復讐はカフェラテの後で~結婚前提の彼に浮気された私は財閥でメイドとして働くことになりました~

星路樹

第1話

 小野田咲良おのださくら、二十六歳。海外の大学をスキップして卒業し、外資系商社に二十歳で就職し六年勤務。


 付き合って三年の彼氏と結婚するため退職前に有給を消化して九州の実家に帰省し、同棲し結婚後も住む予定の部屋に二日早く帰宅したら奴はお盛んに浮気の真最中でした。


 しかも、私の辞める職場の派遣事務員の派手な尻軽女と……。


「この結婚は無かったことにしましょうね。結婚式は四日後だけれど、キャンセルで。もちろんキャンセル料はあなたが払ってね。それと、今後は慰謝料と婚約破棄についてと貸していた三百万は耳を揃えてきっちり返してもらうから。今後は弁護士経由での話し合いで」


「いや、咲良待って。俺の本命は!」


「浮気男、しかも結婚前に。そんな男と結婚する気はないの。稼ぎが悪くても私が働けばいいかと思っていたけど、あんたみたいな男はお断りよ」


「あらぁ、じゃあ私と結婚すればいいじゃない」


 空気読めない尻軽女は、そんなことを言っている。


「え?ホスト狂いの借金女王って言われているあなたと、私に借金しまくりの男でこれから生活するの?ご愁傷様。もちろん、あなたにも婚約、結婚式、入籍目前の男を取ったとして慰謝料請求するから借金増えるわね?ほんと、おめでとう」


 怒りを込めた笑みを浮かべてそんな会話をしつつ、私は必要な自分の荷物を二つあるスーツケースとおおきなボストンバック一つにどんどん詰めていく。


「なあ、咲良。ほんの出来心だよ!もう浮気しないから!」


「一度あることは二度あるし、あんたは三度目でしょうが!二度も許した、私がバカだったわ。来週までに三百万。それと式場のキャンセル料は、あなたがしっかり払ってね!」

 私は怒りというより呆れた表情で、あるところに電話した。


『お電話ありがとうございます。クリスタルウェデング、荻野でございます』


『荻野さん、お世話になっておりました小野田です。結婚がやめになったので、式をキャンセルで。キャンセル料はお相手の原中が払いますので、そちらとやり取りしてください』


『四日前なので、全額かかりますが……』


『そうですね、ですが浮気したクズが悪いので。私のせいじゃありませんし、話は原中とお願いしますね』


 私はそう告げるとサクッと電話を切り、相手だった原中圭太はらなかけいたを見据えて笑みを消し冷え切った真顔で告げた。


「さ、式のキャンセルは連絡したから、あとはご勝手に。三百万を来週までに私の口座に振り込むこと。それまでに振り込まれなかった場合は、弁護士経由で督促と慰謝料についての書類を送付させるから」


 私の言葉に、全くついてこられていない圭太を私は冷たく一瞥する。


 こんな男のどこが良かったのか、恋が覚めるとあっけないほどこの男に軽蔑と嫌悪感しかわかない。


「なんで、こんなためらいなく決めて行動できるんだよ。お前も、ただのサンライズの派遣事務員なんだろ?」


 こいつ、三年付き合っていて私の仕事も役職も興味なかったもんね。稼ぎがいいことも気づいていたはずなのに、自分より下だと思っていたのか。


 ほんと、結婚辞めて正解な気がしてきた。


「あのね、私はサンライズ本社の社員なの。日本に派遣されているだけで、アメリカの社員なの。私、卒業はスタンフォードの経営大学院だし、スキップして二十歳で卒業、就職して六年目よ?気づいてなかった様子だけど、三百万って私の給与二か月分より少ないくらいなの。話さなかったけど、持っているもの、仕事ですぐ海外に行っていたから、いつか気づくかと思ったけれど。ほんと、人のお金にしか興味なかったのね。別れて清々するわ」


