6.自由をこの手に

「馬鹿だなぁお前ら。大人しく奴隷をしていれば、長く生きられたのによぉ」


「もうたくさんだ! このまま生きるくらいなら、変えるために戦ってやる!」


 現れた警備隊を見て、アルトがナイフを強く握る。そして震える右手を抑えるように、左手を添えた。


 カディに触発され武器を取った住民達の胸にあったのは、確かな決意と……自棄。


「おい銀髪。あいつはどうした?」


 レジオンが槍を構えながら、スレッドに聞く。


「わからない。どこで釣るか聞かなかったし」


 未だに三本の釣り竿を背負うスレッドの返事を聞き、レジオンが舌打ちする。


「心配ねぇって言ったよな?」


「うん。君も何もしなくていいよ」


 所詮はゼガンの取り巻きかと思いながら、辺りを見回すレジオン。やはり、カディの姿はなかった。


「焚き付けてトンズラかよ。あのデブ以上に質が悪いな」


 警備隊は武器を持った住民に驚くこともなく、半笑いのままこう言った。


「お前らが粋がろうが武器を持とうが、ウェルさんにはかなわねぇんだよ!」


 最も恐れている存在の名前を出され、たじろぐ住民達。レジオンですら、生身ではウェルには勝てない。


「あの馬鹿が余計なことをしなければ……!」


 最悪のケースを考えながら、レジオンは駆け出す。


「ウェルさん! やっちまってください!」警備隊が武器を構え、大声で促す。


「ところで、そのウェルって人はどこに居るの?」


 ウェルに恐怖する空気を切り裂くように、スレッドが警備隊に聞く。散々ウェルが居ればどうのと言っているが、本来先頭に立っているはずの警備隊のリーダーは、どこにも居なかった。


「ここに居るぞ」


 それに答えたのは、警備隊でも住民でも、ウェル本人ですらない。その巨体の首根っこを掴んで引きずる、カディだった。


「悪い。遅れた」


 カディは住警備隊の方めがけ、ウェルを放り投げた。


「ウェルさん! 一体どうして!」


 ウェルはそれには答えず、上体だけを起こし、こう言った。


「お、お前……つえぇじゃねぇか」


「お前もな。久しぶりに骨のある奴だった」


 それを聞いたウェルは満足そうな笑みを見せ、気を失った。


 スレッドが止めた警備隊優勢の空気は、カディの登場に寄って完全に砕け散った。


「倒したのか、あのウェルを……」「態度も悪く、サングラスも変だが、強さだけは本物だったやつだぞ」「強さしかないあの男を倒したのか……」「力だけでリーダーやってたあの人を……」


動揺は警備隊を越え、住民達にまで広がっていた。スレッドはその声を聞いて「気絶しててよかったね」と呟いた。


「お前らの怖いもんはもうねぇ。あのグラサンに頼り切ってた警備隊は、もうガタガタだ」


 カディは住民達に向き直ると、大きく言い放った。


「行け! てめぇら自身で掴み取れ!」


 カディの激を聞いた住民達は、雄叫びとともに駆けていった。


「釣りじゃなくて人探しだったんだね」


 住民を見送ったカディが、座っているスレッドの隣に立つ。


「いいや、釣りだぞ」




 カディは倉庫を出た後、ウェルを探していた。ウェルは素人が武器を持ち、覚悟を決めた程度で、どうにかなる相手ではない。カディもそれを充分に分かっていた。


「おう、ちょっと話そうぜ」


 大柄の後ろ姿を見つけ、カディは声をかける。ウェルはニヤリと笑うと「場所を変えるぞ」とだけ言った。


 町はずれのた森に案内され、向き合う二人。


「まさかてめぇから来てくれるとはなぁ。嬉しいぜ」


 嬉しそうに棍棒を取り出すウェル。狙いはカディの持っているメダルだ。


 持ち主だからこそ分かる露骨な視線を、カディはしっかり感じ取っていた。だからこそそれを餌にし、ウェルを釣り上げた。


「てめぇが警備隊に入れば、いつでも好きなタイミングでお前を狙える。断っても、警備隊としてお前を狙える」


「意味のねぇ二択だなそれ」


「いいんだよ。どうせ結果は同じなんだからなぁ。てめぇからメダルを奪えば、今度は俺がゼガンだ。タタルドにごまをする必要もねぇ。金も名誉も思いのままだ」


 ウェルは棍棒を両腕で握ると、近くにあった木に向かって、思いっきり叩きつけた。轟音が聞こえ、木が揺れる。棍棒が激突した木の部分は皮がめくれ、木部が顕になっていた。


「俺の強さは知ってるだろ? こうなりたくなか――」


 ウェルの言葉を遮るように、またも轟音が聞こえた。その直後に聞こえてきたのは、メキメキという気が折れる音と、激しく倒れる音。


「は?」


 鳴らしたのはカディだ。近くにあった木を全力で殴り、へし折ったのだ。


「悪い。うるさくて聞こえなかった。もう一回言ってみろ」




「それで、ウェルに手こずって遅れたと」


 スレッドの言葉を「いや、道に迷った」と否定するカディ。そのあまりにもでたらめな強さに、ルルカは戦慄した。


「あの人と戦ったのは、みんなを勝たせるために?」


「カディは煽って終わらせる人じゃない。命を懸けたみんなを死なせないように、勝たせるために全力を尽くす」


「力を貸してやる」とは、武器だけではなく、カディ自身も協力するという意味だった。無傷とまでは言わないが、力を貸した人間を絶対に見捨てない。


「何でそんな真似を?」


「覚悟がある人や気に入った人って、助けたくなるものなんだよ。ねぇカディ」


「うるせぇ」


 耐えてきた者に武器を握らせ、自分の手を汚させる。自分はなにもしないと思いきや、邪魔となる障害を排除する。カディの人助けはとこか回りくどく、ひねくれているとルルカは思った。


 警備隊の面々は、それこそ武器を持って強くなった気でいるだけの、ウェルに乗っかっている連中。覚悟を決め、カディによって士気の上がった住民達の敵ではなかった。その上、レジオンも戦っている。負ける要素はない。

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