好きであった。

一目惚れだ。悠人を見たとき、地上に天使が舞い降りたのかと思ったくらいだ。

とにかく悠人は可愛い。顔も可愛い、声も可愛い、身長は自分に見合っていて、素直さが天下一品。くるくる動く表情も最高だ……と圭介は思っている。

今回、悠人に呼び出されたことを機に、これはもう告白のチャンスだ!神様ありがとう!と心で十字を切った。キリスト教徒ではないが。

しかし十字を切った後、こうも思った。

悠人から屋上に呼び出されるなんて、これは間違いなくあれだろう……そうだ、告白では⁈と。

いや待て、悠人が自分から告白なんてするタイプだろうか。いやいや、こんな意味深なこと……これはもう確定だ。ということは両想いか……!とも。

圭介はそれなりに思い込みが激しいタイプだったのである。

エレベーターを降りて、圭介は屋上に続く階段を駆け上がる。

頭の中では教会の鐘が鳴り響いていた。勿論結婚式のあれだ。

深呼吸をしながら重い金属の扉を抜けた屋上は少し肌寒く、風の音だけが響く。

その先には悠人──夕日を背にした悠人の姿に思わず息を飲んだ。

ふおっ……可愛すぎる……!天使……!圭介の胸の中で花弁が舞い散った。




さて、こうして二人は邂逅した。

けれど心の中は何かと騒がしい二人ではあったが、いざ対峙すると、緊張で視線を合わせられない。

無駄に時間だけが二人の間を駆け抜けていった。


「天野……」


悠人が先に口を開いた。


「お前、俺といると落ち着かないだろ?」


圭介はドキッとした。


「そ、それは……まあ、そうだけど」


悠人は目を伏せて頷いた。


「やっぱりか……悪かったな迷惑かけて」

「迷惑?」


圭介は驚きの声を上げる。


「いや、むしろ光栄だよ!」


圭介は叫んだ。


「光栄?」


悠人の顔に困惑が浮かぶ。

光栄って光栄?架け橋かけるやつ?悠人は首を傾げた。

何をどうしたら光栄とか言葉が出るのか。さっぱり理解が追い付かない。


「いや、ええと……俺の気持ちを聞いたら引くと思うんだけど……」


圭介は真剣な目で悠人を見つめる。そしてこう言った。


「俺は何があっても引かない。むしろ嬉しいくらいだ」


悠人は頭を抱えた。やはり理解が追い付かない。

仕方がない話で、悠人はとにかく自分が嫌われていると思い込んでいるのだ。


「嬉しいとか言われても困るんだけど……普通は無理だろ?」

「無理なわけないだろ!」


圭介は勢いよく否定する。


「俺はずっとお前が好きなんだ!」

「えっ?」


悠人は一瞬硬直した。


ハイ?ナニヲオッシャッテ……?思わず頭の中が片言になる。

そういえば営業のダシャさん、日本生まれ日本育ちのインド人なのに、なんでああも片言なんだろう……俺よりも綺麗な日本語書けるのに。あれ絶対にビジネス片言……いやいやいや!スキって、好き?鋤?隙?え、どれ?てか、なんだっけ?

悠人の困惑は深まるばかりだ。


「ちょ、待て。好きって、どういう意味で言ってる?」

「そのままの意味だよ!好きだって気持ちに他の意味があるのか?」


圭介はまた叫んだ。想いを伝えるために。

しかし悠人は圭介の気持ちが理解できない。

いや、仮に。仮に自分に好きと告げているとして、それが自分と同じ種類の好きとは俄かに信じがたい。

悠人も圭介に負けず劣らず思い込みが激しかったのである。

なので悠人。処理がしきれなくなって勝手に『圭介の好き=友情』と思い込むことにした。アホなことに。

悠人はしばらく黙った後、低い声で呟いた。


「……そうだよな。お前がそんな風に思うわけないよな」


勝手に決着をつけて悠人は項垂れる。

圭介はそんな悠人を見ると、思わず距離を詰めて両手で悠人の肩を掴んでいた。

細い!華奢!圭介の思考の一割がそう騒いだが、今はぐっと抑える。


「いや、想ってるって言ってるだろ!」


悠人は圭介の熱意に気圧されつつも、内心で混乱していた。


「いやいやいや、待て待て。お前、俺が『迷惑だからもう距離を置こう』って言ってるんだぞ?」


圭介は目を見開く。

ちなみにそんな現段階で悠人にそんな言葉はなかった。


「それ、本気で言ってるのか? 俺はずっとお前のそばにいたいって言ってるのに?」


悠人はため息をつき、眉をしかめた。

更にちなみに。圭介にもそんな言葉はなかった。

だが二人ともそんなこと気にしていない。

お互いに見つめ合う。


「お前、俺のこと避けてたじゃん……」

「……?そんなことはない。そう思ったならば避けてたんじゃなくて、緊張してたんだが?」

「は?」


悠人は目を丸くする。


「お前が? 緊張?」

「そうだよ。それに、お互いに意識し合ってたんだろ?」


悠人は口を開けて閉じた。

意識。いや、まあ意識ではあるが。ええ?悠人が何度も頭を傾げる。


「お前……どんだけ……。俺、嫌われてると思ってたんだけど?」


圭介は悠人の肩を叩き、笑みを浮かべる。


「バカだな。嫌われてたら、こんな風に二人きりで話そうなんて思わないだろ?」


だろ?と首を傾げた圭介に対して悠人は混乱しきりで、頭が痛くなってきた。今すぐ頭痛薬が欲しい。出来れば優しさ半分配合のやつ……と思いつつ、圭介を見る。


「俺はもう高橋に迷惑かけないように、ちゃんと伝えようと思ったんだ」

「え?」


悠人は声を上げた。


「お前が何を伝えるんだよ?」

「好きだって気持ちだよ!」


悠人はその言葉に絶句し、しばらくしてから小さく呟いた。


「……俺、話が通じてない気がするんだけど」


「俺はバッチリ通じてると思ってるぞ?」


悠人は頭を抱え、心の中で叫んだ。


──いや、全然通じてないだろ⁈


こうして悠人がよくわからないまま、二人の距離は急速に縮まっていくのだった。

……終わりよければすべてよし、だ。

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