5.決着は自分たちの手で

 武器を見てどよめく住民達。そんな中、ある一人の男がこう口にする。


「あんた……『漆黒の武器屋』だったのか」

 武器を見てどよめく住民達。そんな中、ある一人の男がこう口にする。


「あんた……『漆黒の武器屋』だったのか」


「なんだそれ」そう聞いたのは、他ならぬカディ自身。


「支配に苦しむ奴や、復讐に燃える人間の前に現れ、武器を売る商人だ。本当に居たとは」


「売った覚えはねぇよ。ただ、貸すだけだ。俺が力を貸してやる」


 言葉こそ心強いが、武器を持って戦えと言われ、すぐに立ち上がれる者はいない。


「でも……」誰かがそう漏らしたように、ためらう人間の方が多い。


「立ち上がるなら今だ。このまま耐えてたって、何も代わりはしねぇ」


「力があるなら、てめぇが全部片付けりゃいい話だろうが。なんでこいつらにやらせるんだ」


 住民達の気持ちを代弁するかのように、レジオンが聞く。


「自分達の手を汚さない勝利に価値はねぇ。それに俺が出しゃばりすぎれば、俺が居なくなった後に仕返しが待っている。だからこいつらに戦わせるんだ。まぐれでも奇跡でもなく、お前らに牙があると思わせることが大切なんだ」


 カディの意思は伝わったが、踏み出す者はいなかった。あまりにも突然な上、傷つき、死ぬかもしれない恐怖が足を止めるのだ。


「全員分の武器はねぇ。死んでもいい、命を懸けて今を変えたいと思っている奴だけ、武器を取れ」


 押し黙る住民達。カディは怯えている人間を責めることもなければ、強制もしない。誰も立ち上がらなければ、このまま町を出ていくだけだ。気に入らない奴を助ける気はない。


「ちょっと待ってよカディ!」


 口を開いたのは住民ではなく……ルルカだった。


「他に方法はないの? 経験のない人たちに武器を握らせて戦わせるなんて、おかしいよ!」


「それを決めるのはこいつらだ」


 まるで答えが用意してあったかのように早く、冷静な回答。ルルカは自分との温度差とカディの威圧感に少しだけ面食らってしまった。


「スレッドも何か言ってよ! こんなやり方……」


 同時に、カディの意志の硬さを感じ取ったルルカは、その相棒に声をかけた。


「隅っこで耐えて泣いてて、いつか誰かが助け来てくれる……奇跡が起こるのを、動かず待ち続ける」


 その言葉と顔に、いつもの爽やかさはなかった。ルルカは目の前の存在が誰か確認するように、もう一度名前を呼ぶ。


「そんなのを待つくらいなら、自分で動いた方がいい。奇跡なんて、起こりはしないんだから」


 別人のように不機嫌なスレッドの言葉に、ルルカは驚かずにはいられなかった。


「どうするんだ?」カディが再度促す。口を開いたのはレジオンだった。


「俺が全部引き受ける。あいつらを全員ぶっ飛ばす。それでいいだろ。弱い奴らを煽るんじゃねぇ」


 答えて欲しい人間が何も言わず、聞いても居ない奴ばかりが口を挟んでくる。カディはそんな状況に少しだけ不満を抱きながらも、レジオンを無視して返事を待った。


 住民達はどよめくだけで、カディに声をかけるものはいない。しばらくそんな状況が続き、町を出ることを考えた瞬間、声が聞こえた。


「俺にもできるか?」


 カディの前に立ったのは、十五歳くらいの少年だった。


「できるさ」声も体も震えている少年……一人の男の気持ちに応えるよう、カディは返した。


 一人の勇気ある決断が、他の住人の心を叩いた。大人でありながら動けなかった自分を恥じ、恐怖を片隅においやった。


「アルトだけに怖い思いはさせない。私達も戦う! 取り戻すんだ! 私達でこの町を!」


「みんなでかかれば、きっとウェルにだって……」


アルトという少年が灯した火は、別の青年の激を経て、多くの住民を燃やす炎となった。


「はーいじゃあ一列に並んでね。がっつくと危ないからねぇ」


 いつの間にか元に戻っていたスレッドが、カディの隣に立ちながら言う。


「店じゃねぇんだよ」

「でも武器屋だって言ってたし。あぁ金は取らないから炊き出しか」

「炊き出しは返さねえだろ」


 スレッドとカディのやり方は、住民達の緊張をほんの少しだけほぐした。


 カディが持っていたのは、斧が一本。組み立て式の槍が二本。長剣が七本。ナイフと棍棒が二本ずつに、細剣と仕込み杖が一本。合計16個の武器だった。全部の重さは30kgをゆうに越える。


 仕込み杖以外の武器を貸し終えたところで、カディは言う。


「作戦は簡単だ。今から一時間後、屋敷に向かって戦え。今のうちに済ませるもんは済ましとけ」


 住民達が力強く返事をする。レジオンはその光景がたまらなく不快で、噛みつかずには居られなかった。


「メダルで脅さず、人を煽って戦わせるのがてめぇのやり方か。足手まといを動かすくれぇなら、てめぇがさっさと……」


 レジオンが住民を足手まといと断じたのは、自分一人で解決するつもりだったからだ。


「足手まとい……」覚悟を決めて武器を取った少年アルトが、嫌そうに復唱する。


「命もかけねぇ奴を手伝う義理はねぇ。受けた痛みも悲しみも、怒りも、そいつだけのもんだ」


 レジオンのやり方も、カディのやり方も、目指す場所は一緒。違うのは、傷つく人間の数。


「それで実際に死んだらどうする? お前が出しゃばらなければ、生きていたかも知れない命を」


「命を懸ける決意をしたのはあいつらだ」


「てめぇ……」


 その言葉に不快感を覚えたのはレジオンと……ルルカだった。


「決意に水を差し、覚悟を決めたやつを足手まといと断じるお前が、これ以上口を開くな」


 レジオンは言い返せない代わりに、鋭くさせた目を逸らした。


「スレッド。お前はここで住民達を見張ってろ」


「どこ行くの?」


「釣りだ」カディはそれだけ言うと、倉庫から去っていった。


「あの野郎……ムカつくぜ。強いくせに、よわ……住民を守るどころか、危険に晒しやがる。それに呑気に釣りだと? どんな神経してんだ」


「心配ないよ。カディはしっかり時間も守るから」


「人を守れって言ってんだよ俺は」


「だから、心配ないって」


「あぁん!?」


 スレッドの言葉に、レジオンは思わず顔をしかめた。


 準備を進める住民から、カディが出ていった扉へと目を向けるルルカ。レジオンほどではないが、微妙な気持ちを抱いていた。



~一時間後~


 住民達はスレッドやルルカ、レジオンとともにタタルドの屋敷に立っていた。


「大丈夫かな……」


「漁師は体力があるから大丈夫だよ」


 スレッドはそう返したが、ルルカの心配そうな表情は変わらなかった。


「出てこいタタルド! 俺達はもう、お前の言いなりにはならない!」


 先頭に立ったカディに助けられた男、シャウが剣を抜く。


「うるさいですねぇ……なんですかいったい」


「奴隷たちが集まって吠えてますね。どうやら一戦交えるつもりのようで」


 執事の報告を聞き、タタルドがわざとらしく大きなため息を吐く。


「警備隊を集めて追い払いなさい。殺しても構いません」


「レジオンも居るようですが」


 タタルドは持っていたグラスを床に叩きつけると「逃さず皆殺しにしろ」と言い放った。

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