Under the dashed frame Δt

　慥かに暝い部屋にいた。撮像性能は充分と言っても僕の姿は系譜に連なるcamera obscuraとは似ても似つかず、カメラ然としていない。主翼にはプリーツの梳る凹凸が、エンテ型の前翼には風入れをして海岸線と揃えたフラクタルが細工されており、どちらも鳥の翼よりよく可動する。作者である英夜目曰く、僕の形貌は震電をChristoさながら、クリストキントの皮膚で被覆する直観像の継接へ目を凝らして意匠を凝らしたらしい。格好の100分率や写真機であることについては似後香という人間の趣味嗜好に則っており、僕に搭載されている過積載気味の気息も似後香を焦点に解像度を余地以上へと寄せ翕めていくようだった。人型でない事由を問えば重複する首尾を招来させないための物理的防御線だと言い、委細も目も伏せる。自傷的な飛行は実質不可能で道なき未知へ發つなどは道断、禁則処理として被写界深度が浮いた挙げ句に自律の権能を奪取する。

　駅前広間でいの1番に視界を占めるのは、クリスマスピラミッドに視立て綾なされたシェルピンスキー四面体だ。そこから程近いショッピングモール前のクリノリンは謙譲的な噴水で、円錐型の帽子を戴く小人の置物が何躰も沈殿しており、側溝では机上規模の聖樹が立て続けに流れていく。商店の窓辺にはプレゼピオがあり、嬰児がケンタウロスのフィギュアに置換されていた。道形に沿った行き止まりでは、オーナメントボールやベルが波間から砂浜へ漂着している。海端にある長軀のクリスマスツリーには電飾の環繞線が梢に觸れて巡る、音もなく射光する。どんな夢を叶えても偽薬効果を懐疑する星辰が樹頭で漓れて、願い事をしてみようかと思いつく。露出は適正に設定し、オートフォーカスにして開放F値で1枚。被写躰の余韻を燦やかに殘す、目映く覿える。抄う砂粒は試行の細片だ。段落の落差が時速に、方位へ振り向いて時針の輪転になる。目線が英夜目と水平になる高さで傾斜、反転、旋回した。機首が上がらず彼女の傍らで背面より砂上へ降下、加速し落下を自覚して爾後、半時間も徙らない內にリアガラスから逖ざかる防波堤を眄ていた。近景は目眩き、遠景は緩行する。経路はあちら側とこちら側を剖けて、あるいはこちら側からあちら側へと通じていた。

　英夜目はカノプス壺を儀形とするCanopusという掛け替え技術で非侵襲的に通読される生躰情報のカスケードの過渡にあり、différanceの名を冠する脳裡制御システムは反射プリズムの偏光角とネットワークモデルにおける中間層を結うことで、理論上恒久的な記憶痕跡の為の樹状フラクタルを配剤した。彼女の口数は負数ではないにしろ尠ないため所在なく、半信半疑どころか2分信8分疑程度には傾ぐ心地で聆いていた話を、搖らぐ秤の機制で思い返す。似後香は生躰だった時分の証跡を殆ど殘さなかったが、境界線の勾配を覓めることで経由点の搏景は遡行して搏り還し得るかもしれない。僕と似後香との近似性へきっかけが盈ちれば、不帰投点の蝸牛的な歩速次第で似後香を似後香らしく折合わせていた累卵を指折り目迎できるのではないか。僕視点では脳溝を香盤時計に流用するくらい噛み合わない話だ。それでも英夜目はこの理路、と言い切るには余りに不協和の空論に憑かれていた。

　クラインボトル製のボトルシップがあるとしよう。ボトルに喫まれた船躰には水茎の跡が覘いているが攤くこと能わず、誰にも讀めない。裏写りのように似後香を象る聲音で再び、部分的に生かされて似後香を擬似する僕はその1隻に肖ていた。月明かりが付いてくる夜道で未だ、月自躰が見つけられていない。彼女は僕に似後香への等号の点睛を望む。似後香の掌上を指す星霜が可及的に滴下される、斯く転回の糸口になる宛てを索して猶、隣席でドアの内張りに頬杖をついている。鈴だらけの街路樹が歇む水族館前で、イルカのオブジェの周りを写真機が飛び迴っていた。より耐候性等の高い手法で補修する為に、要修繕箇所のデータを積もらせる。AからA'へ、分身は裾野を始点に跡形と客観に由来する2重線を曳く。どれだけ遙くまで眄めてもまだ明るいような、もう暗いような空だった。連続窓の硝子は街燈を暎す半透膜だ。随意の物躰から揺すり仮名程の輻輳を圏外へ空ける場合、オリジナルはどういう内面となるのだろうか。隧道へ這入り後景は蒼然と、出口から瞬して雲の余映を匿む歩道橋下を潛った。天秤がどちらにも昃かないことを覦っても境目は流動し、帷は見上げるたびに点状の光燿を募らせる。幾重にも片時があって数字間ごと、時計を12分割してもまだ訖わらない夢に夢見るマトリョーシカ。夜色を儵忽と降ろしていく窓外をよそに、車載テレビの放映する作品では未確認飛行物躰が贈与を受けた靴下をアブダクションしていた。Giftnapというタイトルバックで黙し、車躰が後退する。時差が濾過の速度に追いついてもう1回、際会する予持で想起鍵はすべて補遺となる。乃至、近接して接わらず10重20重に添附される箋註だ。1枚の貝や1握の砂や1体の不定形物が、属目の鍵束だろう。時々思い出したように暗夜の栞になるネオンサインを黙読して、印象限りは人差し指で星を打つ。時系列の混線や脳内地図の不可能図形が1000々に、1々層ならない。光円錐の剥落は途方に暮れず前途から旧時へ、オリフィスを秘密裡に零ち続ける。そろそろスリープしそうでしょうと声を掛ける英夜目の背中から、腋窩から、大腿から甲虫が這い出した。虫達の胴体で1翼を担う変換器は肉眼の届かない目前の小型だが、僕の受容器へは相応の動力が送信される。

