ねっちょりしっとりストーカー
栗原という女は、ものすっごいイケメンである。女だけど。
百八十センチという恵まれた身長、伸びる手足はすらりと長い。隣に並ぶとまさに大人と子ども。わたしの身長百五十ジャストだから。
中性的な顔はそんじゃそこらのモデルやアイドルなんぞでは相手にならんくらい綺麗で、睫毛バサバサの唇うるうる。んで、髪は黒髪だけど目は綺麗な青色だ。
なんでも祖父がイギリス人(フランス人だったかも?)だったらしい。身長も目の色も祖父譲りだと言ってた。
色白で、スキンケアもちゃんとしてるのでお肌も超綺麗。でもって、食べても太らない体質。女の敵かな?
唯一の欠点は胸がまな板とは言わないまでも、小さいことくらいかねー。いや、それもステータスだって言う人もいると思うけど。
そんな栗原はスカートが大嫌いである。
だからいつもパンツスタイル。そしてゆるふわ可愛い系の服より、カジュアルな感じの服を好む。レースとかひらひらとか全力で毛嫌ってる。
そんなわけで、街中で柱時計に軽くもたれてスマホを眺めてる姿がめちゃ映えるイケメンが現れることとなる。見た目だけならどこのモデルっすかねと言いたくなっちゃう。
周りにはたぶん逆ナン目的で話しかけている女性が数人。が、ガン無視。一生懸命声かけられてもひたすら無視。
視線はスマホの画面に固定。絶対周囲の女性とは目を合わせねぇと言う強い意志を感じる。
女性不信で極度の女嫌いだからねえ、栗原。纏う気配が不機嫌な時のそれ。
昔はあそこまでじゃあなかったけど、色々あって拗らせてしまった結果の姿が現在の逆ナン女性ガン無視状態。
気になってた映画があるからお昼一緒に観に行こうよと今朝言われたので、十時に集合しようと決めていざ待ち合わせ場所に来てから十五分。ずっとあれだ。
栗原の状態に逆ナンを諦めたなーと思えば、次の逆ナン女性が現れる。うん? 今更だけど女が女にナンパ仕掛けるのは逆ナンで合ってるのか? ただのナンパか?
まあいいや。とりあえず見事な入れ食い状態だと言っておこう。
魚釣りなら楽しいんだけどね。ああいうのは栗原のストレス値がマッハで上がる。
「ねえねえお兄さん一人? よかったらアタシらと一緒に遊びに行かない?」
「……」
さっきまで一生懸命栗原に話しかけてた人たちが諦めて去ったなーと思えば、すぐに別の人たちが声をかける。ガン無視されてるけど。
んー、困った。声かけたいけどタイミングが分からない。結構な回数こういう状況になってるけど、未だに行くタイミングが掴めなくて困る。
こういう時は科学の力に頼るのが吉。もっと早くやれって?
それはそう。ちょっと面白がって見てた。
スマホを取り出してトークアプリを開き、『着いてるよー。すぐ近くにいるよー。声かけのタイミング見失ったよー』と打ち込んでメッセージを送信しようとした時、「君可愛いねえ。俺と遊ばない?」と横から声をかけられた。
声の方に顔を向けたら、チャラい感じの変なの背負ってるお兄さんがいた。
「わお、ねっちょり」
「は?」
小さい子どものようにお兄さんの背中に張り付いてるモノに視線を向けると、ぎろっと睨まれた。
紛うことなきストーカーである。『消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ』とわたしに呪詛吐いてるあたり、相当このお兄さんのことが好きなんだろう。
バカだねぇ。こんなクソにそこまでねっちょりしっとり執着するなんて。
女を食い物にしてる糞野郎なのにねぇ。恨みつらみ怨念がいっぱいなのにねぇ。
死んでてもわけわかんないことするけど、生きててもわけわかんないことするよね人間って。
「なにがねっちょりなんだよ?」
「さあ?」
なんだコイツという眼差しを向けられながら、送信できていなかったメッセージを今度こそ起こる。
ぴーひょろろ。すぐ後ろから聞き慣れた着信音が聞こえた。
「不動そいつ誰?」
「ねっちょりされてる人ー」
背後から伸ばされた腕が腹に回されてそのまま後ろの方に引っ張られた。ぽすりと背中が栗原の腹に当たる。
見上げれたら、不機嫌オーラ全開でにっこりと笑みを浮かべる栗原の顔が間近にあった。
とってもご機嫌斜め。ついでに横に割って入られた形のねっちょりされてる人もちょっとご機嫌斜め。
「誰だよお前」ねっちょりされてる人がイライラした口調で声を上げた。
綺麗な顔が離れてく。「ひっ、」聞こえた短い悲鳴に釣られるようにしてねっちょりされてる人に顔を向けたら、なんか通りすがりにバケモンでも見ちまった通行人Aみたいな顔してこっちを、というより栗原の方を見ていた。
なんであんな顔するんだろう?
