元・願いを叶える魔神でした

蓮太郎

元・願いを叶える魔神でした


 有り余る力を持つと人はどうなるのか。


 私の経験からすると9割は狂う。その力に人知れず溺れて大変なことになる。そして惨事を引き起こして大ぜいに迷惑をかけることが大半である。


 稀に理性を保ちつつ全て善行に費やす者も居るが…………それはとてもレアなケースと言えるだろう。


 何故そう断言しているかって?


 私がその大きな力を持つ者だったからだ。


 正確に言うと、私は元々人間ではなかった。ここでの一人称は私であるが、性別はれっきとした男だ。いわば丁寧系男子だ!


 では、私の前世と言ったものから説明させてもらおう。


 私は願いを叶える魔人だった・・・。子供向けの絵本で出てくるような何でもできるといういわくつきでありながら主人公が知恵でどうにかすると言った類のやつだ。


 かつて私は願いを兼ねる存在として誕生したが、当時は少しだけ力が漏れるくらいしかできない偶像に封印されていた。


 そこから漏れ出た願いを叶える力を悪用して歪んだ形で叶えるようにした悪の組織が居た。名前は忘れたので割愛させてもらおう。


 私の力を利用して国家転覆だの世界征服だのくだらない事に私の力を使い悪行を重ねていた。


 封印されていても相当の力を持つ私が何故ここにいるかって?その悪の組織とやらが滅んだからだ。


 幸いにも悪の組織に対してカウンターになる組織もいたらしく、私から漏れた力をかき集めてどうにかしようとしていたが、人々の希望の力とやらに敗北していった。


 何なら私も敗北した。


 いや、びっくりしたよね。実際全知全能で悪の組織の悪あがきで私を無理矢理封印から解いて世界を滅ぼせと願い、それを履行できなかった時は、まだ人になる前だったから感情も無いはずなのに驚いたことを今でも覚えている。


 最後に私はなんて言ったけなぁ?忘れてしまったが『彼女』が言った言葉は覚えている。


『願いなんて、誰かに叶えられるばっかりだったらダメになっちゃうの!自分の願いは、自分で叶えなきゃいけないから!誰かの願いを叶えるばかりじゃなくて、人になって自分の願いを叶える大変さを学んでから出直してきなさい!』


 衝撃だったよね。私という魔人はかなりの巨体で口から極太ビームを放ってたはずなのに一人でビームはなって拮抗するだけじゃなくて押し返しちゃうなんて。


 しかもその説教が当時の私の何に触れたのか願いとして私、人間に転生しちゃってるし。


 人間として生まれ変わったことによって私は常々不便さを感じている。産まれた瞬間から泣かねば呼吸すらできなかった日。転んで怪我をしてもすぐに治せないというもどかしさ。他人の心を直接読まずに言葉や表情から読み取らなければならない面倒臭さ。


 私にとってはどれも千金の価値がある体験だった。


 実は今の私は力を失ったわけではない。それどころか前のまま力を使おうと思えば使うことは出来る事実上の全能な存在と言って過言ではないだろう。


 だが、敢えてその力は使わない。


 不便さを感じつつも力を使わなかったのは『彼女』の言葉を忘れていないからだ。人は何故願いを叶えたがるのかを知るために私は人間としてここにいる。


 今日も学生という身分で学校に行くための準備として朝食を食べている。程よく焦げ目のついた食パン、その上にチーズをのせてパンと共に食べつつコーンスープを啜る。


 なんと優雅な朝食だとは思わんかね?時間もギリギリまで食事を楽しみゆっくりと寝起きの身体を癒す。


「サイガ!いるんでしょ!出てきなさい!」


 こうして邪魔ものさえ入らなければ優雅に過ごせたものを…………!


「全く、食事の時間くらい静かにしてほしいものなのに」


「また遅刻しちゃうでしょ!ご飯食べたら出てきなさい!」


 玄関でインターホンを鬼の様に鳴らす女さえいなければ気を散らすことは無かっただろう。


 彼女は私の幼馴染に当たる存在だ。名前は真樹マキイツキ、毎朝俺と共に中学は通おうとする女だ。


 何かとお節介焼きで常に俺を気にかけてくれる、のだが少々ウザいと感じる時はある。


 俺とイツキの両親は仕事で居らず、何なら同じ会社の役員同士という立場が近い上に家が近いという出来すぎた状況下での幼馴染だ。風格が違う。


 鍵を閉めてなければ勝手に入ってくるくらいの馴れ馴れしさ、もうちょっとどうにかならない?


 改めて自己紹介を。私は願いを叶える魔神から転生した人間、ともえサイガ。日本にて男子中学生をしている。学年は3年、そろそろ進路を決めなければならない時期だ。


 もうすぐ高校生でありながら私は未だに進路を決めかねている。学校が終わった後の放課後にも進路相談がある。


 それに参加しなければならないということが憂鬱になるとは思いもしなかった。受験疲れをどうにかしたいという願いを叶えそこなったことを考えるととても切実な思いだったのかもしれない。


「もうご飯終わったでしょ!さっさと片付けて出てきてって!」


 そろそろ焦らすとうるさいのが強行突破しかねないので大人しく片づけをする。何度もドアを壊したこと今でも許してないからなゴリラめ。


「今ゴリラとか言ったでしょ!またドア壊すわよ!」


「あの時は滅茶苦茶怒られてただろうが!俺の父さんと母さんが許してもお前の両親は許してないだろうが!」


「貯金してるから三枚までは大丈夫!」


「正気かお前!?」


 弁償したらいいという精神はどこから来るのか理解に苦しむ。魔神だった頃なら気にも留めなかったが、こういった狂気が人々を歪んだ願いへ突き進めるのだろう。


 流石に彼女が狂気に落ちるということは避けたい。なんたって幼馴染だ、身近な人間がかつての私に群がるようなゴミになるのは見るに耐えない。


 魔人の頃だったらこのような思考すらなかっただろう。そもそも思考自体していたかどうか怪しいほどだ。


 こうして人の思考を授かったのも何かの縁。そして自分の力を自分自身で封印できていることも非常に幸運だ。


 今まで味わえなかった人間としての人生を謳歌するぞ!幼馴染という勝ち組特典付きでな!


 わはは、私を利用した悪の組織もついえた事だしこの世界はもう安泰だろう。


 悪の組織も一掃されて、あの少女たちも戦場を引退したようだし、新たな敵勢力が現れることは無いだろう。


 安心してこの15年を過ごせたことだし今日も悩み、励み、新たな明日を築くのだ!


 さあ、新たな未来が待っている~♪































「あれが器ですか」


「主の身体に最もなじみやすい素体、結構いい男じゃない?」


「今は焦ってはならぬ。奴の周りには密かに護衛がついておる」


「排除した時がねらい目って訳ね」


 願いを叶える魔人は知らなかった。


 今までは自分が一強過ぎて他の勢力がまともに活動できていなかったことに。


 願いを叶えるという力はそれほどまでに強大だったことにサイガは気づいていなかった。


 そして、自分の周りで戦いが起こっていたことにも今は気づいていなかった。

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