再会と疑念

 数日後。

 メグが玄関ホールの掃除をしていた時である。

 

 丸メガネをくいっと上げ、最年長メイドのエミリーが小さな女の子を連れて屋敷に入って来た。 

 その少女を見て、メグは思わず声を上げた。


「カスミ!?」


 メグの声に気づいて、黒髪の少女が目を丸くした。


「メグ……お姉ちゃん?」


 肩ほどまで伸びた髪を2つ結びにしており、以前とは髪型が違っていた。

 しかし、薄墨色うすずみいろの瞳と穏やかな印象のたれ目はちっとも変わっていない。

 メグの名を呼んだその少女は、生き別れた妹のカスミに間違いなかった。


 メグは思わず駆け出して、妹の肩を抱きしめた。


「お、お姉ちゃんっ!苦しい……。で、でもまた会えるなんて夢みたい……」


 メグたちが人目も気にせず抱き合うのを見て、カスミを連れて来たエミリーが興味深そうに丸メガネのつるを指でつまんだ。


「メグさん、その様子だとお二人は姉妹ということでしょうか?これはなんとも。不思議な巡り合わせですね」


 エミリーは速やかに状況を察し、メグとカスミを個室へと連れて行った。


「ここなら邪魔は入りません。積もる話もあるでしょう。わたくしは自室で待機しますので、気がすんだら呼んでください」


 エミリーが退室し、2人きりになったメグとカスミ。

 メグはひとまず今まであったことを妹にすべて話した。


「そうなんだ……。お姉ちゃんも色々あったんだね」


 カスミは共感するようにコクコクと頷くと、ゆっくり口を開いた。


「わたしもお姉ちゃんと同じで……、大きなお屋敷に連れて行かれたの」


 少しずつ言葉を探しながら話すカスミは、徐々に暗い表情になっていく。


「でも、わたしドジだから……、言いつけられたことができなくて……」


 カスミは目に涙を浮かべて、たまらずメグの胸に顔をうずめた。


「役立たずだって叱られて……。それから何度も何度も他の家に行かされて。それで今日、ここに来たの」


 メグはカスミの頭を優しく撫でた。

 いくつもの家をたらい回しにされて、たくさん辛い目に遭ったのだろう。


「大丈夫よ、カスミ。今日からは、私があなたを守るから」


 決意に満ちたメグの声を聞き、カスミは我慢することを忘れて泣きじゃくった。

 メグは黙って妹の背に手を当て、包み込むように抱擁した。



 カスミが屋敷に来てから、メグは今度こそ妹と離れ離れにならないよう一層気を引き締めた。

 カスミの面倒は教育係になったエミリーが見る予定だったが、メグはすぐに手伝いを申し出た。

 自分の務めを果たしながら、不器用でよく仕事を失敗してしまうカスミのサポートもこなした。

 その甲斐あって、なんとか2人は屋敷に留まり続けることができていた。


 そして、メグが屋敷に来てから2年がたったある日。

 屋敷の廊下を掃除している途中で、メグはエミリーの部屋の前で足を止めた。


 ドアが開け放たれており、室内ではエミリーが荷造りをしていた。

 嫌な予感がしたメグは扉をノックして、エミリーに声をかけた。


「ああ、メグさん。見られてしまいましたか」


 力なく笑うエミリー。

 丸メガネの奥の瞳にはどことなく憂いの色が見える。

 メグはすぐさま、なにかあったのかと尋ねた。


「他の皆さんには内緒にしてくださいね。本日をもって、わたくしはお暇を出されることになったのです」


 まさかとは思ったが、エミリーまでメイドを辞めさせられてしまうなんて。

 メグは顔をしかめた。


「そんな悲しい顔をしないでください。仕方のないことです。あなたは気にしなくていいのですよ」


 メグはそれ以上はなにも聞かず、親愛の気持ちを込めてエミリーとハグを交わした。

 

「メグさん、お元気で」


 そう言って、エミリーはメグの頭を撫でた。


 別れの挨拶をすませたメグは、仕事に戻りながら考え事をしていた。


 今日は年に一度、旦那様が新しい使用人候補の少女を屋敷に連れて来る日だった。

 それだけなら、なにもおかしくはない。


 しかし、去年はサーシャが消え、今年はエミリーも屋敷を去ってしまう。

 2年続けて最年長のメイドがいなくなるのだ。


 それも、少女を迎えるのと同じ日に。

 とても偶然とは思えなかった。 

 

 そこでメグは、勇気を出してある計画を立てた。

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