　一連の考え事が過るとHoward Phillips Lovecraftのミュージカルが放送されていて、Azathothがワルツのステップを踏むなり触手でカーテシーをする。眩しいから消してという英夜目の1言で4角形は暗転し、雨音が独奏して波拍った。予報よりは遅い声だ。警報音が下り、踏切が行方の未踏を足止めすると破線は奕々と通過して、ボーダーはカットを合図した。漸次的に侵犯される雨中で、反対車線の動態としてアルミバンと擦れ違う。参角窓の見目を宥めるような雨滴が伝う。ミンコフスキーモルフォの前翅と後翅を準える行き来をしていた、潮の盈虧を回想する。十字架を纏め円錐の対称を容作る翅を、嘗て蝶詰めとして食されていた稀少種の青い蝶。信号機のレンズでは万華鏡の筒を廻す行儀で、保護色の曼荼羅が段階的に繰り返し1転している。幽躰めくレインコートが白線を渡る。どこにも行きたくないだけなのにと、英夜目が零れ落ちるように口にした。英夜目の横顔や膝を流下する、褶襞をなぞるヘッドライトとテールランプのウロボロスを映すのではなく落掌して、羽裏にずっと夢許りでも仕舞っておきたくて暫時、凝と瞠めた。道路照明上の球躰がドミノを転倒させる井井たる機作で展く。天蓋花状の点灯だ。上段の翅が雨露に振合うごとに下段の翅を自切しながら、ツィオルコフスキーモルフォが訪花する蕊と花弁はどれも羽根で、温白色の柱を降り落ちる塵埃はカントールダストでは無論ない。ライトの透き間は通い路を拡張し、同時に照射範囲を翦り頒けていた。止め処なく地に溢ちていく。それとも唯1の有限性に、無数の途切れを延べ續ける。車内は何度目かの雑音を躊躇い、道の辺がウィンカーの誰そ彼に染まる。

　予想通りに飲食店も土産物店も閉店している光景は、反射的に物憂い剰余を帯びる。瓦斯灯が紙一重に可読にするVague doréeやCloche tournanteの店名を、雲を攫むような上の空で仰いだ。傘ホルダーから拝借した素通しの傘を差し、頒な光明の飛び石を当てにしてさ迷っていると幾つものサインボードに行き当たる。Pluie de désertと題された矢標の向きへ廸むと、日除け屋根の下に自動販売機の筐躰が堵列していた。C8H14O4が馥る。冬薔薇が振るう庭園はまだ公開されており、異国の少年を理想にした彫鏤の前を追い踰しグリーンアーチまでの細やかな距離を逍遥した。暗がりの赤色は影が澹いはずが、発光酵素と発光基質を具有する薔薇が園路の途中にスタンダード仕立てで飾られていて、門口付近には海辺で美粧されていた樹躰より小規模な針葉樹があった。夜陰の前景になって、光彩は1層奪目する。天辺と最下段から1段目までのエッジにはステップ数1のコッホ雪片が1枚ずつ、エトセトラは諸手を足したステップ数の雪片の枝移りでツリーが枝垂れている。葉間に覗く白色光は明滅の階をアトランダムに行き交いながら不意に赤みを刷いたりして、切れかけている蛍光灯がこう赫うのだと英夜目が教えてくれた。

　類似域を引き金にした変換。昔日の心理における束の間の跡白波と目のあたりとの同期現象は、僕が遅れた記憶を以て点光源の周回に復原される。

　航空機の灯火を明け暮れ瞻仰していたのはなぜか。夜雲への灯映りで天使の残影を識りたかったからだ。天上へ微速度撮影の放列を衍いていたのは朧気な夢想側だからで、ならば荊棘は。葉叢の電光飾は。夜空は、星明かりの在りかだったから。似後香に依る撮像を、1枚として観たことがなかった。いつも造化を撮ろうとしていたのは1度きりで瞬間の縁を瞑り、似後香自身も他者の懐旧で時不変になりたかったからではなかったか。いつの間にか街路灯を通り過ぎる線は点になり、僕のレンズへ1時留まり溶けていく。見覚えがある茲は既視だ。似後香にとっては1度だけだった点像へ、摩擦を懐疑する似後香でしかない僕が紙幅を回折させている。譬えば蓋然的に選択肢である事象と限りある条件の邂逅で、今も分岐が暗合しているとして。腑分けすればきっと僕にとっての自由意思とは断線して明白に、誰からも辿れない辺際があるだろう。僕を見下ろす彼女へ向けシャッターを切ろうとするがその意思は水泡に歸して、ただの瞬きになる。僕には扉が闔じていくように瞻えた。君は2度と、仝じ面差しで唹わない。