 こいつ、わかっているのかしらね。


 この部屋も、私の仕事のおかげで借りられたこと。


 家賃の七割を私が負担し、光熱費も生活費も私の持ち出しだったこと。


 自分の給料だけではここでは暮らせないこと。


「あ、この部屋も私名義で借りているから、解約するのでさっさと引っ越し先を見つけることね。今月いっぱいで解約するわ。私はここでもう絶対生活したくないからね」


 さて、私はそろそろお暇しましょう。この腐った空間からさっさと離脱したい。


 同じ空気を吸うのも嫌だもの。


「あ、大事なことしてないわ」


 私は再びスマホを持つと、友人の千佳に連絡する。


「はい。咲良、こんな時間に連絡なんて珍しいわね。なにかあった?」


「千佳、四日後の結婚式はキャンセルよ。三度目の浮気で、ジ・エンドなの。千佳に慰謝料請求の手続きを任せたいのだけれど?お願いできないかしら?」


「友人価格で請け負うわ。ギッタギタにしていいのよね?」


「もちろんよ。天下の小林千佳こばやしちか弁護士にお願いするわね」


 私の発言を聞いていた圭太は、千佳の名前に驚いている。


 テレビでも見かける有名弁護士の千佳は、私のスタンフォード時代の学友だ。


 年齢こそ六つ離れているが、同時期にスタンフォードで学んだ日本人同士で仲がいいのだ。


「友人へのお式のキャンセルの連絡、お願いしてもいいかしら?」


「いいわよ、いい感じに伝えておくわ」


「また、連絡するのでよろしく」


 私は千佳との連絡を終えると、気分も幾分すっきりしたのでニコッと笑って言った。


「弁護士はさっきの話通りだから、今後は小林国際弁護士事務所を通して頂戴ね。部屋も明日には解約の連絡入れるから。しっかり出ていくのよ?それじゃあ、お幸せにね?」


 いら立ちは綺麗に腹の中に収めて、まとめた荷物を手にして私は部屋を後にした。


 家具も、家電も私のお気に入りだけれどあの空間であの派手女が触ったと思うともはや価値ナシ。


 すべて処分するか、あいつが持って行ってもいい。


 とにかく、すべて結婚のために準備していたことは無駄になってしまった。


「お金はあれど、家も、仕事もすでに辞表提出済みなのよね。どうしようかなぁ。とりあえず、住むとこと仕事探しからだよね」


 深いため息とともに、私は荷物と共にひとまず駅前に佇んでいた。


 そんな私の目の前で、身なりの良さそうなおじいさんが横断歩道上でしゃがみ込むと、苦しそうな様子を見せた。


 これは、まずいのではと私はおじいさんに駆け寄ると声をかけた。


「大丈夫ですか? 持病ですか? お薬はありますか?」


 簡潔に聞くと、おじいさんは苦しさから声は出ないものの、自身の胸ポケットを指した。


「失礼しますね」


 そう声をかけて私はおじいさんの胸ポケットの中にあった薬を取り出す。


 その後、その薬をおじいさんの口に入れる。


 慣れた様子で薬を含んだおじいさんを私は支えつつ様子を見る。


 心臓病の薬だったので、効けば落ち着くはずだがなかなか苦しそうな様子は落ち着かない。


 支えながらも、なんとか歩道まで戻りスマホを片手におじいさんに問いかける。


「救急車を呼びます。おじいさんお名前と年齢が分かるものは?」


 私の声掛けに、おじいさんはまたも胸ポケットを指す。


 どうやら上着の内ポケットらしいので、また声をかけてお財布を取り出す。


「出しますね? 日菱 雄蔵にちひしゆうぞうさんですね?」


 頷きを返す様子を見ながら、私は救急へ連絡を入れる。


「お歳は八十八歳、男性。ニトログリセリン服用後も落ち着かないため、救急車をお願いします。場所は新橋駅前のロータリー付近です」


 私の電話に救急はすぐに反応してくれて、私は雄蔵さんを支えつつ救急車の到着を待つ。


「救急車、もうすぐ来ますからね。かかりつけの病院はありますよね?診察券もお財布にありますか?」


 私の問いかけに頷く雄蔵さん、私はお財布をふたたび開き、診察券を探すと大学病院の診察券を見つける。


「ここですか?」


 私は診察券を目の前に見せると頷く雄蔵さん。


 救急隊員にすぐにそれが伝えられるように、財布のすぐ取れる場所に診察券を移していると救急車のサイレンが近づいてきた。


「あの、救急車呼びました?」


「はい、ここだと誘導お願いできますか?」


 声をかけてくれたサラリーマンの男性が、救急隊を私たちの元まで誘導してくれた。


「先ほどもお伝えした通り、ニトログリセリンは既に服用していますがまだ苦しそうなので救急車を呼びました。日菱雄蔵さん八十八歳。意識はしっかりしていますが会話は困難です。甲唐医大付属病院がかかりつけとのことなので、そちらへの搬送が出来ないか問い合わせお願いします」


「ご協力ありがとうございました。ご家族ではないのですか?」


「はい、私は通りがかりなので。これで」


 救急隊員に引き継いだので、私はその場から立ち去ろうとすると雄蔵さんが隊員さんに何かを訴えている。


「あなたも一緒に来てほしいそうです」


 なんの因果か私は、まぁ行くところもないことだしとご家族が来るまではと雄蔵さんの搬送に付き添うことに。


 甲唐大学附属病院まで行くことになったのだった。


 実は支えて歩道に戻る際に、足首を捻っていたのだがホッとしたところで痛みが出て来た。


 足を引きずっていたことで救急隊員に負傷を気づかれ、応急処置を受けて一緒に搬送されることになった。



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