確かに今彼女は不機嫌オーラ全開で笑ってるけど、そんなバケモン見るような目向ける程怖くはないと思うんだが……。
はて? と首を傾げた時小さな呟きが聞こえた。「かっこういい」と。
恍惚したような声で。ねっちょりしっとりした感じの声が。
「これが罪な女ってやつですか」
ねっちょりしっとりしているストーカーが栗原の方を見て青白い頬を赤く染めていた。
流石栗原。顔面偏差値がべらぼうに高いだけはある。「この人すきすき一生添い遂げるだいすき!!」と恋に狂ってる一途な輩の心を見事に射止めたぜ。
……あっさり別の恋に狂い始めようとしてる時点でぜんぜん一途じゃないな。うん。
「唐突に何?」
「惚れた腫れたが君には多いねーって話」
「わけがわからない」
わたしにも君のモテっぷりがわけがわからないって言いたくなるレベルなんよ。……あっ、ねっちょりされてる人どっか行った。
「彼氏いるなら言えよ!」とか捨て台詞吐いて。彼氏じゃないんすよねー。
そしてねっちょりされてた人の代わりにストーカーがその場に残った。
『なんでおまえそこはわたしのどけよどけよそこはわたしのわたしがいるべきわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしの消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろよなぁぁぁぁぁぁぁ!』
これぞ鬼の形相みたいな顔して、血走った目でこっち睨みつけながら全力で発狂してらっしゃる。おもろ。
バッタみたいに飛びかかってくる姿もなんともまあ滑稽で面白い。反射的にぺちっと軽く叩いたら潰れちゃったけど。
「ねっちょりしっとり発狂したねぇ」
「うん?」
「さっきまでヤキモチやきまくってねっちょりしっとりしてたのに、すんごいイケメン見つけてストーキング対象変えて発狂したの。潰しちゃったけど」
「ごめん一から全部説明求めていい? あとストーキング対象ってもしかしなくても私だったりする?」
「いえーす」
「そんなイエスはいらない。あと潰しちゃったって何? ナニを潰したの??」
「ストーカーの無駄に強くて重たい想いの塊」
まあ多少の反動はあるだろうけど、死にはしないレベルだから気にする必要はないね。
むしろすっきりすることになっただろうから、逆に感謝してほしいくらい。おまわりさんに連行される未来もたぶん消えただろうし。
別の人ターゲットに選んじゃってたら、まあそれはしゃあない。
新しいターゲットの人がグサっとやられて、おまわりさんが逮捕に動くだけだ。
と、簡単にかいつまんで説明したけど栗原はずっと「??」みたいな感じだった。
わからないならわからないままでいいと思うよ。どうせ関わることなんてないし。気にしなくてオールオッケー。
「ならいいけどさ。じゃ、いこっか」
「あいあいさー」
自然に差し出された手を反射的に握る。
いつだったか手荒れが酷いと言ったのをきっかけに気にしだしたのか、ちゃんとハンドクリームを塗るようになったその手はすべすべでとても綺麗だ。
「ところでなんで手を繋ぐの?」
「牽制だよ」
そう言って近くでこちらの様子を伺っているっぽい女子たちに一瞬視線を向けて、溜息を吐く。モテモテなのも大変ね。
頑張って虫除けになるけど、そこまでの効果は期待しないでね〜。
そんなこんながありつつ、観に行った映画はちょっと前に話題になってたお化けのアニメの、リメイクだったか修正版。
観た後、お互いやっぱ因習村って最悪だよねとしか言えなかった。
ドブの底を掬って集めた汚泥の塊みてえなの出てきた時はね、フィクションだって分かっていても殺意が湧いたわ。
映画の後はカラオケで歌いまくりました。楽しかったです。
「俺の歌を聴けー!!」と言わんばかりにひび割れたひっでえ声で歌ってるやつが隣の部屋にいたけど。楽しかったのでオールオッケー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます