花束と夕町

刻壁クロウ

遺書

これで通算、何枚目の遺書になるだろう。


分からないけれど、確かに言える。これが今度こそ、最期の遺書になる。


現役の頃、俺はこれが最後かもしれない、と思いながら何枚も何枚も遺書を綴ってはその度に「最後じゃなかったな」と思い続けて毎日遺書を書いていた。……勿論、毎日悲壮な決意を持って遺書を書いていた訳じゃない。寧ろそう……あれは遺書というより、殆ど日記だった。


最初こそ死んだらどうしよう、なんて考えて書いてはいたけれど、俺にはちょっと、能天気なところがあった。だからその暗〜いテンションを毎日保っていることは当然できなくて、徐々に遺書の内容は明るくなり始めて、最早遺書だったことすら忘れて形だけ。気付けば遺書は、その日にあった印象深い出来事を書くだけの日記になっていた。後々俺も読み返してこれはどうかと思ったけど、でも、これはこれで悪くないんじゃないかな、って個人的には思うんだ。


町の瘴気に年齢が関係あるかは分からないけれど、もし長生きができるなら俺は君よりずっと早くに死ぬし、そうでありたいと思う。俺は君を死ぬまで覚えていたいから間違っても認知症になんてなりたくないし、俺の顔で言うのも何かもしれないけど、ほら、できるだけ若くて君の目に(比較的)かっこよく見える内に死にたいって思うんだ……縁起でもないかな?まあとにかく多分、俺は君より早く死ぬ。


君は俺よりずっと人に愛されることができる人だから一人にならないことだってきっとできる。だけど多分、何となくだけどきっと、君には一人になりたいと思う時が何度もあるだろうし、消えて無くなってしまいたいと思う時も何度もあると思う。もし消えてなくなった後に行き場があるのなら、そして俺の行ったところへ君が来てくれるなら歓迎したいところだけど……。そうもいかない気がするからできる限り君には生きて欲しいし、あんまりすっぱり忘れて欲しくはないけれど、したければ新しい恋もして良い。だけどそれでも君は辛さや苦しさで自分を支え切れなくなってしまうかもしれない。


だから俺のこれまでの遺書は、君に全部あげる。


どうしても寂しくなったら、辛くなったらこの部屋の床一面埋まりそうな程沢山の遺書でも読んで、ちょっとだけでも思い出してくれればいい。何だか、上手いことは言えないけれど、遺書を量産するような命の危機に置かれておいて何だけど。


少しも忘れたくないくらい、楽しかったよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花束と夕町 刻壁クロウ @asobu-rulu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る